「シュークリフ女史はいっています。日本の紡績工業者は、新卒業子女の大部分に当る十万八千三百六十八人を就職させようとしているが、日本の紡績工業界は永年、少女たちを搾取する傾向で世界に有名である。このような封建的な思想を違法とするいくつかの法律がきめられたが、少女たちも親たちもそれを知らない。知っていても、よく理解していない。」(宮本百合子)

 NHKは28日、来年春から放送する朝の連続テレビ小説の概要を発表、夏の全国高校野球大会歌「栄冠は君に輝く」など数々の名曲を残した福島市出身の作曲家・古関裕而(1909~1989年)と妻の金子(きんこ)の半生が描かれる。
 古関裕而は「栄冠は君に輝く」のほか阪神タイガース球団歌「六甲おろし」、早大応援歌「紺碧の空」、1964年東京五輪の「オリンピックマーチ」、「君の名は」「長崎の鐘」などを作曲。産経新聞社歌を含め、世に送り出した曲は5000といわれる。

<古関裕而夫妻、朝ドラに 福島、豊橋の活動実る – 産経ニュース より一部引用>
https://www.sankei.com/entertainments/news/190228/ent1902280005-n1.html

またもや伝記とはいえないものになりそう。
「主人公」の知名度で視聴率がより期待でき、エピソードを散りばめることでネタにも困らないという一石二鳥であろうが、
面白おかしく描いて数字が出ればそれで良し、というんじゃ民放と変わらんヨ。

以下、「古関裕而」を含む投稿。

この先1か月も南から暖かい空気が流れ込みやすく、全国的に平年よりも気温の高い状態が続く見込みです。特に、前半は気温がかなり高くなる予想です。これは、ジェット気流が日本付近で北側に蛇行することに伴い、南から暖かく湿った空気が流れ込みやすいことと、北からの寒気が流れ込みにくくなるためと考えられます。
(中略)
きょう28日(木)、気象庁は関東甲信地方を除く地域に、高温に関する異常天候早期警戒情報を発表しました。3月5日頃からの約1週間、気温が平年よりもかなり高くなる見込みのため、農作物の管理などに注意が必要です。また、雪が多く残る地域では、引き続き雪崩にお気をつけ下さい。

<3月も高温傾向 桜の開花や花見に影響も(日直予報士 2019年02月28日)- 日本気象協会 tenki.jp より一部引用>
https://tenki.jp/forecaster/takumi_sato/2019/02/28/3823.html

「高温に関する異常天候早期警戒情報」!
もう「高温」とか言うの?
今夏が思いやられるねぇ、、、

Lucio Battisti – I Giardini Di Marzo
Composer: Battisti, Mogol
Producer, Strings Arranger: Gian Piero Reverberi
from the album “Various – I Cantautori”(Italy:1990)
タイトルは「3月の庭」の意。

Claudio Lolli – I Giornali Di Marzo(Italy:1977)
タイトルは「3月の新聞」の意。
この年イタリアで学生によるデモ活動が吹き荒れたことを背景としている。

Alunni del Sole – Marzo
from the album “Le maschere infuocate”(Italy:1976)

Juan Gabriel – Solo Se Que Fue En Marzo(Mexico:1972/08)
タイトルはスペイン語で「私は3月に何があったのか知っているだけ」の意。

Lucio Battisti – I Giardini Di Marzo(Italy:1972/04)

Nuova Equipe 84 – 4 Marzo 1943(Italy:1971)

Don Backy – Marzo(Italy:1969/02)
ドン・バッキー – 青春に歌う
シングル “Un Sorriso”(消えたほほえみ)のB面。

Carla Boni – O Tuono’E Marzo(Italy:1961)
シングル Carla Boni E Gino Latilla “Tu Si Comme’Na Palummella” のB面。
2度目の引用。

以下、「三月」「3月」「March」「3月の歌」「Ides of March」「Waters of March」「三月の水」「フランシーヌの場合は」を含む投稿。

以下、「Easter Parade」を除く「March」「Parade」「パレード」「マーチ」「…のマーチ」「行進」「…の行進」「行進曲」「Parade of the Wooden Soldiers」を含む投稿。

以下、「Easter Parade」を含む投稿。

 

追加記事

2019/09/25
窪田が演じるのは、昭和を代表する作曲家・古関裕而をモデルとする主人公・古山裕一。NHKの公式サイトでは、〈昭和という激動の時代に、人々の心に寄り添う曲の数々を生み出した作曲家とその妻の物語〉などとPRされている。
 古関裕而は明治42(1909)年生まれの福島県出身の音楽家で、1989年に亡くなるまでに無数のヒット曲を世に送り出した。NHKのサイトは、甲子園・高校野球のテーマ曲として知られる「栄冠は君に輝く」や阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」、ラジオドラマ主題曲の「君の名は」など有名どころを紹介している。
 しかし、その一方で、NHKがほとんど触れていないことがある。それは、日本が戦争に突入するなかで、古関は数多くの「軍歌」や「戦時歌謡」を作曲しており、それによって名声を高めたという事実だ。いうまでもなく、軍歌・戦時歌謡は国民の戦意高揚と戦争の正当化のために作られ、多くの国民を戦争に駆り立てた“国策ソング”である。
 実際、古関が作曲したものをいくつか見てみよう。たとえば、日中戦争が始まった1937年発表の「露営の歌」(作詞・藪内喜一郎)は大ヒットを記録し、前線の兵士にも歌われていたという。こんな歌い出しである。
〈勝ってくるぞと勇ましく 誓って故郷(くに)を出たからは 手柄立てずに死なれよか 進軍ラッパ聞くたびに 瞼に浮かぶ旗の波〉
 “銃後を守る夫人”意識の涵養が目的の「愛国の花」(作詞・福田正夫)の1番はこうだ。
〈真白き富士のけ高さを 心の強い盾として 御国につくす女等(おみなら)は 輝く御代の山桜 地に咲き匂う 国の花〉
 1941年12月8日からの太平洋戦争では、マレー沖海戦成功の大本営発表を受け、NHKから英国艦隊撃沈を祝う曲を依頼された古関は、わずか3時間で一曲を作り上げた。それが、同年12月10日のニュースと同時に放送された「英国東洋艦隊潰滅」(作詞・高橋掬太郎)である。日本帝国海軍が沈めた英国艦の名称を入れるなど、“大勝利”が高らかに讃えられている。
〈滅びたり 滅びたり 敵 東洋艦隊は マレー半島 クワンタン沖に いまぞ沈みゆきぬ 勲し赫たり 海の荒鷲よ 沈むレパルス 沈むプリンス・オブ・ウェールズ〉
 古関は自伝『鐘よ鳴り響け』(日本図書センター)で、大本営発表の臨時ラジオから作戦成功の報を聞いた時のことを〈我々は思わず拍手し昂奮、感激した。始まった以上、勝たねばならぬからである〉と振り返っている。放送後、古関は〈灯火管制で真暗な街を内幸町から新橋駅まで、今放送したメロディーを口ずさみながら帰宅した〉。
 周知のようにその後、日本はどんどん敗色を濃くしていくのだが、戦意高揚の“国策ソング”は主に軍部の命を受けたマスコミの公募というかたちで、続々とつくられていった。古関も従軍し、戦地の部隊のための歌など多数を作曲した。

<結婚発表の窪田正孝の朝ドラ『エール』主人公は「軍歌」を大量に作った作曲家! 大河は渋沢栄一…NHKドラマ国策化が酷い |LITERA/リテラ より一部引用>
https://lite-ra.com/2019/09/post-4993.html

(2019年9月25日)

追加記事

2020/02/21
故古関裕而さんの業績を振り返るプロジェクトが21日、始まった。出身地の福島市や各地の信用金庫、地方紙などが連携して取り組む。長男で音楽家の正裕さん(73)は東京都内での記者会見で「再び父の曲が日本全国の皆さんを元気づけることをうれしく思う」と語った。
 「古関メロディーで日本を繋(つな)ごうプロジェクト」は、古関さんをモデルとした今春のNHK連続テレビ小説「エール」の放送決定を受け発足。信金のネットワークを活用し、全国に300以上あるとされる校歌を児童生徒らが斉唱する様子を撮影。福島民報などは人気投票で選ばれた上位30曲をCD化する予定だ。

<「古関メロディー」全国結ぶ 校歌映像にベストCD―福島市、信金など:時事ドットコム より一部引用>
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020022101224&g=pol

(2020年2月21日)

追加記事

2020/09/21 08:30
朝ドラ「エール」は、ついに今週より戦時下篇に突入しました。主人公のモデルとなった古関裕而は、よく知られるように、「露営の歌」「暁に祈る」「若鷲の歌」など大量の軍歌をヒットさせ、「軍歌の覇王」と呼ばれました。
(中略)
そもそも「戦時歌謡」は、事実上、戦後の造語でした。
戦前の新聞を検索すると多少ヒットしますが、現在のように軍歌と対比的に使われていません。また、当時のレコードにはジャンル名が添えられていましたが、「愛国歌」「国民歌」「時局歌」「軍国歌謡」などはあっても、「戦時歌謡」という表記は見かけたことがありません。ちなみに、「露営の歌」の場合は「軍歌」とされていました。
戦後、キングレコードで軍歌レコードの制作などに関わった長田暁二氏は、「戦時歌謡」を「昭和36[1961]年の筆者の造語」と告白しています(『戦争が遺した歌』)。戦時下の文化を研究している櫻本富雄氏も、「戦時歌謡」について1970年代ころに定着したと述べています(『歌と戦争』)。これまでさまざまな資料をみてきた筆者の実感としても、これが正しいと思います。
おそらくこうした用語の定着を受けて、古関は、1980年の自伝で「軍歌と戦時歌謡は違う」と主張したのではないかと考えられます。つまり、歴史的に根拠のある用語ではなかったのです。ですから、音楽史の研究では「戦時歌謡」はもうほとんど使われていません。
なお、「愛国歌」「国民歌」「時局歌」「軍国歌謡」などの間にも、厳密な使い分けはありませんでした。「露営の歌」の続篇である「続露営の歌」が、「愛国歌」と銘打たれていたのがその証拠です。軍歌はこのような時局的な音楽を包括する概念でもあり、だからこそ、古関は所属先のコロムビアによって「軍歌の覇王」と宣伝されたのです。

<<朝ドラ「エール」と史実>「軍歌」はやはり“タブー”か。古関裕而の曲を「戦時歌謡」とごまかす問題点(辻田真佐憲) – Yahoo!ニュース より一部引用>
https://news.yahoo.co.jp/byline/tsujitamasanori/20200921-00193785/

(2020年9月21日)