星野哲郎死去

 「三百六十五歩のマーチ」「アンコ椿は恋の花」などで知られる作詞家の星野哲郎(ほしの・てつろう、本名有近哲郎=ありちか・てつろう)さんが15日午前11時48分、死去した。85歳だった。山口県出身。葬儀の日程などは不明。
 1946年、高等商船学校(現・東京海洋大)卒業後、遠洋漁船の乗組員に。腎臓結核を患い4年の闘病生活中に文芸誌への投稿を始め、作品が雑誌「平凡」の懸賞に入選したことなどをきっかけに作詞家の道に進んだ。
 デビューは53年。日本コロムビア、クラウンレコードの専属を経てフリーとなり、数々のヒット曲を生み出した。手掛けた曲は4000曲以上。正統派演歌からポップスまで多彩なジャンルに及んだ。代表曲に「黄色いさくらんぼ」「男はつらいよ」「函館の女」「昔の名前で出ています」「兄弟船」などがある。
 作詞家として活躍する一方、日本音楽著作権協会会長や日本作詩家協会会長なども務め、作詞家の地位向上にも尽力した。86年に紫綬褒章、2000年に勲三等瑞宝章を受章。このほか、日本レコード大賞作詩賞など受賞歴多数。随筆集「歌、いとしきものよ」などの著書もある。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101115-00000061-jij-soci

星野哲郎と阿久悠。
両者ともにテレビ時代の作詞家ということになりますが、それでもかなり質の異なる作風でした。
大まかにいうと、阿久悠の作品がキャンディーやケーキ、あるいは手の込んだ創作料理であるとするなら、星野作品は大衆食堂や割烹、一杯呑み屋の、隠れた逸品メニューの味わい。
もちろん変わりゆく大衆の、そのニーズに合わせて星野がポップスを、阿久悠が演歌を作るということもあったわけで、やはり詩作の全体像を把握しないと論じられない部分があります。

メロディがついた「歌」としての星野作品(ヒット曲)。
私のベスト10は

北島三郎 函館の女(1965)
渥美清 男はつらいよ(1970)
都はるみ アンコ椿は恋の花(1964)
水前寺清子 いっぽんどっこの唄(1966)
水前寺清子 三百六十五歩のマーチ(1968)
北島三郎 なみだ船(1962)
畠山みどり 出世街道(1962)
村田英雄 柔道一代(1963)
島倉千代子 思い出さん今日は(1958)
10 水前寺清子 涙を抱いた渡り鳥(1964)
 

追加記事

 心不全のため85歳で亡くなった作詞家星野哲郎さんの告別式が19日、東京都港区の青山葬儀所で営まれ、歌手都はるみ(62)、水前寺清子(65)、鳥羽一郎(58)のほか、一般のファンら約800人が弔問に訪れ、故人と最後のお別れをした。
 星野さんが手掛けた「三百六十五歩のマーチ」のヒットで知られる水前寺は、弟子代表として弔辞を述べ、生前の星野さんから「もしも僕に何かあったら皆さんに読んで」と託されていた未発表の詩を“遺言”通りに朗読。平成6年に亡くなった故人の妻・朱實(あけみ)さんへの愛を「あけみちゃんてば あけみちゃん 再婚しようよ 天国で」などとつづった「かすみそうの歌」を読んだ。
 星野さんの「アンコ椿は恋の花」がヒットした都は、「16歳の時に先生にお会いして『アンコ--』で世の中に出してもらった。今まで歌えたのは、先生のおかげ」と目を潤ませて感謝した。
 故人の代表作で、渥美清さんが歌う映画「男はつらいよ」の主題歌が流れる中で出棺、ファンらは涙で合掌した。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2010112002000163.html

(2010年11月20日)

追加記事

SPは時代違い。EPの間違いだろう。
(2022年8月27日)

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