If I Could Be With You(One Hour Tonight)

地震 茨城県で震度5の地震発生∑( ̄Д ̄;)
SGR SGR

 

円周率をピアノで演奏
動画を再生し、右上を見ていただけたらわかるが、ピアノの鍵盤には数字が書いてある。察しが早い人はもうお気づきだろう。そう、その数字に合わせて円周率を演奏するのがこの動画。どんな発想しているんだということはさておき、驚くべきはその音色となっている。
http://rocketnews24.com/2016/05/16/748091/

Song from π!
aSongScout
2011/03/26 にアップロード

円周より年収が気になる今日このごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。
もろきゅうでも肴にして時給の話でもしませんか?

2016/04/19
派遣社員「仕事別平均時給ランキング」
気になる”あの仕事”の時給はいくらか?
http://president.jp/articles/-/17807

2016/05/12
時給30万円!中国で話題の「高給フリー教師」の実態
http://diamond.jp/articles/-/90981

2016/05/13
 安倍首相は昨年、最低賃金を引き上げ、全国平均で1000円をめざすという目標を掲げました。欧米各国の都市部では最低賃金を15ドル(約1620円)に引き上げる動きが活発になっています。
(中略)
 最低賃金とは、最低賃金法に基づき、事業者が従業員に支払う賃金の最低限度について国が定めたものです。最低賃金の額については、地域によって物価など生活環境が異なりますので、都道府県ごとに決定されます。もっとも高い東京は907円、もっとも安い沖縄や高知などでは693円、全国を平均すると798円になります。
(中略)
 安倍首相が掲げた時給1000円という目標は実現できるギリギリの水準かもしれません。ただ、日本は円安によって輸入物価が上昇しており、労働者の実質賃金は下がる一方です。現在の最低賃金では生活を維持するのがやっとというレベルですから、1000円への引き上げが実施された場合でも、生活実感はそれほどよくならない可能性があります。
https://thepage.jp/detail/20160510-00000003-wordleaf

私の場合、400字詰原稿用紙1枚あたり2万円というギャラが過去最高でした。
しかし資料代など下準備を考えると足が出ていたかもしれませんね。

時給というのは、いやらしい勘定だと思います。使う方はサボらないよう常に監視してなければなりませんから、結局は奴隷のような按配になってしまいます。
『自由を我等に(À nous la liberté)』(1931)や『モダン・タイムス(Modern Times)』(1936)のころとほとんど変わらない感じですね。

いしだ あゆみ – 美しい別れ(1974)
別れの前の1時間を歌ってます。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Blue Things – One Hour Cleaners(1966)
2度目の引用。ビートルズ・ライク

Jan August – If I Could Be With You(One Hour Tonight)

Benny Carter – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1959)

Sue Raney – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1958)

Jackie Gleason – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1957)

Amos Milburn – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1957)

Dinah Washington with Eddie Chamblee And His Orchestra – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1956)

The Fontane Sisters – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1955)

Eddie Cantor – One Hour With You
from the album “Eddie Cantor ‎- The Eddie Cantor Story (Songs By Eddie Cantor From The Original Sound Track)”(1953)

Coleman Hawkins – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1952)

Doris Day – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1949)

Gladys Swarthout – Give Me One Hour(1946 Radio Show)
orchestra conducted by Howard Barlow

Kay Starr & The Capitol International Jazzmen – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1945)

Kay Starr – vocals
Benny Carter – alto sax
Coleman Hawkins – tenor sax
Bill Coleman – trumpet
Buster Bailey – clarinet
Nat King Cole – piano
Oscar Moore – guitar
John Kirby – bass
Max Roach – drums
If I Could Be With You(One Hour Tonight)(James P. Johnson, Henry Creamer)
Los Angeles, CA, March 30, 1945.

James P. Johnson – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1944)

Robert Merrill – Give Me One Hour(1944 Radio Show)

  ※(追記:この動画はリクエストにより埋め込みが無効になってます

 

Art Tatum – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1943)

Frank Parker – Give Me One Hour(1941)

Kenny Baker – Darling Lets Dream This One Hour(1941)

  ※(追記:この動画はリクエストにより埋め込みが無効になってます

 

Ida Cox – One Hour Mama(1939)

Kay Francis – One Hour Of Romance
from the movie “Confession”(1937)

Hudson-DeLange Orchestra – If I Could Be With You One Hour Tonight(1937)

Morton Downey – One Hour With You

Bert Ambrose and His Orchestra At The May Fair Hotel, London – One Hour With You(1932)

from the Film “One Hour With You”
with vocal Refrain(Jack Cooper?)

Ambrose and his Orchestra – One Hour With You(1932)

Jack Payne & his Band – One Hour With You(1932)
with vocal quartet(vocals by Billy Scott-Coomber, Jack Thorne, Bob Busby, and Bob Manning)

Jimmie Grier and His Cocoanut Grove Orchestra – One Hour With You(1932)
vocal: Donald Novis

recorded in Hollywood March 28, 1932
The first recorded track from the very first commercial session credited to Grier’s band was this popular title song from the second of four on-screen pairings of Jeanette MacDonald and Maurice Chevalier.

Abe Lyman & His California Orchestra – One Hour With You(1932)
vocal: Phil Neely

recorded in NYC March 18, 1932
This was the title song from the second of four on-screen pairings of Jeanette MacDonald and Maurice Chevalier. Additional recordings of the tune by Jimmie Grier, Jack Payne, and Jeanette herself can also be heard on the MusicProf78 channel.

Jeanette MacDonald – One Hour with You(1932)

recorded in April 27, 1932
The enchanting Jeanette MacDonald sings the invigorating title song from her 1932 motion picture, also starring Maurice Chevalier. Recorded April 24, 1932 (Victor 24013). Paramount Studio Orchestra conducted by Nathaniel Finston. A version of this song by Jimmie Grier & His Orchestra charted at #2 in 1932. Written by Leo Robin and Richard A. Whiting. B-side is “We Will Always Be Sweethearts”.

Louis Armstrong – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1930)

Tom Gerun and his Orchestra – If I Could Be With You One Hour Tonight(1930)
vocal: Pinky Tomlin。

McKinney’s Cotton Pickers – If I Could Be With You(One Hour Tonight)(1930)あなたといられたら
vocal: George Thomas
2度目の引用。
作詞家ヘンリー・クリーマーが亡くなる4年前、ストライド・ピアノ奏法のジェームス・P・ジョンソンと作詞・作曲で共作した片思いのラブ・ソング。
タイトル表記は (  ) が付いたり付かなかったりするが、今回はカッコ付きで統一した。

以下、「Tonight」「Tonite」を含む投稿。

以下、「時給」を含む投稿。

以下、「24時間」を含む投稿。

以下、「時」「時間」「Time」「時計」「Watch」「Clock」などを含む投稿。

 過酷な新入社員研修で障害が残ったとして、太陽光発電設備施工などを手掛ける「サニックス」(福岡市、宗政伸一社長)を相手取り、元社員の男性(50)=広島県福山市=が約2200万円の損害賠償を求める訴訟を広島地裁福山支部に起こした。24キロを歩かせ、集団の一人でも脱落すれば連帯責任を問われるなどの内容。福山支部での弁論で男性側は「無理なプログラムを強制し、安全配慮義務を怠った」と主張し、会社側は「無理な要求はしていない」と争う構えをみせている。
(中略)
訴状などによると、男性は2013年8月に入社し、福岡県宗像市の同社研修センターで約10日間の新人研修に参加した。研修は営業などに関する座学のほか、10人ごとの班が一定速度で長距離を歩く「歩行訓練」が繰り返された。終盤には「サニックススピリッツ」と銘打たれ、24キロを4時間で歩く訓練が課された。
 男性は2回の歩行訓練で両脚を痛めていたが、会社側から「一人でも脱落すれば班全体が失格」「クリアできない人間はうちに要らない」などと言われ、同僚に迷惑を掛けることや解雇を恐れて訓練を続けた。24キロを完歩したが、症状が悪化。両膝関節挫傷などと診断され、関節可動域が狭まる障害が残ったとしている。男性は障害のため休職し、14年に退社した。
http://mainichi.jp/articles/20160516/k00/00e/040/119000c

「バターン死の行進」とか「歩け歩け運動」とかあったね。
我が亡母も、女学校時代 訓練の一環として重い荷を背負い長距離を歩かされた、と言ってたよ。

以下、「走る」「Run」「歩く」「Walk」「ステップ」「Step」などを含む投稿。

 愛知県警は16日、部下の男性の体内にチューブを挿入したなどとして、同県蒲郡市の消防職員3人を暴行と強要の両容疑で逮捕した。
 逮捕されたのはいずれも消防士の3容疑者。
 県警蒲郡署の発表によると、3人は共謀して今年3月5日、蒲郡市の消防施設で20歳代の消防士の男性の体を押さえつけて、救急活動に使うゴム製チューブを体内に挿入して息を吹き込むなどの暴行を加えたほか、同12日にも嫌がる男性にわいせつな行為を強要した疑い。男性にけがはないという。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160516-OYT1T50045.html

ホモセクハラか?
体内にチューブを挿入したって、、、どっから?

2016/05/14
スーツ姿で満面の笑みを浮かべた、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長が座っているのは、トラクターの運転席だった。
金委員長が、党大会のあと、初めてとみられる視察で、機械設備展示場を訪れた様子を、北朝鮮メディアが写真入りで伝えた。
金委員長といえば、36年ぶりの党大会にもスーツ姿で現れた。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00324637.html

中国人ビジネスマン的な発想で言うと、「スーツにネクタイ」という服装は、いわゆる「雇用されている人」というイメージになり、会社内で「服装も自由にできないくらい軽い地位にいる」ということに繋がります。つまり決定権を持たないペーペーの青二才と思われてしまうのです。
 とかく中国企業はトップダウンでの決定が多いので、顧客はネクタイを絞めているような軽輩社員とは重要な交渉をしようとしません。自由な服装で、決定権を持っている雰囲気を醸し出すタイプでないと一人前として認められず、結果として交渉相手にならないと判断されてしまうのです。
 一方で、中国は極めて徹底した平等社会ですので、年齢による差別はほぼありません。たとえ20歳台の若手でも、実力を認められて上場企業の重要ポストに抜擢されるケースは日常茶飯事です。もちろんスパッと解雇されてしまうこともありますので、非常に合理的な実力社会と言えるでしょう。そういう若手重役たちは総じてラフな格好でバリバリ仕事をこなし、私のようなネクタイをした年長者たちを従えているのです。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160516/dms1605161130003-n1.htm

中国メディア・新浪は13日、この軽自動車が実は中国に極めてピッタリなのではないかとする文章を掲載した。
(中略)
軽自動車の特性をよくよく考えれば「中国に極めてマッチしている」との考えに至ったことを紹介。
(中略)
 しかし、実際はそう上手く行かなさそうだと文章は指摘している。コンパクトで経済的な軽自動車の概念が、メンツを気にする中国人にそう簡単には受け入れられないからだという。それは、自動車というアイテムが今もなお中国人にとってはステータスシンボル的な意味を強く持っていることを示すものと言える。
http://news.infoseek.co.jp/article/searchina_1609768/

高級なスーツがステータス・シンボルにならないのは、上っ面ばかり見て、物の価値、品質が分からないからでしょう。確かに大型高級車は見栄えも威勢もいいですからね。
ちょっと前の投稿で記号論という言葉を使いましたが、「スーツにネクタイ」などは典型的な記号論ですね。
今だってワイシャツ着てるだけで清廉なビジネスマンという印象を受ける人が多いんじゃないですか?

私はどうもネクタイは苦手でしないんですけど、ファッションとしては嫌いじゃないんです。
フランク永井のあの細いネクタイや、60年代後半に流行った幅広のハデハデなネクタイには憧れましたねぇ。

5月9日、慶尚北道(キョンサンプクト)のアパート屋上に設置された貯水槽内から、遺体が発見された。亡くなっていたのは、中国国籍のワン氏(38)だ。
 アパート住人の証言によると、ワン氏は下着姿でアパート内を徘徊して、ゴミ箱をあさるなどの不審な行為を繰り返していたという。遺体には他殺の形跡もなく、さらに彼の衣服のポケットの中には「3万元(約48万円)の賃金が支払われなかった」というメモが残されており、生活苦から自ら貯水槽内に投身したと推定された。また、遺体の状況から、死後2週間以上経過していたことも明らかになっている。人目に触れない貯水槽というのが、発見を遅らせたのだ。
 ワン氏の遺体が発見されたのは、アパート住人たちからの「水道から異臭がする」というクレームがきっかけだった。ワン氏の遺体は、ゆっくりと槽内の水を汚染していたのだ。遺体のそばには、大量のウジまで湧いていたという。
 これを聞いた40人のアパート住人たちは、その事実をいまだのみ込めていない。中には、「病気になるのでは」と不眠症を訴える人までいる。現在、アパート住人には市から一時的にミネラルウォーターが提供されているのだが、それも炊事や入浴を賄えるほどの量ではない。
 専門家は、「遺体から出る分泌物による、病原菌への感染の危険が高い。また、健康面以外でも、腐った水を飲んだという精神的ショックが大きいだろう」と分析。今週からは、保健所による住民へのカウンセリングも始まるようだ。
http://www.cyzo.com/2016/05/post_28140_entry.html

ひさびさ「屋上貯水槽に遺体」のニュース。
今回は韓国発の記事。
集合住宅では最低限でも浄水器をつけたほうがいいかも。
あ、それと貯水槽のフタは厳重に施錠するように。

 政治家や有名人の失言や不倫、商品に関する企業へのクレーム、アルバイトや若者による度を超した悪ふざけなど炎上対象はさまざまだ。最悪の場合、政治家、有名人なら活動停止、企業なら倒産、個人でも自宅や勤務先などが暴かれ生活が破壊されることもある。
(中略)
 コミュニケーションストラテジストの岡本純子さんは「人間はロジックより感情に左右される生き物。ネットを支配しているのは怒りの感情」と指摘。人間には被害者でもないのに他者に怒り制裁を加えようとする特質があるとし「人間の本質は変わっていない。ネットがそのダークサイドを表に出しているということ」と話した。
http://this.kiji.is/104835947269767172?c=39550187727945729

ウーマンラッシュアワーの村本大輔(35才)は、自身のツイッターにこんなことを綴っている。
〈謝罪会見でひたすら自分が悪いと謝ると「あんな公の場で謝られると奥さんが悪者にうつる!」と叩き、正直に男から誘ってきました、と言えば「自分の保身か!」と叩く。ほんとにこのことを真剣に考えてる人はいない。新鮮な叩くネタが欲しいだけ。素人参加型シューティングゲームを終わらせたくないだけ〉
http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_412016/

感情や欲望のコントロールこそは人間に最も必要なこと。
感情に振り回される者はマインドコントロールされやすい。そうなれば権力者や教祖にいいように利用され、搾り取られて、一生を棒に振ることになる。

Elvis Presley – Too Much(1957)
with The Jordanaires

米ニューヨーク中心部マンハッタンの教会で15日、仏教の開祖・釈迦(しゃか)の誕生日を祝う行事「灌仏会(かんぶつえ)」(通称・花まつり)が開かれ、同市で布教に励む世界各国の仏教徒約150人が一堂に会した。
 色とりどりの法衣に身を包んだ仏教徒らは、鐘や太鼓を鳴らしながら教会周辺をパレード。中国の獅子舞やカンボジアの踊りなど、各国それぞれの祝い方で高層ビル街を練り歩いた。
 その後の式典では、生誕時の釈迦(しゃか)をかたどった仏像に甘茶を掛ける伝統儀礼のほか、各国の僧侶による読経や講話が行われた。チベットやバングラデシュの子どもらによる歌やダンスも披露された。
 行事を主催したニューヨーク仏教連盟の会長で浄土真宗の僧侶、中垣顕実さん(55)は「連盟発足から30年の節目の行事に、いろいろな国の人が参加してくれた」と感慨深げに話した。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016051600409

釈迦の「仏教」の本質とは関係なさそうだ。
たぶん釈迦は何かを、誰かを拝めとは言ってないだろうし、死後のことも口にしなかったのだとおれは考えている。釈迦はバラモン系の自由思想家の一人として、同時代に流行した他人の説を批判し、自ら悟った Way Of Life(生き方、人生に対する心構え、人生観) を、それらに代わるものとして当時のインド人に広めようとしただけだったんだよ。

追加記事

2016/05/20
冨田和成氏が、彼らのファッションとお店選びの考え方を紹介します。

●一般人は、自分の好みでスーツを選ぶ
●小金持ちは、誇示できるスーツを選ぶ
●大富豪は、相手にどう見られたいかで服を選ぶ

(中略)
先日ある地方銀行の頭取の方から興味深い逸話を聞きました。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が業務提携にあたってIBMを訪問したときのこと。マイクロソフトは当時バリバリのベンチャーでTシャツにジーンズの文化。一方のIBMは保守的な風土で「ビッグブルー」とも呼ばれるブルーのスーツが基本です。
そこでいざ両者が対面したところ、ビル・ゲイツがスーツ姿で、IBM社員がTシャツにジーンズだったのです。お互いが譲り合いをしてしまったというわけですね。相手に合わせて服装を決めるというのはこういった事例を指します。

<「本当のお金持ち」は目立つことを好まない おカネで買えない信頼は「気配り」でつかむ |Infoseekニュース より一部引用>
http://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20160520_118410/

(2016年5月20日)

追加記事

Mini Debuts – 1959 | Today In History | 26 Aug 17

British Movietone
2017/08/25 に公開
On August 26, 1959 the iconic’Mini’ car made its debut under two names;’Austin Seven’ and’Morris Mini-Minor.’
The British Motor Corporation’s “Mini-Minor”. The 850 cc engine is mounted across the car, in both versions of this newcomer. In fact there’s hardly any difference between Morris and Austin “Minis”. The cost of round about five-hundred is mentioned. Performance is said to include a top-speed of seventy miles an hour, and should cruise at fifty-five miles to the gallon.

軽自動車の話題が出たので、これも貼っときます。
(2017年8月26日)

追加記事

(2018年10月26日)

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