余はいかなる心地でぐわんじつと向ひあひしか(年頭所感)


上の画像は暮れにポストへ入っていたスーパーのチラシの一部です。
マグロの寿司がウマそうですね。

 

さて、新年も滞りなく定刻どおり明けてしまい、今、私は心地よい敗北感・虚脱感に浸っております。
みれん心をあざ笑うかのように、半ば強引に一年が締めくくられてしまった・・・
なんだか365日かけて慎重に並べてきたドミノを一瞬のミスで全部倒してしまったみたいな、そんなある種リセット感があって、
元日をどう迎えればよいのか、あたしゃ為す術もなくただ台所の隅でオロオロするばかりだ。

 

今、このページをご覧になってるということは、拙ブログの常連さんか、某方面の監視担当者か、私から直接年賀状が届いているかの、きっとどれかでしょう。

今年の年賀状には、以下の文章を載せました。

では続いての問題です。新年を祝うあいさつで

に続く言葉といえば

でーすーがー、では新年を迎えたことが、果たして本当に祝うべきこと、歓びに満ちた状態だと、言い切ってよいのか
どうか。次の3つの中からお択び下さい。

  1. 昔は数えでいくつと云っていた。寿命が一つ延びたからメデタかったけれど、こんな時代だからどうかな。一種の自己欺瞞だし、年初に休暇だなんて生産性低すぎ。ボカァ疑問だなぁ……
  2. 現実はさておき、これは「目出度くあれかし」という予祝の挨拶。ルーティンを重視する農耕民族としちゃほかに選択肢はありません。
  3. 言いたいことは分かる。悲喜こもごも、吉凶禍福はあざなえる何とやら、齢(とし)を累ねるにつれ人生の哀歓・明暗が胸に迫る。なればこそ顔で笑って肚で泣く。目出度くあろうがなかろうが莞爾として祝意を表するのが大人の了簡てもの。答は目出度くもあり目出度くもなしで可かろう。

さあ皆さんの回答が分かれました。続きはウェブで。

続きのウェブというのが今ご覧のこのページです。

 

もちろん答なぞありません。
どれでもいいのです。三つの中になくてもよろしい。

三択という前提条件を提示されて何も不思議に思わず、どれにしようか などと思った方は要注意です。
今後十年の間に世の中で淘汰されてしまう、かもしれません。
選択肢を限定するのは、罠であり インチキであり 思考誘導です。
そのような場面に出くわしたら、それは面妖しいだろと当然のごとく異議申し立てをすべきなんです。
いや、口に出さなくても、ハッキリとそのことを意識しないといけない。
でないと、とてもじゃありませんが この悪意に充ちた社会、剣呑なる時代を 生きてはいけません。

イヤ、元旦から口幅ったい高言、御託を並べてしまいましたね。
これはつまり自戒なんです。
殺られてたまるか っていうね。

ま、そういうわけで、どちら様もせめて三が日くらいはハッピーな気分でお過ごしくださいませ。

 

菅佐原 英二      

 

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以下、「七面鳥」「(トルコの、という意味ではない)Turkey」を含む投稿。

以下、「年賀状」を含む投稿。

 

追加記事

(2017年1月3日)