絶対的貧困率

 沖縄県内で必要最低限の生活を保つための収入がない人の割合を示す「絶対的貧困率」は、2012年に34・8%、また18歳未満の子どもがいる世帯の「子どもの貧困率」は同年で37・5%といずれも都道府県別で最悪、さらに伸びも全国平均を大きく上回ることが、山形大の戸室健作准教授の研究で4日、分かった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160105-00000006-okinawat-oki

効率と売り上げを追求する近代資本主義に馴染めない人たちは世界中にいる。不幸なのはそのシステムの囲いの内側にいるってこと。

大島保克、夏川りみ – イラヨイ月夜浜

與那城美和 – なりやまあやぐ

WUF5プレイベント in 首里城「ミルクムナリ」

古謝美佐子 – てぃんさぐぬ花

BEGIN – 島人ぬ宝

安里屋ユンタ

木佐貫洋平 – 涙そうそう

アフリカの民族楽器カリンバで「涙そうそう」(夏川りみ)を演奏しました。

以下、「沖縄」を含む投稿。

長野県が「県民は全員歌える」と誇ってきた県歌「信濃の国」を、県民の1割近くが全く歌えないことが、県のアンケート調査で初めて明らかになった。30代に歌えない人が目立った。ほとんどの小学校で県歌を教えることが県民への高い浸透率を支えているが、県によると、学校で県歌を教えない時期があったとみられる。
http://mainichi.jp/articles/20160106/k00/00m/040/092000c

歌っていうのはネ、強制して歌わせるもんじゃない。
いい歌なら、黙ってたってみな歌うよ。

 かくして英国国歌「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン(神よ女王を守りたまえ)」とともに日本の「国歌」を演奏することになったものの、当時の日本には国歌という概念すら存在しなかった。そこで”新政府関係者の誰か”が、古歌としてすでにあった「君が代」の歌詞を選び、フェントンが作曲したことによりその原型が完成した。
 ところが、フェントンによるメロディは日本語の歌詞とまったく合っていなかったため、雅楽師の奥好義が改良。さらに明治12年3月にドイツから来日したフランツ・エッケルトが洋楽器用に編曲したというのである。
 しかも国歌となる過程においては、「”皇室の歌”にすぎない」、果ては「暗すぎる」などの批判も受けたのだという。いまでも賛否両論ある「君が代」は、そもそも誕生に至る経緯がアバウトで、それどころか当時から批判されていたということだ。また、さまざまなプロセスを経た結果、戦後は文部省(現・文部科学省)が新たな擁護者となったが、ここから「君が代」をめぐっての文部省と日教組(日本教職員組合)との対立がはじまることにもなる。

<曖昧な君が代は「歌わない国歌にせよ」という提案 ワールド 最新記事 ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト より一部引用>
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/01/post-4323.php

1 アレクサンドル・ガウク指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 – 君が代(1958)
2 シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団 – 君が代(1960)

憲法も都合によって変えるんだから、国歌も変えていいと思う。

追加記事

(2016年3月26日)