Les Champs-Élysées

今朝の東京は梅雨寒どころか、冬の寒さ。
空もどんより曇って、今にも降り出しそうな雰囲気です。

 消費増税を含む社会保障と税の一体改革関連法案をめぐり、民主党執行部は24日、党内の増税反対・慎重派の説得を継続した。ただ、作業は難航しているもようだ。小沢一郎元代表に同調して反対票を投じる意向の議員は50人に迫る勢いを維持し、欠席や棄権を含めて60人を超える情勢に大きな変化はないとみられる。
 衆院の一体改革特別委員会と本会議での法案採決は26日に行われる見通し。自民、公明両党が賛成に回るため、可決は動かない情勢で、民主党の造反規模が焦点だ。小沢氏は採決後の離党を視野に入れ、政権の少数与党転落が現実性を帯びる「反対54人」以上の確保を目指している。
http://jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012062400149

日ごろは反小沢論調の大マスコミがこぞって「説得難航」を報じているので、これもまた情報操作の可能性大。
体制派=御用マスコミ=増税賛成(いますぐ必要)=小沢イメージダウン報道・騒動はただの政局報道
これだけあからさまだと却って分かりやすくていいかも。

ガラガラポンで増税反対派が勝利して、施行延期法案を通せば、とりあえず景気が良くなるまで、あるいはほんとうに役人どもの無駄遣いを根絶できるまで増税を止めることが出来るでしょう。
先送り、一時のがれ、その場しのぎを「姑息」といいますが、これはいわば良い姑息です(笑)

 このところ視聴率が低迷しているフジテレビ。昨年、7年にわたって守ってきた視聴率三冠王(全日、ゴールデン、プライム)の座を日本テレビに明け渡している。今年4月、5月はテレビ朝日が絶好調で、フジテレビは年間2位も怪しくなってきた。
 低迷の理由について、昨年の地デジ化に伴い新聞などのテレビ欄のフジテレビの位置が真ん中から右端に移ってしまったからとの声もあるが、こうしたテレビ欄上の並び順が、視聴者の番組選びに影響を与えることはあるのだろうか?
http://www.news-postseven.com/archives/20120624_123295.html

さ、節電に協力してテレビを消し、窓を開けましょう!

 重い慢性腎不全の患者が受ける人工透析について、日本透析医学会(理事長・秋沢忠男昭和大教授)は、終末期の患者家族が希望した場合などについて、透析の中止や開始の見合わせも可能とする提言をまとめた。
(中略)
 体調が悪化し医学的理由から安全に行うことができない場合だけでなく、判断能力がある患者が自ら透析を拒否した場合や、自分では判断能力がない終末期患者でも家族が拒否した場合は、見合わせや中止の対象とする。医療側から見合わせや中止を提案し、同意を得て行うこともあるとした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120623-00000744-yom-sci

これって安楽死を認めろってことですよね?
私は賛成です。

 現在は岡山に実家があるものの、茨城県で幼少期を過ごした朱璃さん。3才のころ両親が離婚し、母の下で育てられた。小学4年生のとき、母が引っ越し先の千葉で再婚。この再婚相手こそが、現在、対立関係にある朱璃さんの父、すなわち山本の義父だ。
 生活をともにするようになると、すぐに父からの暴力が始まったという。具体的な虐待の様子を朱璃さんが説明する。
「テーブルマナー、箸の持ち方などで、一度いわれたことができないと、“同じことをするな!”といって、髪を引っ張られたり、成績が落ちたことなどを理由に、食事中に熱いお味噌汁を、お椀ごと投げつけられたり…」
 夜中に布団をはがされベッドから落とされ、髪を引っ張られたまま2階から階段の段を背中に、1階まで引きずり下ろされたこともあった。投げつけられた金具の部分が額に当たって流血し、8針縫う怪我となったこともあり、その傷はいまも残っている。
「母も一応最初は“もうやめて”と止めにはいるんですが、父に“お前は黙っとけ”といわれると引っ込んでしまう。その後は見ているしかない。私はいつも“なんで離婚してくれないんだろう”と思っていました。精神的にいちばんつらかったのは、玄関で正座をさせられたとき、父が私の頭の上に放尿したことでした。それからは“この世から消えてなくなりたい”とばかり考えていました」(朱璃さん)
 その後も父の暴力は止まらず、朱璃さんは児童相談所に保護されたりを繰り返しながら、小学校を卒業。中学校時代は約2年間を児童養護施設で過ごし、そこから通学もしていた。
※女性セブン2012年7月5日号
http://www.news-postseven.com/archives/20120621_122551.html

自分より力の弱い者に対し暴力を振るう……私が最も怒りを感じるタイプの男のようです。私はどんなに腹が立とうとも立場が下の者、あるいは自分より非力な者には絶対に手は出しません。
しかし、こういうゲス野郎に出くわすとスイッチが入ってしまいブン殴りかねない。いや、誰か無理やり止めないと殺してしまうでしょう。

2012/06/22
今月20日に成立した原子力規制委員会設置法の付則に、原子力の利用目的として「安全保障」の文言が盛り込まれたことに対し、韓国各紙は22日、「日本、ついに核武装の道を開いた」(朝鮮日報)など、警戒感をあらわにした記事を掲載した。
 東亜日報は社説で、「日本が核の軍事利用の可能性を払拭できなければ、国際社会が北朝鮮とイランの核開発をストップさせようとする名分を失う」と指摘。中央日報は、「日本が核武装すれば、韓国も(核武装を)せざるを得ない。誤解の余地のないよう、表現を正すことを望む」と主張した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120622-00001151-yom-int

 日本政府関係者は、韓国紙の報道について、「完全な事実誤認だ」と反論している。
 「安全保障」の意味について、設置法をまとめた一人である吉野正芳・自民党衆院議員は、核の軍事転用の防止や原子力の安全の確保、核のテロ阻止などを挙げ、「規制委員会に(対応を)一元化する意味」と国会で答弁している。藤村官房長官も記者会見で「原子力基本法は従来通り、原子力利用は平和目的に限定すると規定されており、軍事利用に道を開くとの指摘はまったくあたらない」と強調している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120623-00000045-yom-pol

 追加された「安全保障に資する」の部分は閣議決定された政府の法案にはなかったが、修正協議で自民党が入れるように主張。民主党が受け入れた。各党関係者によると、異論はなかったという。
 修正協議前に衆院に提出された自公案にも同様の表現があり、先月末の本会議で公明の江田康幸議員は「原子炉等規制法には、輸送時の核物質の防護に関する規定がある。核燃料の技術は軍事転用が可能で、(国際原子力機関=IAEAの)保障措置(査察)に関する規定もある。これらはわが国の安全保障にかかわるものなので、究極の目的として(基本法に)明記した」と答弁。あくまでも核防護の観点から追加したと説明している。
 一方、自公案作成の中心となった塩崎恭久衆院議員は「核の技術を持っているという安全保障上の意味はある」と指摘。「日本を守るため、原子力の技術を安全保障からも理解しないといけない。(反対は)見たくないものを見ない人たちの議論だ」と話した。
(中略)
二つの点で大きな問題がある。
 一つは手続きの問題だ。平和主義や「公開・民主・自主」の三原則を定めた基本法二条は、原子力開発の指針となる重要な条項だ。もし正面から改めることになれば、二〇〇六年に教育基本法が改定された時のように、国民の間で議論が起きることは間違いない。
 ましてや福島原発事故の後である。
 ところが、設置法の付則という形で、より上位にある基本法があっさりと変更されてしまった。設置法案の概要や要綱のどこを読んでも、基本法の変更は記されていない。
 法案は衆院通過後の今月十八日の時点でも国会のホームページに掲載されなかった。これでは国民はチェックのしようがない。
 もう一つの問題は、「安全確保」は「安全保障に資する」ことを目的とするという文言を挿入したことだ。
 ここで言う「安全保障」は、定義について明確な説明がなく、核の軍事利用につながる懸念がぬぐえない。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012062102000113.html

現状だって借り物か自前かの違いだけ。アメリカの核の傘に守られてきたことは事実です。
有事の際は、日本の領海内にいる米軍の核ミサイル搭載艦船からそれが発射されるはずですよ。
しかし、そうしたこととはまた別に、日本の官僚が核武装を理想としているのは間違いないと思われるわけで、いつでも核ミサイルに転用出来るだけのものは、米国の裏承認のもと密かに隠し持っていると、私なぞは大いに邪推しております。

Spencer Wiggins – I’d Rather Go Blind

 日本から英領ケイマン諸島に証券投資の形で流入した資金が2011年に15兆3603億円に上ったことが24日、財務省の統計で分かった。個人による高利回りの金融商品の購入が多くを占めている。
http://www.47news.jp/CN/201206/CN2012062401001752.html

15兆? 日本人てそんな金持ちなの?

 SFエロティック映画の金字塔として知られる「バーバレラ」が、テレビドラマ化されることになったとハリウッド・レポーター紙が報じた。
製作を手がけるのはフランスの映画製作会社ゴーモンが立ち上げたゴーモン・インターナショナル・テレビジョンで、プロデュースはマーサ・デ・ラウレンティス、監督・製作総指揮にはライアン・ゴスリング主演「ドライヴ」で独自の映像世界を披露したニコラス・ウィンディング・レフン。
ジャン=クロード・フォレストのSFコミックの映画化で、遠い未来を舞台にある科学者を探し出す指令を受けた女宇宙戦士バーバレラ(ジェーン・フォンダ)の旅路を描くもので、キッチュな性的描写からカルト映画として知られている。
http://eiga.com/news/20120623/11/

ジェーン・フォンダは、反戦運動にしても美容体操にしても、はやりに乗るのが好きな人で、傍から見てるといささか上滑りな感じは否めません。おそらくとてつもなく扱いにくい、お付き合いのむずかしい女性なんでしょうね。
ただ私はこの人の、瓜実顔で、鼻先がぴょこんとなってるご面相が昔から好きでして、けっこうファンでしたよ。

 首相は追悼式に先立ち、公園内の国立沖縄戦没者墓苑も訪れ、献花した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120623/plc12062312320003-n1.htm

その様子を見ていて、『仁義なき戦い』第1作目ラストシーンが脳裏をよぎりました。
「鉄っちゃん、こんなぁ、こがァなことしてもろうて満足か? 満足じゃなかろうが? わしも同じじゃ」
「広能! おどりゃァ、腹ァくくった上でやっとるんかッ」
「山守さん……、弾はまだ残っとるがよ」

大阪市の橋下徹市長が、メーンストリート・御堂筋のにぎわい作りのため、沿道のオフィスビル1階にカフェやブランドショップなど商業テナントが入居した場合、ビルの固定資産税を軽減する優遇策を検討していることがわかった。
 集客施設を積極的に誘致し、パリ・シャンゼリゼ通りのような「歩いて楽しいストリート」にしたい考えだ。
 梅田と難波を結ぶ御堂筋(約4キロ)の沿道には、大手銀行や生保会社などのビルが並ぶ。ただ、1階部分は銀行窓口や会社事務所が多く、夜間や休日には人通りが少なくなるなど、「にぎわいに欠ける」と指摘されていた。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120620-OYT1T00726.htm

私は知りませんけど、御堂筋も時代によってずいぶんと変化をしてきたようですね。
橋下さんは、いかにも関西人の感性が投影され具現化している景観を、小ぎれいでコジャレた雰囲気に作り変えようという。これを「北朝鮮みたいだ」とは言いませんけど、上からの改革が功を奏するかどうかは はなはだ疑問です。

欧陽菲菲 – 雨の御堂筋(1971)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

坂本スミ子 – たそがれの御堂筋(1972)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

内山田洋とクール・ファイブ – 二人の御堂筋(1975)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

坂本スミ子 – たそがれの御堂筋’77
編曲:大野雄二(ディスコアレンジ)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

毒々しい色の看板、過剰な広告、狭い舗道、なによりも統一感の無さ、、、
日本中どの街も似たり寄ったりの状況ですね。
品格の感じられる街並みになるためには、まず人がセンスを磨くこと。すべてはそこから始まります。
行政の規制・誘導など、手法としては下の下ですよ。

ちなみに7月14日(パリ祭)には国軍の軍事パレードがシャンゼリゼ通りで行われます。

ダニエル・ビダル – オー・シャンゼリゼ(日本語)(1971)
Danièle Vidal – Les Champs-Élysées(version japonaise)

ジョー・ダッサン – オー・シャンゼリゼ(日本語)(1971)
Joe Dassin – Les Champs-Élysées(version japonaise)

Joe Dassin – Les Champs-Élysées(1969)

Lionel Morton – Waterloo Road(1969)

Jason Crest – Waterloo Road(1968)

元歌にうたわれているWaterloo Road, London, United Kingdom は、こんなこんな通り(下)

Waterloo Rd, London, SE1, UK

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Raymond Lefèvre Orchestra – Les Champs-Élysées(1973)

Mario Pelchat – Les Champs-Élysées

クレモンティーヌ – オー・シャンゼリゼ(live, 2011)

Miles Davis – Nuit Sur Les Champs-Élysées シャンゼリゼの夜(1958)

Sidney Bechet – Promenade aux Champs-Elysées

私も『オー・シャンゼリゼ』はダニエル・ビダル盤で初めて聴いたクチでして、最初『東京の屋根の下』みたいだなと思った。

フランス パリ 五月革命(1968)

フランスでは 前年68年に起きたパリ五月革命の熱気冷めやらぬ時分に ジョー・ダッサンによって歌われ、若者たちの気分とは裏腹に、和解と再生と日常回帰への楽観的で多分にノスタルジックな讃歌として受け容れられたのでした。

追加記事

(2018年1月2日)

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