ことば
日航ジャンボ機墜落事故
1985年8月12日午後6時56分、羽田発伊丹行きの日本航空123便(乗客・乗員524人)が32分間の迷走の末、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落し、出張の会社員やお盆休みの旅行客ら520人が死亡、4人が重傷を負った。単独機の事故では世界の航空史上最悪の死者数。垂直尾翼などが破壊されて操縦不能に陥っており、運輸省航空事故調査委員会(当時)は、7年前に起きた同機のしりもち事故で、ボーイング社が行った修理のミスが遠因と指摘した。<毎日新聞2016年8月10日 東京夕刊 より引用>
映画『麦秋』において、人間が幸福に生きることについての小津の思想・哲学が最も直截(ちょくせつ)に表出されたという意味で、とりわけ重要な意味を持つこの場面で、小津は、すき焼きの美味しさを共有し合うことで頂点に上り詰めた間宮家の幸福の姿を映しだすと同時に、その臨界点、あるいは頂点において、「幸福の限界」を露出させることで、原節子を号泣させることになる。
<集英社新書 末延芳晴著『原節子、号泣す』178ページ より一部引用>
『麦秋』は1951(昭和26)年10月3日封切で、
初老にさしかかった植物学者の周吉とその妻・志げ、長男で都内の病院に勤める医師の康一、康一の妻・史子、康一と史子の幼い息子たち2人、それに長女で丸の内の会社で秘書をしている紀子が、一つ屋根の下で暮らしているという設定。
敗戦からわづか6年しか経っていない時代に、家ですき焼きを食べるのだから、経済的にかなり恵まれた一家ということになるが、もちろんその日は一家にとって特別な日なのだった。
ちなみに「麦秋」は言葉としては麦の収穫期である初夏を指し、『晩春』に続く季節。
2016/03/08
忌野清志郎さんが率いたロックバンドRCサクセションが坂本九さんの名曲「上を向いて歩こう」をカバーした楽曲が、映画『殿、利息でござる!』の主題歌に使用されることが明らかになった。
坂本さんの名曲「上を向いて歩こう」はビルボードで全米1位を取った唯一の日本語楽曲。そんな曲のRCサクセションのカバー版を主題歌に使用した理由を中村義洋監督は、「清志郎さんはこの曲をライブで演奏する時、『日本の有名なロックンロール!』と紹介していました。それには『こんなすごい曲があるんだぜ』という意味もあったと思います。それは『こんなすごい人がいたんだぜ』という、この映画を作る意義にも合致したような気がしています」と語っている。
http://www.cinematoday.jp/page/N0080936
そういえば清志郎バージョンに対する永六輔のコメントは見たことがない。
2016/06/29
『闇に葬られた「怪死」の真相』(別冊宝島編集部/宝島社)では、そのような「怪死」と呼ぶべき18の事件を取り上げている。
(中略)
「怪死」は個人にとどまらず、もっと大きなものにも及んでいる。それが1985年の「日航ジャンボ機墜落事故」だ。現在でも御巣鷹の尾根で追悼慰霊式が行なわれており、本件を知る人は多いだろう。では一体、この事故の何が「怪死」なのか。
作家の安部譲二氏によれば、この墜落は「無残に撃墜されたのだ」という。簡単に説明すると、自衛隊の無人標的機がジャンボ機の尾翼に衝突し、その事実を隠蔽するために戦闘機により撃墜された、ということだ。
本件に関しては検証や調査に不透明な部分も多く、安部氏のような説が語られる土壌が多分に存在することもまた事実なのである。<日航ジャンボ墜落事故は「撃墜」だった? 謎多き「怪死」の真相は究明されるのか! ダ・ヴィンチニュース より一部引用>
http://ddnavi.com/news/308660/a/
このほか米軍関与説もまことしやかに語られている。
2016/07/12
「上を向いて歩こう」を歌った坂本九さんの妻で女優の柏木由紀子(68)が12日、同曲の作詞を手がけ、7日に亡くなった永六輔さんを偲んで、コメントを寄せた。
「『上を向いて歩こう 涙がこぼれないように…』 あらためてこの歌詞をかみしめています。主人坂本九にとって、永さんは歌はもちろんの事、エンターティナーとしての成長を時には厳しく、また人生の先輩として色々と教えて頂き、温かく見守ってくださいました。感謝の気持ちでいっぱいです」とつづった。
さらに「上を-」を作詞した永さん、作曲した中村八大さん、歌唱した坂本さんの3人が天国で再会している様子を思い浮かべ、「永六輔さん、中村八大さん、坂本九 6、8、9、3人の楽しい会話が聞こえてくるようです」とコメントした。<坂本九さんの妻・柏木由紀子が永六輔さん偲ぶ 「上を向いて歩こう」の689が天国へ/デイリースポーツ online より一部引用>
https://www.daily.co.jp/gossip/2016/07/12/0009277992.shtml
‘Sukiyaki’ song lyricist Rokusuke Ei dies at 83
Yama To
2016/07/12
2016/07/12
7日に亡くなった永六輔さんは、坂本九さん(享年43)が歌い、全米1位を獲得した「上を向いて歩こう」の作詞を手掛けた。
九さんの妻で女優の柏木由紀子(68)は11日、スポーツ報知の取材に「突然のことで驚きました」とコメント。九さんが亡くなった後も交流が続いていたそうで「寂しいですが、とても感謝しています」と話した。
永さんが作詞し、中村八大さんが作曲した九さんの「上を向いて歩こう」。61年に発売されると爆発的ヒットを記録した。米国では63年に「SUKIYAKI」のタイトルで発売。ヒットチャート「ビルボード」で3週連続1位という快挙を達成した。
64年に米国内でのレコード販売枚数が100万枚を超えたため、九さんは日本人初の「ゴールドディスク」を受賞した。都内にある柏木の自宅には、このゴールドディスクが飾られている。
この日、永さんの訃報を伝え聞いた柏木は「びっくりしました」と声を詰まらせた。「やはり坂本九にとってはいろいろな意味で影響のあった方。いろいろなことを教えてもらった方です。私にとってはとても優しいおじいさまという感じなんですけどね」と振り返った。
1985年の日航ジャンボ機墜落事故で九さんが亡くなって以降も交流は続いていた。「昔の坂本九の話を聞かせてほしいと、娘を連れてお食事に行ったこともあります」。長女で歌手の大島花子(42)、次女で女優の舞坂ゆき子(39)と一緒に開催しているコンサートを見に来てくれたこともあったそうで「しゃれた小話を勉強してトークに入れたほうがいいよ」とアドバイスしてくれたという。
http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160711-OHT1T50240.html
2016/07/13
昭和60年8月の日航ジャンボ機墜落事故で夫を亡くした大阪府箕面市の谷口真知子さん(68)が再制作を進めていた絵本「パパの柿の木」が完成した。1作目と同じく、悲しみから立ち直る家族の姿を描いている。ページ数を倍以上にし、絵も一新。谷口さんは12日に墜落現場の「御巣鷹の尾根」(群馬県上野村)に登り、夫の正勝さん=当時(40)=の墓標に向かって絵本を開き、「パパ、報告に来たよ。ありがとう、これからも見守ってください」と語り掛けた。15日から販売される予定。
http://www.sankei.com/west/news/160713/wst1607130048-n1.html
2016/07/17
乗客乗員520人が犠牲となった1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故から31年を迎えるのを前に、日航社員やグループ会社の整備士たち43人が16日、群馬県上野村の追悼施設「慰霊の園」で清掃を行った。http://www.yomiuri.co.jp/Fnational/F20160717-OYT1T50026.html
2016/07/20
1985年の日航ジャンボ機墜落事故で救護支援に当たった保健師の働きぶりや記憶を後世に伝えようと、県在宅保健師「さちの会」(鈴木いせ会長)が会員ら15人の体験談を冊子にまとめた。
冊子のタイトルは「日航機御巣鷹山墜落事故30年目の記憶―群馬の保健師たちの証言」。400部作成し、行政機関や県内の看護系大学などに贈った。
http://www.jomo-news.co.jp/ns/3814689461048628/news.html
2016/07/21
『沈まぬ太陽』は、大航空会社の闇の構図、そして労働組合委員長となった主人公をとりまく人間ドラマを描いた山崎豊子原作の長編社会派小説だ。単行本で5巻完結したのが1999年のこと。
発売後は、元々の山崎豊子ファンはもちろんのこと、中年サラリーマンや社会に出たばかりの若者など幅広い層から支持され、5巻全巻がベストセラーとなっている。
原作の内容は、社会正義や会社のためを思って組合活動をしていた主人公が、アフリカに左遷されるなど次々にひどい仕打ちを受けながらも、あくまで会社にとどまり、奔走し続けるというもの。途中、航空史上、空前の大惨事と言われたに日航ジャンボ機墜落事故にまつわる会社の構図なども浮き彫りにしている。
この作品が人気なのは、緻密な取材に裏打ちされたノンフィクションのようなリアル感もあるが、何より主人公の前向きな姿勢と、苦境に追い込まれても生き方を曲げない強さなのだろう。<サラリーマンのバイブル!_ 「沈まぬ太陽」が人気の理由 – エキサイトニュース より一部引用>
http://www.excite.co.jp/News/90s/20160721/E1466994341299.html
2016/07/23
23日午前9時40分ごろ、1985年に日本航空のジャンボ機が墜落した群馬県上野村の御巣鷹山で、登山道の整備作業をしていた日航社員相馬裕さん(59)=横浜市磯子区岡村=が、斜面から約50メートル下に滑落した。相馬さんは同県藤岡市の病院に搬送されたが、頭を強く打っており死亡が確認された。県警藤岡署は、相馬さんが誤って滑落したとみて詳しい状況を調べている。
同署によると、相馬さんは同社の安全推進本部ご被災者相談室に勤務。午前7時40分ごろからほかの社員7人と整備作業を始め、登山道の脇に並べて置く丸太が滑り落ちないようにくいを打ち込む作業をしていたという。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072300216&g=soc
2016/07/25
日航ジャンボ機墜落事故の現場「御巣鷹の尾根」(群馬県上野村楢原)で23日に登山道を整備中に滑落、亡くなった相馬裕さん(59)の事故を受け、尾根の管理人、黒沢完一さん(73)や関係者らが24日、尾根に入り、滑落地点の周辺にロープを張り、立ち入りを制限した。
約50メートル下の落下場所では花を手向け、相馬さんの死を悼んだ。
http://www.jomo-news.co.jp/ns/8414694096096282/news.html
危険なとこなんだな。
いつか訪れて、手を合わせておきたい場所だ。
2016/07/28
群馬県上野村にある日航ジャンボ機墜落事故の追悼慰霊施設「慰霊の園」内に建つ慰霊塔が、スマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」でアイテムが入手できる地点「ポケストップ」に設定されていることが分かった。7月28日、NHKニュースなどが報じた。
「慰霊の園」は、1985年8月12日に発生した日航ジャンボ機墜落事故の慰霊施設で、現場となった「御巣鷹の尾根」の麓にあり、村や日本航空などで作る法人が管理している。
慰霊塔は、墜落現場となった「御巣鷹の尾根」に向かって合掌する様子を表すデザイン。慰霊塔の奥には納骨堂があり、犠牲者のうち身元識別不可能として火葬された犠牲者の遺骨が123の壷に納められている。
上野村の神田強平村長は上毛新聞の取材に対し、「慰霊のための場所なので、ゲームの要所に指定されていることは好意的には感じられない。遺族や関係者に迷惑がかかることがあれば解除を要請する」とコメントした。<【ポケモンGO】日航機墜落事故の慰霊塔がアイテム入手地点に 地元村長「好意的には感じられない」 | ハフポスト NEWS より一部引用>
http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/28/pokemon-go-jal-accident-spot_n_11235008.html
2016/07/29
米大手航空機メーカーのボーイングが「ジャンボ」の愛称で知られる大型機ボーイング747の生産終了を検討していることが28日、分かった。受注の低迷に対応するのが狙い。同社が米証券取引委員会(SEC)に提出した資料に、十分な受注を獲得できない場合「747の生産終了を決める合理的な可能性がある」と記した。
機体前方が二階建てになったジャンボ機は大量輸送が持ち味で、1970年の商業飛行開始から半世紀近く活躍してきた。だが、燃費性能が劣ることが敬遠されて、日本航空と全日本空輸などは既に退役させた。
ボーイングは現在ジャンボ機の改良型となる747-8型を製造しているが受注が振るわないため、年12機の生産ペースを今年9月から年6機に減らすことを既に公表していた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201607/CK2016072902000141.html
2016/07/31
1985年8月の日航ジャンボ機墜落事故から30年余りを経て、事故の悲惨な記憶と安全への祈りを小学生に伝える活動を遺族が始めた。慰霊の灯籠を共に作り、現場となった御巣鷹の尾根(上野村)への登山も計画している。乗り越え、つなぐ-。「命は自分だけのものじゃない」。切実な訴えに、事故を知らない子も身を乗り出し、涙を拭った。
「聞いてくれてありがとう」。小学3年生だった次男の健君=当時(9つ)=を亡くした美谷島邦子さん(69)は7月12日、健君が通っていた東京都大田区立東調布第三小の6年生60人と向き合っていた。
40分間の「いのちの授業」。スクリーンには美谷島さんが描いた健君や機体のイラスト、事故当時の現場写真などが次々と映し出された。「大切なものは目に見えない」「安全の扉を一緒に開けたい」。美谷島さんは優しく穏やかな口調で語り掛けた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/list/201607/CK2016073102000172.html
2016/08/02
日航ジャンボ機墜落事故現場の御巣鷹の尾根に近い上野中と神流中里中、万場高の3校は1日、合同慰霊登山をした。
生徒有志や教職員、保護者ら計79人が昇魂之碑に千羽鶴をささげ、犠牲者の冥福を祈った。
http://www.jomo-news.co.jp/ns/3414701019228007/news.html
2016/08/05
520人が犠牲となった1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故から31年を迎えるのを前に、県警警察学校の初任科生ら52人が5日、上野村の墜落現場「御巣鷹の尾根」(標高約1540メートル)に慰霊登山し、犠牲者を追悼する「昇魂之碑」を清掃した。
この日、参加した初任科生の平均年齢は19・4歳で、全員が事故後に生まれた世代。
http://mainichi.jp/articles/20160806/ddl/k10/040/310000c
2016/08/05
520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から31年となるのを前に、今年度、新たに採用された警察官たちが墜落現場となった群馬県上野村の御巣鷹の尾根に登り、犠牲者を追悼しました。
日本航空のジャンボ機が群馬県上野村の山中に墜落し、520人が犠牲になった事故から今月12日で31年となります。
当時、救助活動や遺体の捜索に当たった群馬県警察本部では事故の教訓を学ぼうと、新人警察官が毎年、慰霊の登山を行っています。
5日は今年度、新たに採用された警察官など、およそ50人が事故現場となった御巣鷹の尾根を目指しました。警察官たちは尾根に到着すると、慰霊碑の「昇魂之碑」を丁寧に布で拭くなどして清掃を行いました。そして、花を供えたあと、およそ1分間黙とうして、犠牲者を追悼しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160805/k10010622911000.html
2016/08/07
1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故に際し、遺体が一時安置された藤岡市内で遺族に付き添った主婦らでつくる「ふじおか・おすたか・ふれあいの会」と藤岡婦人会の12人が6日、藤岡公民館の「遺体安置の碑」を清掃した。朝6時から約30分間、石碑を磨いたり、周辺の雑草を抜いたりした。
清掃活動は2004年から毎年夏に行っている。31年前、遺族の待機所となった市内の体育館や公民館で汗を流した当時の婦人会員は、石碑を清掃する度に、暑かった当時の夏を思い出すという。
http://mainichi.jp/articles/20160807/ddl/k10/040/100000c
2016/08/08
日航ジャンボ機墜落事故から31年目となる12日を前に、群馬県上野村の御巣鷹の尾根の管理人、黒沢完一さん(73)が7日、旧登山道にある「みかえり地蔵」を清掃し、慰霊登山の準備を行った。
地蔵は尾根に至る村道脇の「みかえり峠」にある。
http://www.jomo-news.co.jp/ns/4914705848413596/news.html
2016/08/08
1985年の日航ジャンボ機墜落事故の犠牲者を慰霊する灯籠(とうろう)流しに合わせ、前橋市小相木町の盆花専門店「みくに」の中村香代子さん(65)が、今年夏も事故犠牲者と同数の520本の盆花をつくった。事故から31年を迎える今年は「30年の節目からの新たな歩みの年」。ハスを模した花びらには、死後初めて迎える「新盆」用の花と同じ赤色を入れた。
灯籠流しは今月11日夕、事故現場「御巣鷹の尾根」のふもとを流れる上野村の神流川で営まれる。中村さんの盆花作りは、今年で11回目。520本の花は一本ずつ手作業で約1カ月かけて製作し、7月末に完成し、特大の段ボール2箱分になった。当日は遺族や日航職員らと協力して、河原に盆花を向かい合うように立て、慰霊に来た遺族が通る「空につながる道」を作る。
道が完成した時に、遺族と一緒に事故犠牲者との「再会」を喜び合う。「また会えたね」「みんなここにいるよね」−−。
http://mainichi.jp/articles/20160808/ddl/k10/040/200000c
2016/08/08
事故が発生した当時は、DNA鑑定の技術が普及していなかった。したがって、犠牲者の個人識別は、遺族などから提供された生前の情報、たとえば、血液型・指紋・毛髪・写真・足紋なども身元確認に役立てられ、さらに主として歯科治療の所見が確認できる診療録(歯科カルテ)の治療履歴やレントゲン写真に基づいて行われた。
人の歯は上下左右合わせて32本ある。歯はう蝕(虫歯)の罹患率が高いため、治療経験のない人は少ない。歯に金属を被せたり、詰めものをしたり、義歯を入れているなど、何らかの処置の形跡が残っている。しかも歯科医院は、診療録(歯科カルテ)やレントゲン写真を最終治療から5年間の保存を義務づけられている。この歯の所見の唯一性こそが身元確認の信憑性を裏づける根拠となっている。
法医学者、法歯学者、歯科医師などによる検視班の身元確認は、事故発生2日後の8月14日から12月18日までの127日間にわたって昼夜を徹して行われた。
検視総数2065体のうち、688体518名の身元を確認。検視の結果、五体すべてが残存していた遺体は177体、五体の一部が離断した遺体のうち、部位が特定できた遺体は680体、部位不明の骨肉片は893体。事故の甚大さを物語る悲惨な数字ばかりだ。
12月、群馬県前橋市の群馬県民会館で合同慰霊祭が執り行われた。最終的に確認できなかった遺体片は、火葬後、墜落現場に近い上野村の「慰霊の園」へ納骨・埋葬されている。<1985年8月12日日航ジャンボ機墜落事故。犠牲者の身元確認はどのように進められたのか?|健康・医療情報でQOLを高める~ヘルスプレス HEALTH PRESS より一部引用>
http://healthpress.jp/2016/08/dna-22.html
あす2016年8月12日は『日航ジャンボ機墜落事故』から31年目にあたる。
多くの方が亡くなった上に、謎の多い事故だった。
早いものでもう31年かと思うが、日本人の平均寿命、男性80・79歳、女性87・05歳(2015年)からすれば、まだたった31年しか経っていない とも云える。
上掲の報道からも読み取れるように、家族や関係者が今もこの事故を大きく重いものとして胸に抱えつつ日々過ごしているという現実がやはりある。あの事故は今日のこの現実とまさに地続きなのであって、それが歴史に変わっていくには少なくともあと百年は必要だろう。
そして我らの時代の人、坂本九。
全米ヒットチャートNo.1 を獲得するという痛快な偉業を成し遂げた若者だ。
墜落事故に遭遇したときは満43歳だった。
明日の命日を前に、今年もまた歌声を聴き、またともに歌って、彼と彼の生きた時代へ思いを致し、犠牲者たちの無念を慰めたい。
坂本 九 – 上を向いて歩こう(JP:1961/10/15)
Kyu Sakamoto – Sukiyaki(US:1963/03/25, UK:1963/06)
5度目の引用。
Retitled “Sukiyaki” for release in English-speaking countries, this #1 hit’s original Japanese title was “Ue o Muite Arukō,” which translates as “I look up when I walk.” The song returned to Billboard’s top 10 in 1981 by Taste Of Honey and again in 1995 by 4 P.M. (For Positive Music).
Otto Brandenburg – Sukiyaki(TV live)
Otto Brandenburg Sukiyaki (På toppen) 1 September 63
曲としては2度目の引用。
Os Golden Boys – Sukiyaki(Brazil:1963)
Orchestra Aimable – Sukiyaki / Barcarole in der Nacht / 1999(1963)
メドレー。
Lawrence Welk – Sukiyaki
from the album “Scarlett O’Hara”(US:1963)
インスト曲。
Karsono Bersaudara – Sukiyaki
from the EP “Persembahanku Bagimu”(Indonesia)
Helmut Zacharias And His Orchestra – Sukiyaki
from the album “Teatime In Tokyo”(Germany:1964)
インスト曲。
Sissel Kyrkjebø – Sukiyaki(TV live)
In March 1984 Sissel sang this in the TV program “Husker du” (Do you remember).
Sissel Kyrkjebø – Sukiyaki(Norway:1988)
John Denver & Sheena Easton – Counrty Roads, Sukiyaki & Smile Japan’95(TV live)
Regine Velasquez – Sukiyaki(live, 1995)
アジア・ポップス・クイーンズ・イン・吉野ヶ里
岩崎宏美・西田ひかる(日本)、アム(タイ)ファウジア・ラティフ(マレーシア)、レジーン・ヴェラスケス(フィリピン)
1995年10月7日
上を向いて歩こう スキヤキ_ sukiyaki すき焼き 坂本九 カバー
小木里花チャンネル
2015/10/21
Kina Grannis – The Sukiyaki Song – Folk Fest – Ottawa
QUEEN STREET ENTERTAINMENT
2015/11/09
SUKIYAKI
Five-Eaux
2015/11/20
Sukiyaki – Handbell Harmony Wii Music
Jonny Music
2015/12/21
5th and final of the 5 songs from Wii Music’s Handbell Minigame.
Sukiyaki – 上を向いて歩こう – Ukulele
Daniel Arthur
2015/12/27
上を向いて歩こう/Sukiyaki メロディオンフェスティバル2015 ケンハモーション
1分間で音楽レッスン♪
2016/01/25
演奏:Trioケンハモーション
Sukiyaki/Ue O Muite/上を向いてあるこう (Ukulele & Voice) – Laurance Tan
Laurance Tan
2016/01/27
Ue o Muite Arukou “Sukiyaki” – KYU SAKAMOTO (Roaming Mandarines #55 in Kyoto [JAPAN])
Groovy Banana
2016/01/31
The merry jean – 上を向いて歩こう(SUKIYAKI)
The merry jean
2016/02/07
Kunitech Music323″Look at the sky(Sukiyaki Song)”
Kunitaka Watanabe
2016/03/06
Performed by Kunitaka Watanabe at Encore Musique Atelier(Kobe City,Japan)
「ルック・アット・ザ・スカイ/オリー・マーズ(上を向いて歩こう/坂本九」をピアノとシンセサイザー弾き語り。
演奏 渡辺邦孝 アンコール音楽工房(兵庫県神戸市)にて
Sukiyaki(LIVE)- Priscilla Ahn at Billboard Japan
Priscilla Ahn Fans
2016/03/30
上を向いて歩こう SUKIYAKI, arr. by 宮 哲之
Swingin’ Paradise TV
2016/04/17
Performed by Swingin’ Paradise Jazz Orchestra and PFF J@zz Band together
上を向いて歩こう sukiyaki(バイオリン・箏・ピアノ)
Mu Yoshi
2016/04/19
2016/4/10 名古屋「百花百草」のチューリップフェア
演奏:プリズム
En ~Laços de Amizade _ clipe Sukiyaki(Ue Wo Muite Arukou) 88
En Laços do Destino
2016/05/11
King Blue – Sukiyaki(Live 2016)
sfsurfmusicfan
2016/05/21
Moe’s Alley, Santa Cruz, CA
Kamil & Mr. Okamoto — MR. SANDMAN / SUKIYAKI (Livehouse ANGA, May 12, 2016)
Sara Sakamoto
2016/05/21
Hiroshi Kameda & Luk Bellens – Sukiyaki
Luk Bellens
2016/06/27
上を向いて歩こう(sukiyaki) 尺八:脇谷敏明
脇谷敏明
2016/06/30
Sukiyaki
mikkelodeon
2016/07/09
永六輔さん追悼【上を向いて歩こう(SUKIYAKI)~Instrumental~】 cover piano solo(小原孝アレンジver.)ピアノソロ
macky@piano♪♪(まっきぃ)
2016/07/11
作詞:永 六輔、作曲:中村八大、歌:坂本 九(ピアノ編曲:小原 孝)
Sukiyaki in the style of Chet Atkins and Tommy Emmanuel
cwsgershwin
2016/07/18
坂本九の上を向いて歩こう(sukiyaki)をアルトサックスとピアノで演奏してみた
長内阿由多
2016/07/26
Sukiyaki song cover
See Sandra W. TV
2016/08/01
上を向いて歩こう SUKIYAKI in Swing 京都市立大宅中学、勧修中学、音羽中学校吹奏楽部
Eu Tuba
2016/03/13
2016/08/11
520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故が12日で発生31年となるのを前に、現場となった御巣鷹山の尾根の麓を流れる群馬県上野村の神流川で11日、遺族らが灯籠を流し犠牲者の冥福を祈った。
墜落時刻の午後6時56分が近づくと遺族らは「空の安全を永遠に」などと書かれた灯籠を川に流し手を合わせた。水面(みなも)で約300個のオレンジ色の明かりが柔らかに周りを照らした。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG11HAY_R10C16A8CC1000/
日航機墜落事故 あす31年 遺族らによる灯籠流し(16/08/11)
ANNnewsCH
2016/08/11
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第五ステージ
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第五ステージ
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第四部
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第四部
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第四部
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement Part3
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement Part3
- サントリー提供の 懐メロ ヒットパレード more register movement
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) more register movement
以下、「ジェット機」「飛行機」「飛ぶ」「Fly」「上を向いて歩こう」「坂本九」関連の投稿。
- 儂は舞い上がった(試訳:I’m flustered.) register movement 第四部
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- 聖火台(点火)――平均台(の妙技)――(安田講堂)時計台(放送)――秋吉台(道路開通)――(マハラジャの)お立ち台 register movement Part3
- ハイそれまでヨ 續 more register movement
- 誅戮(ちゅうりく)とは「罪ある」者を殺すこと。罪なくして殺さるゝは非業の死といふなり 續 more register movement
- 警報をどこ吹く風の股火鉢 モトイッ春火鉢 續 more register movement
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- 飛びますッ飛びますッ 續 more register movement
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- ラクダといえば大駱駝艦。あれは72年の結成。60年代じゃないんです。 續 more register movement
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- タイムリーな「沈まぬ太陽」 more register movement
- あなた、飛行機に乗るのは好きですか? 佐久間航 全文書
- 鐵鋼新報 夏の大敵ボーイング暴食
- 鐵鋼新報 観測者からは太陽があたかも「沈んだ」かのように見える
- 鐵鋼新報 VHSテープ――>DVD-Rコピー(1982 01 31~) 4
追加記事
2016/08/12
520人が犠牲となった1985年の日航ジャンボ機墜落事故は12日、発生から31年を迎えた。墜落現場の「御巣鷹(おすたか)の尾根」(群馬県上野村)には早朝から遺族らが慰霊登山に訪れ、墓標の前で手を合わせた。
http://mainichi.jp/articles/20160812/k00/00e/040/211000c
2016/08/12
日航ジャンボ機墜落事故から31年となった12日夕、墜落現場「御巣鷹の尾根」の麓にある群馬県上野村の「慰霊の園」で追悼慰霊式が営まれ、参列した遺族や日航関係者ら約200人が犠牲者を悼むとともに空の安全を祈った。
遺族らは白い菊の花を献花台に供えて犠牲者の数と同じ520本のろうそくに火をともし、墜落時刻の午後6時56分に合わせて黙とうした。
http://this.kiji.is/136761308853633029?c=110564226228225532
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— ちゃぼ (@Chabo5898) 2016年8月12日
(2016年8月12日)
