23日(日)夕方、にわか雨の中を都議選の投票に行った。
策を弄するは嫌いだが、正直 投票したい候補がいないこともあり、
今回は毒を以て毒を制する作戦(笑)を実行。
民主主義破壊の組織選挙・擬似宗教選挙に対抗すべく、某候補者の名を書いた。
苦渋の選択であったが、わが作戦はどうやら功を奏したようだ。
Orange Pekoe – にわか雨
作詞:Tomoko Nagashima、作曲:Kazuma Fujimoto
アルバム『ポエティック・オー』(2004/07/07)所収。
篠原涼子 – スコール(1992/07/22)
作詞:石嶋由美子、小林徹、作編曲:ゴンザレス三上
アルバム “RYOKO from Tokyo Performance Doll”(1993/01/15)
石川ひとみ – にわか雨(1983/06/21)
作詞:岡田冨美子、作曲:西島三重子、編曲:松任谷正隆
松田聖子 – SQUALL
作詞:三浦徳子、作曲:小田裕一郎、編曲:大村雅朗
アルバム “SQUALL”(1980/08/01)所収。
森田童子 – 驟雨(にわかあめ)
作詞曲:森田童子、編曲:木森敏之
アルバム『GOOD BYEグッドバイ』(1975/11/21)
小柳ルミ子 – 京のにわか雨(1972/08/10)
作詞:なかにし礼、作曲:平尾昌晃、編曲:森岡賢一郎
菅義偉官房長官は2013年6月21日夕方の定例会見で、日本と韓国の通貨スワップ協定の130億ドルの交換枠のうち、7月3日に30億ドル分の期限が切れることについて、
「(期限を)迎えるまでの間に必要があれば延長はするが、韓国側においてあまり必要でないということであれば、日本として判断する」
と述べ、韓国側の要請があれば延長を検討する考えを示した。
記者の
「具体的には日本側から積極的な必要があるということではない、ということか」
という質問に対しては、
「日本側はそう思っています」
と答えた。
http://www.j-cast.com/2013/06/21177803.html
ジリ貧の韓国から、とつぜん「日韓関係改善」の声が出ていることについて、キッパリ。
あからさまに日本を敵視する姿勢に、誠意は通じないとようやく悟ったのか。
日本もアメリカもそろそろヤバイしなぁ・・・
パキスタン北部ギルギット・バルティスタン地域にあるヒマラヤ高峰ナンガパルバット(8125メートル)で23日未明、治安部隊の制服を着た男がベースキャンプを襲撃し、登山中の外国人観光客9人とパキスタン人ガイド1人を含む11人を射殺した。地元当局者が明らかにした。
現地の日本大使館によると、日本人が巻き込まれたとの情報はない。イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」の一派「ジュンダラ」が「外国人を狙った」と地元メディアに犯行を認めた。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/06/23/kiji/K20130623006074020.html
パキスタンのタリバンはイスラム原理主義だけでなく「排外」「攘夷」もやるのか?
それにしても殺すことはないだろ。もはや狂人だな。
米オハイオ州デイトンの国際空港で22日、航空ショーでアクロバット飛行を行っていた複葉プロペラ機が墜落、炎上し、翼の上でスタントを行っていた女性と操縦士の2人が死亡した。
地元テレビ局の映像によると、観客席の前で背面飛行を行った直後に地上に激突した。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20130623-OYT1T00541.htm
「翼の上でスタントを行っていた女性」で真っ先に連想されるのは映画版『ボーイフレンド』のこのシーン。
The Boy Friend(1971)Theatrical Trailer
The Boyfriend | The Boy Friend | Warner Archive
Warner Archive
2016/12/13
アクロバット飛行が登場する映画はけっこうあるけれども、作品として好きなのは『華麗なるヒコーキ野郎(The Great Waldo Pepper)』(1975)。
Henry Mancini – The Great Waldo Pepper(1975)- March
スピルバーグ監督はスピーチで、最近の映画業界は、巨額の制作宣伝費をかけた超大作映画ばかりに頼りすぎているといきなり苦言を呈した。そして、2億5000万ドル(約238億円)もかける映画について、「3作か4作、あるいは6作ほどの超大作映画が立て続けにコケて、大きなメルトダウンが起きるはずだ」と明かしたのだ。
将来的には、超大作だけが映画館で上映され、低予算の映画はテレビで見るようになるとした。それとともに映画館のチケットは高騰し、たとえば、3作目が2013年に公開された「アイアンマン」のような大作になれば、次回作は25ドル(約2400円)ほどになってもおかしくないという。
これに対し、12年に公開され、アカデミー賞主演男優賞などを獲った自作「リンカーン」のような作品は、7ドル(約700円)ほどのチケット価格にしかならないと漏らした。そもそも、この作品は、映画ではなく、テレビドラマとして放映される寸前だったそうだ。
最終的には、映画のチケット代は、5~10倍に跳ね上がり、50~100ドル(4800~9500円)ほどになるとも指摘した。
ルーカス監督も、こうした意見に同意し、「スピルバーグとルーカスでさえ、作品を公開してくれる映画館がない」と嘆いた。
http://www.j-cast.com/2013/06/23177678.html
エンタテイメント性の強い「当たる」映画も、そうでない作品も、どちらも作ってきた2人がそう言うのだから、そうなのだろう。
製作費以上の儲けを出すことが もはや難しいとなれば、自動車産業と同じ途を歩むしかあるまい。
かつて日本の軍備は「時代錯誤」の「大艦巨砲主義」だった。兵器産業・軍需産業の側からすれば何にせよ戦争という在庫一掃の「消費」の場さえあれば新製品を開発し国家に買わせることができるので文句はなかったはずだ。一方ユーザーである軍隊にしてみれば「敗北」「死」に直結するため より高性能であることをメーカー側に求めることになる……はずであるが、日本の場合、兵器開発は完全に軍主導であったため その精神性が直截に反映されていた。「大艦巨砲主義」もその一例である。
自動車は大衆が買う。鯨のように巨大で燃費の悪い高級車を売ってきたアメリカの自動車産業が日本車に負けた理由には、ひとつには彼らの傲りもあったろう。技術開発力は「十分すぎるほど」米側に備わっていたにも関わらず、彼らはそれをしてこなかった。
このように買い手こそ違え、戦前の日本の軍需産業と、戦後のアメリカの自動車産業は、その衰退の理由が鏡で写したように似ているのである。
ハリウッドの映画産業は世界のエンタテイメントをつねにリードしてきた。その市場は黎明期からすでにグローバルなものだった。それでも上掲記事のようなことになってきたということは、どういうことなのか。
作品にアクセス可能なメディアが多様化し、劇場離れした? 然り。
投資の対象として失敗が許されなくなり、「かならず大当たりする」ような企画しか製作費が集まらなくなった? 然り。
事実は映画より奇なりで、現実が映画を凌駕してしまった? これはどうだろう。
私は描かれるべき、現実社会の「人間」「人間精神」が衰退しつつあるため、それを映し出す「映画」というものが面白くなくなったんじゃないか、と感じている。
前世紀は人間精神の最後にして最大のピーク、すなわちクライマックスであって、直後から急激な「衰退期」「終末期」に突入した、と私は観ているけれども、如何。