31 January 2013 Last updated at 10:36 GMT Share this pagePrint
20 of your songs that changed the world
(中略)
8. “The Japanese song Ue O Muite Aruko (I Will Walk Looking Up, 1961) – but inexplicably known in the US and UK as Sukiyaki (1963) – did as much or more to change the attitudes of Americans toward their former enemies as any policy or speech. I am not old enough to remember the song coming out in 1963, but many older Americans have said this song marked the first instance where they began to see Japanese people not just as a former enemy or some mysterious, exotic race, but as people with feelings no different from their own, and capable of expressing beautiful, tender emotions. The effect went both ways. I lived in Japan for about five years, and many older Japanese shared with me how moved they were at the reception this song received in America, and this made them feel more positive toward their former foes. It is still to this date the only Japanese song to ever top the American charts. I do think it helped accelerate the alliance between Japan and the US that has maintained peace in the Pacific for over 50 years.” John Taylor, Washington, DC
http://www.bbc.com/news/magazine-21143345
日本の「上を向いて歩こう」(1961年)という歌は――アメリカやイギリスではどういうわけか「Sukiyaki」(1963年)の名前で知られるが――かつての敵に対するアメリカ人の姿勢を、政策や演説と同じくらい、いやそれ以上の力で変えた。私はこの曲が1963年に発売になった当時を覚えている年齢ではないが、多くの自分より年上のアメリカ人は、この曲こそ日本の人たちをかつての敵、あるいはどこか得体の知れない、風変わりな人種としてではなく、自分たちと何ら変わらない感情を持ち、美しく優しい感情を表現できる人たちだと理解するようになった最初の例に挙げている。この文章を書かれたジョン・テイラーさんは日本に約五年間住んだことがあるそうで、この曲を介して年上の日本人ととてもポジティブな感情を共有したそうだ。
この歌は、今日にいたるまでアメリカのチャートのトップにたった唯一の日本語の曲である。この曲こそ50年以上も太平洋における平和を維持してきた日本とアメリカの同盟関係を促す助けになったと私は確信する。<BBC News Magazine「世界を変えた20曲」に寄せられた坂本九「上を向いて歩こう」についてのコメント – YAMDAS現更新履歴 より一部引用>
http://d.hatena.ne.jp/yomoyomo/20140806/sukiyaki
スキヤキは今に至るも繰り返し外国人によりカバーされている。
これはちょっとスゴいことで、単なる懐メロではなく、エバーグリーン、スタンダードナンバーとして認知されているということがいえるだろう。
BBC記事の「世界を変えた」は、日本人に対するアメリカ人の認識を改めさせた、という意味だろうか。
そうなら黒澤や小津の写真だっておんなじだ。
スキヤキがヒットしたころ、アメリカ人はアメリカの絶対正義をまだ信じていた。
それが大きく揺らぐのはそのすぐ後。
「世界を変えた20曲」にも当然のごとくその時期の歌が含まれている。
2014/07/11
日本唯一のフラガール養成学校として50年
常磐音楽舞踊学院 50周年記念 東京公演
スパリゾートハワイアンズの専属ダンサー”フラガール”(正式名称:スパリゾートハワイアンズ・ダンシングチーム)を養成する常磐音楽舞踊学院(学院長:井上直美、福島県知事認可各種学校)は、今年50周年を迎えました。これを記念して、7月9日(水)、東京国際フォーラムにて特別公演「イムア・未来へ」(イムア=ハワイの言葉で前進の意味)を開催。来場した4,754人の観客が、豪華多彩なゲストを招いた華やかなダンスショーに魅了されました。
(中略)
懐かしのフラメドレーでは、坂本九さんの長女で歌手の大島花子さんがゲストとして参加。名曲「見上げてごらん夜の星を」を、フラガールの踊りと合わせながら、家族の思い出が詰まった旧常磐ハワイアンセンターへの想いを込めて熱唱しました。
http://www.agara.co.jp/prw/?m=0&i=201407112168
2014/07/14
音楽を通して平和について考える催し「平和の鐘を鳴らそう!コンサート2014」が13日、新潟市中央区の新潟日報メディアシップで開かれた。プロや学生のボーカルグループが平和や協力をテーマにした曲を熱唱し、約120人が聴き入った。
(中略)
最後に、坂本九さんの代表曲「見上げてごらん夜の星を」を会場全体で合唱し、平和を願った。
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/culture/20140714123576.html
2014/07/29
ジェシー・アイゼンバーグの主演映画『嗤う分身』が、11月8日から東京・渋谷のシネマライズほか全国で公開される。
(中略)
同作では、劇中歌として坂本九やジャッキー吉川&ブルーコメッツなど、1960年代の日本の昭和歌謡が使用されている。<もう1人の自分に全てを狂わされる男の顛末、ドストエフスキー原作の映画『嗤う分身』 | CINRA より一部引用>
http://www.cinra.net/news/20140729-waraubunshin
2014/08/04
車が走行すると、路面から音楽が響く特殊舗装を施した道路が増えている。
(中略)
和歌山県紀美野町でも07年、国道の320メートル区間に取り入れた。曲は坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」。同町に大きな天文台があることにちなんだもので、町の担当者は「高野山に行く途中に寄ってくれる観光客が増え、地域が活気付いている」と喜ぶ。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20140804-OYT1T50087.html
2014/08/10
昭和60年の日航機墜落事故から30年目となる8月12日、フジテレビは機内の再現ドラマや当時の映像、墜落現場での中継などを交えた特番「8.12日航機墜落 30回目の夏 生存者が今明かす”32分間の闘い” ボイスレコーダーの”新たな声”」(午後6時半)を生放送する。フジは今回、コックピットのやりとりを記録したボイスレコーダーの詳細な解析を実施。衝撃音の回数や、これまで判読不能とされてきた会話の一部など「新事実」が判明したという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140810-00000523-san-soci
【衝撃】 日航機墜落30年目に鮮明になった3回の爆発音 日本航空 123便ボーイング 747 SR100型機 (JA8119)
2014/08/10 に公開
あれから早いもので丸29年だそうだ。
私にとってその歳月はトライアル・アンド・エラーの連続で、寧日なき挑戦の毎日ではあったものの、同時に必要なものは先ず以てカネと体力だとつくづく思い知らされた日々でもあった。
ただしそれ以前の二十数年ほどには意義深いものではなかったように思う。
唯一の収穫は、論理的に考えれば間違いを見抜くことはそう難しくないと分かったことだろう。
他人には高所からガミガミ言うくせに、その論理・規範を己に当てはめず自分にはとことん甘い、そういう人ばかりの世の中で、
私はせめて他人には春風のように接しよう、出来る限りのことはしようという方針で生きてきた。
たいがいの場合それで手痛い竹箆返しを受けるのだが、それも折り込み済みだ。
そうして自然淘汰された友人関係で残る人は1人いるかいないかだろう。
私はこの29年をそうやって生きてきた。
戒名「天真院九心玄聲居士(てんしんいんきゅうしんげんせいこじ)」。墓所は東京都港区西麻布二丁目の長谷寺。墓には「見上げてごらん夜の星を」の歌詞の一部が刻まれている。
<坂本九 – Wikipedia>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E4%B9%9D
私は坂本九を直接には知らない。
が、映像からは、情に篤い人だったように見受けられる。
実際ボランティア活動に熱心で、後輩からも慕われていたようだ。
一度墓前に参って華を手向けたいと思っている。
なにしろその墓はうちから歩いて7、8分。目と鼻の先にある。
かつて日本の一部であり、私の人生の一部でもあった人物だ。
礼の一つも云わなくちゃ嘘だろう。
SUKIYAKI(UE O MUITE ARUKO) cover by Rod MacDonald with Masako
2014/07/03 に公開
龍千玉、蔡小虎 – 上を向いて歩こう & 烏龍茶
hou4you
2013/09/10
SUNTORY “Ue O Muite Arukou” [compiled]
Prince
2012/02/12
ベン・E.キング – 上を向いて歩こう
UNIVERSAL MUSIC JAPAN
2011/10/13
ビージー・アデール – 上を向いて歩こう / Beegie Adair – Sukiyaki
soundtownemijapan
2011/07/12
SUKIYAKI ~上を向いて歩こう~ chromatic harmonica クロマチックハーモニカ
doredorekorekore
2011/06/16
坂本 九 – 上を向いて歩こう(JP:1961/10/15)
Kyu Sakamoto – Sukiyaki(US:1963/03/25, UK:1963/06)
3度目の引用。
Retitled “Sukiyaki” for release in English-speaking countries, this #1 hit’s original Japanese title was “Ue o Muite Arukō,” which translates as “I look up when I walk.” The song returned to Billboard’s top 10 in 1981 by Taste Of Honey and again in 1995 by 4 P.M. (For Positive Music).
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第五ステージ
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第五ステージ
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第四部
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第四部
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement 第四部
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement Part3
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) register movement Part3
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- 上を向いて歩こう(スキヤキ) more register movement
以下、「ジェット機」「飛行機」「飛ぶ」「Fly」を含む投稿。
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- 鐵鋼新報 夏の大敵ボーイング暴食
- 冒険者たち more register movement
追加記事
2014/08/12
乗客・乗員520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から12日で29年となるのを前に、墜落現場の御巣鷹の尾根(群馬県上野村)の麓を流れる神流川で11日、遺族らが灯籠を流し、祈りをささげた。
墜落時刻の午後6時56分が近づくと、「鎮魂」「無事故」などと書かれた200個余りの灯籠が川面を流れ、オレンジ色の明かり1つ1つが辺りを照らした。<日航機墜落から29年 空の安全、灯籠に祈り – 日本経済新聞 より一部引用>
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG11H1E_R10C14A8CC1000/?n_cid=TPRN0009
合掌。
(2014年8月12日)
追加記事
2014/08/12
520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から29年を迎えた12日、群馬県上野村の墜落現場の麓にある「慰霊の園」では、遺族ら約230人が参列し、追悼慰霊式が行われた。
遺族は慰霊塔に献花した後、塔を囲むように置かれた犠牲者と同じ数のろうそくに灯をともし、墜落時刻の午後6時56分に黙とうをささげた。日本航空の佐藤信博副社長は「世界の航空業界で安全をリードする会社になりたい」と語った。
この日は早朝から大勢の遺族らが「御巣鷹の尾根」を慰霊登山した。日本航空によると、午後4時現在の慰霊登山参加者は68家族、226人。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20140812-OYT1T50152.html
明日から30年目が始まる。
(2014年8月12日)