「夏になると当時に引き戻されるんですよ。(日本航空のジャンボ機の)墜落直前にヘッドホンを通じて耳に届いた、パイロットの『ああっ』という悲鳴のような声が忘れられない」
西日本のある空港で、男性(54)は言葉を選び、語り出した。
25年前の夏。東京航空交通管制部(埼玉県所沢市)の管制官として、上空の航空機と交信していた。8月12日も普段と変わらない一日だった。
http://www.asahi.com/national/update/0810/TKY201008100270.html
「空の安全を見守って」。520人が犠牲になった1985年の日航ジャンボ機墜落事故から12日で25年。墜落した群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」のふもとを流れる神流川では11日、遺族らが灯籠(とうろう)を流し、犠牲者の冥福を祈った。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2010081100935
航空評論家たちはこの事故の前まで異口同音に「ジャンボジェット機ほど安全な乗り物はない」「絶対に落ちない」と話していた。そう信じこむほどのことはあったのだろう。
実際に何が起こってあのようなことになったのか、今も真相は明らかになっていないのではないか。
証拠のない陰謀論に与するつもりはないが、事故調査委員会の強引な幕引きに違和感を覚えた人は多いはずだ。
時が経つのは早いもので明日でもう25年。
事故を知らない人も増えた。
エンジンが止まれば墜ちる。あまりに単純な宿命を背負って、旅客機は今日も世界中の空を飛んでいる。
JAL123便 パイロットの苦闘(総集編)
ニュース速報
JAL123 しりもち事故
この墜落事故で死亡者数は乗員乗客524名のうち520名。奇跡的に4名が生還している。
死者の中には歌手坂本九(本名大島九=おおしまひさし)がいた。
- 上を向いて歩こう(スキヤキ) more register movement
- The High And The Mighty more register movement
- register movement: YS-11最終便飛ぶ
- register movement: 坂本九物語
- register movement: チャイナ・ナイツ
【日航機墜落事故】御巣鷹山の慰霊登山(2003~2007年) osutaka0812
- 日航機墜落事故 東京-大阪123便 新聞見出しに見る25年間の記録
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- 日航ジャンボ機墜落事故関連リンク集
追加記事
日航ジャンボ機墜落事故の犠牲者の一人、歌手坂本九さん(本名・大島九(ひさし))を追悼するコンサートが12日、出身の川崎市川崎区で開かれた。約千人の聴衆の中、特別な思いでステージを見つめる男性がいた。同区南町町内会会長の岡田良之助さん(79)。
(中略)
1951年11月。子供会を発足させた岡田さんの下に、小学校4年生の少年がやって来た。後に大スターとなる坂本さんだった。当時、会には100人近くの子どもがいたが「生意気で出しゃばりで、ひときわ目立っていた」。高校の演劇部にいた兄の影響か、腹話術人形のまねをしては友達を笑わせていた。
(中略)
生きていれば今年69歳。どんな思いで死んでいったのか。無念さを思うといたたまれない。それでも、多くの人が坂本さんの歌を歌うのを聴くと「ひさしは幸せ」と思える。コンサートでは、後輩の川崎小の児童が「上を向いて歩こう」など代表曲6曲を合唱した。
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1008130007/
生きていれば今年69歳ですか。
69歳の「九ちゃん」に会いたかったですねぇ・・・
(2010年8月13日)
