今回の枢軸国は中国・北朝鮮・ロシア

きょうの関東地方は朝から強い日差しが照りつけて、11時現在、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、栃木県、群馬県、山梨県、長野県に高温注意情報が発表されています。
 東京は11時には35度6分を記録しました。きょうの関東地方は朝から強い日差しが照りつけて気温が見る見る上昇しています。東京では風向きが、10時頃から北西風に変わり、山を越えた熱い空気が流れ込むフェーン現象も加わったとみられます。午前中から猛烈な暑さです。
 10時10分までに、千葉県の茂原で35度4分、静岡県の天竜で35度2分、埼玉県の鳩山と千葉県の牛久で35度を観測しています。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1607/07/news090.html

きのうとは打って変わって、今日は朝から「圧」を感じるほど強い日差し。
さいわい日中出歩く用事もなく、デスクワークに専念した。

Jean Ferrat – La Voie Lactée(S.G.D.G.)再録盤?
タイトルはフランス語で「天の川(銀河)」の意。

以下、「(太陽系が属する)銀河系」「恒星や星間物質の集まりの意の銀河」「銀河帝国の興亡」「寝台急行銀河」「ふるさと銀河線」「いわて銀河鉄道」を除く
「天の川」「(天の川の漢語表現としての)銀河」「銀河鉄道」を含む投稿。

以下、「七夕」を含む投稿。

盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)は、1937年(昭和12年)7月7日に北京(北平)西南方向の盧溝橋で起きた日本軍と中国国民革命軍第二十九軍との衝突事件である。中国では一般的に七七事変と呼ばれる。
この事件後に幾つかの和平交渉が行われていたが、日中戦争(支那事変)の発端となった。

<盧溝橋事件 – Wikipedia>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%A7%E6%BA%9D%E6%A9%8B%E4%BA%8B%E4%BB%B6

Second Sino-Japanese War – 1937 | Today in History | 7 July 16

British Movietone
2016/07/06 に公開
On July 7, 1937, the Second Sino-Japanese War erupted into full-scale conflict as Imperial Japanese forces attacked the Marco Polo Bridge in Beijing. See Japanese troops in Beijing and China’s response in 1937.
Aerial shot of Peking. Japanese troops marching into China. CU Japanese troops. Shot of Cavalry riding along. Elevated shot of Chinese troops massed on Great Wall of Province of Hopei. General Chiang Kai Shek inspects troops. Planes lined up. General & Madame Chiang Kai Shek watch flight take off. Planes in air.

七夕の今日は盧溝橋事件発生の日でもある。
上動画タイトルには “Second Sino-Japanese War” とある。では 1st は何かというと、満州事変ではなく明治時代の日清戦争を指す。

今後もし日中戦わば “Third Sino-Japanese War” と呼称されるだろう。

ネット上では空想の日中戦記がすでに散見される。

2016/06/15
中国国防省は15日、鹿児島県口永良部島周辺の領海に中国軍の情報収集艦が侵入したことについて、「国連海洋法条約に規定された航行の自由原則に合致する」との談話を発表した。談話は「(艦艇の通過海域は)国際的な航行に使われる海峡だ」と主張しており、今後も中国軍艦艇が「航行の自由」を口実に日本領海に侵入する可能性がある。
 これに関連し、中国外務省の陸慷報道局長は記者会見で、艦艇が遠洋訓練期間中にトカラ海峡を通過したと説明。「各国の艦船には通行権があり、通知や許可は必要ない」と強調し、日本政府が過度に騒ぎ立てていると非難した。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016061500632

2016/06/30
アメリカ海兵隊の幹部は、西太平洋地域に2000人規模の即応部隊を海軍の揚陸艦とともに追加で展開させ、この海域での活動を強化する方針を明らかにし、海洋進出の動きを強める中国をけん制するねらいもあるとみられます。
http://news.goo.ne.jp/article/nhknews/world/nhknews-10010577951_20160630

2016/07/02
第11管区海上保安本部によりますと、2日午前6時ごろ、尖閣諸島の久場島沖の日本の排他的経済水域で、中国の海洋調査船「勘407」が船体の後部からワイヤーのようなもの3本を海中に垂らしているのを、巡視船が確認しました。
排他的経済水域での海洋調査は、日中間の取り決めで、期間や場所について事前に通報することになっていて、海上保安本部が「調査の海域が事前の通報とは異なっている」として、活動の中止を求めましたが、応答は無かったということです。
調査船は午後3時現在、久場島の北西およそ103キロの日本の排他的経済水域を、ワイヤーのようなものを海中に垂らしたまま航行しているということです。
尖閣諸島沖で、この調査船による活動が確認されたのは2日で7日連続です。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160702/k10010580831000.html

2016/07/06
中国海軍は5日、南シナ海の西沙(英語名パラセル)諸島を含む海域で軍事演習を始めました。演習は11日まで続く見込み。フィリピンが提起した南シナ海問題をめぐる国際仲裁裁判の判断が12日に出されますが、直前に軍事演習をすることで、領有権争いで強い姿勢を示すねらいがあるとみられます。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-07-06/2016070607_01_1.html

2016/07/06
2016年7月4日、米華字メディア・多維新聞は「仲裁日に南シナ海で大戦勃発、北京はすでに戦闘準備か」と題する記事を掲載した。以下はその概要。

中国軍は今月5日から南シナ海の西沙(パラセル)諸島一帯で軍事演習を行う。11日まで続けられるが、この日は南シナ海の領有権をめぐる国際仲裁裁判の判決が言い渡される前日でもある。中国軍は4日時点でこの「定期的な」演習について詳しい状況を明らかにしていない。
だか海外メディアは高い関心を寄せている。ロイター通信は「公開された座標によると、演習はパラセル諸島のゾーンを網羅している」と伝え、オーストラリアの中国語ニュースサイト、澳大利亜新聞網は「中国は自らに不利な仲裁判決を示される前に、軍事的な筋肉を誇示し始めた」と指摘した。
香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは、シドニー大学の研究員、アシュリー・タウンゼント氏の話として「中国は国際的な圧力に屈せず、仲裁結果にかかわらず南シナ海での軍事的プレゼンスを強化するという信号を、米国とアセアン諸国に向けて発したものだ」と伝えている。
http://www.recordchina.co.jp/a144001.html

2016/07/06
自衛隊員が相手に危害を加える武器の使用を許される「正当防衛・緊急避難」の範囲について、陸上自衛隊が従来より広く解釈する方向で検討していることが、防衛省関係者への取材で分かった。安全保障関連法の施行で国連平和維持活動(PKO)の任務によっては隊員のリスクが高まるとの指摘がある中、任務遂行のため武器使用に柔軟性をもたせる狙いがある。同省関係者は「今までは非常に狭い武器使用の考え方だったが、解釈を転換する時期に来ている」と言う。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160706-00000009-mai-pol

宗主国アメリカが希むなら、参院選の実際の結果がどうあれ、自公+補完勢力(隠れ野党)が「大勝」し、自衛隊=日本軍が 事実上 米軍の隷下に入り、すでに始まっている「宣戦布告なき第三次世界大戦」へ参加することになる。
その際、日本国民の意思などまったく問題にされないだろう。
最初に戦う相手が中共中国か、イスラム原理主義のテロ組織かは分からぬが、大量の死者が出ることは避けられまい。

2016/06/29
プレスTVが29日水曜に伝えたところによりますと、同国西部・パースの過激派集団は、この町のモスクで礼拝が行われる時間に、手製の爆弾でこのモスクを攻撃しました。
このとき、数百人がモスクに居合わせていました。
これにより被害を受けた礼拝者はいませんが、モスクの駐車場に止めてあった車両数台が大きな被害を受けました。
オーストラリアのイスラム排斥人種主義者団体は、数回にわたり、メルボルンやシドニーで抗議運動を行い、人種差別に反対する活動家と衝突し、最終的に警察が介入しました。
オーストラリアの再生を語る過激派は、イスラム教徒のモスクや宗教学校を閉鎖し、ハラールフードの認可を出すのをやめるよう求めました。
http://parstoday.com/ja/news/world-i11557

非イスラム教徒(おそらくキリスト教徒)による、イスラム教徒へのテロ。

2016/07/06
 一部はシリアやイラクなどに渡って過激派組織「イスラム国」(IS)の活動に参加しているとみられ、ISの過激思想が浸透している事態に懸念が強まっている。
 警察関係者によると、バングラデシュ全土で近年、多くの若者が姿を消しており、親族などが警察に捜索願を提出。警察はこれまで行方不明者の統計を作成していなかったが、首都ダッカでの飲食店襲撃事件を受けて作成を開始した。
 警察関係者は「全ての事例が届け出られているわけではないので、正確な数字は分からない」としつつも、「実際には150人より多いはずだ」と話した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160706-00000104-jij-asia

偽パスポートで日本入国もあり得る。もちろんテロ目的で。
人の集まる場所が危ない。特にキリスト教徒(欧米・豪からの観光客)の集まるところが危ない。

2015/08/08
 【緯度経度】ソウル・黒田勝弘
 日本統治時代から続いた唯一の韓国資本による百貨店に「和信」があった。1970年代に初めて韓国を訪れた際、買いたい物があって「和信」で女子店員に品物をたずねたところ「オプソヨ(ありません)」という。「どこで売ってますか」と聞くと「モルラヨ(知りません)」といいそっぽを向いてしまった。
 この無愛想きわまりない「オプソヨ」と「モルラヨ」のふた言は衝撃的だった。「これが韓国か…」と実にエキゾチックだったため筆者の”韓国原体験事典”に記録されている。
 韓国の百貨店で女子店員たちが笑顔で「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」といって頭を下げるようになったのは79年にオープンしたロッテ百貨店からである。
 在日韓国人資本のロッテ百貨店は「お客さまは神様です」という”日本商法”を韓国に導入した。百貨店に食堂街やイベント会場、遊び場、噴水などを設け、モノを買わなくても楽しい百貨店として客に”憩いの場”を提供したのもロッテが初めてだった。この日本式百貨店文化はその後、すべての百貨店に広がった。
 ロッテ・グループの創業者の重光武雄氏(92)は日本でまずチューインガムで成功する。「お口の恋人ロッテ」はCM史の傑作として記憶に残るが、70年代以降、母国・韓国に投資。韓国では「ロッテ製菓」からロッテ百貨店を含め、金融など日本を上回る企業グループに成長した。
 母国進出は当時、経済発展に余念がなかった朴正煕大統領をはじめ韓国政府のたっての要請からである。そのため土地の提供や減・免税など優遇措置が与えられもした。韓国の経済発展に大いに寄与し韓国5位の大財閥になった。
(以下略)
http://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/150808/wor15080810560007-n1.html

2015/08/03
 ロッテ創業家で長男の重光宏之氏(61)と次男の昭夫氏(60)の後継争いが泥沼化している。日本のロッテホールディングス(HD)の株主総会での多数派工作や訴訟合戦も予想されるなか、父親の創業者、武雄氏(92)の言動が韓国メディアで報じられ、事態の混乱に拍車をかけている。
 宏之氏は1月にロッテHD副会長を解任されたが、7月末に武雄氏らとともに訪日して昭夫氏の解任を通告。これに対し、現副会長の昭夫氏側は直後に開いた取締役会で解任の無効を確認し、武雄氏の代表権を外す人事を発表し、クーデターは「一日天下」に終わったが、その後も権力闘争が収束する気配はない。
http://www.iza.ne.jp/kiji/economy/news/150803/ecn15080320000028-n1.html

2016/07/05
釜山のロッテ百貨店の天井が崩壊! 第2の三豊百貨店か?
釜山にあるロッテ百貨店の建物の天井が崩壊したのが目撃された。7月2日、ネットのコミュニティにロッテ百貨店の天井が崩壊している写真が掲載された。
写真を掲載したネットユーザーは「1日にロッテ百貨店、薬局の天井が崩れた」、「人々の話ではロッテは無理して建て増し工事をしたがためにこのようなことになった」と投稿している。
これを見たネットユーザーは「『第2の三豊百貨店』が出てくるのではないか?」と不安視している。
天井が崩れた場所はデパート地下の謝恩品コーナー。店がオープンする前に起きた出来事で、人命被害が無かったのが幸いである。
http://gogotsu.com/archives/19430

これは手抜き工事以外に考えられない。

2016/07/06
最近、シンクホールと地盤沈下現象が続いたソウル松坡区第2ロッテ・ワールド周辺で地盤沈下現象がまた発生した。
6日、消防当局とソウル松坡区などによると、5日午後11時にソウル松坡区新川洞マンションの交差点中心道路で直径1mの大きさの円形状の穴ができた。深さは2mほどだ。けが人はなかった。
ここは第2ロッテワールドから一ブロック離れた場所で距離が半径1∼2km圏内だ。
http://blog.livedoor.jp/sekaiminzoku/archives/47948571.html

こっちは手抜き以外の原因、例えば「特殊な地質」といった話もありか?

以下、「穴」「hole」「シンクホール」「sinkhole」を含む投稿。

韓国のソウル中央地検は7日未明、ロッテ免税店への出店をめぐり業者から裏金を受け取った容疑などで、ロッテグループの創業者、重光武雄=韓国名・辛格浩(シンギョクホ)=氏(93)の長女、辛英子(ヨンジャ)ロッテ奨学財団理事長(73)を逮捕した。一連の疑惑でロッテ創業者一族が逮捕されたのは初めて。
 報道によると、ロッテ免税店を総括していた英子容疑者は、化粧品会社などの業者から出店などの便宜を図るよう頼まれ、計約30億ウォン(約2億6千万円)を不正に受け取った疑いなどがある。
 英子容疑者は6日、逮捕状発付の可否に関する裁判所の審査で号泣しながら容疑を否認したという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160707-00000515-san-kr

롯데총수 일가 첫 구속 신영자 “내가 왜” 거센 항의 / YTN (Yes! Top News)
YTN NEWS
2016/07/07 に公開

創業者も今の状態では死んでも死にきれんだろう。
先ず以て日本のロッテ製品の品質が落ちないことを、消費者の一人としては願うばかりだ。

以下、「ロッテ」を含む投稿。

2016/07/04
 韓国側には、「独島(竹島)のアシカを絶滅させたのは日本人だ」とする”歴史認識”が根強く、レリーフはその広告塔として利用するのが狙いだ。
 ところが、その認識を覆す記事が6月13日、韓国の慶尚毎日新聞(ネット版)に掲載された。同紙のチョウ・ヨンナム記者がさまざまな証言を集め、日本人が竹島のアシカを絶滅させたとする”定説”に異を唱えたのだ。
 チョウ記者は、1950年代半ば、竹島に上陸していた独島義勇守備隊の複数の隊員から「当時、アシカは最小限700頭余りが生きていた」との証言を得ている。これは1960年代も同様で、竹島に駐在した海洋警察隊員と漁民が「数百頭が棲息(せいそく)していた」と証言している。
 1970年代初頭も変わりがなかった。工事のため竹島に渡った韓国・欝陵(うつりょう)島の住民が「当時、数百頭が生きていた」と証言しているからだ。1970年代の初めまで、竹島にはアシカが生存していたのである。
 しかし、竹島問題と関連してアシカが論じられると状況が違ってくる。
 島根県竹島問題研究会が2014年に刊行した『竹島問題100問100答』では、韓国の不法占拠時(1954年)には200~500頭のアシカが竹島に生息していたが、1970年代半ばを最後に目撃情報が途絶え、2010年に「韓国政府が絶滅宣言を行う」との報道がなされたことなどを指摘した。
 これに対し、韓国の慶尚北道独島史料研究会は「韓国ではアシカの油は採取せず、皮も使わないので、独島のアシカを滅亡させたのは日本だ」と反論したのだ。
 だが、この反論は事実と違う。チョウ記者は、竹島のアシカが絶滅した背景について、「アシカの『海狗腎(かいくじん)』(生殖器)と肉を得るためで、独島を警備していた隊員が(アシカを狙って)独島の東島頂上から機関砲を撃ち、射撃訓練をしていた」とした。
 さらに、隊員の中には、「海狗腎を政府の高官や軍の上層部に上納していた」と証言する者もいたという。
 また、竹島周辺では韓国によるイカ漁などの漁業が盛んになり、集魚灯近くにアシカが出現すると魚が逃げるため、漁師らが追い払ったという。
 このように竹島に群棲していたアシカは、韓国側が乱獲したことに加え、漁師によって棲息地から追い出され、その繁殖地を失って絶滅した――というのが史実に近い。
http://www.sankei.com/west/news/160708/wst1607080004-n1.html

妄想・妄執を科学的実証もなしに歴史的事実だと言い張り、憎悪を膨らませ、自分たちのその歴史認識を認めて、謝れ、賠償せよという、まるであの後味の悪い映画『この子の七つのお祝いに』(1982)のような世界です。
それにしても韓国のマスコミ記者で、自国に不利になる事実をきちんと提示する、まともな人がいたとは、少々驚きました。

台湾における「日本」の復活は、実は、神社だけに留まらない。日本時代の家屋やビルなどの古い建築を「リノベーション」することによって、おしゃれなカフェやショップに生まれ変わるケースが増えている。「懐日ブーム」と呼ばれる動きだが、その中心にいるのは70年代以降に生まれた人たちだ。彼らは、若いころから日本のアニメやドラマに親しみ、観光や仕事で頻繁に日本も訪れ、日本への親近感は強い。それは、いわゆる日本語世代と呼ばれる高齢の人々が語ってきた「親日」とは異なるもので、日本のいいところ、優れたところを積極的に取り入れながら、自らのセンスで巧みに現代風にアレンジして作り替えていくスタイルである。
考えてみると、各地で復活している神社も、こうした「日本をリノベする」という流れの一環と言える部分もあるだろう。社殿を設けない復活の形は、神社の本来の意味からすれば「魂」が入っていないことになる。しかし、その魂の部分は日本人が台湾から去った時点で早々に失われている。いま台湾で求められているのは、地域の歴史としての神社であり、日本人のこだわる「魂」ではなさそうだ。

<「リノベ」で復活する台湾の日本神社――歴史のなかの「自分探し」が背景に – Yahoo!ニュース より一部引用>
http://news.yahoo.co.jp/feature/245

互いに良いと思うところを取り入れ、悪いと思うところは反面教師にすれば、未来に役立つんじゃないか?

Lavell Kamma – I Can Help You Find Yourself(1972/03)
2度目の引用。

Honey Cone – The Day I Found Myself(1972/02 mono 45 version)
ハニー・コーン – 別れの時
from the album “Soulful Tapestry”(1971)
スローなドドンパではないだろうか (^^ゞ
2度目の引用。

Pop Chart Peaks: Cash Box 15, Record World 21, Billboard 23 – R&B Peak: 8
The last of the trio’s four Top 40 pop-charted singles.

Shirley & The Shirelles – Go Away And Find Yourself(Bell:1969/08)

Jerry Butler – Go Away – Find Yourself(1969/05)
from the album “The Ice Man Cometh”(1968)

Sammy Davis, Jr. – I’ve Gotta Be Me(1968/10)アイヴ・ガッタ・ビー・ミー

arranged by Richard Wess
produced by Jimmy Bowen
(debuted late’68) 1969 Pop Chart Peaks: Billboard 11, Record World 13, Cash Box 14 – Easy Listening Peak: 1
Sammy’s highest-charting single of the decade had first been recorded by Steve Lawrence who had also introduced it on-stage in the 1968 Broadway musical “Golden Rainbow.”

Steve Lawrence – I’ve Gotta Be Me(1967/12 45single version)
orchestra conducted by Pat Williams

released November 1967
1st Recording Of “I’ve Gotta Be Me”
Steve Lawrence and Eydie Gorme starred in the 1968 Broadway musical “Golden Rainbow,” which featured this now-familiar ballad. Steve’s differently-arranged version which is commonly found elsewhere on YouTube was a track recorded for the “Golden Rainbow” original cast LP, released in March 1968. The earlier single spent 12 weeks on Billboard’s’Easy Listening’ (aka’Adult-Contemporary’) chart, peaking at #6, though it was the Sammy Davis Jr. recording that would become a widespread hit one year later

以下、「自分探し」を含む投稿。

 他人のポイントカード情報を不正に入手して買い物したとして、愛知県警サイバー犯罪対策課は6日、中国人留学生の女で東京都台東区竜泉2、私立大2年(24)を詐欺容疑で再逮捕。
使われたのは「楽天スーパーポイント」で、同様の手口で東京、大阪など5都府県で900万円以上の被害が確認されているという。同課は外国人による組織犯罪の可能性があるとみて調べている。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6206761

カードのポイントを盗んでも逮捕なのに、血税で温泉行ったり美術品買ったりクレヨンしんちゃんを買ったりした都知事は無罪放免。マスコミも追及せず。
どーなっちゃってんのかねぇ。

 三菱UFJリサーチ&コンサルティングが実施した「2016年夏のボーナス見通し」調査によると、民間企業の夏のボーナス支給額は2年ぶりに増加し、1人当たり平均35万8409円(前年比+0・5%)と予想しているが、既婚女性は家計の状況をどのように受け止めているのだろうか。
 電子チラシサービス「Shufoo!(シュフー)」を利用している既婚女性に聞いたところ、7割が「収入が減少、もしくは変わらない」(73・8%)と答え、前年以上に収入が増えず家計が苦しいと感じていることが、凸版印刷の調査で分かった。また、5割が「ボーナスは出る見込みがない」(50・7%)と答えるなど、厳しい実態が浮き彫りになった。
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1607/07/news088.html

なぜ普通に勤務してるだけで公務員はボーナスを貰えるのか、昔から不思議に思っていた。今に至るも理由が分からない。
おれ自身についていえばボーナスと称するものを手にしたのはこの半世紀で2回だけだ。

今は東京に住んでいるのだけど、都市の規模や構造としては京都くらいがちょうど良かったな、ということをよく思う。
京都はそれなりに人口の多い都会なので、必要な店などは大体なんでもそろっていて不便はない。そのわりには規模が大きすぎず、土地が平坦で道路が碁盤の目状に交差していて分かりやすくて、自転車で移動するのがとても便利だった。
東京は何でもあって面白いのだけど、ちょっと大きすぎるし人が多すぎる。
首都圏の交通網は発達していて電車でどこにでも行けて便利だ。でも、結局どこに行くにも電車を乗り継いで30分から1時間くらいかかってしまって、移動が結構面倒臭い。
人が多いので電車も混んでいてあまり乗りたくないし、そうすると結局自分の家の近く以外にあまり行かなくなってしまう。同じ東京に住んでいる友達でも沿線が違うとおっくうになってあまり会わなくなる。自転車で気軽に友達に会いにいけた京都が懐かしい。

あと、東京は道が複雑で坂や車の数も多いので、自転車で動くにはあまり向いていないように思う。

<京都には世界の全てがあった – SUUMOタウン より一部引用>
http://suumo.jp/town/entry/kyoto-pha/

夏暑く、冬寒い。
「一見さんお断り」に代表される自尊と保守的気風。
一方で見え隠れする同和問題と在日の集住。
戦前から続く共産党勢力の牙城。
――そんなイメージが私にはある。

 世界的に大きな影響力を持つとされる米大手旅行誌「トラベル+レジャー」が、2016年版世界の人気観光都市ランキングを発表し、昨年まで2年連続で1位だった京都市が6位に転落した。市は「2年連続世界一で知名度が高まり、観光地が混雑したことが影響した可能性がある」と分析している。
 ホームページによると、1位は米チャールストンで91・66点。京都はタイのチェンマイやイタリアのフィレンツェなどを下回る89・75点だった。
 市観光MICE推進室の三重野真代担当部長は「順位は下がったのは残念だが、5年連続ベスト10入りは京都とフィレンツェだけ。世界的に高い評価が定着したと受け止めている」と話した。
http://mainichi.jp/articles/20160708/k00/00m/040/063000c

よく自称霊能者が東京の下町や鎌倉、京都などをパワースポットとして褒めるのだけれど、日本史をちょっと紐解くだけで、日本じゅう大概の場所で地獄よりひどい惨状が展開された事実が知れるのであって、ほんとうの霊能者なら震え上がって気絶しても可怪しくはない。

 これらの戦乱に加えて1150(久安6)年、1153(仁平3)年、1155(久寿2)年、1181(養和元)年と相次いで飢饉が発生。養和の大飢饉では京都のメイン通りに放置された餓死者だけで4万2300体を超えた。飢えに耐えかねて幼児の肉を食う者も見られたという。1231(寛喜3)年の大飢饉の場合、京都で春頃から餓死者が増え、道路には死骸が満ち溢れた。1428(正長元)年には関東地方で飢饉が発生、死者は鎌倉だけで2万人に達した。さらに1460(長禄4)年秋には中国地方から山陰にかけて大飢饉が発生。食糧を求める人々が京都に流入してきたため、1月からの死者だけで8万2000入に達した。死体は市中に溢れ、鴨川は死体が積もって水も流れず、橋の上に立つとあたり一帯は死臭に覆われていたという。
 そういう状況が400年以上にわたって続いたのである。

<下川耿史『エロティック日本史』168~169ページ より一部引用>

京都などは惨劇の舞台としてはおぞましさナンバー・ワンだろうね。

Kyoto Vacation Travel Guide | Expedia
Expedia
2015/01/29 に公開

Kyoto | Our favorite spots to visit
Rachel & Jun
2016/06/04 に公開

Air – Alone In Kyoto
2010/09/21 にアップロード
Original Soundtrack “Lost In Translation”

以下、「京都」関連の投稿。

追加記事

2016/07/07
中国外務省によると、胡錦濤(フージンタオ)前政権で外交担当トップを務めた戴秉国(ダイビングオ)(たい・へいこく)前国務委員は5日、米ワシントンで講演し、南シナ海問題を巡るフィリピンの提訴を受けて仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)が12日に示す判決を「ただの紙くずだ」と批判した。
 中国は判決の前に、仲裁裁判を無効だとする宣伝戦を強めている。戴氏は「いかなる人や国家も、中国に判決を実行するよう押し付けてはならない」と主張。「米国が10個の空母戦闘群全てを南シナ海に進めたとしても、中国人は怖がらない」と米国をけん制した。
http://www.yomiuri.co.jp/world/20160707-OYT1T50111.html

(2016年7月7日)

追加記事

(2016年7月11日)

追加記事

(2016年8月4日)

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