チリのROCK/POPS(2)

2015/06/11
 11日(日本時間では12日)に開幕するコパ・アメリカの開催国チリでは、いくつかの都市が環境問題に悩まされている。とりわけ深刻なのは、首都サンティアゴと南部の都市テムコだ。
 チリでコパ・アメリカが開催されるのは1991年以来、24年ぶり。同大会で悲願の初優勝を目指す開催国では、大会の開幕に向けて日に日に熱気が高まっている。南米の中でも比較的治安が良いとされるチリだが、実は別の部分に問題を抱えていることが報じられた。
 チリ国内では一部の都市で環境問題を抱えていて、とりわけ首都サンティアゴとテムコの2都市では深刻な大気汚染が問題視されているという。前述の2都市ではしばしばスモッグが発生していて、街の空を黒く濁しているだけでなく状況によっては運動が制限されることもあるという。
 チリ国内ではこの問題を最優先課題として解決に取り組んできた。チリ当局では今年に入ってから汚染物質を輩出しているとされる工場の稼働停止や、排気ガス削減を目的に自動車の交通制限を施行するなどの対策を行ってきた。それでも根本的な問題の解決には至っていないようだ。
http://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20150611/321289.html

サッカー南米選手権「コパ・アメリカ チリ2015」が開幕したチリ。
惨憺たる軍政時代が過ぎて、今は南米の優等生であるらしい。
日本も細長い国土ではあるが、チリの細長さにはとてもかなわない。
昨今はまた巨大地震が増えており、耐震云々の悩みは日本と共通する感じだ。

 

Monna Bell
サンティアゴ生まれ。50年代アメリカ白人シンガーのバラード・スタイルを得意とし、歌手としてアメリカ、ヨーロッパで成功。スペイン、メキシコ、ポルトガルでも高い人気が続いた。

Monna Bell – Pequeña(1958)

Monna Bell – Rogar
“My Prayer”

Monna Bell – Historia(1958)

Monna Bell – Hay un Solo Camino(1958)

Monna Bell – La Montaña(1959)

Monna Bell – Silencio Corazon(1959)

Monna Bell – Un telegrama
タイトルは「電報」の意。第1回ベニドーム国際歌謡祭(1959)で優勝曲となった。
この映像はおそらく60年代に入ってからのもの。

Monna Bell – Don Quijote(1959)

Monna Bell – Recordaré Tu Amor(1960)

Monna Bell – Culpable(1960)

Monna Bell – Tombola(1962)

Monna Bell – La Tierra(1962)
“Chariot”

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Monna Bell – Buscando Una Estrella(1962)
“Look For A Star”

Monna Bell – La Playa(1964)
“La Plage”
日本ではクロード・チアリのギター演奏による、あるいは越路吹雪やグラシェラ・スサーナの歌う『夜霧のしのび逢い』として知られる曲。
2度目の引用。

Monna Bell – La Gente(1964)
“People”

Monna Bell – La chica de Ipanema(1964)
“The Girl From Ipanema”

Monna Bell – El Mundo
“Il Mondo”(1964)

Monna Bell – Sólo Ayer(1964)
“Yesterday”

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Monna Bell – La Sombra De Tu Sonrisa(1965)
“The Shadow of your Smile”

Monna Bell – Marea Baja(1965)
“Ebb Tide”

Monna Bell – Te Sigo Queriendo(1966)

Monna Bell – Trenes, Barcos y Aviones(1966)
“Trains, boats and planes”

 

チリのROCK/POPS(1)

2013/10/02
チリのバルパライソの地下鉄に1日、抗菌車両が登場した。車両の内部は、乗客の間で様々な病気が蔓延するのを防ぐために、特殊な抗菌性合金で製造されている。乗客がつかまる手すりなどは、銅ベースの合金でコーティングされている。
http://japanese.ruvr.ru/2013_10_02/122264283/

2013/10/01
太陽光発電関連サービスを手がける米SunEdison社は、チリに最大出力100MWのメガソーラー(大規模太陽光発電所)を建設するため、世界銀行グループの国際金融公社や、米国の政府系開発金融機関である海外民間投資公社などと、2億1250億米ドルの融資契約を締結したと発表した。発電事業が生み出すキャッシュフローから返済するプロジェクトファイナンス(ノンリコースローン)方式を採用した。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20131001/367302/?rt=nocnt

2013/09/27
 チリの代表的株価指数IPSA指数は、2011年1月に付けた史上最高値5048以降は低空飛行が続く。今年の年初来安値は3531で、最高値からの下落率は3割になる。
 この値下がりには、輸出(金額ベース)で5割を占める銅の世界市況が大きく影響している。ロンドン金属取引所(LME)の銅価格はこの2年半余りで、やはり3割下落した。欧州債務問題や中国の需要減退が背景にあり、先行き不透明感は今も根強い。
 ただ、チリの実体経済は底堅い。同国は「中南米の優等生」とされ、ここ10年の年平均(成長率)は5%程度と安定的な成長を見せる。これを支えるのが自由貿易主義を背景とした輸出主導型の経済だ。自由貿易協定などを結んでいる相手国のGDP(国内総生産)は世界全体の9割に達し、網羅性は世界一だ。06年発足のTPP(環太平洋経済連携協定)には当初から参加し、チリの輸出額は7年でほぼ倍になった。
 銅以外を見ると、ここ数年オリーブオイルやワインなど付加価値の高い農産品の伸びが著しい。地理的に隔離され、害虫や病気の発生率が低いうえ、気候にも恵まれている。消費市場の北半球とは季節が逆で、生産地としての優位性もある。事実、ビールやワイン製造大手のシア・セルベセリアス・ウニダスの株価は近年大幅上昇が続く。銅市況に左右されにくい株価指数や経済への転換には、高付加価値産品の拡大がカギとなりそうだ。
http://www.asahi.com/business/articles/TKY201309270314.html

あなたは南米チリと言ってまず何を思い浮かべるだろうか?
南北に長い国。チリ地震。富士山とよく似たビヤリカ山やオソルノ火山。サンティアゴの夜景。ユネスコ世界遺産に登録されたバルパライソの歴史地区。12~2月に観光シーズンを迎えるビーチリゾート=ビニャデルマル。プンタ アレナスの広大な草原……

私は1973年9月11日の軍事クーデターとその後の恐怖政治だ。

1973年9月11日、アメリカ合衆国の後援を受けたアウグスト・ピノチェト将軍らの軍事評議会がクーデターを起こしてモネダ宮殿を攻撃すると、降伏を拒否したアジェンデは死亡し、チリの民主主義体制は崩壊した。翌1974年にピノチェトは自らを首班とする軍事独裁体制を敷いた。
このピノチェト軍政の治安作戦は苛烈を極め、軍内の死の部隊によるコンドル作戦(汚い戦争の一種)により、人民連合派をはじめとする多くの反体制派の市民が弾圧された。後の政府公式発表によれば約3,000人、人権団体の調査によれば約30,000人のチリ人が作戦によって殺害され、数十万人が各地に建設された強制収容所に送られ、国民の1/10に当たる100万人が国外亡命し、失業率22%、さらには国民の1/4のGNPが「全く」なくなるという異常事態を招きながらも、軍事政権はミルトン・フリードマンらのシカゴ学派に基づく新自由主義経済政策を「教科書通り」に導入した。このことをフリードマン本人は「チリの奇跡」と呼び賞賛したが、実際には、60年代には4.5%を記録していたGDPの平均成長率は、経済政策導入後、1974年から82までの間のGDPの平均成長率は1.5%まで落ち込んだ。
(中略)
1988年のピノチェト信認選挙で敗北すると、1989年12月に行われた選挙で、保守で反ピノチェト派の民主主義を求める政党連合=キリスト教民主党のパトリシオ・エイルウィンが僅差でピノチェト派の候補に勝利したことにより、1990年、チリは17年ぶりに民主的な文民政権に移管することになった。
(中略)
フレイ時代の1998年2月にピノチェト陸軍総司令官が退役したが、ピノチェトには終身上院議員の議席が確保された。しかし、同年10月、軍政期に在チリスペイン人へ人権侵害を行ったことを理由に、スペインの要請によりイギリスに滞在していたピノチェトは逮捕され、外交問題となった。
(中略)
チリ最高裁判所は、2006年8月18日、公金横領容疑でピノチェト元大統領の免責特権剥奪を決定した。ピノチェトが家族や側近名義で米リッグス銀行など複数の銀行に合計125以上の口座を保有し、約2700万ドルの不正資金を隠匿していたとされる疑惑による。

<チリ – Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%AA

このクーデターを背景とした映画『ミッシング』(1982)は私も見ている。

Missing(1982)ミッシング trailer

 若いアメリカ人の学生夫婦が人権運動の活動家として、サンチアゴの町に住んでいた。『ミッシング』は、その学生がクーデターの最中に連行され、やがて殺されていたことが判明するまでの物語である。ジャック・レモンが演じる父親は、息子の失踪を知ってニューヨークから駆けつけてきた初老の実業家である。この父親エド・ホーマンとシシー・スペイセック演じる女学生ベス・ホーマンが、互いに戸惑いながらもこの息子と夫を探して回る。二人が探し回るうちに、観客にも、この軍事クーデターの内容が徐々にはっきり見えてくる。
(中略)
筋金入りの活動家だった者は、すでに殺害リストに従って殺されていたはずである。映画の中でも、そういう殺され方をしてコンクリートの床にごろごろと転がっている死体がたくさん描かれていた。
(中略)
 やがて、息子が殺されていることが判明するとともに、アメリカのCIAや特殊部隊の軍人たちが、この軍事クーデターを背後から支援するために動員されていた事実が判明する。これがアメリカの軍事顧問団(ミリタリー・ミッション)なるものの実態といってもいいだろう。父親役を演じるジャック・レモンは、最後に再び大使や領事に会いに行き、激しく罵(ののし)る。
「やっぱり息子は軍に殺されていた。アメリカ当局者がこの大量殺害を後押ししたからだ。あなた方は、はじめからそのことを知っていたのに、嘘をつき通したな。あなた方の役割は何なのだ? チリの軍事政権junta(フンタ)に大量殺人を許すことなのか!」
 この場面が圧巻なのは、自分の息子が軽はずみな人権活動にのめり込み、外国で殺されてしまった事実を認めることができるほどの分別を持った保守的な父親が、それでも見せる激しい表情のすごさである。涙なしに、この場面は見られない。大使は、「この問題はアメリカの国益に関わることであり、現地におけるアメリカ企業団の利益を守ることなのだ。息子さんは深入りしすぎた」と突っぱねた。

<副島隆彦著 講談社+α文庫『ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ(上)』84~86ページ より一部引用>

アメリカが仕組んだ軍事クーデターの中でも最悪の例がチリのピノチェトによるものだった。ピノチェトの軍政下で社会主義者や左翼陣営はもちろんのこと、多くの知識人が弾圧され、反体制派が虐殺された。
この一例だけでもアメリカが自由や平等を平気で蹂躙する国であること、南米諸国の「反米」にはそれなりの理由があるということが分かろうというものだが、
ポップ・カルチャーにおいてはチリは御多分に洩れず、アメリカ、ヨーロッパの影響を強く受けており、ことにロック音楽は若者たちに熱狂的に支持され、模倣からオリジナルへという有りがちな道を辿っている。そのムーヴメントは「新しい波(Nueva Ola)」と称され、50年代にアメリカで顕著となった世代間の断絶が60年代のチリでも現出したのだった。

 

William Reb y sus Rock Kings

  ※動画なし。

 
 

Harry Shaw

  ※動画なし。

 
 

Los Truenos

  ※動画なし。

 
 

Peter Rock
ピーター・ロック
オーストリアのウィーン生まれ。チリのエルビスとして人気を得た歌手。

Peter Rock – Nena No Me Importa(Baby, I Don’t Care)(1959)

Peter Rock – Something Happened(1959)

  ※動画なし。

 

Peter Rock – Entre La Arena y El Mar

This is Peter Rock, Chile!
サッチモとサミーデービスJr.のモノマネが得意のようだ。

Peter Rock Show

Peter Rock – Let’s Twist Again(Festival de Viña 1990)

Peter Rock Chile with Victor Duran Big Band – That Old Black Magic

 

Nadia Milton
ナディア・ミルトン
イタリアのナポリに生まれ、幼くして一家でチリへ移住。歌手・セクシー女優として、スペイン語圏で活躍した。

Nadia Milton – Scobidou(1960)

Nadia Milton – Un poco(1960)

Nadia Milton – Sin tu Amor

Nadia Milton – Pasará de moda

Nadia Milton – Charada

Nadia Milton – Sin Tú Amor

Nadia Milton – Desdichada

Nadia Milton – Una lágrima en mi cara(1964)

Nadia Milton – Antes de ti, después de ti / No, no te vayas(1964)

Nadia Milton – No tengo Edad para Amarte(1964)