オーストラリア、ニュージーランドのROCK/POPS(6)

2014/11/06
AC/DCのフィル・ラッドが殺人計画に関与した疑いで逮捕され、本日6日午後、地元タウランガ裁判所に出廷する予定だと豪フェアファックス・メディアが報じている。
報道によると、ニュージーランド警察は今朝タウランガにあるフィルの自宅を捜索し、メタンフェタミンと大麻の不法所持、および脅迫と殺人計画への関与の容疑で彼を逮捕したという。
6年ぶりとなる新作『ロック・オア・バスト』を12月3日にリリースするAC/DCだが、10月初旬に行われた新曲ミュージック・ビデオの撮影にフィル・ラッドが不在だったことが先頃判明し、物議を醸していた。
http://ro69.jp/news/detail/113011

フィル・ラッドの解雇(1983年)
1983年、フィル・ラッドのアルコール依存症とドラッグによるパラノイアの症状が深刻化、バンドとの間に亀裂が生じ、既に次作のレコーディングが終了していたにもかかわらず解雇となる。後任はNWOBHM時代に活躍したA II Zなどの活動で知られるサイモン・ライト。
(中略)
フィルの復帰(1994年~2013年)
1994年、フィル・ラッドが復帰。ヤング兄弟は彼とジャムセッションし、彼の復帰を決定した。アンガス・ヤングは「クリスはこのバンドで最も優れたミュージシャンだった。彼を失うのは辛いが、フィルを復帰させる事はそれだけ価値があることだ」とコメントを残している。
(中略)
2014年11月にドラマーのフィル・ラッドが居住先のニュージーランドで、男性2人の殺人を依頼したとして訴追された。自宅から覚せい剤を押収され、殺し屋に殺害を依頼した疑いもかかっている。

<AC DC – Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/AC/DC

フィル・ラッドのヤク中はずいぶんと年季が入ってるようだ。
もはや社会生活は困難であろうから、禁錮が相当だろう。

ボン・スコットの加入(1974年~1980年)
1974年9月、バンドはデイヴ・エヴァンスに代わり、オーストラリアでいくつかのバンドで経験のあるボン・スコットをヴォーカリストとして迎え、翌1975年1月に、たった10日間でレコーディングした1stアルバム『ハイ・ヴォルテージ (High Voltage)』をリリース(当初はオーストラリアのみのリリースだった)した。
(中略)
また1974年と1977年に、オーストラリアで全国放送されていた音楽番組「Molly Meldrum’s Countdown」に出演しライヴ演奏を行っており、この頃には名実共にオーストラリアで最も成功したバンドとなっている。これ以降、バンドはテレビ番組でのライヴ演奏を行っていない。

<AC DC – Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/AC/DC

ロナルド・ベルフォード・”ボン”・スコット (Ronald Belford “Bon” Scott、1946年7月9日 – 1980年2月19日)は、オーストラリア人ロック・ミュージシャン。1974年から1980年に死去するまで、オーストラリアのハード・ロック・バンドAC/DCのリード・シンガー、作詞者として知られた。スコットランドのキリミューア出身で、1952年、6歳の時に家族とともにオーストラリアのメルボルン近郊に移住した。
スコットは、1964年に最初のバンドであるザ・スペクターズを結成し、ドラマーを務めながら、時々リード・ヴォーカルも担当していた。その後、ザ・ヴァレンタインズやフラタニティなどいくつかのバンドを渡り歩き、1974年にデイヴ・エヴァンスに代わってAC/DCのリード・シンガーになった。

<ボン・スコット – Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88

The Valentines were an Australian pop band active from 1966–1970, chiefly noted for their lead singers, Bon Scott, who later went on to great success as lead vocalist with AC/DC; and Vince Lovegrove, who subsequently became a successful music journalist and manager of Divinyls.

<The Valentines (rock band) – Wikipedia, the free encyclopedia>
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Valentines_(rock_band)

世界的にはおそらくドゥーワップ・グループのザ・ヴァレンタインズのほうが知られていると思われる。
豪州のヴァレンタインズはバブルガム・サウンドのアイドル・ポップ・グループだったらしい。

 

The Valentines

The Valentines – Build Me Up(TV live, 1969)
Bon Scott, before AC/DC

The Valentines – Coca Cola Jingle(1969)

The Valentines “My Old Man’s A Groovy Old Man” and interview. Hit Scene 1969

Bon Scott & Vince Lovegrove – The Valentines – Nick Nack Paddy Wack 12th July 1969 Hit Scene

 

オーストラリア、ニュージーランドのROCK/POPS(5)

2014/09/21
米旅行誌「トラベル+レジャー(Travel + Leisure)」編集部が安全性や幸福感などの要素を検討した結果、「一人旅に最適な国」にニュージーランドが選ばれた。
 冒険好きな人は、氷河や熱帯雨林でのトレッキング、バンジージャンプ、ジェットボートなどを楽しむことができ、「世界で最もフレンドリーで心の広い人々と会うことができる場所」だという。
 また、政治的安定や犯罪率など国の治安についての評価はもちろんのこと、同誌は一人旅にとって重要な他の要素も考慮したという。
(中略)
トラベル+レジャーによる「一人旅に適した国」トップ10は以下の通り。
1位 ニュージーランド
2位 ノルウェー
3位 スイス
4位 コスタリカ
5位 オーストリア
6位 ベトナム
7位 チリ
8位 日本、スウェーデン(同点)
9位 インドネシア
10位 ドイツ
http://news.infoseek.co.jp/article/afpbb_3026567

日本が8位なのはやはり英語が通じにくいという部分だろう。
それに日本食も馴染みが薄く、予備知識がないとその良さを満喫は出来ないかもしれない。

 

オーストラリアのROCK/POPS(3)
オーストラリアのROCK/POPS(4)
に続き、ニュージーランドのアーチストの紹介です。

 

Jay Epae
ニュージランドのマオリ族出身。

Jay Epae – Hula-Cha(1961)

Jay Epae – Hawaiian Melody(1961)

Jay Epae – Surfin’ on Waikiki

Jay Epae – Putti Putti

Jay Epae – Jungle Speaks

Jay Epae – My Girl(1963)

Jay Epae – Under The Palm Trees

Jay Epae – I’ll Cry Tomorrow

Jay Epae – Tumbling Down

Jay Epae – Red Sails In The Sunset

Jay Epae – Just Me And My Baby

Jay Epae – I Don’t Know Why I Love You

Jay Epae – The Creep

Jay Epae – What Am I Living For(1966)

Jay Epae – 15 Girl Friends(1966)

Jay Epae – What Can I Do(1966)
2度目の引用。