013 緑の季節

 (左)『緑の季節』 作詞:安井かずみ、作曲:鈴木邦彦、編曲:川口真、歌:山口いづみ。発売:1972(昭和47)年4月、東芝音工。
 艶っぽい目をした女優さん、あるいは歌手の方がおりますね。たとえば水野久美、笹森礼子、池内淳子、松原智恵子、園まり、中島ゆたか、小林麻美、夏目雅子、細川ふみえ、藤あや子などなど……。
 デビューしたばかりの山口いづみにも、私はそういう印象を持ちました。
 とはいえこうした方々の中にも見た目とは逆に、実のところすごく男っぽいサバサバした性格で、スポーツカーをぶっ飛ばしたりするのが趣味だなんて人もけっこういるわけでして、当時私は、山口いづみはどっちのタイプだろ、などと思案しておりました。

 デビューシングルである『緑の季節』のジャケット裏に載ってるプロフィール(下に引用)を見ると、東京のど真ん中に生まれたお嬢さんだそうですね。ボウリング場とか遊園地とかゴーゴークラブとかでそれなりに遊んでてもおかしくない雰囲気です。その点じゃ境遇的には大原麗子(東京都文京区生まれ)の系統のようにも感じられます。

山口いづみプロフィール
本   名  山口 泉
生年 月 日 昭和29年10月3日生 17歳
出 生 地  東京都渋谷区原宿
最終 学歴 東京女学館
サ イ ズ  身長160㎝ 体重44・5㎏ B83 W58 H86
        足のサイズ22・5㎝ 視力両眼共1・2
家   族  父・母・妹
趣   味  レコード鑑賞、料理
ス ポー ツ  水泳
好きな 物 日本料理、プリン
嫌いな 物 レバー、なまこ
特   技  日本舞踊(若柳流)
        茶道(裏千家)
好きな歌手 ディオンヌ・ワーウイック
        いしだあゆみ

星座 : てんびん座
血液型 : A
体重 : 44kg

 日本舞踊と茶道で培った感覚は女優デビュー作品フジテレビ『続大奥の女たち・皇女和宮』(1972年1月。いきなり和宮役、さすがナベプロです)でただちに、また大いに役立ったのではないでしょうか。このドラマは大変好評でした。
 一転、レギュラー出演した日本テレビ『雑居時代』(1973~74年)では、積極的な今風の女の子を演じてたりして、早くから演技の才能を開花させちゃってるなァというイメージでした。

 1970年代後半には、頻繁にグラビアに登場したことがありました。芸能人が脱ぐというのは、所属事務所が変わる前後にありがちな現象です。

  • 週刊平凡パンチ  昭和50年12月22日号 6ページ
  • 週刊プレイボーイ 昭和51年 9月14日号 6ページ
  • 週刊プレイボーイ 昭和52年 8月23日号 4ページ 2つ折ピンナップ両面
  • 週刊平凡パンチ  昭和52年 9月19日号 6ページ
  • 週刊平凡パンチ  昭和53年12月25日号 5ページ

 よく「女優は男」だなんていいますから、山口いづみも男っぽい性格なのかと思いきや、堅実な結婚生活を続け、スキャンダルもなく、今ではなにやらハイソな奥様風に落ちついてます。
 女優の仕事も充実していて、舞台のほか、東海テレビ制作・CX系ドラマ『偽りの花園』の早瀬川伯爵夫人=茜役を演じたことから、若い人の認知度も高いようです。
 今はプライベートも仕事もどちらも満ち足りている、ひじょうにバランスの良い状態にお見受けされるわけで、やはりこの方の中庸的・中道的性格というか、ご人徳でありましょう。

 さて、そんな山口いづみがレコードデビューした1972年とその前後年は、まさにアイドルの当たり年でした。
1971年――天地真理、小柳ルミ子、南沙織、野口五郎
1972年――アグネス・チャン、麻丘めぐみ、小林麻美、 森昌子、郷ひろみ、西城秀樹
1973年――浅田美代子、あべ静江、安西マリア、キャンディーズ、桜田淳子、山口百恵、城みちる
 綺羅星のごとく、錚々たるビッグネームが目白押しッてかんじですネ。
 山口いづみのレコードデビューは、こうした厳しい状況にあっても万全の態勢が組まれたこともあり、それなりの成果を挙げ、期するところは達せられたと云えるでしょう。
 私は当時、テレビの歌番組で『緑の季節』を歌う山口いづみを見てまして、アイドル売出しというその企みにいささかの危うさを感じ取っておりました。基本的に歌手でやっていく人じゃないなと。

 それでも私はレコードを買っちゃいました。
 まず歌詞が良かった。
 ただ「好きだ、愛してるぅ、キャー」とかいうんじゃなくて、女性としての人生の大きな節目にとまどい、いこかもどろか思案橋じゃないですが、微妙なこころの揺れ具合を巧いこと表現しておりました。
 曲もまた良かった。
 私の好きだったフィフス・ディメンションの『ビートでジャンプ(Up, Up And Away)』(1967年5月米国発売)にクリソツだったんです……!

 『ビートでジャンプ』はジミー・ウェッブ(ジム・ウェッブ)の作詞作曲、ボーンズ・ハウイの編曲、プロデュースはソウル・シティ・レコードということでジョニー・リバースとマーク・ゴードンが担当し、第10回グラミー賞(1967年度)で5部門を独占するという、世界的な大ヒットを記録した名作でした。
 そのころこの歌がどれほど人口に膾炙したかは、エンゲルベルト・フンパーディンク、フォーフレッシュメン、レイ・コニフ・シンガーズといったある種ソフィスティケイトされすぎてる人たち、そして日本の赤い鳥、浅田美代子(メドレーの導入部分。声は出してない?)までが録音してることからも容易に想像できるでしょう。ステージ101なんかでもよく歌われてましたね。

 『ビートでジャンプ』でいうところのバルーンとは風船ではなくゴンドラの付いた大型気球です。美しいその気球に乗り、空高くのぼって、この美しい世界を眺めようという、まぁ単純といえば単純な歌です。ベトナム戦争や人種差別など、世の中は醜いことであふれているので、そういったことに目を向けようという、詩人らしい皮肉というか、逆説的仕掛けを意図したという深読み・裏読みも不可能ではないですが……。

 ジム・ウェッブの他の代表作――ジョニー・リバース、グレン・キャンベルの『恋はフェニックス(By The Time I Get To Phoenix)』やフィフス・ディメンションの『若者の生きる道(This Is Your Life)』、あるいはリチャード・ハリスの一連の楽曲など――にみられる、フレーズを“半音伸ばし”で終わらせる特徴は、アップ・テンポ(多分にボサノバ的)であるせいか『ビートでジャンプ』では使われてません。
 しかしウェッブの作に顕著なその“音”は、1960年代後半~70年代初頭の人々の気分・時代の空気をシンボリックに表現したものでした。当時私はこれを密かに「遠い目をした音」と号(なづけ)ておりました。おそらくはハーモニーとして付ける音をメロディに使った、そういう経緯だったんでしょうねぇ……余談ですが。

 さて、世界的大ヒットとなったこの『ビートでジャンプ』――。当然のごとく類似の曲がいろいろ作られました。『緑の季節』以外の例を少し挙げておきましょう。

  • Don’t You Care / Larry Carlton
    1968年のアルバム『With A Little Help From My Friends』に収録。
    イントロ部分を借用。
  • I’ll Fly / Orpheus
    1968年のアルバム『Orpheus Ascending』に収録。
    同じようなイメージでありながら、しかも絶対マネにならないようにしています。
  • 渚の天使/弘田三枝子
    1968年。作曲:筒美京平。出だしのメロディと間奏に『ビートでジャンプ』の雰囲気が。
    『緑の季節』がこの曲の存在を踏まえたうえで成立したものか、気になるところです。
  • 雨あがりのサンバ/ズー・ニー・ヴー
    1968年。オリジナルは森山良子。エンディングにイントロ部分を借用。
  • It’s A Sunny Day / Johnny Young
    オーストラリアの若手男性歌手。
    イントロ部分を借用。
  • It’s Always Somewhere Else / Walter Raim Concept
    『恋よさようなら』『ウェディング・ベル・ブルース』なんかもカバーしてる1969年のアルバム『Endless Possibilities』に収録。
    これはそこはかとなく香りがするという程度で、借用というには語弊があるでしょう。
  • Tick Tock / Connie Stevens
    1970年、Bellレコードからリリースされたコニー・スティーヴンスのシングル曲(作:Walter Marks)。イントロ部分がときどき垣間見えます。
  • Questions 67 And 68 / Chicago
    1971年のヒット。テンポの変わる2分46秒あたりから、イントロ部分を巧く流用してます。
  • Fly Parade / Barbara Moore
    2001年にリリースされたバーバラ・ムーア(イギリス女性で歌手、音楽プロデューサー)の作品集(CD)に収められている曲。
    1972年のアルバム『Vocal Shades & Tones』に収録され、発表されました。
    明らかに『ビートでジャンプ』を元ネタにしながも、ちゃんと別個の曲になってます。
  • Middle of the Road / Nina Lizell
    西ドイツでいっとき人気だったスウェーデン歌手Nina Lizellの1972年の歌。イントロが『ビートでジャンプ』です。
  • いつか何処かで/平山三紀
    1972年。伴奏の全体的なムードと、特にイントロ部分の借用が明らかで、一聴すぐにそれと判ります。
  • 風に乗って/岡崎友紀
    1973年。TBSドラマ『ラブ・ラブ・ライバル』主題歌。編曲は明らかに『ビートでジャンプ』。
  • いつか何処かで/つなき&みどり
    1973年。平山三紀のオリジナル・バージョンとほとんど同じアレンジ。
  • 雨の日の恋(Save It For A Rainy Day)/スティーブン(ステファン)・ビショップ
    1976年のデビューアルバム『Careless』からのシングルカット。
    イントロ部分を借用。

 『2ちゃんねる』の『ビートルズ、オールディーズ』板、『第五次元THE 5th Dimensionフィフスディメンション』スレに以下のログを見つけました。

14 :ホワイトアルバムさん :04/04/02 05:41 ID:???
マリリン・マックーをメインに持ってきた初めての曲が「Wedding Bell Blues」。
で、全米1位獲得

今聴いてみると、66年発表の「青空をさがせ」よりも
67年リリース「ビートでジャンプ」のほうが古さを感じる

15 :藤本美貴:04/04/02 18:35 ID:DVEitirE
>>14
ビルという名前の男に向かって歌ってるんだよね

「ビートでジャンプ」の方は末期プリプリがパクってた

 プリンセス・プリンセスは『Diamonds (ダイアモンド) 』以外知らないので、どの曲についての見解かは判りませんが、まぁそういうこともあるかなと。

 『ビートでジャンプ』には似てませんけど、やはりジム・ウェッブの詞曲、フィフス・ディメンションの歌で、空を飛ぶような雰囲気を感じさせる『マジック・ガーデン』という曲があります。サイケなイメージの歌詞からすると『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』を意識して作ったのかもしれません。これはダスティ・スプリングフィールドのカバー盤でも知られております。
 ザ・カウシルズの1968年の曲に『空飛ぶ心(We Can Fly)』というのがありました。これも発想は『ビートでジャンプ』に近いですが、曲調は別ものです。おそらく1953年のディズニーアニメ『ピーター・パン』で子供たちが最初に空を飛ぶシーン(歌のタイトルも同じ『We Can Fly』)を踏まえてのものでしょう。アソシエイションの67年『ウィンディ(windy)』は街の通りをトリップしたり雲の上まで羽ばたいたりします。そして同じく67年のビートルズ『フライング』――

 “飛ぶ”ということが、あの時代のひとつのキーワードだったのかもしれません。
 恋の喜び=天にも昇る気分=飛んでる感じ。これはしかしラブソングにありがちな表現で、『ヴォラーレ』など旧来のポピュラーソングにいくらでもその例を見つけることができるでしょう。
 いまひとつは肉体的・精神的束縛から離れて、“鳥のように自由に”飛ぶという感覚。
 黒人やマイノリティでいえば人種差別からの解放、
白人でいえばビート・ジェネレーション~ヒッピー・ムーブメントに顕著だった、自由意志による社会生活離脱(ドロップアウト)、およびドラッグを利用したトリップという名の自己解放。
 心の自由のイメージ、魂の自由の表現としての、こっちの“飛ぶ”は、いかにもあのころの若い白人男性が好みそうな、そういう感覚ですね。
 ステッペンウルフの『マジック・カーペット・ライド』(1968年)なんかはズハリです。日本でいえばひどく健全で奥床しい『遠い世界に』、『翼をください』あたりもそれなりに飛ぶわけです。これは共時性(シンクロニシティ)ですかネ。
 まぁ実際には、恋愛感情の比喩からドラッグの幻想までひっくるめて、おおざっぱに、また曖昧なまま、“飛ぶ”という言葉とイメージが“時代の空”を飛んでいたでしょうし、その“虚空”からあの時代ならではのヒット曲が次々生まれていった、ということになるんでしょう。

 ジグソーの歌う映画『スカイ・ハイ』(原題:THE MAN FROM HONG KONG 直搗貴龍)のテーマ(1975年)となると、これは気球ではなくハングライダーですね。人気覆面プロレスラー ミル・マスカラスのテーマにもなりました。
 蛇足ながら、ハングライダーは正しくはハンググライダーと言い、金属製のパイプを骨にして布地を翼の形に張った大型の凧状のもので、それに人間がぶら下がって飛びます。1980年代には一般の人も楽しむようになり、実際はまったく関連がないのに邦題に無理やりハングライダーと付けたこんなレコード(左)も出されました。
(似たものにパラグライダーというのがあります。こちらはハングライダーより後発のスポーツで、翼や金属製の胴体はなく、パラシュート状の布に風を受けて飛びます)

 ところで、ジム・ウェッブはこの素晴らしい楽曲をものにするにあたって、どこから発想を得たのでしょうか。
 私はずばり『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン(原題:イン・アザー・ワーズ)』とトム・ジョーンズ1965年の全英No.1ヒット『よくあることさ(It’s not unusual)』の2曲だと思ってます。
『よくあることさ』は出だしのメロディと全体の高揚感あふれるノリに原型らしきものが感じられます。
『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』は60年代に入りボサノバ・アレンジで演奏されることが多かったですね。前出の“飛ぶ”でいえば、古いタイプの方、ずばり「恋の喜び=天にも昇る気分=飛んでる感じ」の代表選手です。
 『ビートでジャンプ』はこのタイプの表現手法を援用しながらも、なおかつ気球という具体的な飛行器具を前面に出すことによって陳腐な地上を離れ、鮮烈な空の青さの“高み”に達し得た、と言えるのではないでしょうか。
 大多数の欧米人の頭にあったそれまでの“飛ぶ”というイメージ――、プロペラ飛行機(シナトラの「カム・フライ・ウィズ・ミー」)、ヘリコプター、ジェット機、人工衛星(「テルスター」)といったパワフルでスピーディーものではなく、
気球に乗ってフワフワ浮きながら飛びましょうという、非機械文明的で自然回帰的、それでいてメルヘンチックでオシャレな感じ、要するに“ラブ&ピースな雰囲気”にあふれる飛び方をしたところが、1967年のスノッブな大衆の迎えるところとなり、大ヒットにつながったものと思われます。

 ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』(Le tour du monde en quatre-vingt jours 1872年刊)は1956年に映画化され大ヒットしましたから、ジム・ウェッブも観ていたかもしれません。アルベール・ラモリス脚本・監督のフランス映画『素晴らしい風船旅行』(Le Voyage en Ballon 1960年)となると、、、観てるかどうかはチト怪しいですな。

 青木啓(あおきひらく)著『ポピュラー音楽200年 フォスターからボブ・ディランまで』によれば、1904年、アメリカで『来たまえ、私の飛行船で旅をしよう』という歌が出版されているそうです。どうやらツェッペリン伯爵の硬式飛行船LZ1の初飛行(1900年)にヒントを得て作られたポピュラーソングらしいのですが、今では楽譜も無く、歌詞もメロディーも不明なのだとか。
 青木先生曰く

いうなれば「アップ・アップ・アンド・アウェイ」(ビートでジャンプ)の祖父みたいな歌らしい
(63ページ)

とのこと。
 ジム・ウェッブがせめてもこの歌の存在だけでも知ってたかどうか、ちょっと聞いてみたい気もします。

<山口いづみ関連リンク>

(2006年9月2日)

 

追加記事


資料室を調べたら、こんな本がありました。
新潮社刊、島敏光著『ビートでジャンプ 僕のポップス回想ノート』1995年2月発行。
島敏光は1969年にタレントデビューした人で、『ヤング720』などで活躍。現在も精力的にDJ、司会、音楽・映画評論、エッセイなどの仕事をこなしている人です。
本書はそのデビュー前後を回想している自伝的エッセイ。
(2006年9月2日)

追加記事

と、ここまで読んできて私の関係者の方々は、ふと想い出されたことでしょう。
かつて私が私的に贈呈したMD『20世紀の置土産』の冒頭で、風船おじさん発見のドキュメント音と、それに続いてソニー・クリスの『ビートでジャンプ』が聞こえたことを。
そう、あれは「私が新境地へテイクオフした」との婉曲な自己申告であり、かつまた日本と世界が剣呑な時代へ突入したことを報せる精一杯の警告でありましたよ。
手がかりはすべてあの中に残してあります。
どうですか、まだ捨ててなかったら、今夜あたり今一度、聴いてみては?
(2006年9月16日)

追加記事

NHKのお昼の帯番組『LIVE スタジオパークからこんにちは』の2006年9月現在のオープニング曲
『パークサイド・ストリート Parkside Street』
作曲・演奏:塩谷 哲
のイントロも、『ビートでジャンプ』を彷彿とさせますね。
(2006年9月19日)

追加記事

9月27日のワイドショーでは青い三角定規の『太陽がくれた季節』がずいぶんと流されました。
印象的なこの曲のイントロは『ビートでジャンプ』のそれの、「いずみたく」ならではの解釈だったのではないか、とふと思いました。
(2006年9月27日)

追加記事

2006年10月5日、テレビで花王のハミガキ・洗口液「薬用ピュオーラ」のCMを見ました。このCM用に作られたと思しきBGMの、出だしの部分と全体の雰囲気が『ビートでジャンプ』にソックリです。

花王 ピュオーラ コマーシャル
(2006年10月5日)

追加記事

イントロのあのスタッカートは、ボサノバで常用される演奏パターンを元にしているという説もあるのですが、私はエルマー・バーンスタインの『荒野の七人』The Magnificent Seven(1960年)を意識してるんじゃないか、という気がします。
たとえば、1960年代初期の英国男性アイドル歌手だったクレイグ・ダグラスのヒット曲に『ANOTHER YOU』(1961年)というのがあるんですけど、これがアップテンポのティーンズ・ポップスで、イントロからエンディングまで『荒野の七人』のスタッカートのあのモチーフをまんま流用してるんですね。
そういう例もあることだし、可能性は低くないと思いますよ。
(2007年1月13日)

追加記事

ゆうべ日本テレビ『月曜映画』で1969年の西部劇『空かける強盗団』The Great Bank Robberyを見ました。西武開拓時代末期を舞台にしたワーナーブラザースならではの軽妙な喜劇で、しかもいかにも1969年らしい時代感覚に溢れていて、大いに楽しめました。
銀行から奪った金を大きな気球に載せて“高飛び”するというストーリーでしたので、もしや『ビートでジャンプ』の歌の影響があるかと思って調べましたら、原作小説が発表されたのは1961年。映画が原作どおりならまったく関係ないということですね。
原作者フランク・オルークFrank O’Rourkeは戦後の20年間に活躍した西部劇やミステリーの作家で、1916年デンバー州コロラドに生まれ、1989年持病の喘息を苦にしたのでしょうか、自ら命を絶っております。
(2008年7月22日)

追加記事

日本テレビの『正義の味方』で、山田優扮する嫁の槇子と対決する(?)姑の里美役を楽しげに演じている山口いづみ。かつてのユニオン映画作品のような「軽(かろ)み」がいいですね。
小西康陽の音楽が、これまた当然の如く1970年前後の伊・仏映画のフンイキで、そうである必然性は実は無いにせよ、私にはヒジョーに心地よく感じられます。

(2008年7月31日)

追加記事

爆報!THE フライデー
2013/4/26 (金) 19:00~19:56(56分)
TBS(Ch.6)
▼あの美人歌手は今&名作ドラマ再会SP
70年代の美人歌手Yがなぜか欧州で大ブレイク!
元祖イケメン俳優Nは警備員になっていた…知られざるどん底人生が明らかに!
【MC】爆笑問題(太田光・田中裕二)
【スペシャルゲストMC】田原俊彦
【レギュラー出演者】アンガールズ(田中卓志・山根良顕)、オリエンタルラジオ(中田敦彦・藤森慎吾)、友近
【出演者】浅茅陽子、テリー伊藤、パンクブーブー(佐藤哲夫・黒瀬純)
【ビデオ出演】山口いづみ、神楽坂浮子、桜木健一、仲雅美、さとう宗幸、布川敏和
【アシスタント】 田中みな実(TBSアナウンサー)
▼番組HP http://www.tbs.co.jp/bakuhou/
http://tv.so-net.ne.jp/schedule/101048201304261900.action?

この番組で、山口いづみがクロアチアで人気となっていることが伝えられました。

Izumi Yamaguchi – Četiri stađuna

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Zoran Šprajc: “A sada, Izumi Yamaguchi i Čet’ri stađuna.”

  ※(追記:この動画は削除されました

 

(2013年4月26日)

追加記事

Julius Wechter & The Baja Marimba Band – Flyin’ High(1968)

Orpheus – I’ll Fly(Rehearsal Footage – 5/9/14)
リリースは1968年。

「飛ぶ」歌。

(2015年6月20日)

 

この記事の旧版はこちらです。
register movement: 013 緑の季節

 

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