フランスのROCK/POPS(25)

2016/07/21
南仏ニースの郊外に住む、モロッコ移民の両親を持つ36歳のサイード・ウアビッドは、フランスで生まれ、ニースの大学院で経営と経済の修士号を取った。その後就職しようと活動したが仕事は見つからなかった。結局、フランスでの就職をあきらめて、まず英国、その後アイルランドへ行き、保険会社で職を得た。5年前に結婚をするためにニースに戻ってきたが、やはり仕事はなかった。仕方なく自分で自動車販売の会社を立ち上げた。
「当時、ニース、マルセイユ、パリなどの会社に200も300も履歴書を送ったが、仕事は得られなかった。仕事に就けなかったのは自分のアラブの名前のせいだと思っている」とサイードは言う。「実際に、以前フランスで短期間仕事をしていた時、上司から『顧客に名前を言わない方がいい』と言われたことがある。自分のアラブの名前はフランス人を不愉快にさせるのだ」。

<ニーステロ事件は「フランスの亀裂」を深めた ヨーロッパ 東洋経済オンライン より一部引用>
http://toyokeizai.net/articles/-/128060

在日の人たちが通名を使うのも同じ理屈だろうと思う。
一般のフランス人がイスラム系の移民や在留外国人を警戒・忌避するにはそれなりの理由があったろう。理屈と現実は何かにつけ違うものだ。

イスラム国の無差別殺傷テロがイスラム教の教義と完全に矛盾していると公言する在仏イスラム教徒も多いけれども、事実への信は科学であり、宗教の核心部分は非科学である以上、それへの純信はカルトとならざるをえない。だからこそキリスト教で大量殺戮や拷問が繰り返されたし、仏教でさえテロが起きている。
いづれの宗教にあってもその宗教を乗り越えるアプローチこそが必要なのだ。それなくして宗教戦争は決して終わらない。

 

Lucky Blondo (2)

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Au Coeur Du Silence(1963)

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Dix Petits Indiens(1963)
“Ten Little Indians”

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Baby Face(1963)
2度目の引用。

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Filles(1963)
“Things”

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Vous Souvenez-vous?(1963)
“I Remember You”

Lucky Blondo – L’autre Nuit(1963)
“Late Last Night”

Lucky Blondo – Trop Sage Pour Aimer(1963)

Lucky Blondo – J’ai Un Secret A Te Dire(1963)
“Do You Want To Know A Secret”
2度目の引用。

Lucky Blondo – Comment L’oublier(1963)
“How Can I Forget”
2度目の引用。

Lucky Blondo – Sois Gentille(1963)

Lucky Blondo – Dans L’eau Bleue(1963)
“Blue Velvet”
2度目の引用。

Lucky Blondo – Avec Des Si(1963)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Lucky Blondo – Ne Pleure Pas(1963)
“Surfer Girl”

Lucky Blondo – Tout Haut Tout Bas(1963)

Lucky Blondo – Jenny(1963)
2度目の引用。

 

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