フランスのROCK/POPS(24)

フランス革命記念日のニースでトラックが群衆に突入し最大80人死亡 運転手は射殺
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/07/73.php

パリ祭(パリさい)は、フランスで7月14日に設けられている、フランス共和国の成立を祝う日 (Fête nationale) である。
1789年同日に発生しフランス革命の発端となったバスチーユ監獄襲撃および、この事件の一周年を記念して翌年1790年におこなわれた建国記念日 (Fête de la Fédération) が起源となっている。
フランスでは正式には「Fête nationale française」(フェト・ナスィオナル・フランセーズ、フランス国民祭または国祭)である。しばしば「Quatorze Juillet」または「14(Quatorzeの数字化)―」(カトルズ・ジュイェ、7月14日)とも呼ぶ。

「パリ祭」は日本だけの呼び名である。これは、ルネ・クレール監督の映画 Quatorze Juillet が邦題『巴里祭』として公開されヒットしたためで、邦題を考案したのは、この映画を輸入し配給した東和商事社長川喜多長政たちである。
読み方について、今日では「ぱりさい」が一般的だが、長政の妻・かしこは「名付けた者の気持ちとしてはパリまつりでした」と語っている。当時の観客の大半も「パリまつり」と呼んでいたという。荻昌弘もまた「私の感覚では、これはどうあってもパリまつり、だ」と述べている。
「巴里祭」「パリ祭」は多くの『歳時記』の夏の季語となっている。
また、英語圏では、バスティーユ襲撃の歴史を重視して、「Bastille day」(バスティーユ・デイ)という。

<パリ祭 – Wikipedia>

日本では7月14日を「巴里祭」ではなく「フランス革命記念日」と呼ぶことが定着してるらしい。個人的には「巴里祭」であってほしいのだが。

 

Lucky Blondo (1)
本名:Gérard Blondiot
1944年7月23日、パリ生まれ。
ジョニー・アリディに次ぐ、フランスのロックン・ロール歌手として60年代に人気を博した。エルビス・プレスリーが急逝した1977年にはナッシュビルでいち早く追悼盤を録音するなどフランスのエルビスとして大いに気を吐いた。

 

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – C’est Merveilleux(1961)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Une Fille Comme Toi(1961)
“A Girl Like You”

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Dis-Moi Oui(1961)
du film “The Young Ones”
“We Say Yeah”

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Dans la Rue Des Souvenirs(1961)

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Betty et Jenny(1961)
“Tossin’ And Turnin'”
2度目の引用。

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Je Bois, Je Dors Et J’oublie(1961)

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Baby Reste Avec Moi(1961)

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Multiplication(1961)
2度目の引用。

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Sheila(1962)
2度目の引用。

Lucky Blondo et Les Lucky Stars – Avec Toi(1962)
“With You”

Lucky Blondo – C’est Le Mashed Potatoes(1962)
“Little Bitty Pretty One”

Lucky Blondo – Isabelle(1962)
“You Must Have Been A Beautiful Baby”
2度目の引用。

Lucky Blondo – Hey Baby(1962)

Lucky Blondo – Cri de Ma Vie(1962)
“Dream Baby”

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です