ロイドミナミは 演歌歌手? 訊いたら香具師らが (笑うだろ

けさ方の夢は数年に一度の大スペクタクルだった。
新宿西口、小田急とスバルビルに挟まれたあの大空間に、ビルの屋上よりも高い位置で空中回廊が周(めぐ)っていて、人々が行き交っている。
時刻は……


これくらいの空の色なので、日没直後か。
回廊には歪な円のその中心を貫いて(ちょうど Ø みたいな感じ)向こうの端まで直進するルートも設(しつら)えられている。
そしてその直進ルートが、突然ゆっくりと、大きな音をたてながら、崩落するのである。運悪くそこを歩いていた人たちが何人も地上へ落ちていく。
やけにリアルで描写が細かい。
私はそのさまをさらに上方から見下ろしているが、もうひとりの私は地上からその阿鼻叫喚の惨事を震えながら見上げている。

こういうダイナミックな夢はめったに見ない。体ごと右を向いた状態、つまりは自分から見て脳の右側へ血液が行きやすい状態で寝ていたことが原因だろうか?

この夢を見る前に違う夢を見ていた。
実は私には夢に現れる、自分だけの「部分的な東京」の風景があって、現実とは違った六本木、原宿、青山、銀座、恵比寿、上野などが、独特の位置関係で何度も現れる。毎回まったく同じではないけれども、ほぼ似たり寄ったりの景色なのだ。
けさのは原宿あたりのようで目の前の道路を道なりに行くと青山へ至るという認識。しかし目が覚めてから思い返すと、むかし住んでいた乃木坂の風景と似ていた。
私はその架空の原宿の、道に面した喫茶店だかブティックだかの店内で、ケバい中年女性から何かの話を熱心に聞いていたのだが、どういう話だったかは目が覚めてすっかり忘れてしまったし、きっと具体的な内容はそもそもなかったろうと思われる。

以下、「内的宇宙」「多元宇宙」を含む投稿。

 

美しい紅葉が見られる年の気候条件は?
条件は様々あるが、主に「好天が続き、葉が日光を十分に受けている」「最低気温8℃以下の日が続く」「昼夜の寒暖の差が激しい」「湿度が比較的低く、乾燥している」が挙げられる。そのため、前述の条件を満たしやすい高原や山岳エリアに紅葉の名所が多い。また、夏の「気温が高い」「雨量が多い」場合は、さらに美しい紅葉が期待できる。

<美しい紅葉が見られる年の気候条件は?(紅葉トリビア) 紅葉名所2016 – ウォーカープラス より一部引用>
http://koyo.walkerplus.com/trivia/q3.html

この時期になっても暑い・寒いを繰り返してると、きれいに紅葉しないらしい。

「紅葉狩り」は Goole 翻訳では、今日の時点で「Leaf peeping」と出る。ピーピングなんて覗きみたい。
通じるのかねホントに?

以下、「葉っぱ」「落ち葉」「紅葉」「黄葉」関連の投稿。

ある心理学者によると、人間は幼い頃から黄色に対して好意的な反応を示すと言われているもよう。これは黄色から温かさが感じられたり、子供のオモチャに黄色が多用されているからだと考えられるそうで、だからこそ黄色い食べ物を見ると幸せな気持ちになると推測できるというのだ。
また神経心理学者のデイビッド・ルイス博士は、「他の多くの調査でも、黄色い食べ物は人間に肯定的な感情を抱かせ、味覚器 “味蕾(みらい)” を刺激するとの結果が出ている」と説明しているようだ。
一方、本調査を報じた『Metro』が読者に「黄色い食べ物を見て幸せを感じますか?」と問いかけたところ、「いいえ。ただの食べ物です」と答えた人が最も多かったもよう。
http://rocketnews24.com/2016/10/20/813048/

以下、「とうもろこし」を含む投稿。

黄色をラッキーカラーとしてることで有名なのは平山みき(旧芸名:平山三紀)さんですね。
事務所名からして「イエローライオン」だそうです。

むかし、白いシステム手帳を出したら、目の前の女性から「イメージに合わない」と言われたことがありました。
どんなイメージなんだよ、おれは!?

岡崎友紀 – 黄色い船
作詞:橋本淳、作編曲:筒美京平
日本テレビ『小さな恋のものがたり』(1972)第2話より。2度目の引用。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Christie – Yellow River(UK:1970/04/10, US:1970/05/22, mono 45 version)イエロー・リバー
2度目の引用。

produced by Mike Smith
Pop Chart Peaks: Cash Box 16, Record World 20, Billboard 23 – Easy Listening Peak: 22 – UK Peak: 1 (BMRB, NME, MM, MN)
This international hit was first recorded by The Tremeloes. But when the group declined to release it at the time, producer Mike Smith retained the backing track and replaced their vocals with those of the band headed by the song’s writer Jeff Christie. That’s what is heard here.

The Tremeloes – Yellow River
2度目の引用。

1st Recording Of “Yellow River”
from the album “Silence Is Golden”(1985)英Meteor MTLP-002
Unissued until the 1985 LP “Silence Is Golden,” this sounds a lot like the hit 1970 Christie version, doesn’t it? When the initial Tremeloes recording of this ‘going-home-from-the-war’ tune was rejected for a single release by the UK group, the producer created a ‘new’ version using the same backing track but with the song’s composer Jeff Christie replacing the Tremeloes voice tracks with his own.

Raymond Berthiaume – Ballon Jaune(1967)
“Up, Up and Away” ビートでジャンプ
タイトルはフランス語で「黄色の風船」。
2度目の引用。

Stella – L’idole des jaunes(1967)
「黄色いアイドル」の意。

Les Nouveaux Baronets – Un p’tit sous-marine jaune(1966)
“Yellow Submarine”

<参考>
Les Compagnons de la Chanson – Le sous-marin vert(1966)
“Yellow Submarine”
「緑の潜水艦」。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Duo Dinámico – Submarino Amarillo(1966)
“Yellow Submarine”
スペイン語で「黄色い潜水艦」。2度目の引用。

Donovan – Mellow Yellow(US:1966/10/24, UK:1967/02/03)

produced by Mickie Most
Pop Chart Peaks: Record World 1, Billboard 2, Cash Box 3 – UK Chart Peak: 8
This and his previous single “Sunshine Superman” were Donovan’s two most successful releases in America.

歌詞にあるサフランは花弁は紫だが雌蕊から造られた染料としては朱~黄色(いわゆるサフラン色、saffron-yellow、orange-yellow)。
Mellow Yellow(穏やかな黄色の意)はそれより黄色に近く、さらに明るく薄いトーンでパステル調だ。

The Tree Toppers – A Field Of Yellow Daisies(1966/02)
シングル “What Have They Done To The Rain” のB面。
2度目の引用。

Out of Los Angeles, the first of two singles that this group would issue under the direction of Del-Fi records owner and producer, Bob Keane. Recorded at Hollywood’s, Gold Star Studios in December 1965,’A Field Of Yellow Daisies’ is an absolutely beautiful and harmonic vocal performance by this young group on a tune which was written by Margaret Rich, wife of singer Charlie Rich. He recorded a stunning version of the song himself a few months earlier but it was unfortunately only inserted hidden as a Smash Records LP track (Rich would later re-record the song in 1974, release it as a single and have a decent hit with it). Tom Jones recorded his wonderful version in 1967 but it too, was only relegated as an LP track. The TREE TOPPERS were led by Paul Marshall along with four other friends that while still in high school, signed with Bob Keane and recorded a handful of songs. This first single was issued in January 1966 on the short lived Del-Fi subsidiary, Scarlet Records and their second,’My Lovin’ Baby’ a few weeks later on the Del-Fi subsidiary, Mustang Records credited as the BEAUCHEMINS, sadly neither made any noise with the record buying public and the group split up.
After completing his education at the University of Santa Barbara, Paul moved back to Los Angeles and joined the group, the STRAWBERRY ALARM CLOCK in 1969. He would go on to compose, produce and record with a wealth of talent which he still does to this day.

Pete Drake And His Steel Guitar – Midnight In Amarilla(1964/04)
Amarilla = Amarillo(西語)= 黄色

Michel Magne – Le Monocle Rit Jaune(1964)
同名映画のテーマ曲。”Take Five”風。

Philippe Clay – La valse jaune
フランス語で「黄色のワルツ」。
作詞:ボリス・ヴィアン

Patrice et Mario – En veston jaune
フランス語で「黄色いジャケット」。

Luis Mariano – En veston jaune

Bing Crosby – The Moon Was Yellow(And The Night Was Young)(1934)
orchestra conducted by Georgie Stoll
3度目の引用。

recorded in Los Angeles October 5, 1934
Having recently departed Brunswick, Bing recorded this at his second session with the brand new Decca label…a working relationship that would endure until the late 1950s.

Leroy Shield and the Victor Hollywood Orchestra – Sing Song Girl(Little Yella Cinderella)(1930)
vocal: James Blackstone
中国人の恋人についての内容。
yella は Yellow の視覚方言(eye dialect)的表記で、fellow を fella と綴るたぐい。
3度目の引用。

recorded in Hollywood September 26, 1930
For the Ben Selvin recording of the song

Mickie Alpert & his Orchestra – Sing Song Girl(Little Yella Cinderella)(1931)
with vocal quartet
3度目の引用。

recorded in NYC February 6, 1931
Ben Selvin as “Mickie Alpert”
“My sing song girl, my little yella Cinderella, tell me, will there be a Chinaman’s chance for me?” Unbilled vocal quartet is probably The Rondoliers. See also the flipside “I Surrender Dear”

<Yellow, yella に関する参考>

以下、「黄色」「Yellow」を含む投稿。

 宇都宮餃子会が、期間限定で7色のレインボーギョーザを販売します。赤や黄色はそれほどでもないのですが、青・水・緑色のギョーザの破壊力が半端じゃありません。
(中略)
 なぜこんなサイケデリックなカラーにしたんだ……と思いますが、これは宇都宮PARCOの4階で開催されるこけら落としキャラクターイベント「KING OF PRISM by Pretty Rhytm PREMIUM SHOP」の目玉企画として販売されるもの。同作に登場するキャラクターグループの「Over The Rainbow」にちなんで開発されました。
 販売期間は10月21日~10月23日と11月11日~11月20日、各日先着30人限定で販売。価格はレインボーギョーザ・レモネード・ホログラム缶バッジがセットになって900円(税別)。
161020_01
http://news.nicovideo.jp/watch/nw2454183

そもそも”レインボーカラー”は、イタリアで平和の旗として考案され、平和の象徴として使用されてきたそうです。
それをもとに1978年、サンフランシスコで行われた同性愛者のパレードの際にレインボーフラッグが製作され、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)尊重のシンボルとなったと言います。

<ホワイトハウスもSNSも世界中がレインボーカラーに…これって一体何故? by.S より一部引用>
http://by-s.me/article/164716950281727865

このフラッグはアメリカ合衆国カリフォルニア州に発祥を持つが、今日では世界中で使われている。1978年にサンフランシスコのアーティストギルバート・ベイカーがデザインし、最初の改良で広く調達可能な布の色への変更を行った後に数度の修正が行われた。 2008年の時点で、最も広く使われているのは 6 色構成(赤、橙、黄、緑、青、紫)のものである。この旗の公式な向きは自然の虹と同じく横方向に色が流れて赤を上にした状態が正しい。
オリジナルのフラッグはギルバート・ベイカーが手染めで制作し、1978年6月25日にサンフランシスコで行われた Gay Freedom Day Parade で使用された。
ベイカーはジュディー・ガーランドが歌った「虹の彼方に」に着想を得て提案をしたとされる。別の説では、1960年代に大学キャンパスで世界平和の運動の際に使われた “Flag of the Races” の旗に起源があるとされている。

<レインボーフラッグ(LGBT)- Wikipedia>

おれの周囲ではレインボーカラーの旗も、ルーマニア国旗と見紛う三色旗もついぞ見かけない。
今の日本じゃ個人が旗幟鮮明にしても得なことは無さそうだし。

おれなんかLGBTじゃないかと勘ぐられるのも癪なので、カラフルな服や品物は持たないことにしている。
子どもに買い与えるランドセルの色が性差別のスタートだって、毎年誰かが言ってるよね。それほど日本人の固定観念は抜き挿しがたいんだよ。
還暦を迎えたらブルーのちゃんちゃんこでも着てやろうかね。いや、世間への「異議申し立て」としてサ(笑)

東映・NET『七色仮面』(1959/06/03~1960/06/30)
原作:川内康範
キング子鳩会、近藤よし子 – 七色仮面の歌

東宝・NET『愛の戦士レインボーマン』(1972/10/06日~1973/09/28)
原作:川内康範
安永憲自、ヤング・フレッシュ – 行けレインボーマン(オープニングテーマ)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

以下、「七」「7」「Seven」「七不思議」を含む投稿。

以下、「虹」「Rainbow」を含む投稿。

以下、「色」「色彩」「Color」関連の投稿。

以下、「ランドセル」を含む投稿。

以下、「餃子」「ギョーザ」を含む投稿。

歌手・三波春夫(1923-2001)がバーチャルシンガー「ハルオロイド・ミナミ(HAL-O-ROID)」となった。エクシング、テイチクエンタテインメント、三波クリエイツが共同で開発し、10月20日に発表した。
 15年前に亡くなった三波春夫の歌唱データを元に、名古屋工業大学による最新の「統計的パラメトリック音声合成技術」でモデル化。Windows用音声・歌唱合成ソフトCeVIO Creative Studio Sユーザーが無料で利用できるようにした。本人の朗々としたこぶし回しが手元で再現できる。10月20日から無料でダウンロード開始されている。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1610/20/news070.html

完成度高すぎ。バーチャルシンガーらしさもちゃんとある。

ハルオロイド・ミナミ / 東京五輪音頭
TEICHIKU RECORDS
2016/10/19 に公開

ハルオロイド・ミナミ / 海の声
TEICHIKU RECORDS
2016/10/19 に公開

富士通とレノボのPC事業が合併するという報道が流れています。
実現されれば、とかつて日本の「3大パソコンメーカー」であったNEC、シャープ、そして富士通全てがパソコンの自社開発から撤退することになります(NECは2011年にレノボと合流、シャープは2010年に撤退)。販売チャネルが残るとしても、このメーカー自身のパソコン開発の終焉は、パソコン史上の大イベントのひとつと言ってもいいでしょう。
マイコンの応用用途を模索し若いユーザーたちの熱狂を生んだ8ビットFMシリーズ、半導体から情報事業へ・ビジネス向けへの転換を図ったFM-16/FM-Rシリーズ、マルチメディアPCの先駆けとなり家庭・文教市場を狙ったFM-TOWNS、PC/AT・DOS/V・WindowsとPC&インターネットの一般家庭への爆発的普及へ世界標準アーキテクチャの波に乗ったFMVシリーズ、そしてコモディティ化の果てに、脱モノづくり・ソフト化が進む日本から開発・製造を中国へ移す……FMシリーズの歴史は、現在までのPC開発とその周辺の歴史の縮図であるように見えます。

<「あぁ青春のFM-7」’80年代のマイコン少年が当時を振り返ってみた – Engadget Japanese より一部引用>
http://japanese.engadget.com/2016/10/19/fm-7/

私の80年代は専らワープロ。
パソコンは90年代も終わりに近くなってから始めた。
だからパソコン通信とかは知らんのだ。
何台もPCを買ったけれども、Apple、富士通、NEC、東芝、ソニー、パナソニック等々は敢えて選ばなかった。

アートディンクは12月15日、鉄道シミュレーションゲーム『みんなのA列車で行こうPC』を発売する。「ノートパソコンでも動く」をコンセプトに、ニンテンドー3DS版『A列車で行こう3D』をWindowsパソコン向けに作り直した。
老朽化する建物や年代に合わせた建造物、史実に沿った出来事の再現、新たなエネルギー資源の登場など、3DS版以前の『A列車』にはなかった「時代」の概念を組み込んだゲームシステムもそのまま採用した。
表示範囲は3DS版より広くなり、斜め上方の視点から街の様子をひと目で見渡すことができる。表示範囲はウィンドウのサイズにあわせて調節可能で、ズームイン・ズームアウトにも対応。全体が俯瞰できるので路線の建設ルートも考えやすくなり、より箱庭的なスケール感で楽しめる。建物や自然物などのグラフィックスは3DS版の4倍の解像度となり、よりシャープで繊細な街並みを表現できるようになった。
161020_02
http://news.nicovideo.jp/watch/nw2454716

今度こそ『A列車で行こう』をやってみたい。
そして架空の六本木、原宿、青山、銀座、恵比寿、上野を作り上げ、そのバーチャル空間で、遊戲三昧してみたい。

以下、「シムシティ」「A列車で行こう」を含む投稿。

追加記事

(2016年10月27日)

追加記事

(2016年11月6日)

追加記事

2016/11/08
Adobeがアメリカ・サンディエゴで開催した開発者会議「Adobe MAX 2016」で、テキストを切り貼りしたり文字をテキスト入力することで、発言者の音声を自由自在に変えることのできるツール「VoCo」を発表しました。「画像」を自由自在に修正・変更できるPhotoshopに対して、「音声」を自由自在に修正・変更できる「音声版Photoshop」とでも言うべき仕上がりになっています。
http://gigazine.net/news/20161108-adobe-voco/

(2016年11月8日)

追加記事

(2016年11月16日)

追加記事

(2016年12月17日)

追加記事

(2017年11月3日)

追加記事

(2020年11月18日)

追加記事

(2022年8月21日)

追加記事

(2023年2月27日)

追加記事

(2023年3月13日)

追加記事

(2023年10月23日)

追加記事

(2024年6月15日)