ゆく秋のこれが吾とや水鏡

@nannohi
今日は何の日?
【インターネット記念日】(11月21日)1969(昭和44)年のこの日、インターネットの元型であるARPAネットの公開実験が、カルフォルニア大学ロサンゼルス校・スタンフォード研究所・カルフォルニア大学サンタバーバラ校・ユタ大学の4か所を結んで開始された。
http://twitter.com/#!/nannohi/status/138451852890091520

今日の日本のインターネットの基となったのは1984年に東京大学、東京工業大学、慶應義塾大学の3つの大学が互いに実験的にネットワークを結んだ“JUNET”であった。
(中略)
1991年にはJUNETからDNSなどの管理業務を引き継いだ“JNIC”が誕生し、1992年には“JPNIC”(現在の日本ネットワークインフォメーションセンター)に組織が変更され、IPアドレス・ドメイン名などの割り当て業務を行う事となる。

インフラ面においては独自の光ケーブル網を完成させ、基幹ネットワークを移行させたニフティサーブやPC-VANなど大手パソコン通信サービスは海外と独自に接続されていた。これとは別にパソコン通信サービスを徐々にインターネット上に移行し始める事となる。
(中略)
1995年に発生した阪神・淡路大震災でインターネットが有効利用されたことがきっかけで、日本において一般メディアでインターネットが取り上げられることが多くなった。同年の新語・流行語大賞のトップテンに「インターネット」が選出された。
<日本のインターネット – Wikipedia>

きのう11月21日はそういう日だったそうです。

Gygafo – Nineteen-Eighty-Four(1973)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

インターネットは1960年代の“生まれ”。もっと大きくいえば戦後の冷戦の産物でした。
いまや活字メディア、テレビ、レコード産業などを衰退に追い込むほどの勢いになってますね。
ネットがかくも隆盛したのは、そこに「リアル」があったからでしょう。
選別・再編集を経ないナマの情報が「存在しうる」世界。
その可能性の大きさが人々の好奇心を刺激したんじゃないでしょうか。

Viola Watkins and Otis Blackwell with Quintet – Really Real

  ※(追記:この動画は削除されました

 

私としては「個人が安価にメディアを持てる」という部分が魅力的ですね。
ですから情報を発信する側としての責任もひしひしと感じております。
なるべく受け売りではなく個人の見聞・経験に根ざしたものを出したいとは思ってますが、これがなかなかたいへんだ。
で、とりあえずは只今ご覧の、こういったスタイルに落ち着いています。
時代を映す鏡であると同時に、私自身の今をも映している・・・
おそらく醜さもそのまま伝わっているでしょう (^^;;

 

  ゆく秋のこれが吾とや水鏡   加茂達彌

 

山口百恵 – 水鏡(1978)

  ※(略)

 

飛鏡(1962、福島和夫作曲)

The Pretenders – Just Be Yourself

こっちが法廷に持って行くよ」と即答。続けて「10人、最高級弁護士を用意している。法廷ならわが方の最も得意とするところだ。俺は法廷闘争で負けたことがない」と最強の弁護団を結成し、迎え撃つ考えを明かした。
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/11/22/kiji/K20111122002082700.html

「法廷闘争」などという言葉を使う時点で、勝てば正義、強者が正義という、卑怯、驕り、事実に対する不誠実さが看て取れます。
いつもゴロツキみたいな口調で記者を叱り飛ばしていたくせに、「ごくろうさんだよなぁ、俺も昔(記者)だったからわかるよ」などと猫なで声。
百害あって一利なしの老人には即時ご退場願いたいものです。

 携帯電話用ゲーム大手のグリーと通信大手KDDIは21日、ゲームサイト「モバゲー」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)を相手取り、計10億5千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしたと発表した。提訴は同日付。
 訴状や発表によると、DeNAは取引先のゲーム開発会社に対して、グリーに作品を提供しないよう圧力をかけ、取引を妨害したとされる。
http://www.asahi.com/national/update/1121/TKY201111210382.html

嵩に懸かって圧力をかけたDeNAの倨傲・憍慢は醜悪の極みですが、10億5千万円などという法外な賠償を求めるグリーとKDDIの根性の曲がり具合にも吐き気を催します。
なんだこいつら、同じ穴の狢じゃないか! 恥を知れ恥を!
いづれ劣らぬ下司根性。こんな浅ましい会社があるから日本の社会が悪くなるんですよ。少しは良識を持ちなさい。

不発弾が市民に被害を与えているクラスター爆弾の使用を全面禁止するクラスター爆弾禁止条約(オスロ条約)に対抗し、爆弾を大量保有する米国など非加盟国が中心となり、新型爆弾の保有や使用を容認する新条約を締結するよう各国に働きかけていることがわかった。新条約案に「オスロ条約の義務に影響しない」などの付帯項目を付けることで加盟国の切り崩しも進んでいる。会議出席者によると、オスロ条約を批准したドイツや日本などを加えた計約70カ国が新条約案に前向きな姿勢を示しており、規制の緩い条約ができれば、オスロ条約は空洞化する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111121-00000010-mai-int

人間を傷つけ、殺す道具についての談合。
こういう連中を残虐なナチスになぞらえることに私は全く躊躇しませんね。
一言でいえば人間のクズ、いや「てめぇら人間じゃねぇ」(破れ傘刀舟)ですよ。

殺し屋のテーマ カバー Slaughter’s theme:cover
BigsbyB6GWST
2011/08/05 にアップロード

  • シングル「殺し屋のテーマ」ペリー・ボトキン
  • コンパクト盤「殺し屋の特集」秋満義孝とクインテット、松本文男

(左)シングル『殺し屋のテーマ』c/w『殺し屋のワルツ』ペリー・ボトキン テイチク DECCA
(右)コンパクト盤『殺し屋の特集』秋満義孝とクインテット、トランペット:松本文男収録曲「皆殺しの歌」「殺し屋のワルツ」「殺し屋のテーマ」「殺られる」テイチク

かまやつヒロシ – 殺し屋のテーマ(1960/02)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Perry Botkin – The Executioner Theme(Murder By Contract)
ペリー・ボトキン – 殺し屋のテーマ

アメリカ映画『契約殺人』(1958)のテーマ曲。日本では59年の冬にヒット。
主演ヴィンセント・エドワーズが『ベン・ケーシー』で人気となったので、1963/01/13 に日本で映画が公開された。
ボトキンの演奏には2タイプあり、これはアップテンポの間奏がない。

名古屋の著名なコレクター氏の指摘では、赤木圭一郎のデビュー曲『黒い霧の町』(1960/04)はこの『殺し屋のテーマ』に想を得たものではないかとのこと。

Royale Coachmen – Killer Of Men

This is an A-side single to “Standing Over There.” and is written by Brody, Levy.
The 45 was released in 1966 by Jowar Records and the catalog # is J.W. 103.
This band is from New York.
This group hails from California.

The Rocky Fellers – Killer Joe(1963/01)殺し屋ジョー
arranged by Alan Lorber

Group consisted of a father and his four sons. The song’s lyrics were inspired by famed dance instructor and ‘King of the Discotheque’ Frank “Killer Joe” Piro.

『ブルー・ムーン』『ラ・バンバ』タイプの典型。

Sparkle Moore – Killer(1957)
(with false start)

 新潮社は21日、1924年創刊の旅行誌「旅」を来年1月発売の3月号で休刊すると発表した。発行部数は70年前後の約20万部から2、3万部まで落ち込んでいた。
 「旅」は2004年、ジェイティービー・グループから新潮社に引き継がれ、09年には月刊から隔月刊になった。同社は「不定期刊など形を変えて早期復刊を目指し、『旅』ブランドは継続したい」としている。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011112100542

松本清張の『点と線』はこの雑誌に連載され、社会派推理小説のさきがけとなった。
<旅(雑誌)- Wikipedia>

旅行がお金持ちや有閑階級の特別なイベントだったのはディスカバー・ジャパンの前まででしょう。
とっくに廃刊したと思ってましたけど、まだやってたんですね。

Creme Caramel – Excursion(1969)
France

The Trade Winds – Mind Excursion(1966)心の旅路
2度目の引用。
Get on your magic carpet という歌詞があります。アメリカン・グラフィティのラストシーンに出てくる Douglas DC-7 の機体には確か Magic Carpet Airlines って書いてありましたよね。

The Dakotas – Magic Carpet(1963/09/27)

Powered by Love – Ride On a Magic Carpet
このへんからトリップといえば精神的なそれを指すようになります。

This is a B-side single to “Powered By Love” and is written by Billy Guy.
The 45 was released in 1967 by Dome Records and the catalog # is 505.
This group is from California.

Eire Apparent – Magic Carpet(1968)

Steppenwolf – Magic Carpet Ride(1968)マジック・カーペット・ライド

This Side Up – Book A Trip(1968)

The Fire Escape – The Trip(1967)

Godfrey – Let’s Take A Trip(1965)

清水の次郎長外伝 初代広沢虎造 「勝五郎の義心伝」
「旅行けば駿河の国に茶の香り」

中川みどり – 奥の細道ひとり旅(1981)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

サントリー BOSS 宇宙人ジョーンズ「奥の細道」篇
トミー・リー・ジョーンズ、有吉弘行

上條恒彦 – だれかが風の中で

  ※(追記:この動画は削除されました

 

すぎやまこういちとユニバース – 木枯らし紋次郎 ~だれかが風の中で~
尺八:村岡 実、京琴:山内喜美子

上條恒彦+六文銭 – 出発の歌(1971)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

ただ壁をへだてて命運を祈る声の耳に入りけるにや、心細き夢のさめたるはとて、
  旅に病で夢は枯野をかけ廻る
また、枯野を廻るゆめ心、ともせばやともうされしが、是さへ妄執ながら、風雅の上に死ん身の道を切に思ふ也、と悔まれし。八日の夜の吟なり。
<宝井其角 追善集『枯尾花』 芭蕉翁終焉記>

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