中央アフリカに割り当てられている国別ドメイン「.cf」がついてるところからのアクセスが数回あったので調べたら、うちのページを勝手に組み込んだ悪質なサイトだった。
どうやらカリフォルニアのサーバにあるらしい。
対策はしたが、今後の動きを注視してゆくつもり。
WWII: U.S. Declares War on Japan – 1941 | Today in History | 8 Dec 16
2016/12/07 に公開
On December 8, 1941, the United States entered World War II as Congress declared war against Imperial Japan, a day after the attack on Pearl Harbor.
招待はされていた。:【話題】真珠湾攻撃75周年式典に安倍首相を招待 – Myハワイ歩き方 https://t.co/SR3W72ywDH @hawaiiarukikataさんから
— なぎの あやた (@ayatan_nagi) 2016年12月5日
真珠湾攻撃から75年 真珠湾とワシントンで追悼式典、ハリス米太平洋軍司令官「当時の敵は和解によって、今は最も親密になった」 https://t.co/wEdKTeCRCZ pic.twitter.com/tlffCZxKmi
— 産経ニュース (@Sankei_news) 2016年12月8日
元軍人「安倍首相は今日来るべきだ」 真珠湾追悼式典 https://t.co/R9ALRKsyVn
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) 2016年12月8日
動画:真珠湾攻撃から75年、ホノルルで追悼記念式典 https://t.co/1xa3EHkSVq
— AFPBB News (@afpbbcom) 2016年12月8日
真珠湾攻撃75年で追悼式典 ハワイ、4千人黙とう ほか - 13時トップ5ニュースhttps://t.co/dTpK9RHqGw
— 共同通信公式 (@kyodo_official) 2016年12月8日
日本の秘密通信暗号をすべて解読していたアメリカ政府が攻撃を事前に知っていたのは、おそらく事実だろうと思う。
日本の宣戦布告が事後になったのも事実で、真珠湾攻撃により結果、米国内の世論が一気に開戦へ傾いた。
(右)『真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々』
ロバート・B・スティネット著、妹尾作太男 訳
単行本:543ページ
出版社:文藝春秋(2001/6/26)
言 語:日本語
発売日:2001/6/26商品説明
1941年12月の真珠湾攻撃について、絶えずある議論が繰り返されてきた。アメリカ合衆国大統領ルーズベルトは日本軍の奇襲を知りながら、世論を大戦参加へ導くため、あえて自国の艦隊を犠牲にしたのではないか、というものである。あまたの書物がこの「陰謀説」を取り上げてきたが、自ら米退役軍人である著者は20万通もの文書と関係者へのインタビューに基づき、論争に終止符を打つほどの成果を挙げている。
アメリカ側は単に襲撃を察知していただけでなく、むしろ意図的に日本をそこへ導いたというのが、本書の主張である。にわかには信じがたいような話だが、「情報の自由法」(FOIA)により近年ようやく日の目を見た未公開資料の山が、圧倒的な説得力で迫ってくる。なかでも中心となるのは、真珠湾の前年、海軍情報部極東課長マッカラムが起草した、日本への戦争挑発行動覚え書だろう。以後の対日政策は、まさにこの覚え書どおり進行している。また、開戦直前の日本艦隊には「無線封止」が行われたというのが定説だが、実際はきわめて無造作に通信が交わされており、その大半が傍受解読されて作戦は筒抜けだった。これまた驚くべき話だが、130通にも及ぶ傍受記録をつき突き付けられては納得するしかない。
著者は執拗なまでの粘り強さで資料を博捜し、これまでの常識や偽られた史実を次々と覆してゆく。情報重視の姿勢は、収集した資料を公開するほどの徹底ぶりで、有無を言わさぬ信憑性がある。むろん、いまだ閲覧を許されない極秘文書は数知れず、各方面からの反論も多々想定されるが、本書によって真珠湾研究が次の段階へ入ったことは間違いない。今後、この著作を経ずして真珠湾を語ることはできないだろう。それだけの重みをもつ本である。(大滝浩太郎)
https://www.amazon.co.jp/
この本が海外でどう評価されているのか分からない。
- 真珠湾攻撃は事前にわかっていた? この陰謀論は、フランクリン・ルーズベルト大統領が… – Yahoo!知恵袋
- 【戦後70年】真珠湾奇襲、英MI5は知っていた 証拠の日記見つかる 007のモデルのスパイ暗躍 情報伝えられたFBI長官は… – 産経ニュース
- ルーズベルト大統領は真珠湾攻撃を事前に知っていたのか? 国際ニュース:AFPBB News
日本は確かに対米開戦へ追い込まれたけれども、一つには国体カルトの狂熱があり、欧米先進各国の影響圏・植民地=贓物庫に手を突っ込んだ、遅れてきた帝国主義国家として、すでにアジアに版図を広げてもいた。
対立の構図は当然であって、「日本は嵌められた」「間違っていない」「正しい」という説明も理解も正しくはないし、欧米先進各国にだって正義などなかった。
ただ、近代社会において「自由」「民主」「平等」といったスローガン自体は輝きを持つ価値観で、建て前であったとしてもそれを掲げることは非常なる強みであった。それらを標榜する欧米先進各国の矛盾が露呈するのはもう少し後の話だ。
現職首相として真珠湾を訪問したのは、安倍首相が初めてではなかった。BuzzFeed Newsは、65年前の新聞記事で確認した。
1951年9月12日(現地時間)。真珠湾を訪れていたのは、吉田茂首相。
当時の報道を見てみると、吉田首相はサンフランシスコ講和条約を受諾すべく、9月上旬に渡米。その往路と復路でそれぞれハワイに立ち寄っている。真珠湾を訪れたのは帰り道だ。<【更新】「安倍首相の真珠湾訪問「現職初」ではなかった 各紙間違えたけど、実はあの人が – BuzzFeed より一部引用>
https://www.buzzfeed.com/kotahatachi/first-time-ever?utm_term=.ahq9X3mYox
「吉田さん、眞珠湾訪問 お土産にモロコシ製のステッキ」
「真」が「眞」なのに「湾」は「灣」じゃないというところに、時代を感じる。
しかも首相が「さん」づけ。
以下、「真珠湾」を含む投稿。
- ハーゲンダッツに入る女(ひと) そのまたお金を払う人 register movement 第四部
- 帝國陸海軍ハ今八日未明 西太平洋ニオイテアメリカ、イギリス軍ト戰鬪状態ニ入レリ register movement 第四部
- 「こんな酷い事故を起こしているのに誰ひとりとして責任を取っていないのです」 register movement Part3
- Mel’sにスルメは置いてない register movement Part3
- 「背もたれ」と「胃もたれ」、もたれ合いが可能なのはどっち? register movement Part3
- そろそろ地震保険に入ろうか register movement Part3
- 「毎時25シーベルト」が剥き出し状態の衝撃 register movement Part3
- 力道山を刺した男、十分長生きして死ぬ、、、モトイッ 天寿を全うす register movement Part3
- 「カトラの噴火甚だ近きにありとは申しつるなり」とぞ申されける。真実の目利きは見分くべし。 續 more register movement
- セシウムさん今晩わ! more register movement
- パナマ帽にアロハシャツ? 太陽族のリバイバルか…… more register movement
- そのままのメロでいて more register movement
- 死者への禱り ~あのころ不幸だった者たちへ~ more register movement
兵士を苦しめた精神疾患
いまで言うPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされた元兵士も多かった。
なかでも、病院暮らしを余儀なくされ、社会復帰できないままになってしまった人たちの存在は、あまり知られていない。いまだに入院中の人だっているにもかかわらず、だ。
精神疾患などで入院した元兵員、8千人分のカルテを分析した埼玉大名誉教授の清水寛さんはBuzzFeed Newsの取材にこう語る。
「戦地の加害経験などによって精神を病んだ人たちは、『戦争神経症』と呼ばれました」
清水さんによると、敗戦直後までに入退院した日本陸軍の兵士は約2万9200人。その半分にあたる約1万450人が、さまざまな精神疾患に苦しんだ。
軍部は、国府台陸軍病院(千葉県)を中心にその対応に当たった。1940~45年にかけては、いまの東京都小平市など3カ所に療養所が設置されている。
それほど、兵士たちの精神疾患は重大な問題だったのだ。<戦後70年以上PTSDで入院してきた日本兵たちを知っていますか 彼らが見た悲惨な戦場 – BuzzFeed より一部引用>
https://www.buzzfeed.com/kotahatachi/ptsd-ww2
我が亡父は中支派遣軍として大陸へ渡り傷痍兵となって内地へ帰った。つまり殺されかけたわけだが、「では戦争で人を殺したかどうか」ということについては最期までひとことも語らなかった。
何度も中国軍や共産匪らと撃ち合ってるから、おそらく何人も殺めているだろうとは想像される。
戦争というのは直接・間接にかかわらず「人殺し」である。
戦場では殺さなければ殺されるし、敵前逃亡すれば味方に処刑される。およそまともではない。
道徳的であったり、理性的であったり、精神的に柔弱だったりすると、戦争神経症にも、そりゃぁなるだろうさ。
アメリカは銃社会だが、世界はいわばその拡大版だ。
中国は沖縄を、韓国は対馬を「我が領土」と言って憚らないし、意趣返しのつもりかロシア(旧ソ連)はいわゆる北方領土を、韓国は竹島を占領している。
何よりも日本には治外法権の米軍基地が多数あり、核を積んだ艦船が平然と入ってくる。つまり少なくとも軍事面ではアメリカの属国である。日本が「平和」だったのはひとえにその軍事力があったればこそだ。
残念ながら国際社会の中で、日本の発言力・政治力はかなり低い。国連にもさんざん金を払っているけれども、常任理事国にはしてもらえない。国力衰微の見通しから考えればチャンスはもう巡って来ないだろう。
人間はいつの時代もピンきりで、世の中は少数のマトモな者と多数のしょうもない連中、あるいは状況次第でどっちにもなるような、あまりものを考えない人たちで占められている。
人間は欲望や怒りをコントロールできない不完全な存在であり、人間は人間以上にはなれないのだから、戦争は人類滅亡の日まで無くならない。
となれば、我々は政治家ではないのだから、責任の範囲は自ずと明らかなわけで、戦争で人生をメチャクチャにされないよう、自分と自分の家族を護れるように、いろいろ考えて動くしかない。
今の日本なら、選挙の投票も大いに有効である。というかまずは選挙であろう。
デモや抗議行動で政治が動かせると考えるのは邪道であり、民主主義の劣化を早めるだけだ。
Andrea True Connection – More, More, More Pt 1(1976/02 stereo 45)
アンドレア・トゥルー・コネクション – モア、モア、モア(パート1)
Time: 3:02
Pop Chart Peaks: Record World 1, Cash Box 3, Billboard 4 – R&B Peak: 23 – A/C Peak: 23 – UK Peak: 3 (MM)
Winding down a several-year career as an adult film actress & director, Andrea Marie Truden scored her signature disco hit which spent half a year on the national pop charts. Here’s the full-length LP version
Andrea True Connection – More, More, More(album version)
from the album “More, More, More”(1976)
Time: 6:15
Salena Jones – The More I See You(1970)
2度目の引用。
◆ ◆ ◆
Kim Carnes – More Love(1980/05 stereo 45)
キム・カーンズ – モア・ラヴ
from the album “Romance Dance”(1980)
Pop Chart Peaks: Cash Box 9, Billboard & Record World 10 – A/C Peak: 6
On the same week that her Kenny Rogers duet “Don’t Fall In Love With A Dreamer” sat at #4 on The Hot 100, Kim entered the chart with this revival of the 1967 Smokey & Miracles hit. It was a track from the “Romance Dance” LP and became her first solo Top 10 single.
Kim Carnes – More Love(1980 mono radio promo 45)
Pop Chart Peaks: Cash Box 9, Billboard & Record World 10 – A/C Peak: 6
On the same week that her Kenny Rogers duet “Don’t Fall In Love With A Dreamer” sat at #4 on The Hot 100, Kim entered the chart with this revival of the 1967 Smokey & Miracles hit. It was a track from the “Romance Dance” LP and became her first solo Top 10 single.
Smokey Robinson and The Miracles – More Love(1967/05/26 mono)
ザ・ミラクルズ – モア・ラブ
Pop Chart Peaks: Cash Box 19, Billboard 23, Record World 31 – R&B Peak: 5
Though this was not among the group’s best-selling hits, Smokey’s song would return strongly in 1980 for a nineteen-week chart run and a top-10 peak for Kim Carnes.
◆ ◆ ◆
Little Helen – More And More(1967)
シングル “The Richest Girl Ain’t Got Nothing On Me” のB面。
Laura Casale – The More I See You(1967)
Spain
2度目の引用。
Chris Montez – The More I See You(1966/03)
arranged & produced by Herb Alpert
Chris brought back a popular ballad of the mid-1940s, recorded most successfully at that time by singer Dick Haymes
Smokey Robinson & The Miracles – More More More Of Your Love
from the album “Away We A Go-Go”(1966)
Vic Dana – More(1963)
conducted by Ernie Freeman
Most successful vocal treatment of the much-recorded theme from “Mondo Cane.” For the also-posted top-10 instrumental version by Kai Winding
Kai Winding & Orchestra – More(from the Motion Picture “Mondo Cane”)(US:1963/06)
3度目の引用。
Movie: “Mondo Cane” (Times Film Corporation), starring Rossano Brazzi, Yves Klein, and Stefano Sibaldi.
The bizarre 1962 Italian-made ‘shockumentary’ was released in the U.S. in 1963 and introduced this famous tune. Though often performed lyrically, this instrumental track was the major hit version at the time. Artist credit is given to jazz-pop trombonist Winding, former player in the Benny Goodman and Stan Kenton bands and best-remembered in some jazz circles for his trombone duet recordings with J. J. Johnson.
<参考>
Connie Francis – Your Other Love(1963/10)
conducted by Claus Ogerman
Music written and arranged by conductor Ogerman…no-doubt inspired by the recent and similarly-styled Kai Winding hit “More.”
Dick Haymes – The More I See You(1945)
2度目の引用。
Song from the film “Billy Rose’s Diamond Horseshoe”
Harry James and his Orchestra – The More I See You(1945)
vocal: Buddy Di Vito
2度目の引用。
Familiar to later generations via the 1966 Chris Montez hit, this Harry Warren-Mack Gordon standard was first performed on-screen by Dick Haymes in the 1945 film musical “Diamond Horseshoe.”
Tommy Dorsey and his Orchestra – More And More(1945)
vocal: Bonnie Lou Williams
Deanna performed this song in her only Technicolor feature with Universal.
Movie: “Can’t Help Singing” (Universal), starring Deanna Durbin, Robert Paige, Akim Tamiroff, and David Bruce.
1945 OSCAR-NOMINATED SONG
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1945 BEST ORIGINAL SONG NOMINEES (14)
It Might As Well Be Spring (”State Fair”)
Ac-Cent-Tchu-Ate the Positive (”Here Come The Waves”)
Love Letters (”Love Letters”) (lyrics not sung in the movie)
Aren’t You Glad You’re You? (”The Bells Of St. Mary’s”)
I Fall In Love Too Easily (”Anchors Aweigh”)
I’ll Buy That Dream (”Sing Your Way Home”)
Sleigh Ride in July (”Belle Of The Yukon”)
More and More (”Can’t Help Singing”)
Some Sunday Morning (”San Antonio”)
Anywhere (”Tonight And Every Night”)
So In Love (”Wonder Man”)
Endlessly (”Earl Carroll Vanities”) – Song not included in this posting, but a radio performance by Ray Eberle is available courtesy of the Croonr1 YouTube channel: https://www.youtube.com/watch?v=iynCV72kEEU
Linda (”Story Of G.I. Joe”) – Song not included in this posting, but a movie soundtrack recording is available courtesy of the Jose Mora YouTube channel: https://www.youtube.com/watch?v=pJyNGJAyO1Q
The Cat and the Canary (”Why Girls Leave Home”) – Song not included in this posting as no period recording has been located
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SOME OTHER SONG HITS FROM 1945 FILMS
(All Of A Sudden) My Heart Sings (”Anchors Aweigh”)
Baia (”The Three Caballeros”)
Doctor, Lawyer, Indian Chief (”The Stork Club”)
I Should Care (”Thrill Of A Romance”)
I Wish I Knew (”Diamond Horseshoe”)
It’s A Grand Night For Singing (”State Fair”)
Like Someone In Love (”Belle Of The Yukon”)
The More I See You (”Diamond Horseshoe”)
Out Of This World (”Out Of This World”)
That’s For Me (”State Fair”)
You Belong To My Heart (”The Three Caballeros”)
—————————-
Art Kahn’s Orchestra – I Love You More And More(1932)
vocal: Elmer Feldkamp
The flip side is “It Was So Beautiful” with vocal by Chick Bullock. “Art Kahn” was one of the pseudonyms used on record by bandleader-organizer Wallace T. “Ed” Kirkeby, remembered as manager of the California Ramblers and Fats Waller.
<参考>
以下、「More」関連の投稿。
以下、「One More」「Once More」を含む投稿。
- 服喪には喪服が必要 續 more register movement
- ふたたびの 跡ありとても和歌の浦に 人りたたぬ身は ふみやまよはむ more register movement
- あらざらむ この世のほかの思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな more register movement
8世紀、奈良の平城京に、ペルシャの役人とみられる破斯清通(はしのきよみち)なる人物がいたことが、今年のニュースでも話題になった。シルクロードを経由して日本までやってきたのだろう。
(中略)
職にあぶれた次男坊、世界に飛び出す
ヨーロッパ人を外洋に駆り立てたもう1つの理由は、人口動態だ。
これはそれほどメジャーな説ではないのだが、面白いので紹介したい。大航海時代のヨーロッパは、地元で職や地位にあぶれた次男坊、三男坊が多かったからこそ、彼らが富と名誉を求めて海原に乗り出したというのだ。
長子相続制の地域では、次男坊、三男坊は財産を作ることができない。結婚も難しい。経済成長の鈍かった中世ヨーロッパならなおさらだ。長男に産まれることができなかった男たちは、何か他の方法でカネと繁殖機会を得ようとした。外洋探索と侵略こそが、その方法だったという。<世界は古代から「グローバル」だった! 移動・物流が劇的に高速化した現代を、旧石器時代、大航海時代、産業革命から振り返る〈Rootportの世界史で見るお金 第3回〉 – マネ会 より一部引用>
https://hikakujoho.com/manekai/entry/20161208
おれ自身も「次男坊の投機性」を意識しつつ今にちに至っている。
両親がおれに投じた資金は回収に失敗したけれども、、、
白根一男 – 次男坊鴉(1955)
3度目の引用。大映京都製作 同名映画 主題歌。
かつて、「老人は敬うもの」という価値観が日本にはあった。いや、そういった価値観が残っている地域も残ってはいるけれども、老人への尊敬全般は目減りしているように思える。
“老人を敬う”という価値観が、前提ではなく限定へ、そして衰退へと向かっている背景にはどのようなものがあるのか?価値観の変容を促した要因にはどんなものがあるのか?
<老人が尊敬される時代は終わった Books&Apps より一部引用>
http://blog.tinect.jp/?p=34299
子供のころ老人をそれなりに尊敬していた。今はとてもじゃないが考えられない。団塊世代の無責任なやりたい放題をつぶさに見てきたし、今の社会は彼らが作ったものだ。後の世代に迷惑をかけてる点は、彼らが軽蔑していた彼らの父親世代と何ら変わるものではない。
— 千夜三五郎 (@pointex409) 2016年12月5日
こんな社会にしちまったのは今の老人世代である。
民主主義社会において多数を占める彼ら世代は台風の目であったはずである。
それがこのザマだ。
社会と あとの世代 にメーワクをかけ お荷物 になっている「ブラック世代」と言うしかない。
森田:これは長期的な日本の人口推移をグラフにしたものです。西暦600年から2200年までの人口の推移を見ると、平安時代が500万人強、関ヶ原の戦いの時で現在の10分の1の1200万人、江戸時代に3000万人を超えて、明治以降、急激に増えました。2010年まではドカンと上がったわけです。ところが、そこが頂点で、これからジェットコースターのフリーフォールのように急減していきます。
(中略)
木本:基本の部分を聞きますけど、そもそも、どうして少子化になっているんでしょうか。
森田:結婚する人が少ない。結婚しても子どもを作らないし、作っても1人か2人しか作らない。経済成長が鈍って多くの人が正社員になれなくなっているので、子どもを産み育てる経済的余力がない。産んで育てようにも、女性が働きに出るための保育所が足りない、という流れです。また、女性が高学歴化して、かつては多くの人が20代で第一子を産んでいたのが、今では過半数の人が30歳を過ぎるようになったので、4人も5人も産めません。そういういろいろな理由が重なっています。<日本人は「人口急減の恐怖」を知らなすぎる TKO木本の「基礎から知りたい」 東洋経済オンライン より一部引用>
http://toyokeizai.net/articles/-/148363
「国家百年の大計」という言葉がある。
日本の官僚や政治家、かつての軍人たちは、自分たちに都合のいいビジョン、取らぬ狸の皮算用を示すことは得意なのだけれども、自分たち自身を欺き、国民を騙すだけで、たちまち頓挫・失敗することがあまりに多かった。
今の政治家はそれすらなく、ただ目先のことだけ。後は野となれ山となれ、とでも思ってるのか。
やれオリンピックだとか、「日本はすごい」とか、マスコミを動員して虚勢を張ってはいるが、国家経営の破綻が表沙汰になるのはそう遠い日のことではなかろう。
最先端のIT技術を使った新たな金融サービス「フィンテック」の1つとして、銀行口座やクレジットカードの取り引き情報を一元的に管理する「家計簿アプリ」の利用者が増える中、金融庁は、利用者の保護を図るため、こうしたサービスを提供する事業者について登録制を導入する方針を固めました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161208/k10010798941000.html
これはいいこと。
しかし基本的には、銀行口座やクレジットカードの番号を入力するようなサービス、アプリは使わないことだネ。
追加記事
2016/12/24
米ハワイの邦字紙「ハワイ報知」は22日、安倍晋三首相が訪問予定の真珠湾に、鳩山一郎、岸信介両首相も現職時代に訪れていたと報じた。真珠湾には吉田茂首相が訪れていたことが判明している。報道が正しければ、3人の現職首相が訪れていたことになる。
ハワイ報知によると、1956年に鳩山一郎首相、57年には岸信介首相(いずれも当時)が真珠湾を訪れていたことが、当時の記事から確認できたという。
http://www.asahi.com/articles/ASJDS2QHPJDSUHBI00M.html
(2016年12月24日)
追加記事
2016/12/26
九州大学記録資料館の三輪宗弘教授が発見した2通の電報記録。外務省が在米日本大使館に発信したもので、これらが「訂正電報」とすれば、急を要するはずの対米覚書の訂正を、外務省は半日以上遅らせていたことになる。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/297937
(2016年12月26日)
追加記事
「陳腐な『日米和解』プロパガンダ – ハルノートの歴史認識を隠すマスコミ」をアップしました。https://t.co/4HXzk9SnLf
— 世に倦む日日 (@yoniumuhibi) 2016年12月28日
(2016年12月28日)
追加記事
Japan Renounces Washington Naval Treaty – 1934 | Today in History | 29 Dec 16
日本、ワシントン海軍軍縮条約を破棄 – 1934 | 今日は何の日 | 12月29日
2016/12/28 に公開
On December 29, 1934, Japan formally renounced the Washington Naval Treaty of 1922.
Shots of Japanese Envoy Saito speaking.”The Japanese sense of honour and of concern for national dignity and prestige would make it impossible for my country to concent to a continuation of the present ration system. Japan is therefore going to give notice of her intention to terminate the Washington Treaty of 1922 in other words Japan is desirous to have new deal in the naval matters. On a much more reasonable basis than heretofore.
(2016年12月30日)
追加記事
マッカーサー「なぜあなたは戦争を許可されたのですか?」天皇「もし私が許さなかったら、きっと新しい天皇がたてられたでしょう。それは国民の意思でした。こと、ここに至って国民の望みに逆らう天皇は、恐らくいないのでありましょう」
— 昭和天皇のお言葉BOT (@shouwa_tennou) 2017年12月27日
(2017年12月28日)
追加記事
Pearl Harbor – 1941 | Movietone Moments | 7 Dec 18
2018/12/07 に公開
On this day in 1941 the Imperial Japanese Navy carried out a surprise attack on the United States Pacific Fleet and its defending Army and Marine air forces at Pearl Harbor, Hawaii.
The world knows that the Japanese attacked the American Naval Base without warning, these pictures show something of how the civil population suffered.
Japanese planes fly over and fires rage in Waikiki. Refugees run hither and thither. AA guns fire and the injured are cared for. The children play in a communal nursery. Afterwards, shots of wreckage and a damaged car. The story ends with pictures of a captured Jap. two man submarine which helped in the attack against the US Fleet in Pearl Harbour. see story number 41754/2 for extra material
2018/12/06 「この戦争は間違ってます」とか「日本はいずれ負けます」とかしたり顔で… – 山下泰平の趣味の方法 https://t.co/nzpflI1Vxb ▼良記事。頭の良い者、小賢しい者ほど、戦前の国体カルトに手もなく絡め取られ、マインド・コントロールのスパイラルに落ちていった、ということかもしれない。
— 千夜三五郎 (@pointex409) 2018年12月7日
(2018年12月8日)
追加記事
大平洋戦争を国民の多くが熱狂的に受け入れたというが
私は開戦を女学校の掲示板で知った。日中戦争が続いて物資も日用品も不足がちのとき、また戦争かと落ち込み他の生徒も暗い顔で通り過ぎた。でも後に兄から聞いた「戦争発表でクラス中が躍り上がって喜んだ」と。— KAZUKO (@PeriKazuko) March 25, 2021
(2021年3月25日)
追加記事
Mitzi Gaynor “The More I See You” on The Ed Sullivan Show
The Ed Sullivan Show
2025/03/02
February 16, 1964.
(2025年3月2日)
追加記事
Kate Smith “More” Live On The Ed Sullivan Show
The Ed Sullivan Show
2025/05/28
October 10, 1965.
(2025年5月28日)
追加記事
暗号解読までわずか数分…真珠湾攻撃の裏で暗躍した米国暗号解読隊【最新講演会は10月12日開催】|西鋭夫の講演会
西鋭夫チャンネル (PRIDE and HISTORY)
2025/09/05
(2025年9月6日)

(右)『真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々』