ミソをつけてしまい、このところキュウリとは微妙な関係に

 上空に寒気が流れ込んだ影響で、関東地方の一部で猛烈な雨が降っています。気象庁は千葉県市原市付近に「記録的短時間大雨情報」を発表するなど注意を呼びかけています。
 15日の関東地方は上空に寒気が流れ込んだ影響で、大気が不安定な状態となっています。市原市では午前11時までの1時間におよそ100ミリの雨が降ったとみられ、気象庁は付近に「記録的短時間大雨情報」を発表しました。
 また、消防によりますと市原市では土砂崩れが2か所、道路の冠水が20か所、さらに、合わせて4件の建物で床上と床下に浸水するなどの被害が出ているということです。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2821459.html

2016/07/15 横浜の大雨
げんちゃンち LINE

2016/07/15 この日は11時頃から局地的に激しい雨が降りました。正直な話、私もこの光景には驚いたので臨時で載せさせていただきました。その様子をご覧ください。

Obon: Japanese Festival of the Dead お盆
Sharla in Japan
2013/04/19 に公開

Found this footage from the Summer where I participated in Obon celebrations at my friend’s house. Obon is a Japanese Buddhist custom to honor the spirits of your ancestors. Decided to put a short video together since I found it really interesting, and hope you guys do too!

先祖の「追善供養」であることから仏教の催事と認識されている「お盆」。実はその在り方が仏教本来のものではないことは以前書いた。儒教・道教・中国で生まれた偽経などから形成された死後の世界観が、先祖崇拝の強い我が国で習合した「仏教風」行事であって、寺の専売特許なので「仏教」かと思うくらいである。

ベストアンサーに選ばれた回答
barley_wheatさん 2006/8/922:19:59
(中略)
地獄の釜が開く日は、7月の16日です。
年に2回だけ、お盆と正月は、鬼でさえ休みがもらえます。

休みだからと言って、地獄の責め苦を休むわけにはいけません。
ですから、大晦日とお盆の前の日には、とりあえずふたを閉めて亡者を蒸し焼きにします。

それで、正月と、お盆の日、1月の2日と7月の16日には休みあけになった、鬼たちはとりあえず釜のふたを開けた後、閻魔大王に休みをいただいたお礼と、これから一生懸命働きますと言うことを示しに挨拶に行きます。

その間だけ、地獄にいる亡者は休むことが出来るのです。
地獄にいる亡者でさえ、休むことが出来るのだから、この世にいる私たちも、休んで良いだろうという考えから始まったのが、お盆休みの始まりです。

ちなみに、お盆、盂蘭盆会は、インドで作られたものではありません。
中国の民間宗教が、仏教と混じり、日本にきて独自の文化となったものです。

<よく8月16日は地獄の釜も開くといいますが、どんな意味でしょうか。この日は地獄も極楽も全部休みになるのですか。 – Yahoo!知恵袋 より一部引用>
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q138985388

さすが地獄だけあって、ブラックな労働環境やね(笑)

Al Chaney – Somebody Left The Gates Of Heaven Open(1965)
2度目の引用。

ずっと東京に住んでるけれども、新盆(しんぼん)でも月遅れ盆が普通で、新暦7月15日にお盆らしきことを見かけたりしたりという記憶がない。
お盆は本来旧暦の行事だから新暦上では毎年同じ日とは限らないのが当然だが、諸般の事情と、終戦記念日が「8月15日」であることが固定化につながったものと推察される。

おれは「お盆はしょせん生者のためのもの」と思ってる。
どれほどの聖職者であろうとも生者は死者に、如何な偉人だったとしても死者は生者に、影響を与えることなぞ寸毫もでき得ない。
仏教は釈迦の教説とされるものを核として発展・生成してきた一大潮流で、生者の個別性についても、有を否定して無、一面から考えれば有、無・有をアウフヘーベンした空として不可知的に存在、そして一周して釈迦以前の「外道」と同じく有と、見解・学説もさまざまに生まれた。死後の有りよう、死者の個別性についても実は統一見解はない。

おれは近代科学、とりわけ現代の医学と整合性を持たない説に与することは到底できないのであって、例えば生命は「生きている状態」の呼称であると思ってるし、別個にエネルギーのような状態でフワフワと存在しているとも考えちゃいないのである。
要するに荼毘に付されてのちは骨片としての物体のみであって、魂・霊、呼び名は種々あれども個別性なるものが死後も存続し、骨片・墓所・あるいは神社などに偏在しているわけではないし、風のように遍在しているわけでもない、ということだ。
あると言い張るのは質の悪い疑似科学であり、またの名を宗教・信仰ともいう。

折りに触れ死者を思い出すことは生者にとって「いつか自分もそうされる」ことへの無意識の祈りであるかもしれない。が、それも数代経るうちには「先祖代々諸精霊」に括られ、個別性を回想する者さえいなくなるのは間違いない。
自分がそのような定めであることを漠然とでも認識すること、「死を想うこと」は決して悪いことではなかろう。余生を、道徳的にできるだけ正しく、また有意義に過ごそうという反省材料になるだろうからね。

<参考>
お隣の韓国にもお盆に相当する行事がある。

秋夕(チュソク、추석)は、朝鮮半島で陰暦(時憲暦)の8月15日(中秋節)を指す言葉。祖先祭祀や墓参をはじめとする行事が行われる重要な祭日である。大韓民国では前後3日間が祝日であり、帰省シーズンとなる。ハンガウィ(한가위)、嘉俳日(カベイル / 가배일)、中秋(チュンチュ / 중추)などとも呼ばれる。
(中略)
韓国の秋夕は陰暦8月15日(中秋)に行うものであり、「仲秋節」という中華文化圏の行事に近い。

<秋夕 – Wikipedia>

韓国には現在の北朝鮮に含まれる地域の出身者も多い。
しかし秋夕の墓参りをしたくても南北に分断されている以上それが叶わない。

以下のテレビ番組は、そうした事情のもとに作られた「秋夕」特番。

이제 만나러 갑니다, E142, 5-1,140907, 추석특집 HDTV H264 720P Channel A
Time 15:19

以下、「盆踊り」を含まない「お盆」関連の投稿。

では、盆の施主(せしゅ)に贈る歌をど~ぞ。

Halie Loren – C’est Si Bon(2011)

Boulou Ferre – C’est Si Bon(1964)

Pat Thomas – C’est Si Bon(1963)

Dean Martin – C’est Si Bon(1962)

Larry Elgart & his orchestra – C’est Si Bon(1962)

Louis Armstrong – C’est si bon(TV live, 1962)

Loyd Price – C’est Si Bon(1961)

Paul Mauriat – C’est si bon / I love Paris / Paname(1961)

Conway Twitty -C’est Si Bon(It’s So Good)(1960/12)

1961 Pop Chart Peaks: Music Vendor 10, Billboard 22, Cash Box 31
Revival of the 1950s song hit was Conway’s final top-40 single as a pop-rock artist, prior to his embracing a country music career later in the decade.

Patachou – C’est Si Bon(1960)

Norma Bengell – C’est Si Bon(1959)

Johnny Desmond – C’est Si Bon Cha Cha(1958/08)

The Chantels – C’est Si Bon(1958)

Stanley Black and his Orchestra – C’est et bon(1958)

Willie Martinez – C’est Si Bon / You Don’t Know What Love is / All Or Nothing At All(1958)
from the Decca LP “I Could Have Cha Cha’d All Night”.

Ray Anthony – C’est Si Bon(1958)

Нина Дорда – Хорошо(1957)
Nina Dorda

Buddy Collette – C’est Si Bon(1957)

Perez Prado – C’est Si Bon(1956)

江利チエミ – セ・シ・ボン(1954)
東京キューバン・ボーイズ

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Eartha Kitt – C’est Si Bon(It’s So Good)(1953/06)
orchestra conducted by Henri Rene

Acclaimed for her performance in the revue “New Faces Of 1952,” rising star Eartha Kitt signed a recording contract with RCA Victor and turned out several popular singles during 1953 and 1954. Along with “Santa Baby,” this top-10 hit would be one of her two best-remembered song hits. See also “Uska Dara” (1953) and “Somebody Bad Stole De Wedding Bell” (1954).

Danny Kaye with the Lee Gordon Singers and Vic Schoen and his Orchestra – C’est Si Bon(It’s So Good)(1950/09)
後半、ダニー・ケイが「フランス訛の英語」を披露。

recorded in Los Angeles February 10, 1950
Billboard chart peak: 21 (juke box)
Three years before Eartha Kitt’s memorable top-10 hit, both Danny Kaye and Johnny Desmond sold a few copies of this 1947 French song with its new English lyrics.

 

Johnny Desmond – C’est Si Bon Cha Cha(M-G-M:1958/10)
orchestra & chorus conducted by Tony Mottola
口笛が入る。

Different rhythm pattern but similar arrangement structure to Johnny’s previous 1950 hit version of the song

Johnny Desmond with the Quintones – C’est Si Bon(It’s So Good)(M-G-M:1950/06)
orchestra conducted by Tony Mottola
SP盤 “If You Could Care” のB面。
口笛が入る。

Three years before Eartha Kitt’s memorable top-10 hit, former band singer Desmond enjoyed some success with this French tune.

 

Louis Armstrong – C’est Si Bon(It’s So Good)(1950)

Maire Ojonen – C’est Si Bon(1950)

Henry Theel – C’est Si Bon(1950)

Yves Montand – C’est Si Bon(1948)
Recorded May 11, 1948

Jacques Hélian & son Orchestre – C’est Si Bon(1948)

Written by Henri Betti & André Hornez. This is the first recording of C’est Si Bon (known to me): Jacques Hélian & his Orchestra (vocal by Jean Marco) on February 18, 1948 (French Columbia DF 3232). Any additional info welcome.
In later years popularised by Yves Montand, Jean Sablon, Louis Armstrong, Johnny Desmond, Eartha Kitt, Conway Twitty and many others.

【C’est si bon.】
[フランス語]セ・シ・ボン
[感]それはすてきだ。とてもすてき。すばらしい。

以下、「’S Wonderful」を含む投稿。

世志 凡太(せし ぼんた、1934年1月4日 – )は作曲家、作詞家、俳優、コメディアン。本名は市橋健司(いちはし・けんじ)。東京都豊島区出身。芸名は、フランス語の「C’est si Bon.」(セシボン・とってもいいの意)から来ている。
1992年、女優の浅香光代と事実婚(入籍はしていない)。

来歴・人物
1957年に「原信夫とシャープ&フラッツ」にベース奏者として参加。渡邊プロに所属しバンドマンとして活躍した他、同時期にコメディアンとして「てなもんや三度笠」などのテレビ番組や、クレージーキャッツ主演の映画、東宝・松竹の喜劇映画、NHKの音楽番組等に出演する。
1972年、株式会社市橋プロモーションを設立。音楽プロデューサーとしてフィンガー5を世に送り出した他、せんだみつおなど、タレントの育成にも力を注ぐ。作詞・作曲家としても100曲を超える作品を制作、田端義夫など多数の歌手に提供している。この他、自治体や学校の校歌の作曲、トークショーや舞台、ライブハウス、ラジオ、テレビ等でコメディアンとして活躍している。
2005年1月、妻・浅香とのデュエット曲「あんたがストレス」をバップよりリリース。執筆活動も、PHP研究所発行「歴史街道」に2002年1月号~2004年4月号まで「昭和たまさか芸能人生」などを手がけている。
2006年、(株)ファインズインターナショナルと共同企画でラジオ番組「世志凡太の半分ジョーダン」を制作、茨城放送で、毎週月~金曜日12:20から放送を開始した。
子どもたちの活字離れ、文学離れを憂いて2007年、森繁久弥が担当したNHKラジオ「日曜名作座」的な番組をCD発売している。
銀座博品館劇場にて「世志凡太と仲間たちコンサート」を定期的に開催している。

<世志凡太 – Wikipedia>

2016/02/22
カメラで夫を監視!?家庭内別居歴20年以上!浅香光代の驚きの夫婦生活
未だに何かとスキャンダラスな浅香光代さん。 彼女の、夫との20年以上にわたる家庭内別居についてまとめました。
http://laughy.jp/1405395695985161602

沼津の網元(世志凡太)

なべおさみ、由美かおる、原田糸子、世志凡太 – 教えておじさま
『植木等ショー』より

東宝・渡辺プロ・宝塚映画=東宝『てなもんや東海道』(1966/08/14封切)
上田吉二郎、田中春男、平参平、世志凡太

蜷川幸雄、永六輔……”巨星”続々逝去の芸能界 、次に危ないのは桂歌丸と岸部四郎?
(中略)
最近はマスコミでも名前が挙がらない元・タイガースの岸部四郎も、体調が心配されるタレントのひとりだという。
「彼の近況は以前、週刊誌で老人ホームに入っているという記事が出たくらいです。ここ最近は、まったく名前も聞かないですからね。これだけ著名人が立て続けに亡くなっているので、岸部さんのほかにも、体調が不安視される田中邦衛さんの近況も調べるようにお達しが出た週刊誌もあるみたいですよ」(テレビ局関係者)
http://www.cyzo.com/2016/07/post_28839.html

電話で10コくらい年上の人が元気のない声だったりすると、ちょっと心配になる。
手元不如意で香典どうしようとか、いろんなことが脳裏をかすめる。

 マルコメマルコメ~マルコ~メみそ――。おなじみのCMソングに合わせて登場する丸刈り頭の男の子「マルコメ君」。みそ大手マルコメ(長野市)の有名キャラクターを最近見かけなくなった。縮小するみそ市場と会社のイメージ転換が背景にあるようだ。
(中略)
 理由は、みそ消費の減少だ。総務省の家計調査によると、みその年間購入量(2人以上の世帯)は、1978年に約12・9キログラムだったが、2015年には約5・5キログラムまで減った。同社は「みその消費量が年々減り、もはやCMで社名を連呼するような時代ではなくなった」(広報)と説明する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160715-00000073-asahi-bus_all

できれば、味噌汁は毎日食べたい。
夏なんか、きゅうりに味噌つけて、囓りながら焼酎で一杯なんて、いいね~

マルコメみそCM 80年代

神州一味噌CM

タケヤみそ CM 森光子
2度目の引用。

1979年CM タケヤみそ 森光子

日本海みそCM

日本海みそ冬バージョン

ヤマタカみそ TV-CM集 1966年~2002年
山高味噌株式会社
Time: 39:21

山高味噌の1966年から2002年までのTV-CM集です。
山高味噌についての詳細はこちらから!→ http://yamatakamiso.com/

ナカモみそCM

ママの味 七宝みそ 名古屋の懐かしいCM

千 昌夫 – 味噌汁の詩

 国民を賤民と呼んだ新政府
 西郷隆盛、坂本龍馬、桂小五郎(木戸孝允)など下級武士たちの活躍によって討幕が実現し、明治の近代国家がスタートした。
 しかし政府に対する庶民の人気は出だしから今イチだった。これまで藩の運営も経験したことのない下級武士たちが、いきなり国家経営の中心的な役割を担うことになったのだから、最初はうまくいかなくても当たり前という面もあったが、そういう理由ではすまされない事情もあった。
 その事情の一つとして、新しく支配者層に昇りつめた人々が、国民を「愚民」と決めつけていたことが挙げられる。
(中略)
 賤民という言葉が肉体労働者を指していることは、文脈からしてもいうまでもないが、新しい支配層にとって肉体労働者は賎民だったのである。ちなみにこの時の東京府知事は由利公正であった。由利は幕末に、福井藩の下級武士から取り立てられた人物で、明治国家のあり方を示した「五箇条の御誓文」を起草したり、民選議院の設立に奔走したことで知られている。その点では自由な精神の持ち主と目されていたが、そういう人物からも肉体労働者は賤民と見なされたのである。
 そのほかに県知事が布告や通達で、住民を「愚民」と決めつけているケースは枚挙にいとまがないし、福沢諭吉も『学問のすゝめ』の中で、「努力を怠る人間が愚民として、政府から過酷な扱いを受けるのは白業自得だ」という意味のことを述べている。彼らは秀才であり、出世するために大変な努力も重ねただろうが、そもそも討幕運動とは努力しても報われない時代に対する反発からスタートしたのではなかったか。
 こういう政府の姿勢は、必然的に愚民の側の反発を招くことになった。この対立が先鋭化したのが盆踊り禁止令であった。

<下川耿史『エロティック日本史』266~267ページ より一部引用>

幕末の動乱を歴史ロマンとして愛好する人は多いが、リアルな歴史とはまた違うものであることを識らねばならない。
薩長政府の労働者「賤民」視はヒドいものだが、明治時代の土木現場や炭鉱の労働者が褌一丁の裸同然で働き、乱暴や無法を働いていたこともまた事実であって、蔑視の理由が無かったわけではない。
それにしても、小人物の倨傲ほど、傍迷惑で醜いものはなかろう。

下級官吏や海外留学してました程度の洋行帰りが指導的立場につくと、とたんに人間がバカに見えるということは今だってよくある話だ。
国民を虫けら同然に扱ったポル・ポト、現在進行形の金正恩(キム・ジョンウン)あたりも留学組である。

 

2016/07/05
 小泉純一郎元首相は5日、都内で記者会見し、自民党の推薦を得られなくても東京都知事選に出馬する意向を示している小池百合子元防衛相に関し、「前は『女は愛嬌、男は度胸』といったが、最近は女も度胸がある」と強気の対応をたたえた。ただ、小池氏への支援については「選挙には一切関わらない」と否定した。
 小池氏は小泉内閣で環境相を務めた縁もあり、「やるからには精いっぱい頑張ってほしい」とエールを送った。
 会見に同席した細川護煕元首相は、自民、民進両党とも候補者の擁立に手間取る中で小池氏が先手を打って出馬を表明した動きに関し、「あのタイミングで手を挙げるというのは、いい勝負の勘をしている」と評価した。
http://www.sankei.com/politics/news/160705/plt1607050057-n1.html

都議会にはもう一人のボスがいたが、まだ健在のようだな。

以下、「Boss」「ボス」を含む投稿。

・「アメリカ放題」のいままでとこれから
いままで: アメリカで通話とデータ通信 → 申し込みなし → 無料
これから: アメリカで通話とデータ通信 → 申し込みなし → 有料

・ソフトバンクから高額な請求
これにブチギレ激怒したのが、頻繁に「アメリカ放題」を利用していたソフトバンクユーザーだ。いつものように「アメリカ放題」が適用されていると思い、通話やデータ通信をやり続けたところ、高額な請求をされたのである。以下は、高額請求に関するインターネット上の声である。

・インターネット上の声
「アメリカに行って7月1日だけで16000円の請求(笑)」
「突然パケット代が1万円超えたとか来て驚いた!」
「泣けたのはソフトバンクのアメリカ放題」
「請求がすでに3万近いものとなっており困惑しています」
「7月1日以降のパケット代1万数千円を払わなければならないことになりました」
「こちらの落ち度も少しは認めるが、なんとまぁひどいものか」

<【大炎上】ソフトバンク利用者が高額請求で悲鳴 無料プランが突然終了し高額請求へ | バズプラスニュース Buzz+ より一部引用>
http://buzz-plus.com/article/2016/07/14/usa-hodai/

「外国企業」にありがちな、強引な囲い込み、だまし討ち戦法。
少なくともユーザーに対してフェアじゃないところは、ワタシは使いません。

 

追加記事

2016/07/15
日本総合研究所会長で、孫氏が「恩師」と仰ぐ野田一夫氏が言う。
「去年の秋、孫くんに会ったとき、あまりに疲れて見えた。初めて会った20代のときの、少年のような顔を思いだすけど、すっかり疲れ果てていました。僕が昔、“忙”はりっしんべんに亡だから“心が亡びる”と話したのを、彼は覚えていると思う。僕が“疲れているんじゃないの?”と言うと、孫くんは“先生、有利子負債が10兆円を超えました”と言う。“すごいね”と答えましたが、そんなものを抱えて、普通の人なら気が狂いますよ」
 人知れぬ苦衷を支えるためなのだろうか、再び先の関係者が言うには、
「会議や商談で突然、“オモニが俺に言うんだ”とか“オモニが二つの足で立てと言っている”とか言うんです。オモニは韓国語で母という意味。他人からすると何だかわかりません」
 そんな孫氏の姿も、アローラ氏は見ていたという。

 オモニと言えば、こんな証言をする人もいる。
「孫さんは韓国語で、“オモニ”という歌詞の曲を涙ぐみながら熱唱しました」
 場所は、汐留のソフトバンク本社が入ったビルの26階。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160715-00510484-shincho-bus_all

2016/07/18
ソフトバンクグループと英ARMは7月18日、ソフトバンクがARMの発行済み株式および発行予定株式のすべてを現金で買い付けることで合意したと発表した。
これによりソフトバンクは、総額約240億ポンド(約3・3兆円)の買取価格を対価として、ARMの株式14億1200万株を取得することとなる。
http://news.mynavi.jp/news/2016/07/18/099/

2016/07/18
ソフトバンクがARM Holdingsを買収することで合意したと、相次いで速報が流れています。日本時間の7月18日(午前11時)、米国も欧州もまだ7月17日日曜日の夜か18日月曜日の早朝です。
CNBCがツイートで速報。報道によると買収額は320億どる(1どる105円で約3兆3600億円)。
http://www.publickey1.jp/blog/16/armcnbcwsj.html

2016/07/18
 ソフトバンクグループは半導体設計の英アーム・ホールディングスを3兆3000億円で買収して、あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」関連事業を拡大する。主力の携帯電話事業と並ぶ新たな収益の柱に育てる。アーム社の設計仕様に基づくCPU(中央演算処理装置)と通信サービスなどの相乗効果も見込む。
(中略)
 ソフトバンクグループの孫社長は「2040年には(ネットにつながる機器を)1人1000個持つ時代が来る」とみている。自動車や家電、医療機器などネットにつながる機器は世界中で2020年に500億台と現在の2倍に増えるとの見方もあり、機器に搭載するCPUの需要は増えそうだ。
 アーム社はCPUの設計に特化。低消費電力などを強みにスマホ向けのCPU仕様で業界標準を握る。2015年12月期の売上高は9億6830万ポンド。設計した半導体のライセンス収入などをメーカーから受け取っている。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK18H1N_Y6A710C1000000/

ポンド安のタイミングを狙ったとはいえ、3兆3600億円なんて現金、どうやって調達するのかね。

(2016年7月18日)

追加記事

2016/07/22
 7月31日の投票日まで残り9日になった都知事選。どの世論調査も、小池百合子、鳥越俊太郎、増田寛也の順番となっている。小池氏と鳥越氏が激しく競り合い、増田氏が一歩遅れている。だからか、すでに安倍官邸は増田氏の当選を諦め、小池知事を想定して動いているという臆測が流れている。
(中略)
 もともと安倍首相は、小池百合子氏を都知事候補に担いでもいいと考えていたらしく、小池氏本人も官邸からOKをもらったと思っていたらしい。ところが、小池氏を嫌っている自民党都連のドン、内田茂都議が“増田擁立”に動き、自民党と小池氏は対決することになったという。
 もし、小池氏が都知事に就任したら、“天敵”である“内田潰し”に動くのは間違いない。首相周辺は「内田都議を生け贄として差し出すことは仕方ない」と考えているのか。安倍首相が増田氏の応援に入るかどうかが、安倍官邸と小池百合子氏が裏で通じているか否かのバロメーターになる。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/186099

(2016年7月22日)

追加記事

(2016年7月27日)

追加記事

2016/07/27
私は自民党と戦っているわけじゃなく、都連の一部と戦っているんです。ひょっとしたら、(相手は)ひとりです。官邸でも、上の人はこの事態をよくお分かりだと思います。沖縄県知事になるわけではありません。都と国が敵対することは自民党にとっても、国にとってもプラスではない。まして、東京は首都です。そのあたりは“大人の対応”ということになろうかと思います。

――それにしても、なぜ今回なのでしょう。石原慎太郎元都知事に前回選挙での出馬を打診されたことがあったとか。

 石原さんに「虚言癖の厚化粧」と言われて、本当に驚いていますが、石原さんから話があったのは事実です。それで、〈都知事になったら何をしたらいいんですか〉と尋ねたら、四男さんの(関係していた都の)事業か何かを猪瀬さんが止めたとかで、イの一番に出てきたのが〈それを復活させてほしい〉でした。ビックリしました。本当にいいお父さんですよね。私には2020年開催の東京五輪の先を見据えた設計図がある。都民のみなさんのため、日本全体のためにもなるという自信もある。不安だったら出ませんよ。

<小池百合子氏「私は自民ではなく都連の一部と戦っている」 日刊ゲンダイDIGITAL より一部引用>
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/186422/1

(2016年7月28日)

追加記事

Patachou “C’est Si Bon, Pigalle, Aupres De Ma Blonde, April In Paris & Poor People Of Paris”
The Ed Sullivan Show
2025/07/23

パタシューのシャンソン・メドレー。
(2025年7月23日)

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