タタタ、タタタタと、マシンガンを撃つような調子が

Elvis Presley – Hound Dog(1956/07/13)

Chuck Berry – Rock And Roll Music(1957/10)

リトル・リチャードほどあからさまに言ってないけどチャック・ベリーにとってもエルヴィスの存在は”痛し痒し”だったろう。
ロックンロール・ブームを巻き起こし白人マーケットへの扉を開いてくれはしたが、そのせいでR&Bの白人化も一気に進んで競争が激しくなった。黒人側・白人側ともに、よりポップな、ウケ狙いの仕上がりが増え、両者のサウンドに差がなくなってきた。
白人の子どもたちがR&Bやそれ的なものに興味をもつようになったため、保守的な白人の反感が強まったのは、かなり迷惑だったはずだ。

オリジナルとは違って、エルヴィスの『ハウンド・ドッグ』は畳み掛けるような調子で歌われている。リズム・アンド・ブルースの「ブルース」がスコンと抜け落ちて、「リズム」だけで攻めている感じだ。
チャック・ベリーはその畳み掛けるような調子を白人ティーンエイジャーの求めるR&B≒ロックンロールの特質の一つだと認識したことを、自作曲『ロック・アンド・ロール・ミュージック』で告白・表明したのではなかったか。
音程こそ違え、冒頭の
You ain’t nothin’ but a

Just let me hear some of that
は、タタタ、タタタタと、マシンガンを撃つような調子が共通している。

チャック・ベリーの楽曲が、サウンドのみならず、歌詞の面――扱うテーマや語彙の選択など――でも白人マーケットを意識していたことは、すでに音楽史家によって分析されているとおりである。時とともにチャック・ベリーが白人からも人気を得るようになったのは、何が白人に受けたのか彼なりに研究した証しであったろうと思われる。

だからとて、彼は白人に媚びていたわけではない。むしろ人種を超えたロック・アンド・ロールというアメリカの新しい民俗音楽を、オリジナリティ・作家性を保持しつつ創造していった、というのが真相だろう。
傑出した表現者・シンガーのエルヴィスと、高いオリジナリティ・作家性を持ったシンガーソングライターのチャック・ベリー。この両輪がなければロックンロールは前へは進まなかったのだ。

 

アメリカの動画投稿サイト「YouTube」が発表した2016年の動画ランキングの「トレンド動画部門」で、歌手のピコ太郎の「Pen-Pineapple-Apple-Pen」が2位にランクインした。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20161208-00000965-fnn-int

You tube のオフシャルチャンネルで今年最も再生回数が多かった動画がジャンル別に発表されている。

それによると「PPAP」の人気はどうやら海外のほうが勝っていたらしい。
おれからするとピコ太郎はカマっぽいエスケリータに見えてしまう。

Esquerita – Believe Me When I Say Rock’N Roll Is Here To Stay
2度目の引用。

リトル・リチャードがその名で人気を得た当初はエスケリータのフォロワーであったそうな。
エスケリータはビジュアル面でデフォルメしているが(黒人版リベラーチェ?)、リトル・リチャード同様、エスケリータにその気(け)があったかどうかは知らない。
オカマの雄叫び(シャウト)がビートルズへ受け継がれていったことはロック史の余話として語るべき価値があると思う。

 大阪にあるライブハウス・梅田シャングリラが、新たな試みをスタートした。「国内初ライブハウス&ホステル一体化リノベーション」である。2005年にライブハウス運営を開始し、11年目に突入したタイミングで行われる一大プロジェクトだ。これは、ライブハウスの2階スペースに宿泊施設を作り、遠征でやってくるバンドマンたちが安価に利用できるようにするというもの。
(中略)
「うちに来てくれるバンドたちが、ここ数年宿泊が取りづらくなっているということが一番大きい。関東もそうだと聞きますが、関西の宿泊施設の利用料が年々高くなっている。(中略)
本当はバンドマンたちが雑魚寝できるくらいのラフな感じで考えていたのですが、それでは旅館業法の審査が通らないようで。その基準で施設を作っていくと、今回のような3部屋に12名が泊まるかたちになりました。本当はもっと安くできるはずだったんですが、現状一人あたりの宿泊費は4000円くらい。これは運営していくうちにどうにかしていきたいですね。グループの社長であるLD&Kの大谷の原案のもと始めたはいいけれど、そういう事情でリノベーション費用が思った以上にかかってしまって、クラウドファンディングで支援を呼びかけることにしました。

http://realsound.jp/2016/09/post-9377.html

梅田シャングリラ(大阪府大阪市北区大淀南1-1-14)

ライブツアーで廻ってるアーチストにとって宿泊費はばかにならない。
ここの出演者専用の民泊を用意すればいいかも。

La Pregunta – Shangri La(1978)

Vic Dana – Shangri-La(1964/03)

arranged by Ernie Freeman, produced by Dick Glasser
Billboard Pop Chart Peak: 27
Freeman’s arrangement of this track was inspired by the also-popular version by the song’s co-writer, harpist Robert Maxwell. “Shangri-La’ was written and first recorded in the 1940s as an instrumental, then revived in 1957 by the vocal group The Four Coins.

Robert Maxwell, His Harp And Orchestra – Shangri-La(1964/03)

Pop Chart Peaks: Cash Box 9, Record World 9, Billboard 15
Harpist Maxwell (who also composed the song “Ebb Tide”) wrote and first recorded “Shangri-La” back in the 1940s. The Four Coins revived it as a vocal hit in 1957, and this unusual new Maxwell arrangement brought it back in’64. Vic Dana’s vocal version, which used an arrangement similar to Maxwell’s, was also moderately successful that year.

The Parakeets – Shangri-La(1961)

This has a little bit of a Drifters thing going on, but it really reminds me of the Five Satins. Yes, the Five Satins sounded nothing like this in the 50’s, but if you check out some of their early 60’s material it sounds a lot like this.

Lloyd Green – Shangri-La(1957)
2度目の引用。

The Four Coins – Shangri-La(1957)
2度目の引用。

Freddy Martin and his Orchestra featuring Barclay Allen, piano – Shangri-La(1947)

recorded December 21, 1947
Pianist Barclay Allen is featured on this Instrumental version of the Robert Maxwell/Matty Malneck tune (their 1946 original was recently posted) that would later acquire lyrics and provide hit material for The Four Coins (1957) and Vic Dana (1964). Harpist Maxwell would also re-record it successfully in’64.

Matty Malneck and his Orchestra – Shangri-La(Part 2)(1946)
harp solo by Robert Maxwell

recorded February 7, 1946
1st recording of “Shangri-La”(Side 2-the familiar melody)
The familiar pop tune “Shangri-La” (Four Coins 1957, Robert Maxwell 1964, Vic Dana 1964) started out as a more complex instrumental piece with this two-sided 1946 Columbia single performed by the tune’s writers, conductor Matty Malneck and harpist Robert Maxwell. If you’re familiar with the two 1964 hit versions, you’ll may recognize Maxwell’s similar harp introduction in this original.
Note, however, that the melodic line that we know today as “Shangri-La” does not appear until halfway through this 6-minute piece, specifically at the start of Side 2. As I expect that a greater number of people will be more interested in hearing that familiar melody, I have posted both sides individually as well as in a combined “complete” version.

Matty Malneck and his Orchestra – Shangri-La(Part 1)(1946)
harp solo by Robert Maxwell

recorded February 7, 1946
1st recording of “Shangri-La”(Side 1-the unfamiliar melodies)
The familiar pop tune “Shangri-La” (Four Coins 1957, Robert Maxwell 1964, Vic Dana 1964) started out as a more complex instrumental piece with this two-sided 1946 Columbia single performed by the tune’s writers, conductor Matty Malneck and harpist Robert Maxwell. If you’re familiar with the two 1964 hit versions, you’ll may recognize Maxwell’s similar harp introduction in this original.
Note, however, that the melodic line that we know today as “Shangri-La” does not appear until halfway through this 6-minute piece, specifically at the start of Side 2. As I expect that a greater number of people will be more interested in hearing that familiar melody, I have posted both sides individually as well as in a combined “complete” version.

Matty Malneck and his Orchestra – Shangri-La(Sides 1 & 2 complete)(1946)
harp solo by Robert Maxwell

recorded February 7, 1946
The familiar pop tune “Shangri-La” (Four Coins 1957, Robert Maxwell 1964, Vic Dana 1964) started out as a more complex instrumental piece with this two-sided 1946 Columbia single performed by the tune’s writers, conductor Matty Malneck and harpist Robert Maxwell. If you’re familiar with the two 1964 hit versions, you’ll may recognize Maxwell’s similar harp introduction in this original.
Note, however, that the melodic line that we know today as “Shangri-La” does not appear until halfway through this 6-minute piece, specifically at the start of Side 2. As I expect that a greater number of people will be more interested in hearing that familiar melody, I have posted both sides individually as well as in a combined “complete” version.

以下、「シャングリラ」「Shangri-La」を含む投稿。

「シャンバラ」というのもあるね。

シャンバラ(Shambhala)は、『時輪タントラ』に説かれる伝説上の仏教王国である。同タントラではシャンバラの位置はシーター河の北岸とされ、シーター河が何を指すかについては諸説あるが、中央アジアのどこかと想定される。シャンバラ伝説は『時輪タントラ』とともにチベットに伝わり、モンゴルなど内陸アジアのチベット仏教圏に広く伝播した。
(中略)
シャンバラは元はインドのヒンドゥー教のプラーナ文献に登場する理想郷(ユートピア)であった。
(中略)
シャンバラは近代には西洋の神秘思想家らの関心を引き、欧米でも有名になった[4]。H・P・ブラヴァツキーをはじめとする神智学者らは、シャンバラはゴビ砂漠にあったと述べた。神智学協会と関係していた平和運動家・画家のニコライ・リョーリフは、チベット国境に至るモンゴル遠征の体験記のなかでシャンバラについての自分の考えを発表し、欧米のシャンバラ解釈に影響を与えた。

実在の地名
中国四川省カンゼ・チベット族自治州郷城県にはシャンバラ鎮と呼ばれる鎮が存在する。

<シャンバラ (チベット) – Wikipedia>

Three Dog Night – Shambala(1973/05 mono 45 version)
スリー・ドッグ・ナイト – シャンバラ

produced by Richard Podolor
Pop Chart Peaks: Cash Box & Record World 1, Billboard 3 – A/C Peak: 3
With a title derived from the mythical kingdom of Shambhala, this rocker marked the fifth of six consecutive years in which a Three Dog Night release climbed to #1 on one or more of the three U.S. singles charts. A more country-styled arrangement of the song was released by B. W. Stevenson on RCA Victor and peaked at #66 on Billboard.

B.W. Stevenson – Shambala(1973/04)
from the album “My Maria”(1973/07/19)

2016/12/02
「かきねの垣根(かきね)のまがりかど」。童謡「たきび」を作詞した詩人・巽聖歌(たつみせいか)が取り持つ縁を深めていこうと、日野市は岩手県紫波(しわ)町との姉妹都市提携に乗り出す。長年続いてきた住民同士の交流が機運を高め、行政レベルの協力関係に発展することになった。
 市が、国内の自治体と姉妹都市提携するのは初めて。市議会の承認を経て、来年1月末にも市内で調印式を開く。
 市によると、巽は1905年、紫波町で生まれた。知人の紹介で日野市に移り、68歳で亡くなるまでの25年間をJR豊田駅に近い旭が丘地区で過ごした。その間、市立七生中学校や日野第四小学校の校歌も作詞した。
 98年に巽が住んだ家が取り壊されることになり、功績を語り継ごうと翌年、地元住民らでつくる「たきび会」が市旭が丘中央公園に詩碑を建立。以来、顕彰活動をする住民同士で交流が生まれ、互いの地域行事に招待するなどして絆を深めていった。
 昨年からは大坪冬彦市長と熊谷泉町長が双方の産業まつりに足を運ぶようになり、行政レベルの交流が本格化している。
 旭が丘地区では、巽ゆかりの地として発信しようとする動きが盛んで、2010年には署名活動が実り、豊田駅の発車メロディーに「たきび」が採用された。06年からは毎年、巽の存在を広める「たきび祭(さい)」を開き、紫波町の人たちも参加している。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201612/CK2016120202000119.html

中央線 豊田駅1.2番線発車メロディ「たきび」
16105nex
2013/04/22 に公開

以下、「たきび」を含む投稿。

<参考>
ペチカ
作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰
合唱用では林光編曲のスコアがよく使われる。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

<参考>
淡谷のり子 – 燃えろペチカよ

「たきび」「ペチカ」に比肩する外国の曲といえば「カチューシャ」もいいけど「ともしび」も、ネ?

Владимир Нечаев, Эстрадный Оркестр – Огонёк
ウラジミール・ニシェーフ – アガニョーク
映像は映画 “Офицеры”(1971)

Tamara Lund – Yksi Ainoa Ikkuna(1965)

The Sounds – Yksi Ainoa Ikkuna(1965)
2度目の引用。

Agents – Yksi Ainoa Ikkuna
リードギター:Esa Pulliainen
曲のリリースは1997年。2度目の引用。

「ともしび」は民謡でも童謡でもないそうですね。
北欧のエレキバンドの演奏、かなりいいんじゃないでしょうか。

以下、「カチューシャ」を含む投稿。

2016/11/16
 童謡作曲家、河村光陽(1897~1946)の遺族が、出身地の福智町に直筆の楽譜が記載された作曲帳など51点の資料を寄贈した。同町は来年3月に開館予定の町図書館・歴史資料館に特設コーナーを設け、展示することにしている。
 寄贈したのは、光陽の次女で西東京市在住の河村陽子さん。図書館・歴史資料館の建設にあたり、町が光陽にまつわる資料の寄贈を依頼したところ、「自分に何かあった時に散逸するのは忍びない」などとして、8月下旬に応じたという。
 創作曲集や編曲帳、作曲帳などが51点あり、このうちノート15点には「グッドバイ」「ほろほろ鳥」など
http://mainichi.jp/articles/20161116/ddl/k40/040/529000c

昔のボケ老人は童謡を口ずさむというイメージが私にはあります。『恍惚の人』や『花いちもんめ』といった映画の影響かもしれません。

それと関係があるのかどうか、私も歳を重ねるにつれ「わらべ唄や童謡はやっぱりいいな」とだんだん思うようになりましたよ。

外人さんはどうなんでしょう。外国の童謡ってほんとに子供のためだけにできてるような感じで、ノスタルジックな叙情性が薄いかなという気がします。

L.A. Dream Team – Nursery Rhymes(1986)

People’s Choice – Nursery Rhymes(Part I)(1975)

The Manhattans – Nursery Rhymes(1975)

Jeannie C. Riley – You’ve Got Me Singing Nursery Rhymes(1969)
“Harper Valley P.T.A.” の人。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Shirley And Alfred – Kid Games And Nursery Rhymes(1968)
同じ出だしのヒット曲ありますね。てことはその部分は童謡かなんかのメロディ?

<参考>
Floyd Robinson – Makin’ Love(1959)
produced by Chet Atkins

Deon Jackson- Nursery Rhymes(1964)

Yvonne Williams – Nursery Rhymes(1963)

Nino and The Ebb Tides – Nursery Rhymes(1963)

The Gems – Nursery Rhymes(1958)

The Nobletones – Rock and Roll Nursery Rhymes

欧米で今も子どもたちに親しまれている童謡には

といったものがある。

以下、「Nursery Rhyme」を含む投稿。

以下、「童謡」を含む投稿。

追加記事

(2017年3月29日)

追加記事

2020年5月9日、リトル・リチャード 87歳で逝去。
(2020年5月10日)