フランスのROCK/POPS(1)

 主人公はパリ20区の学校で教えている国語(フランス語)教師なのだが、かれの生徒たちは狭義のフランス人に限られない。かれの教室は現代フランスを象徴するかのような人種のるつぼなのだ。
 アジア系、アラブ系、アフリカ系など文字通りあらゆる人種の生徒たちがおり、その能力も資質も様々、共通点といえば恐ろしくまとまりがないことくらい。この生徒たちの生意気さときたら! この教室では日本における学級崩壊状態が日常的で、授業のレベルも相当低い。
 生徒たちには教師に対するリスペクトなどかけらもなく、ひたすらに教師を揶揄し、批判し、嘲笑し、揚げ足を取る。観ていてうんざりしてくるくらい非協力的なのだ。それでも主人公は最善を尽くそうとするのだが、その努力は全く報われない。ほんとうに最初から最後まで、これっぽっちも。

<【無料記事】有名税は重税すぎる。なぜネットの「正論」はかたよっているのか。(1927文字) 海燕の『ゆるオタひきこもり生活研究室』 ゆるオタ残念教養講座(海燕) – ニコニコチャンネル エンタメ より一部引用>
http://ch.nicovideo.jp/cayenne3030/blomaga/ar13100

フランスが世界の文化をリードしてきた歴史があった。
文学や歌や映画といった大衆文化でも世界をリードした時代がついこのあいだまであったのだ。
その栄光が翳りを見せ始めた原因の第一は、おそらく移民政策であったろう。
文化の衝突は当然起きるし、普遍的価値観で社会を満たそうとすれば、固有の文化は色褪せる。
日本もそういうことになりそうだ。

移民が持ち込む異文化だけではなく、情報としての異文化流入の影響も大きかった。
ロックンロールやポップス、ロックやソウルがフランスの若者に人気となった50年代後半~60年代、ディスコサウンドが席巻した70年代中期で、おそらくフランスらしさは失われたという気がする。

1974年、危機感を持った時のジスカール・デスタン大統領がいったん労働移民の受け入れ停止を決定。以降は厳密なルールの下に移民の審査が行われるようになったものの、1999年の時点でフランス国内に住む移民は431万人に達し、人口の7・4%を占めるまでに至っている。

 

Fia Karin

Fia Karin – Welcome-Welcome

  ※動画なし。

 

Fia Karin – J’aimais quelqu’un avant toi

  ※動画なし。

 

Fia Karin – Ca brule(It wave)
(Love is like a)heat Wave

  ※動画なし。

 

Fia Karin – Dingue d’amour

  ※動画なし。

 

Fia Karin – Pour qui

  ※動画なし。

 

Fia Karin – Va-t’en loin de ma peine

Fia Karin – Maintenant que tu ris

Fia Karin – Qui sait pourquoi

  ※動画なし。

 

Fia Karin – Veux-tu?(1964)

Fia Karin – Sans toi je me perdsl(1964)

  ※動画なし。

 

Fia Karin – Nous(1964)

Fia Karin – Toi big boy(1964)

Fia Karin – Allez donc Chercher(How Glad I Am)(1965)

Fia Karin – A quoi bon se mentir(1965)

  ※動画なし。

 

Fia Karin – Elle me l’a volé(1965)

Fia Karin – Les cheveux mouilles(1965)
Walkin’ In The Rain

  ※動画なし。

 

Fia karin – You Don’t Know Where Your Interest Lies

 

Valérie Lagrange

Valérie Lagrange – Pour te plaire(1963)

Valérie Lagrange – Pour te plaire(TV live, 1965)

Valérie Lagrange – Cette Annee(1965)

Valérie Lagrange – Encore un jour de notre amour(1965)

Valerie Lagrange – Ce Que Je Suis(1966)

Valérie Lagrange – Si ma chanson pouvait(1971)