「上から目先ですね」と女教師

 8日の東京株式市場で、日経平均株価(225種)の終値は前日比638円95銭安の1万9737円64銭となり、約3週間ぶりに2万円を下回った。
 中国の上海市場で株価が大幅に下落したことや、ギリシャへの金融支援をめぐる協議に進展がないことが嫌気され、全面安の展開となった。
http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150708-OYT1T50161.html

まだ序の口だな。

2015/07/04
スペインに本部がある非営利機関「セルバンテス文化センター」は4日までに、米国がスペイン語人口でメキシコに次ぎ世界2位に浮上したとの新たな報告書を公表した。
米国でスペイン語を母国語とする人口は約4100万人、バイリンガル人口は約1160万人となっている。報告書は米国勢調査局や他の国々のデータに基づいている。
スペインの総人口は4770万人、コロンビアは4620万人で、米国は3億1890万人。報告書は米国勢調査局の数字を引用し、米国のスペイン語人口は2050年までに1億3280万人に達し、世界最多になるとも予想した。
インターネットで使われる外国語を見ると、スペイン語は中国語、英語に次ぐ3位。フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアでは英語に次いで2位だった。
http://www.cnn.co.jp/usa/35066905.html

スペイン語圏・スペイン語コミュニティ=カトリックである。
カトリックの信者はコンキスタドールの残忍さを見ても分かるとおり、彼ら自身が規範とする「十誡、じっかい)」とは正反対のことばかりやってきた。

The Rangers Quartet – You Got To Get Right If You Would Win(1947)

そういう人たちだから、今だに二流・三流国家ばかり。
スペイン語を話す人間が増えても少しも喜ばしくはない。

Rene Touzet & The Cha Cha Rhythm Boys – Mambo en España

お酒を飲まない人が増えているといわれるなか、はてなブックマークで注目を集めたのが、ある個人ブログの「居酒屋や焼き鳥屋でドリンクを頼まずにご飯だけを食べていく客が増えているらしい」というエントリー。アルコールを強制しない文化が浸透してきたのは素晴らしいこととしつつも、ドリンク(お酒)を頼まない人が増えたことで経営が圧迫される店もあるらしい…という内容だ。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw1679741

店側が怒るのは「酒」で儲けてるから。
つまり「酒」は利幅が大きい唯一の商品なのだ。
少し酒が飲めるんならチューハイでも頼んであげなさいよ。

◆    ◆    ◆

Will Glahe and his Orchestra – Tavern In The Town(1958)
arr: Gordon Franks
2度目の引用。

Four Aces featuring Al Alberts – There Is A Tavern In The Town(1954/10)
orchestra and chorus conducted by Jack Pleis
シングル “Melody Of Love” のB面。
tavern=居酒屋
2度目の引用。

Music Vendor #47 peak
Flipside of the Aces hit “Melody Of Love” was this bright arrangement of the traditional late 19th century tune

Wally Cox – There Is A Tavern In The Town(1953/04)
orchestra conducted by Bernie Green
シングル “What A Crazy Guy(Dufo)” のB面。
2度目の引用。

The star of television’s “Mister Peepers” gives us his peculiar interpretation of the venerable drinking song.

Rudy Vallée and his Connecticut Yankees – The Drunkard Song(1934 straight version)
vocal: Rudy Vallée & group
2度目の引用。

recorded in NYC September 7, 1934
Vallee and crew had fun with this 19th century collegiate anthem, both on record and in the 1935 film “Sweet Music.” At the recording session he managed to make it through this Take #1 without losing it, but broke down into uncontrollable laughter during portions of Take #2. In a novel twist, Victor also issued that version on commercial 78, but with a special white label (available on this channel).
You’ll note that the original release of this posted track was shown on the label as “The Drunkard Song,” but the title was changed to “There Is A Tavern In The Town” on future Victor reissues.

Rudy Vallée and his Connecticut Yankees – The Drunkard Song(1934 break-up version)
2度目の引用。

recorded in NYC September 7, 1934
Using the title “The Drunkard Song,” Vallee and crew had fun with this 19th century collegiate anthem, both on record and in the 1935 film “Sweet Music.” At the recording session he managed to make it through take #1 without losing it (released on Victor 24721), but broke down into uncontrollable laughter during portions of take #2. In a novel twist, Victor also issued that version on commercial 78, but with the special white label shown here.

◆    ◆    ◆

 個別に疑義を呈したのは次の13製品です(19日の時点では、情報が公開されているのはA37まで。うち1製品は届出撤回されていますので、検討は36製品を対象に行いました)。

A1  ラクトフェリン(安全性について)
A4  ヒアロモイスチャー240(安全性について)
A5  ディアナチュラゴールド ヒアルロン酸(安全性について)
A6  健脂サポート(安全性について)
A7  えんきん(安全性、機能性、表示について)
A8  蹴脂粒(安全性、機能性について)
A10 メディスキン(機能性について)
A13 ローズヒップ(安全性、機能性、表示について)
A17 ヒアルロン酸(安全性について)
A21 ひざサポートコラーゲン(安全性、機能性について)
A26 計圧サポート(安全性について)
A27 めばえ(安全性、機能性について)
A29 ディアナチュラゴールド グルコサミン(機能性について)

<FOOCOMが6月19日、消費者庁に機能性表示食品について申し入れ FOOCOM.NET より一部引用>
http://www.foocom.net/column/editor/12869/

さっそく企業側から記事の削除を要請する配達証明付き郵便が届いたそうだ。
「買ってはいけない」騒動が思い出されるなあ。

岩手県矢巾(やはば)町で、中学2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺したと見られる問題で、生徒が担任に提出したノートの中で「もう限界」といじめの首謀者を名指ししようとしたところ、担任が「(あなたが)上から目線」と注意するような記述があったことがわかった。7月8日、テレビ朝日系で放送された「モーニングバード」で報じられた。
朝日新聞デジタルによると、生徒は担任とやりとりする「生活記録ノート」に4月以降、「体操着や教科書がなくなった」と書くようになった。6月以降は特定の生徒名を出し、「なぐられたり首しめられたり悪口言われた」「もうつかれました。もう死にたいと思います」などと記していた。
ただ、こうしたSOSに対し、担任はまともに相手をした形跡はない。モーニングバードによると、ノートの最後には「ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生からたくさんの希望をもらいました。感謝しています。もうすこしがんばってみます。ただ、もう市ぬ場所はきまってるんですけどねw まあいいか……」(原文ママ)という記述があったが、担任のコメントは「明日からの研修たのしみましょうね」と、そっけないものだった。
また、日時は不明だが「先生にはいじめの多い人の名前をおしえましょう。もうげんかいです」と訴える生徒の記述に対し、担任は赤ペンで「上から目先(目線)ですね」と書いていた。
http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/08/school-sos-note_n_7750514.html

死にたけりゃ死ねと背中を押してるようなもんだな。
教師なんてこんなのばっかり。お前こそ死んじまえって感じ。

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〒028-3622 岩手県紫波郡矢巾町上矢次第7地割115

150708_01
矢巾町公式サイトのリンクページ「小・中学校(小・中学校ホームページ)」には、
矢巾中学校

矢巾北中学校
が無い。所在地とか電話番号とか載ってるので、消したのか?

しかしなぜか、
矢巾北中学校「いじめ防止基本方針」
は残っていたので、消される前にセーブしておいた。

岩手県で思い出されるのはジョーン・シェパードの「イワテケン」。

ジョーン・シェパード – サマー・クリエーション(夏の日の出逢い)
Joan Shepherd – Summer Creation(1971)

尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏が、いじめを苦に自殺したとみられる中学2年の男子生徒が通う岩手県の学校に対して、「生徒殺人学校」「バカにしている」とブログで怒りを爆発させている。
亡くなった生徒は、担任とやり取りしていたノートに、「もう市(死)ぬ場所は決めている」など、自殺を暗示する書き込みをしていたが、学校側は、いじめを認識していなかったと説明している。
このような報道を受けて尾木ママは、「ここまで担任とのやり取りしているのに なぜ防止できなかったのか!?」と、生徒の声が担任に届かなかったことへの悔しさをにじませ、「これじや生徒殺人学校」「校長は昨夜の保護者説明会で謝罪もしなかったという!?」「バカにしている」と、学校側の対応についても怒りの頂点を超えてしまったと発言している。
http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0708/blnews_150708_6233064671.html

公務員や教員などというのはまことに心貧しき連中でね。保身第一の事なかれ主義。ろくなもんじゃない。
極左イデオロギーの運動家は減ったけれども、代わりにカルト教団の隠れ信者とか、ヤバいのがたくさんいるし、教員になりたいなんていう奴の中には小児性愛、少年愛の変態どもも混じっている。

坂上二郎 – 学校の先生(1974/11/01)
作詞:山上路夫、作曲:大川光久
3度目の引用。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

追加記事

2015/07/11
 南米を訪問中のローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は9日午後、ボリビア東部サンタクルスで、15世紀以降のスペインなどによる中南米征服の歴史に触れ、「謙虚に謝罪したい」と述べた。教会の布教の一方で先住民の虐殺や奴隷労働があった負の歴史について、歴代法王より踏み込んだ表現で謝罪した。
 先住民団体の代表らを前にした演説で、法王は「神の名の下に、先住民に対したくさんの深刻な罪が犯された」と発言。「はっきりと言いたい。アメリカ大陸征服の際、先住民に行われた犯罪行為について謙虚に謝罪したい」と語った。
 会場には、先住民出身のボリビアのモラレス大統領も同席。会場は大きな拍手に包まれた。一方で、法王は「先住民の側に寄り添って布教を続けた司教や司祭がいたことも覚えていてほしい」とも付け加えた。
http://www.asahi.com/articles/ASH7B5H5XH7BUHBI028.html

南米のカトリック信者は、この謝罪を聞いて、ますます法王を尊崇することだろう。
(2015年7月11日)

追加記事

2015/07/11
取材に対し顔を出さずに答える校長やこの担任教師、そして被害者を貶める発言を続けている学校と地域の異質ぶりが際立っているとして、いじめ加害者らに対してとともにネットの怒りは沸騰、次々と情報が特定されており関連情報を更に徹底的に洗い出す構えです。
既に複数の加害者らしき人物の名前や付随する情報がリストとして作成され拡散している他、上記画像を投稿したとみられる学校関係者もネットで洗われた情報を確認するなど精査が続いていますが、こうした作業に長けたネット民が数多く参加している今回の件では、まだまだ新たな情報も飛び出してきそうです。
http://www.buzznews.jp/?p=1948397

(2015年7月12日)

追加記事

2015/04/01
 200年前の今日、4月1日、ドイツ帝国の生みの親、オットー・フォン・ビスマルクが生まれた。プロイセン国の鉄血宰相として有名だ。
 ヨーロッパの列強は、ナポレオン戦争で混乱(?)した秩序を再編成しようとして、1814年からウィーン会議を開いていた。しかし、これは、「会議は踊る、されど進まず」と揶揄された通り、200以上の国や領邦の代表が集ったものの、園遊会や舞踏会を催しながら、肝心なことは決められずにだらだらと続いていた。
 突然スイッチが入ったのは、1815年、ナポレオンがエルバ島を脱出したという報が入ってからだ。列強たちは皆、ナポレオンの復活を危惧して、あっという間に「ウィーン議定書」を決議し、6月にはあたふたとそれぞれの領地に戻っていった。
 ヨーロッパが近代として生まれ変わる最後の陣痛のようなものだった。そんな騒動の最中に、ビスマルクは生まれたのである。

<どうしても強くなり、嫌われるドイツ EUのゲルマン化を非難するギリシャはロシアに救いを求めるか? JBpress(日本ビジネスプレス) より一部引用>
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43320

2015/06/30
 ギリシャは、ドイツ人などの避寒地リゾートであった。現地の人たちはドイツ人たちの豊かなライフスタイルを指をくわえて見てきた。そのギリシャが自国通貨ドラクマを捨て、地域統一通貨ユーロに参加した。「これでドイツ人並みの生活ができる」とギリシャ人は夢を見た。実際、自動車ローン金利がいきなりドイツ並みに安くなった。舞い上がった国民も政府も財布のひもが緩み、放漫財政に陥った。特権階級は私腹を肥やした。納税者と徴税側のなれあいが横行した。その間、脆弱な産業基盤は変わらなかった。
 このバブルは、国の財政赤字粉飾が露呈したことがキッカケで崩壊。いざ、国がデフレ・スパイラルに陥ると、ユーロに参加したことが裏目に出た。自国通貨を放棄したので、通貨安政策で、国際競争力を強化することができない。しかも、ユーロの「会員資格」を保つためには、プライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字目標を達成しなければならない。この財政を均衡化方向に導けば、自国経済のかかえる債務の返済にあたり、EU(欧州連合)・ECB(欧州中央銀行)・IMF(国際通貨基金)が融資して助けてくれる。しかし、経済正常化に向けた努力を怠れば、救済融資打ち切りという厳しい仕置きを受ける。
 この掟(おきて)を、ギリシャ側は緩めることを求め、債権団は、「緊縮」という条件つきで救済を続けてきた。しかし、イソップ物語風にいえば、ドイツの「アリ」気質と、ギリシャの「キリギリス」気質は容易に変わるものではない。

<冷静に見たギリシャ問題の実像:豊島逸夫の金のつぶやき:日本経済新聞 より一部引用>
http://www.nikkei.com/money/gold/toshimagold.aspx?g=DGXMZO8868962030062015000000

ギリシャ国会で国民投票の結果とは真逆の緊縮案が可決され、同国国民が怒り狂っております。

ドイツの「アリ」気質と、ギリシャの「キリギリス」気質。
まさにその通り。
日本人の場合どっちもありで、状況下で振り子のように大きく振れる感じです。
とはいえ「人生を楽しもう」という発想も、経済的余裕も、あまり無いように見受けられますがどうでしょう?

ちなみに、ドイツ人は昔から日本人を見下しております。
フランス人はどちらかというと日本人を含め有色人種にフレンドリーですね。珍獣を愛でる感覚でしょうか。

Horst Wende Accordion Band – Auf Wiederseh’n(Sweetheart)

Les Baxter with His Chorus and Orchestra – Auf Wiederseh’n, Sweetheart(1952/06)

Billboard Chart Peak: 20 (Radio Airplay)
This was one of five recordings of the song to appear on Billboard’s singles chart in 1952, led by Vera Lynn’s memorable chart-topping version

Vera Lynn – Auf Wiederseh’n Sweetheart(UK:1952, US:1952/05)
orchestra and chorus conducted by Roland Shaw

England’s “Sweetheart Of The Forces” spent 9 weeks atop the U.S. best-sellers chart with “Auf Wiederseh’n” (see also the posted Eddy Howard and Ames Brothers versions).

Guy Lombardo And His Royal Canadians – Auf Wiederseh’n Sweetheart(1952/06)
vocal: Kenny Martin and Lombardo Quartet
Billboard Chart Peaks: 13 (Juke Box Play), 29 (Radio Airplay)
ドイツ語 “Auf Wiederseh’n” は「さよなら」の意。

◆    ◆    ◆

Comedian Harmonists – Auf Wiedersehen, My Dear(1932)

Comedian Harmonists:
Ari Leschnikoff, 1. Tenor
Erich A. Collin, 2. Tenor
Harry Frommermann, 3. Tenor
Roman Cycowski, Bariton
Robert Biberti, Bass
Erwin Bootz, Pianist

Leonard Joy’s Orchestra – Auf Wiederseh’n, My Dear(1932)
vocal: Russ Columbo

(Victor) 4/6/1932 New York, New York. Studio 1.
Ed Nelson (songwriter)
Al Hoffman (songwriter)
Al Goodhart (songwriter)
Milton Ager (songwriter)
Russ Columbo (vocalist : baritone vocal)
Leonard W. Joy (director)

Russ Columbo – Auf Wiedersehen, My Dear(1932)
orchestra conducted by Nat Shilkret
recorded in NYC April 6, 1932

Ambrose and his Orchestra – Auf Wiedersehen, My Dear(1932)
vocal: Sam Browne

Recorded in London on March 30th 1932
Personnel:
Max Goldberg and Harry Owen-trumpet / Ted Heath-trombone / Joe Crossman, Billy Amstell, Joe Jeanette and Johnny Walker -reeds / Ernie Lewis, Teddy Sinclair and Peter Rush-violin / Bert Read-piano / Joe Brannelly-guitar / Don Stuteley-string bass / Max Bacon-drums and vibes / Sam Browne-vocal.

Morton Downey – Auf Wiedersehen, My Dear(1932)

recorded in NYC February 15, 1932
For other versions of this pretty 1932 song hit, listen here: Jack Denny Ben Selvin Abe Lyman

Mickey Alpert & his Orchestra – Auf Wiedersehen, My Dear(1932 second version)
vocal: Paul Small

recorded in NYC February 4, 1932
Ben Selvin as “Mickey Alpert”
Three weeks prior to this session, Selvin had recorded a different version of the song (also featuring Paul Small) which was issued under various pseudonyms on the OKeh, Harmony, Clarion, and Velvet Tone labels. Listen for that earlier track

Abe Lyman and His California Orchestra – Auf Wiedersehen, My Dear(1932)
vocal: Phil Neely

recorded in NYC January 30, 1932
Jack Denny, Ben Selvin, Russ Columbo, and Morton Downey were among the other artists who sold a few copies of this popular 1932 tune.

Buddy Campbell & his Orchestra – Auf Wiedersehen, My Dear(1932 first version)
vocal: Paul Small

recorded in NYC January 12, 1932
Ben Selvin as “Buddy Campbell”
This earlier of two Selvin recordings of “Auf Wiedersehen, My Dear” was issued (under various pseudonyms) on the OKeh, Harmony, Clarion, and Velvet Tone labels. The Columbia-label version was recorded three weeks later–also with Small on vocal–and was issued under Selvin’s “Mickey Alpert” identity. The also-posted OKeh flip side is “You’re My Everything”

Jack Denny and his Orchestra – Auf Wiedersehen, My Dear(1932)
vocal: Rob May
recorded in Montreal January 6, 1932

Bing Crosby and Eddie Lang – Auf Wiedersehen, My Dear(1932)
from the movie “Blue Of The Night”

Bing Crosby and Eddie Lang – Auf Wiedersehen, My Dear(1932)
雰囲気が “Zing! Went The Strings Of My Heart”(1935)を連想させる。

(2015年7月16日)

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