松島みのりは声優・ナレーター、竹島知郁は秋田テレビ局アナ

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本日、背呂利太様より『日韓国交正常化50周年記念 1960・70年代 日韓名作映画祭』のパンフレット(上)を頂戴した。
A4・4ページの体裁ではあるがたいへん貴重な資料である。

2015/05/19
国交正常化50周年記念 新宿で日韓名作映画祭 60~70年代の20本を紹介
 日韓国交正常化50周年を記念して、6月13日から韓国文化院ハンマダンホール(東京・新宿)で「1960・70年代 日韓名作映画祭~その時代をご存知ですか?~」が開催される。
 同映画祭では、日韓の国交が正常化し、両国ともに国内の激動、映画の隆盛と衰退を経験した60~70年代のさまざまなジャンルの名作20本を紹介する。
 韓国作品からは、妻帯者の子を宿し、一度は身を引いたものの子供のために再会を決意する女性を描いた「憎くてももう一度」(チョン・ソヨン監督、68年)や科挙試験を目指す男性と恋人の悲恋を描いた「春香伝」(ホン・ソンギ監督、61年)、朝鮮戦争後の混乱の中で生きる主人公の苦悩を描いた「誤発弾」(ユ・ヒョンモク監督、同)など。
 日本からは、クレージー・キャッツ出演の痛快コメディー「ニッポン無責任時代」(古沢憲吾監督、62年)、吉永小百合と浜田光夫出演の純愛映画「泥だらけの純情」(中平康監督、63年)、当たり屋を繰り返す一家を少年の視点で描いた「少年」(大島渚監督、69年)などを紹介する。
 期間中は、300本以上の映画に出演した元俳優のシン・ヨンギュンらのトークショーや女優、香川京子の対談などが行われる。
http://www.sankei.com/entertainments/news/150519/ent1505190003-n1.html

事前にこの催しを知っていれば見に行っていたと思う。

表参道から外苑西通り経由で、四谷丸正とその後閉店してしまったセイフーへ向かう途次にある韓国文化院の横の路地と正面の新宿通りは、チャリで200回以上は通ってる。

 ソウルの日本大使館が引っ越しする。現在の建物を取り壊し新築するためだ。完成は2020年でそれまでは近くのビジネスビルに仮住まいする。今の建物は日韓国交正常化(1965年)から5年後の70年に建てられたが、その歴史は“受難の歴史”だった。
 最大の受難は1974年の在日韓国人による大統領狙撃で大統領夫人が亡くなった文世光事件。反日デモに乱入され、屋上の日章旗が引きずり降ろされ、玄関の看板がたたき割られた。
 次は近年、正門前に反日団体が設置した慰安婦記念像。地元区役所が許可していない歩道上の不法施設で、かつ外国公館に対する侮辱・嫌悪物は国際法違反のはずだが韓国政府は知らん顔を続ける。おかげで大使館は一年中、反日デモにさらされている。
 外国公館前の至近距離の集会・デモは不法なのに放置状態だ。その結果、これまで大使館には火炎ビン、生卵、糞尿(ふんにょう)、首を切った血だらけの鶏…あらゆるものが投げつけられ、小型トラック突入もあった。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20150721/frn1507211540009-n1.htm

ソウルの日本大使館へのデモと、麻布の旧ソ連大使館へ繰り返された街宣カー襲来が 本質的に類似してるのは、隠すより現るだろう。
街宣カーの自称右翼団体は在日がトップ以下、構成員の多くを占めている暴力団の、“別働隊”であることは今では広く知られている事実である。
彼らは暴力的示威を敢えてやり過ぎることで、一般人には愛国心への嫌悪感を植えつけ、権力には自らを暴力装置として高く売りつけるという、重層的な効果を目論んでいた。
しかし事あるごとにニュースで実名報道がなされるようになり、実態が白日の下に曝されるようになって、昨今ではやればやるほど逆効果になるという、惨憺たる状況に立ち至っている。

韓国国防省は21日、日本の防衛白書に竹島(韓国名・独島)が日本の領土と記載されたことについて、在韓日本大使館の防衛駐在官を呼び、抗議した。同省は「日本政府が不当な主張を続ける限り、未来志向な韓日の軍事関係の発展は期待できない」と日本をけん制した。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDE21H0N_R20C15A7PP8000/

韓国側は「独島トクト」の名で呼び、古地図に記された「于山うざん島」などの名を挙げ、古くからの韓国領と主張するが、「于山」は現・鬱陵うつりょう島の別名である。
 竹島は、江戸時代初期から、日本人漁民には「松島」の名で知られていた。
(中略)
 一八世紀後半になると、日本海に欧米各国の艦船・商船や捕鯨船が来航し、それぞれが竹島(現・鬱陵島)と松島(現・竹島)を測量している。
 ところが、当時の測量技術は未発達で、とりわけ経度は不正確だった。結果、現・鬱陵島の北西側に実在しない島が想定され、これを日本名の竹島とし、その南東側のある小島(じつは現・鬱陵島の位置に近い)を松島とする誤った認識が定着したのである。
(中略)
 明治三八(一九〇五)年、日本は現・竹島を日本の地籍に編入し、島根県隠岐島司(とうし)の管轄(かんかつ)とした。しかし、隠岐諸島と朝鮮半島の聞には松島・竹島の二島があったのに、海図には現・鬱陵島が「松島」の名で記され、「竹島」が消えていたため、島司はこの島の名を「竹島」と決めた。かくて、江戸時代の松島・竹島の名が入れ替わってしまったのである。

<楠原佑介『日本の地名』149~151ページ より一部引用>

古地図の竹島が現・竹島ではないというのだから話はややこしいが、現・竹島が海中に消えたり現れたりしてたわけではない。全ては人間側の混乱による。
歴史的経緯と国際法に照らせば現・竹島は日本領で間違いない。韓国の主張は牽強付会であり、容易に論破されるレベルだ。韓国政府が国際司法裁判所における対決と解決を拒否し続けているという現状が、全てを物語っている。

中東呼吸器症候群(MERS)の感染拡大の影響で便数を減らしていた大韓航空とアシアナ航空は21日、8月初めから通常の運航スケジュールに戻す方針を明らかにした。
 韓国国内のMERS感染はサウジアラビア以外では最大の規模に広がり、同国への訪問を中止する旅行者は数千人に上ったもよう。186人の感染者と36人の死者が出たが、7月4日以降は新たな感染者が確認されていない。
http://www.asahi.com/international/reuters/CRWKCN0PV0XP.html

韓国における隔離者に日本人もいたが、日本国内では感染者が確認されなかったようだ。
感染拡大は収束したのか?

北朝鮮外務省の報道官は21日、イランの核開発問題で同国と欧米など6カ国が最終合意に達したことに関連し、北朝鮮が同様の交渉に応じる可能性を強く否定した。国営朝鮮中央通信(KCNA)が伝えた。
同報道官は、北朝鮮とイランでは「事情が全然違う」と強調。「核の凍結や放棄を迫る対話にはまったく関心がない」「北朝鮮の核抑止力は、交渉のテーブルにのせるようなおもちゃではない。米国の核の脅威と敵対政策から主権と権利を守るために不可欠の手段だ」と語った。
http://www.cnn.co.jp/world/35067671.html

中国・韓国・北朝鮮・ロシアによる日本領空・領海侵犯、日本領占拠、軍事的圧力等が、戦前ファッショ回帰の安倍内閣を用意し、その政策を事実上後押しした、といってよい。だからといって安倍首相が外国からの脅威に対し、正しく対処しているわけではなく、するつもりもなかろう。
そもそも政治家はいかなる状況も「利用」するのみである。

 「モーレツからビューティフルへ」で知られるCMや、旧国鉄の広告キャンペーンを手がけた、プロデューサーの藤岡和賀夫(ふじおか・わかお)さんが13日、心不全で死去した。87歳だった。葬儀は近親者で行った。
 電通入社後、富士ゼロックスのCM「モーレツからビューティフルへ」や、いずれも旧国鉄の旅行客誘致キャンペーンの「ディスカバー・ジャパン」、山口百恵さんのヒット曲で有名になった「いい日旅立ち」なども手がけた。
 PR局長などを経て退社後、フリーに。著書に「さよなら、大衆。」など。
http://www.asahi.com/articles/ASH7P64GYH7PUCLV012.html

富士ゼロックスCM:ビューティフル(1970)
「モーレツからビューティフルへ」
2度目の引用。

1960年代の後半から代理店の若いクリエイティヴ・スタッフの「フィーリング」がもてはやされるようになった。この傾向はアメリカの広告業界を描いたTVドラマ『マッドメン』でも1960年代初頭の現象として取り上げられている。
藤岡氏は「モーレツからビューティフルへ」のころはすでに40歳を越えたバリバリの中堅だったが、若手の起用は適切だった。

国鉄「DISCOVER JAPAN」(1970)/同 木曽路篇(1971)

国鉄「DISCOVER JAPAN」北海道・野付半島篇(1971)

国鉄「DISCOVER JAPAN」福井・永平寺篇(1971)

an・anやnon-noのモデル然とした、流行ファッションの女性が日本の地方を楽しそうに旅するという絵ヅラでシリーズが始まり、いろんなパターンが作られた。
中でもan・an専属の人気モデル秋川リサが舌足らずにしゃべる周遊券キャンペーンのものが話題になった。

ただいま、さがしておりますのは、目的地のまわりをぐるっとフリーパスの国鉄のミニ周遊券でございます。おトクでございます。調法です でございます。
「ここにあるじゃない」
「切符ってこういうの。おおきいのだったの」
「これでいいんですか」
「これでいいわね」
気ままな旅のリサでございます。

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2015/7/30
 「生活の党と山本太郎となかまたち」代表として、山本氏はまず、明らかに憲法違反であり、「戦争参加法制だ」と批判して、法案に反対する立場を表明した。続いて、国際紛争については軍事力でなく外交力で対処すべきだなどと自党の対案を述べた後、政府が差し迫った脅威とする中国、北朝鮮、ロシアが弾道ミサイルなどで攻撃してきたケースについての質問を始めた。
 山本氏は、日本がミサイル攻撃を受けたときのシミュレーションや訓練を政府が行っていることを確認したうえで、鹿児島県の川内原発について、最大でどのぐらいの放射性物質放出を想定しているかをただした。
 これに対し、原子力規制委員会の田中俊一委員長が、原発へのミサイル攻撃の事態は想定しておらず、事故が起きたときに福島第一原発の事故の1000分の1以下の放射性セシウムが放出される想定だと答弁すると、山本氏は、怒りを露わにした。

「要はシミュレーションしていないんだ」「あまりにも酷くないですか、これ」

 今度は、安倍晋三首相がその理由を述べ、攻撃の手段や規模、パターンが事態によって異なるとして、「実際に発生する被害も様々であり、一概にお答えすることは難しい」とした。
 すると、山本氏は、待っていましたとばかりに激しく反論した。

「でも、考えてみて下さい。今回の法案、中身、仮定や想定を元にされてないですか?」「都合のいいときだけ想定や仮定を連発しておいて、国防上ターゲットになりうる核施設に関しての想定、仮定できかねますって、これどんだけご都合主義ですか」

http://www.j-cast.com/2015/07/30241591.html

日本の敵国が先ず最初に狙うのが原発だ。
なぜなら原発を落としたのと同じ効果が得られるから。
敵は事実上交戦せずに日本に勝てるのである。

ところが「日本の防衛」云々と声高に叫んでいる政府が全く対処していない。端からする気もないのである。
要は中・韓・北朝鮮・露の脅威を利用して戦前型ファシズムを復活させ、財政赤字を国民負担でチャラにするだけでなく、国民を永遠に国家の奴隷となさしめんとする策謀だ。
天皇家さえ彼らの道具にされるだろう。
アクセル役は信濃町政治部隊のマノレコーである。
(2015年7月30日)

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2015/09/07
 小林 陽太郎氏(こばやし・ようたろう=元富士ゼロックス社長、元経済同友会代表幹事)5日午後5時26分、左慢性膿胸のため、東京都内の病院で死去、82歳。東京都出身。
 慶大卒後、米国留学を経て58年に富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)に入社。63年に富士ゼロックスに転じ、取締役時代に「モーレツからビューティフルへ」と経済至上主義からの脱却を企業理念として打ち出した。78年に社長就任後も社会貢献の重要性を訴えるなど利益偏重の経営とは一線を画した。
 財界活動にも力を入れ、99~03年まで経済同友会代表幹事を務めた。日本と中国の有識者でつくる「新日中友好二十一世紀委員会」の初代日本側座長として関係改善に尽力した。
 06年に富士ゼロックス会長を退任し、09年には同社の相談役最高顧問も退いた。
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20150907/ecn1509071740004-n1.htm

「ゼロックス」がコピーの代名詞だった時代がある。「君この書類、ゼロックスしといて」なんて、フツーに言っていた。
それより前は「青図」「青焼き」「青写真」(日光写真を装置内で行う複写)で、今の人は想像も出来んだろうけど、濡れた複写紙を乾かす必要があったのだ。
さらに驚くべきことに「青写真」は冬の季語なのだった(!)
(2015年9月7日)

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 10月22日、韓国の聯合通信(電子版)が、「『独島は朝鮮領』を認定した日本政府の教科書と地図発見」と報じると、多くのマスコミが追随した。聯合通信によると、発見者は東国大学の韓哲昊(ハン・チョルホ)教授で、それは日本の農商務省が1888年に制作した『日本帝国全図』と明治・大正期の地理学者、山上萬次郎が編纂(へんさん)した『中等教科用地図外国部書』(1902年)、『女子教科用地図外国の部』(1903年)だという。
 さらに、『日本帝国全図』には、「昨年、保坂祐二・世宗大学独島総合研究所長が公開した(独島=韓国領と示す)地図よりも9年前に制作された地図」とする尾ひれも付けられた。
 だが、竹島が日本領となるのは1905年1月28日の閣議決定を経て、2月22日、「島根県告示第40号」により、島根県隠岐島司の所管となってからである。
 従って、それ以前に刊行された教科書や地図で、竹島を日本領としていないのは当然である。それを「独島が日本の固有の領土や無主の地を先占したとする主張の虚構性を明らかにする」ものと雀躍(じゃくやく)するのは、いかなる理由によるのだろうか。
(中略)
 これと似た珍現象は10月24日、韓国の独立記念館でも起きていた。独立記念館では、「独島領土主権を立証する新しい資料」として、1912年版の『最新日本地図』と『アサヒグラフ』(1946年1月5日号)を公開したのである。
 ユン・ソヨン研究員によると、『最新日本地図』に収録された「大日本帝国全図」には欝陵島と竹島が描かれているが、「中国及び四国地方図」には隠岐列島部分に含まれるはずの竹島が表記されていない。
 一方、「朝鮮及び南満州」には、「欝陵島と竹島は表示されていないが、竹島が位置する東経132度付近まで領域に含めている」。
 従って、「1912年に刊行された地理付図を見れば、はっきり竹島は韓国の領域に含まれていることが分かる」のだという。
 だが当時、朝鮮は日本の一部であった。すでに1905年に日本領となっていた竹島は、日本によって実効支配がなされている。それを「朝鮮及び南満州」を根拠に、「はっきり竹島を韓国の領土に含めていた」とするのは無理がある。
 この短絡的な文献解釈は、『アサヒグラフ』(1946年1月5日号)でも繰り返されている。ユン研究員は、竹島が記載されていない『アサヒグラフ』の「新生日本」地図を根拠に、竹島は日本領から除外された証拠だとした。
 ユン研究員によると、『アサヒグラフ』の解説文で「ポツダム宣言受諾で日本の版図は上記の地図のように定められた」と記述しているのは、「カイロ宣言(1943年に示された連合国側の対日方針)の条項は履行されるべきだ」としたポツダム宣言の第8条に従ったからだという。
 しかし、連合軍最高司令部は1946年1月29日、「連合軍最高司令部訓令第677号」を指令し、その第6項で「この指令中の条項は何れも、ポツダム宣言の第8条にある小島嶼(とうしょ)の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない」とした。
 ユン研究員が証拠とした『アサヒグラフ』の「新生日本」地図は、「最終的決定」ではなかったのだ。これは文献批判を怠った結果で、この種の誤謬(ごびゅう)は韓国側の竹島研究の特徴ともなっている。
http://www.sankei.com/west/news/161112/wst1611120001-n4.html

韓国の悪質なところは分かっていて情報操作をやってるところ。
つまり反日カルトのプロパガンダにはちゃんと首謀者たちがいるってこと。
大衆はせめて、日本側の主張と比較・対照すれば、どちらがウソか ある程度は見抜けるだろうに、感情的に結論を先に決めてかかっていて、なおかつ信じ込んでるので、始末が悪い。
(2016年11月11日)

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