1977(昭和52)年

きのう今日と、寒の戻りで震え上がっている。
けれども、お陰で忘れていた勘が戻って、今日は作業が捗った。

 ネット検索大手グーグルが、同社のガイドラインに反する不適切な手法で検索結果の表示順位を引き上げたとして、企業サイトやまとめサイトの順位を強制的に下げるペナルティーを相次いで科していたことが分かった。ペナルティーは、多数の上場企業にも広がっている。
 朝日新聞は2月、IT・サービスや金融、小売り、教育など検索を通じて顧客獲得を図る12業種の上場100社(ホールディングス傘下も含む)にアンケートを実施。回答した72社のうち23社が最近5年間にグーグルからガイドライン違反の通知や警告などを受け、2012年7月~16年4月に順位を引き下げるペナルティーを科されていた。
 先月3日には、グーグル日本法人が検索結果の順位を決めるアルゴリズム(情報処理の手順)の変更を発表。朝日新聞の取材では、この前後に、旅行や生活のまとめ情報を提供する人気サイトのうち10件超が順位を大きく落とすペナルティーを受けていた。
http://www.asahi.com/articles/ASK2S6FH6K2SPTIL027.html

多義性の低い固有名詞そのもので検索すれば上位に出てきて当然だけど、ここで問題になってるのは、
ユーザーがニーズを打ち込んで、それに対応する業者として上位に出てくるかどうか ということで、
知名度の低い業者にとっては死活問題でもある。
けっきょくネット以外で社名の浸透を図ったほうが早いんじゃないか?

そりゃそうと、
さっき「菅佐原英二」でググったら、Twitter で拙ブログが言及されててクリビツでげす(以下参照)。
リンクされてる投稿は2009年5月のもので、今もアクセスが多いのヨ。

 

4月から拠点をニューヨークに移す計画の延期も危ぶまれるピースの綾部祐二(39)の窮状について、フットボールアワーの後藤輝基(42)が明かした。
後藤は、ドナルド・トランプ米大統領の移民政策のあおりを受けており、2月の時点で米国のビザを取得できていない現状を明かしていた。
後藤は9日放送のフジテレビ系「バイキング」で、綾部について「楽屋とかで、ロスやニューヨークと電話つないで打ち合わせしたりしてます。ずっとやってます」と、移住手続きのために東奔西走していることを明かした。
しかし綾部は4月に移住する予定でこれまでのレギュラー番組などの仕事をすでに整理している。後藤はさらに、綾部の日本での住居が「4月いっぱいで契約切れる」と明かし、「この間しゃべってたら、僕の家の間取りをやたら聞いてくる。アイツ、4月以降、俺の家に住もうとしてる」と、住居問題にも悩まされる後輩について語った。
http://www.oricon.co.jp/article/137158/

綾部のみならず、同じように「留学」を目指してる人たちが軒並み影響を受けてるらしい。
まぁ行くんなら少なくとも英語で意思疎通ができないとダメだよね。

人類の英知が急激に進歩を続けることで、近い未来に人々は天候を自由に操ることができるようになる時代が訪れるのかもしれません。しかし、そんな人間の所業を許さないかのように大地は割れ、海は都市に向けて押し寄せ、同時にいくつもの竜巻が都市を襲って人々の文明を次々と破壊する……そんな本当に起こるかもしれない近未来の姿を描いたSFディザスター映画「Geostorm」の予告編映像が公開されています。
http://gigazine.net/news/20170309-geostorm/

Geostorm – Official Teaser – Warner Bros. UK
Warner Bros. UK
視聴回数 731,154 回
2017/03/08 に公開
Watch the Official Teaser for Geostorm – in cinemas October 2017.

気候・環境急変がテーマの災害ドラマ(ディザスター・ムービー)には今でも食指が動く。劇場へ足を運ぶことはまづ無いけれども。

以下、そっち方面の劇場用映画とテレフィーチャー。

ツイスター
Twister(1996)

ダンテズ・ピーク
Dantes Peak(1997)

ボルケーノ
Volcano(1997)

パーフェクト ストーム
The Perfect Storm(2000)

ディープ・コア2002
Scorcher(2002)

ザ・コア The Core(2003)

日本沈没(2006)

2012(2009)

HELL(2011)

デイ・アフター・トゥモロー
The Day After Tomorrow(2004)

サイレント・ワールド
Post Impact/P.I.: Post Impact(2004)

アースブレイク
Landslide(2004)

ジャッジメント・デイ 地球崩壊
Path Of Destruction(2005)

スーパーノヴァ
Supernova(2005)

ソーラー・ストライク セカンド・メルトダウン
Meltdown/Meltdown: Days Of Destruction(2006)

サイレント・ワールド セカンド・アイスエイジ
Absolute Zero(2006)

デイ・アフター 首都水没
Flood(2007)

ワールド・エンド
Changing Climates, Changing Times/Les Temps Changent (2008)

ソーラー・デストラクション ~地球壊滅~
Solar Destruction/Solar Flare (2008)

ソーラー・ストライク サード・インパクト
Die Hitzewelle – Keiner Kann Entkommen(2008)

ファイアー・フロム・ビロウ
Fire From Below(2009)

デイアフター2020 首都大凍結
ICE(2010)

インポッシブル
Lo Imposible(2012)

ラスト・デイズ
The Last Days(Los últimos días)(2013)

コロニー5
The Colony(2013)

イントゥ・ザ・ストーム
Into the Storm(2014)

CG技術が発達して作りやすくなったせいか、大災害のドラマがこの15年くらいで急増した。
たいがいは地球規模の危機を少人数の決死的活躍によりそこそこの時間内で解決するパターン。
事態を悪化させる保身第一の政治家や学界の権威、解決のキーパーソンである偏屈で孤独な研究者、その両方に通じている美女など、登場人物もステロタイプ化している。

危機が回避できてよかったネで終わらない 何かがほしい気もするが、、、

アフター・デイズ
Aftermath (2008)

以下、「人類滅亡後」関連の投稿。

スパムを送りつける業者(スパマー)が、うっかりとデータベースを公開してしまいました。データベースからは13億件以上ものメールアドレスや氏名を含むユーザー情報が見つかり、1日に10億件のスパムメールを送りまくっているなど、スパマーの悪行の実態が明らかになっています。
http://gigazine.net/news/20170307-spammer-bad-backup/

スパム送信業者とスパム広告主を壊滅させる 妙手はないものか。
誰か考えてくれ。

 いまから40年前のきょう、1977年3月9日、日本教育テレビ(NET)が3年後のモスクワオリンピックの日本での独占放送権を獲得した。同局が全国朝日放送と社名変更し、略称をテレビ朝日とした前月のことである(テレビ朝日が社名となったのは2003年)。
 その前年、1976年のモントリオールオリンピックでは、NHKと民放が初めて共同取材チーム「ジャパン・プール」を組み、共通の画面・音声を分配する体制で一応の成功を収めていた。それだけに、NETがモスクワオリンピック大会組織委員会と単独で交渉を進め、契約を結んだことは、放送界に波紋を呼ぶ。
 放映権料を抑えるという意味でも、ABU(アジア太平洋放送連合)を通して国内の各局が一体となって交渉することは効果的だった。実際、モントリオール五輪に際し、アメリカ国内では3大ネットワークが熾烈な争奪戦を展開した結果、ABCが75億円で独占放送権を得たのに対し、日本国内での放映権料は3億9000万円に抑えられた。これがモスクワ五輪に際しては、米国内ではNBCが約200億円で、NETもその10%程度とはいえ約20億円で獲得したと伝えられた(西田善夫『オリンピックと放送』丸善ライブラリー。金額は当時のドル・円のレートより算出)。
 NETは放送権獲得後、国内の放送各社に対し、時間や金額が合えば、希望する局には五輪の映像を分配するとの基本方針を示す。それでも、NETに対し、NHKとほかの在京民放3局(日本テレビ・TBS・フジテレビ)の反発もあり、話し合いはなかなか進まなかった。
 しかし、いざ開催年の1980年を迎えると、思いがけない展開を見せる。前年末の開催国のソ連(当時)によるアフガニスタン侵攻に対し、アメリカが抗議してモスクワ五輪への不参加を決定、日本もこれに同調したのだ。

<ご存知ですか? 3月9日は日本教育テレビがモスクワ五輪独占放送権を獲得した日です 文春オンライン より一部引用>
http://bunshun.jp/articles/-/1646

1977(昭和52)年4月1日、「日本教育テレビ(NET)」は教育専門局から総合局へ変わるのを機に社名を改め「全国朝日放送」となった。「テレビ朝日」はそのとき決まった通称だった。

この年、ブロードウェーでは新聞連載漫画を原作としたミュージカル『アニー』が初めて上演された。健気な主人公と、欲に目がくらんだ浅ましい大人たちのすったもんだの話で大恐慌直後の設定とはいえ、日本人の感覚にはいまひとつフィットしないものがあった。

ダッカ日航機ハイジャック事件が起きたのもこの年。
暮れも押し詰まってから喜劇王チャップリンが亡くなったというニュースが駆け巡った。
国内では青酸コーラ事件、気象衛星ひまわり打ち上げ成功、キャンディーズ引退宣言、王貞治ホームラン756号達成と初の国民栄誉賞受賞、「マイルドセブン」「サムタイム」発売、研ナオコ・内藤やす子・上田正樹ほか芸能人がマリファナで次々逮捕、長崎バスジャック事件、等々。

横田めぐみさんが北朝鮮へ拉致されたのは同年11月15日の事だったという。

おれはといえば映画の現場に片足突っ込んでいて、自分のことで精一杯だった。

Annie(1977)

The original cast performs a medley on the Tony Awards
 Tomorrow
 Fully Dressed (You’re Never Fully Dressed Without a Smile)
 Easy Street

キャンディーズ – アン・ドゥ・トロワ(1977)
作詞:喜多條 忠、作曲:吉田拓郎

 

●以下、お名前ソング “Annie” 編。

Kid Creole And The Coconuts – Annie, I’m Not Your Daddy(1982/10/01)

James Galway with The National Philharmonic Orchestra – Annie’s Song(1978/05/05)

Heart – Dreamboat Annie(1976/12 stereo 45 3rd single version)
ハート – 夢見るアニー
デビューアルバム “Dreamboat Annie”(ハート宣言)には3つの異なる『夢見るアニー』
Dreamboat Annie (Fantasy Child) Time: 1:55 夢見るアニー(ファンタジー・チャイルド)
Dreamboat Annie Time: 2:02 夢見るアニー
Dreamboat Annie (Reprise) Time: 3:48 夢見るアニー
が収録されている。
Dreamboat Annie (Reprise) は最初、シングル (Love Me Like Music)I’ll Be Your Son(ラヴ・ミー・ライク・ニュージック)(1975/12 M-7014)のB面だった。
次いで Dreamboat Annie がシングル “Crazy On You”(クレイジー・オン・ユー)のB面としてリリース(1976/03 M-7021)された。
さらに同じ Dreamboat Annie がシングルA面としてリリース(1976/11 M-7023)されたが、アルバムの “Crazy On You” のギター・イントロが冒頭に付け加えられ 2:02 から 2:59 になった変則的バージョンだった。

produced by Mike Flicker
(debuted late’76) 1977 Pop Chart Peaks: Cash Box 32, Billboard 42, Record World 44 – A/C Peak: 17
“Dreamboat Annie” was the title of Heart’s debut LP, and there were three different “Dreamboat Annie” tracks included on the album. The 3:48 “reprise” version was initially issued on 45 (Mushroom 7014) to little notice as B-side to “I’ll Be Your Song.” Next it was the 2:02 album track that was released as B-side to their “Crazy On You” single (Mushroom 7021). And some months later, that same track was reissued on Mushroom 7023–the hit version heard here–but in a near-three-minute form due to the grafting of the LP’s “Crazy On You” guitar intro onto the beginning.

John Denver – Annie’s Song(1974/05)

John Denver – Annie’s Song(1974/05 stereo 45)バック・ホーム・アゲイン
ジョン・デンバー – 緑の風のアニー
from the album “Back Home Again”(1974)
チャイコフスキー 交響曲第5番 第2楽章の旋律と酷似。
2度目の引用。

arranged & conducted by Lee Holdridge
produced by Milton Okun
Pop Chart Peaks: #1 on Billboard, Cash Box & Record World – C&W Peak: 9 – A/C Peak: 1 – UK Peak: 1 (BMRB, MM…his only major record hit in England)
Ode to John’s then-wife Annie Martell Denver (they divorced in 1982). As the story goes, he composed the initial version of the song while riding a ski lift to the top of Aspen Mountain in Colorado. And according to the record’s producer Milt Okun: “The first time I heard’Annie’s Song,’ I told John it had the same melody as Tchaikovsky’s Fifth Symphony, Second Movement, He walked over to the piano, sat for an hour and came back, and the only thing remaining from Tchaikovsky was the first five notes. It was fantastic.

John Denver – Annie’s Song(1974 mono radio promo 45)
2度目の引用。

arranged & conducted by Lee Holdridge
produced by Milton Okun
Pop Chart Peaks: #1 on Billboard, Cash Box & Record World – C&W Peak: 9 – A/C Peak: 1 – UK Peak: 1 (BMRB, MM…his only major record hit in England)
Ode to John’s then-wife Annie Martell Denver (they divorced in 1982). As the story goes, he composed the initial version of the song while riding a ski lift to the top of Aspen Mountain in Colorado. And according to the record’s producer Milt Okun: “The first time I heard’Annie’s Song,’ I told John it had the same melody as Tchaikovsky’s Fifth Symphony, Second Movement, He walked over to the piano, sat for an hour and came back, and the only thing remaining from Tchaikovsky was the first five notes. It was fantastic.”

緑の風のアニーは、デンバーの最初の妻であった Annie Martel(ウィキペディア英語版によればMartell)に捧げた叙情詩である。(中略)ただし歌詞の中には、Annie という名前は一言も出て来ない。なお、Annieとは1982年デンバーの家庭内暴力(首を締め、ベッドをチェーンソーで真っ二つにした)が元で離婚。

<ジョン・デンバー – Wikipedia>

<参考>
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64 第2楽章
ムラヴィンスキー指揮 レニングラードフィル 1960年9月&11月録音
2度目の引用。

The Magic Lanterns – Frisco Annie(1970)
3度目の引用。

Evie Sands – Crazy Annie(1969/12)
イーヴィー・サンズ – クレイジー・アニー
2度目の引用。

The New Clarence Reid – Cadillac Annie(1967/03)
2度目の引用。

The Kingsmen – Annie Fanny(1965/07)
“Alley-Oop” のパクリ。
2度目の引用。

The Dovells – Bristol Twistin’ Annie(1962/04)
Pop Chart Peaks: Billboard 27, Cash Box 34, Music Vendor 47
2度目の引用。

Ronnie Chapman – Annie B. Is Gone(1959)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Guy Lombardo and his Royal canadians – I Must See Annie Tonight(1939)
vocal: Lombardo Trio

A popular seller for the band, inspired somewhat by the earlier (1933) song hit “Annie Doesn’t Live Here Anymore.

Lew Stone and his Band(At the Café Anglais, London)- Annie Doesn’t Live Here Any More(1934)
vocal: Joe Crossman and the Band
2度目の引用。

recorded in Chelsea, London, December 29, 1933
The flip side “Eadie Was A Lady” features an Al Bowlly vocal

Mike Doty and Orchestra – Annie Doesn’t Live Here Any More(1933)
vocal: Ward Sillaway
2度目の引用。

Joe Haymes as “Mike Doty”
conducted by Joe Haymes
recorded in NYC November 9, 1933
Haymes vocalist and reed player Doty was given label credit as bandleader on this and several other tracks recorded during the same period. Ward Sillaway (or Silloway) was trombonist with the band. The flip side is “Puddin’ Head Jones”

Art Kahn and his Orchestra – Annie Doesn’t Live Here Anymore(1933)
vocal: Chick Bullock
2度目の引用。

Guy Lombardo and his Royal Canadians – Annie Doesn’t Live Here Anymore(1933)
vocal: The Lombardo Trio
2度目の引用。

recorded in Chicago September 27, 1933
Most popular version of the 1933 song hit

 追加記事

(2022年4月23日)