縮刷版発行をとうの昔にやめているアノ「新聞」

メールクライアントで永年 Becky! を使っている。
今日のジャンクメールのうち4通(まったく同じもの)で、
『送信者が開封確認をリクエストしています。開封確認のメールを送りますか?』
とのアラートが出た。
いづれも添付ファイルは zip ではなく docm。つまり偽装でなければ「Word 2007」文書ということになるが「マクロ有効文書」でもあるので、もちろん開いてはいけない。

開封確認のリクエストはPC版 Gmail でもできるようだ。
しかし、書留郵便みたいで、どうも気分が悪い。
「有効なメールアドレスかどうか、ジャンクメール業者が確認するため」となればなおさらだろう。

信じられん…海外のエリートな若者が、ホームレスを選んでる
http://matome.naver.jp/odai/2146335933739218801

とあるので、離職して放浪生活でも始めたのかと思ったら、さにあらず。
仕事人間たちが高い家賃を嫌って、賃貸住宅以外にプライベートな空間を見出し、実際に住み始めたというのだ。
その一方で、家賃が払えず、本当のホームレスになってる労働者もまたぞろ増えているという。

欧米では日本とは逆に家賃がどんどん上がっているとか。

おれが住んだ一番高いとこは月13万円だった。
よくもまぁ毎月そんなにも払ってたもんだと思う。

17日付の中国共産党の機関紙・人民日報は、16日で文化大革命(文革、1966─76年)の開始から50周年となったことを受け、二度と過ちを繰り返すべきではないとする意見記事を掲載した。
過去の失政については当局による厳しい報道規制が敷かれているとみられ、中国共産党が公式に文革に言及することはまれ。公式行事なども行われていない。
同紙は「文革から教訓を得ることを忘れるべきではない。あのような過ちを二度と繰り返すべきではない」とした。
毛沢東が始めた文革の期間中には、経済が停滞し学校が閉鎖されるなど社会が大混乱に陥った。数百万人が政治的迫害を受けたほか、約150万人が死亡したとの説もある。
http://jp.reuters.com/article/china-culturalrevolution-idJPKCN0Y80ES

文化大革命50年 規制か 公式行事なく
毎日新聞2016年5月17日 東京朝刊
 【北京・石原聖】中国を大混乱に陥れ、多数の犠牲者を出した文化大革命(1966~76年)発動から50年を迎えた16日、中国国内で公式行事や主要メディアの報道はなかった。中国共産党の過ちが注目されれば、習近平指導部への批判に転じる恐れもあり、行事や報道を中国当局が厳しく規制している模様だ。(9面に「文革50年の中国」)
 党は81年の「歴史決議」で文革を全面否定。故毛沢東主席への崇拝が文革を招いたとして、指導者らの個人崇拝を禁じてきた。
 しかし、今年3月の全国人民代表大会(全人代=国会)では「習バッジ」をつけた代表団が登場。今月2日には女性アイドルグループが北京の人民大会堂で軍事パレードを観閲する習氏の写真や文革時代の毛沢東の絵を背景に文革の代表歌を熱唱。個人崇拝の復活かと批判の声が上がった。
 さらに8日には陝西省西安で毛支持者が座談会を開催。14、15日には遼寧省大連での国際ウオーキング大会で、参加者が毛沢東の写真や文革の標語が記された旗を手にする写真が流れた。
 関連報道はいずれも削除され、今月に入ってから当局は、保守、革新を問わず、論客には文革を巡る対外的な発言を禁じている。習氏は文革の被害者だが、毛沢東と同じ大衆路線で権力基盤を固めてきた。「文革50年」をきっかけに習氏の政治手法を巡る議論が起きないよう当局は敏感になっている模様だ。
http://mainichi.jp/articles/20160517/ddm/002/030/069000c

かつて毛沢東について「70%は正しく、30%は誤り」と評価した中国共産党は、文革の下で起きた出来事や責任の所在をめぐって本格的に議論することを認めてはいない。
 文革時代の最も行き過ぎた行為の一つに、中国南部・広西チワン族自治区の武宣県で起きた、粛清の犠牲者の心臓や肝臓、性器が食べられた事件がある。
 共産党が文革を宣言した1966年5月16日の「五一六通知」から50年が経過した現在、武宣県にはフローズンヨーグルトを売る店が立ち並び、こけむした石灰岩の下を流れる川で男性たちが釣りを楽しんでいる。木々の枝には共産党の人民への貢献をたたえる赤い旗が掲げられている
 地元住民の中には、飢えではなく政治的憎悪によって武宣県の路上を血に染めた数十件に上る食人行為について、聞いたこともないと話す人もいる。
 80年代初頭に公式調査を行った主要メンバーの一人は、匿名を条件にAFPの取材に応じ、武宣県では少なくとも38人が食人の犠牲になったと明かした。「全ての食人行為は、階級闘争があおられた結果起きたもので、憎悪の表現として行われた。恐ろしく、獣にも劣る殺人だった」

■歴史に「意味はない」
「10年間の惨劇の中、広西チワン族自治区では無数の人々が命を落としたのみならず、ぞっとするような残酷行為と悪意が吹き荒れた」――この調査団の元メンバーは、未公表のままの報告書草案にこう書いている。AFPが確認した草案には「首切りや殴打、生き埋め、石打ち、水責め、釜ゆで、集団虐殺、内臓の抜き出し、心臓や肝臓、性器の切り取り、肉のそぎ落とし、ダイナマイトでの爆破など、あらゆる方法が使われた」とあった。
 1968年には、中学校の生徒たちが地理の講師を殴り殺した後、遺体を川辺に運び、別の教師に強要して心臓と肝臓を取り出させる事件があった。学校に戻った生徒たちは臓器を焼いて食べたという。現在、この中学校は移転しており、現役の生徒たちに聞いても事件は知らないと首を振る。地元住民らも、知らないと答えるか、口を閉ざすかのどちらかだ。
 事件について議論することを望むごく一部の人々は、記憶が風化する中、町は過去から逃れることに必死だと話す。ここ数年で急激に発展する武宣県にとって、歴史は「何の意味も持たない」のだ、と。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160513-00000032-jij_afp-int

ザ・タイムス紙の或る特定号にとってたまたま必要な訂正文が集まり、照合されると、その特定号は再版され、元版は廃棄処分になる、そして訂正版が綴じ込みの中にとじられるのである。この絶え間ない訂正作業は新聞ぼかりでなく書籍、定期刊行物、パンフレット、ポスター、散らし、フィルム、サウンド・トラック、漫画、写真類――さらに政治的な、あるいはイデオロギー的な意味を持つと思われるあらゆる文書や記録にも適用されるのであった。日を追って、いや、一分刻みに過去は現在に改められて行った。この方法にょって党の行なったあらゆる言明は記録的に正しいことが立証され、それぽかりか一片のニュース記事も論説記事も、党活動の目的と矛盾するままに記録として残されることは許されなかったのだ。あらゆる歴史はいくらでも書ぎ直しのきく羊皮紙であった、最初の文章をきれいに削り取り、必要に応じて自由自在に重ね書きができるのである。

<ジョージ・オーウェル著、新庄哲夫役『1984年』 より一部引用>

ブンカクもニンカクも都合の悪いところは随時抹消・改訂していく。自らが神のごとく無謬であると虚勢を張るために。
こうした歴史改竄の行為は、傲慢であさましきファシズムの常道・常態である。

「歴史に意味はない」は虚無的であり科学以前であろう。人間、強大な権力を握ると、とたんに精神的退化が始まるらしい。

個人が自分の「黒歴史」の痕跡をネットから消したい気持は分からぬでもない。
が、公的立場の者、権力者・権力集団、支配者・支配集団がそれをやっちゃオシメェだわ(笑)

5月17日は永谷園が制定した「お茶漬けの日」である。筆者と同じように「お茶漬け」と聞いて、永谷園の「お茶づけ海苔」を想像する人はさぞ多いことだろう。そんなみんなに愛される永谷園のお茶漬けだが、どのようにして世の中に誕生したのか。
(中略)
 「永谷家は江戸時代に煎茶の製法を開発したといわれる永谷宗七郎から続く由緒あるお茶屋の家系でした。9代目に当たる永谷武蔵(たけぞう)は、お茶を売る傍らさまざまなアイデア商品を開発し、その中に後の『お茶づけ海苔』の原型となる『海苔茶』がありました。武蔵と、その息子で永谷園の創業者となる永谷嘉男は、戦後『海苔茶』を改良して『お茶づけ海苔』を作り上げました」(株式会社永谷園ホールディングス広報室)
http://www.sankei.com/premium/news/160521/prm1605210025-n1.html

【5月17日お茶漬けの日】おやつにおちゃづけおすすめです。
MIKUTV/kedagon12
2014/04/30 に公開

ごはんにお茶漬け、ごはんにふりかけ、、、いいですね。

でも一番好きなのはごはんに赤だし味噌汁のぶっかけです。

追加記事

(2017年1月26日)

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