TPPとゆうちょ上場で実りの秋を迎えるアメリカ

2015/10/02
祭壇には白を基調とした花で彩られ、川島さんの遺影の付近にはワインのボトルとグラス、犬のぬいぐるみなど、故人に縁のある品が添えられた。
http://www.asahi.com/and_w/interest/entertainment/CORI2060137.html

 振り向くと、白ワインのグラスを持った財前がそこに立っていた。
http://www.asahi.com/articles/ASHB26SMDHB2UEHF018.html

 山梨は日本一のブドウの産地だが、独自品種の開発で他県に後れを取っている。「他県との違いを出す必要がある。『山梨のブドウといえばこれ』というものがほしい」。市場関係者からはこんな声も聞かれる。ブドウの世界も「地域間競争」の時代にある。
http://www.asahi.com/articles/ASH975H8PH97UZOB00X.html

 三重県名張市で1961年、農薬入りのブドウ酒を飲んだ女性5人が死亡した「名張毒ブドウ酒事件」で、第9次の再審請求中だった奥西勝死刑囚が4日午後0時19分、収監先の八王子医療刑務所(東京都八王子市)で肺炎のため、死亡した。89歳だった。
http://www.asahi.com/articles/ASHB27V75HB2OIPE03G.html

日本で古くから栽培されている甲州種は、中国から輸入された東アジア系ヨーロッパブドウが自生化したものが、鎌倉時代初期に甲斐国勝沼(現在の山梨県甲州市)で栽培が始められ、明治時代以前は専ら同地近辺のみの特産品として扱われてきた(ヤマブドウは古くから日本に自生していたが別種である)。
文治2年(1186年)に甲斐国八代郡上岩崎村の雨宮勘解由によって発見され、栽培がはじまったとされる。甲州の栽培は徐々に拡大し、正和5年(1316年)には岩崎に15町歩、勝沼に5町歩の農園ができていた。
江戸時代に入ると甲府盆地、特に勝沼町が中心となり、甲州名産の一つに数えられるようになった。松尾芭蕉が「勝沼や 馬子も葡萄を食ひながら」との句を詠んだのもこのころのことである。

ブドウ – Wikipedia>

秋の味覚の一つ「葡萄」。
葡萄そのものやジュースの類は甘すぎて噎せてしまうため敬遠している。
子供のころはよく干葡萄を食べていた。今、食いたいとはまったく思わない。

Welchade Grape Drink TV commercial(1972)

Blossom Dearie – Peel Me A Grape(1966)

The Capris – From The Vine Came The Grape(1962)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

白雪姫 – 青葡萄피는밤(1954)
作詞:손로원、作曲:박시춘
ルンバ調。
2度目の引用。

Stuart Foster – From The Vine Came The Grape(1954)

The Gaylords – From The Vine Came The Grape(1954/01)
orchestra conducted by George Annis

Another successful release presented in the tried-and-true Gaylords formula: first-chorus English, second-chorus Italian, third-chorus English with time signature change. This recording slightly out-performed the Hilltoppers version of the song (also posted)

The Hilltoppers featuring Jimmy Sacca – From The Vine Came The Grape(1953/12)

This top-10 juke box single, a cover of the Gaylords release (also posted), was on the market during the same period as the group’s other early-’54 hit “Till Then.”

1954 Grape Juice Commercial Howdy Doody

  ※(追記:この動画は削除されました

 

以下、「ワイン」「シャンパン」関連の投稿。

一九九〇年代にアメリカはそれまでの対日方針を変え、日本をアメリカの財布にしようと考えた。「(アメリカは)一九九四年から年次改革要望書で毎年、郵政事業を民営化せよと要求していた」「小泉構造改革の内容は……いずれもデフレ政策であり、日本に蓄積されている個人の金融資産を日本のために使わせないようにする戦略であった」(菊池英博「そして日本の富は略奪される」ダイヤモンド社)。財政赤字国アメリカは、郵貯と簡保にある三五〇兆円に目をつけ、新規米国債の引受け先にしようと狙いをつけたのである。この戦略についてはすでに一九九三年に、米シンクタンク、戦略国際間題研究所の日本部長だったケント・カルダー氏が、「(日本の)郵貯の活用が世界経済の活性化につながる」と米経済誌に書いていた(佐々木実『市場と権力』講談社)。郵政法案とはこのような流れの中で竹中平蔵郵政民営化担当大臣の指揮の下、法案提出前の一年間だけでアメリカと十七回もの入念な協議を重ね練られたものだった。

<週刊新潮2015年10月8日号 藤原正彦の管見妄語(316)十年前の懸念 より一部引用>

中曽根・小泉・安倍の各首相のイメージは「右翼」「民族派」であったようだ。
が、しょせんその正体は鬼畜米英の走狗と云われてもしかたがないものだった。
なんとなれば日本国民が汗水たらして働いたカネを米国に献上したのだから。
これでは植民地に派遣された総督と大して変わらぬ。
「日本、日本」と言いながら、やることは日本国の弱体化と日本人いじめ。
ちょっと哀しすぎないか?

 人気ラーメン店「東池袋大勝軒」(東京豊島区)の創業者・山岸一雄氏(享年80)が今年4月に亡くなって半年、大勝軒が揺れている。
 約60人の弟子で構成された互助組織「大勝軒のれん会」が分裂。「のれん会」を脱会した弟子ら31人が今年8月、「大勝軒 味と心を守る会」を発足した。「守る会」代表の一人で「お茶の水、大勝軒」店主・田内川真介氏(38)は、「2代目からひどい仕打ちを受けた。山岸さんの後継者として認めるわけにはいかない」などと話し、真っ向から対立する構えを見せている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151004-00000022-sph-soci

日本舞踊やいけばなの家元争いみたいな。
ところでラーメンて、毎日食べてダイジョーブなのか?

アフガニスタン北部にある、国際的なNGO「国境なき医師団」の病院に対する空爆で、死者の数はさらに増えて19人となりました。現地に駐留するアメリカ軍の司令官は、ガニ大統領に対し、空爆で犠牲者が出たことを謝罪しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151004/k10010258001000.html

湾岸戦争でピンポイント爆撃を自慢したアメリカですが、第二次大戦の日本本土空襲でもそうとう精密な爆撃をしていました。
そのアメリカが事前に分かっていた「国境なき医師団」の病院をあえて「誤爆」してみせたのにはそれなりの理由があってのことでしょう。
これまでも信じられないような「誤爆」をここぞという時にやってますからね。

 

追加記事

(2024年10月17日)