「これはある精神病者が書いたものだ」「この、ブログがですか……?」

夕刻、ドーーン! ドーーン! と、腹に響く音が。
花火大会が始まったようだ。
屋上に出て、音のする方を見やれば、遠くビルのシルエットに半分かかる形で、打ち上げ花火の燦きが。
都心のど真ん中でやってるためか、破裂位置がかなり低い。

 太平洋戦争中、過酷な戦場体験や軍隊生活の影響で精神障害を患い、戦後70年を迎えてなお療養中の旧軍人・軍属が、今年3月末現在で九州7県に6人おり、うち3人が入院中であることが、西日本新聞の取材で分かった。
 福岡県の98歳の男性など、70年以上にわたって入院生活を続けてきたとみられる人もいる。戦地での結核や外傷などの治療を続けている戦傷病者も7県で計43人に上る。戦争がもたらす心身の傷の深さが、あらためて浮き彫りになった。
(中略)
 福岡県保護・援護課によると、同県内では戦地での精神障害のため98歳の男性が入院しており、90歳の男性が通院治療中。98歳の男性については「県には2000年以降の記録しか残っていないが、70年以上入院生活を続けてきたとみられる」(援護恩給係)という。
 研究者は宮崎、鹿児島の入院者も、数十年間にわたって入院生活を送ってきた可能性が高いとみる。戦後、出身地の近くにある病院などに転院したものの、精神障害に対する社会の偏見から、家族にも見放されて入院生活を余儀なくされ、一度も退院せずに亡くなった人が多いという。
 関係者によると、福岡県の98歳の男性は、戦場での体験から精神疾患を発症。国立病院などを経て、現在は筑後地区の病院に入院し、親族が看病をしている。

■奪われた社会復帰 清水寛・埼玉大名誉教授の話
「戦時中、精神に障害を負った軍人・軍属の多くは、千葉県市川市の旧国府台陸軍病院に送られた。その数は約1万450人に上るとされる。2013年3月末時点で、全国では7人が入院中と確認されており、いずれも70年近く入院したままとみられる。身体障害を負った兵士は名誉の負傷とたたえられたが、精神障害は恥とされた。国の施設で終生保護する政府方針もあり、家族とも縁が切れ、社会復帰の可能性が奪われた。社会的入院の最もひどい例だ。現在の米軍もそうだが、戦争が起きると軍隊には自殺者や精神障害者が大量に発生する。同じ過ちを繰り返さないため、忘れられている彼らの存在を掘り起こすべきだ」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150811-00010000-nishinp-soci

九州といえば、夢野久作、そして代表作『ドグラ・マグラ』。
中里介山、夢野久作、小栗虫太郎、筒井康隆は、中学・高校のころむさぼるように読んだ作家たちだった。

旧日本軍の異常なイジメ体質は世界の軍隊でも突出してたんじゃないか?
繊細な常識人が気を病むのも当然だろうね。

戦場で気がふれるケースは有史以来だろう。
軽いものは戦争神経症と呼ばれていた。

そもそも戦争を始めた者は戦場へ行くこともなく、強制的に戦場へ駆りだされて縁もゆかりもない赤の他人と殺したり殺されたりするのは、前途有為な若者だ。
これって馬鹿げてないか?

★前東京都知事・猪瀬直樹氏
 日本は、国家として意思決定する統合機能を持たなかったがために戦争の泥沼に突入し、負けた。私は、その過程を拙著『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)で書いた。
 日米開戦直前の昭和16(1941)年夏、当時の帝国政府は、各省庁や民間企業から若手エリートを集めて「総力戦研究所」を立ち上げた。模擬内閣をつくり、日米戦争のシミュレーションをするためだ。彼らは、あらゆるデータを分析し、「敗戦必至」という結論に行き着いた。
 戦争継続の絶対条件は、インドネシアの石油補給路を確保することだった。そこで彼らは、石油を運搬する商船が撃沈される確率と日本の造船能力を分析した。撃沈率が製造率を上回れば、戦勝のシナリオは崩れ去る。導き出されたのは、「補給路は断たれる」、つまり「敗戦」という答えだった。大本営も同じく戦況分析を行ったが、権益をめぐって対立する陸軍と海軍が、戦争遂行のために最も重要な石油の備蓄量を隠し合った。そのために正確な分析ができず、開戦になだれ込んだ。引き返すポイントがあったのに、組織の「縦割り」の壁を越えられなかった。
 この構図は、2020年東京五輪に向けた新国立競技場の建設問題でも繰り返された。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150811/dms1508111140003-n1.htm

たかだか試験の成績がいいだけで、人間として優れているとか、指導的立場に立つ資格があるだとか、考えること自体がマチガイだね。