株価、アベノミクス前の水準に戻る

Moving Pictures – What About Me(US:1982/09 stereo 45)
Moving Pictures – What About Me?(Australia:1982/01)
ムービング・ピクチャーズ – ホワット・アバウト・ミー
from the album “Days Of Innocence”(Australia:1981)イノセンス
タイトルは「私はどうなの?」の意。
お前たちはやらずぶったくり、こっちの取り分はどうなってんだ? 生きてけないよ、という内容。

produced by Charles Fisher
1982 Pop Chart Peaks: Cash Box 21, Billboard 29
1989 Pop Chart Peaks: Billboard 46, Cash Box 67 – A/C Peak: 43
From their 1981 debut album “Days Of Innocence,” the Australian band’s most successful hit would return to the U.S. charts in 1989.

Moving Pictures – What About Me(1982 mono radio promo 45)

produced by Charles Fisher
1982 Pop Chart Peaks: Cash Box 21, Billboard 29
1989 Pop Chart Peaks: Billboard 46, Cash Box 67 – A/C Peak: 43
From their 1981 debut album “Days Of Innocence,” the Australian band’s most successful hit would return to the U.S. charts in 1989.

◆    ◆    ◆

 13日後場の日経平均株価は前日比843円94銭安の1万2445円38銭と大幅安に3日続落。下げ幅は今年2番目の大きさとなった。後場寄りの売り買いが一巡したあとは、為替相場の落ち着きもあり1万2700円を挟んでもみ合う展開。ただ、後半は円が強含んだことから再び下げ基調を強め、ほぼ後場の安値で取引を終えた。日銀が異次元緩和を発表した4月4日終値1万2634円54銭を割り込み、緩和発表前の同3日終値1万2362円20銭以来の安値水準となった。
http://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20130613-00431633-mosf-market

大企業の雇用のあり方を観れば、日本経済が良くならないことは容易に理解できる。
低賃金で馬車馬のように働かされて、しかもいつ解雇されるかわからないというのでは、生活の見通しも人生設計もたたないのが道理。
昔の起業家・経営者は志が高かった。社員の生活を支えるという社会的責任を立派に果たしていた。中には家族同然に考えてた会社もあったくらいだ。
今の上場企業は欧米式の強欲資本主義・市場経済(株価)至上主義に例外なく絡め取られ、人間性が希薄になってしまった。
雇用のあり方のみならず、産業構造も昔とはまるで違う。
騏驎も老いては駑馬に劣る である。

Clive Petersen – If No One Tells You

One More Time(1970)- Official Trailer 罠にはまった二人・密輸ダイヤをひとり占め
監督:ジェリー・ルイス

  ※(追記:この動画は削除されました

 

 4月21日付北海道新聞(発行部数5百万の地方有力誌)に事故処理の国策化を訴えてきた私の立場を伝える論説記事が掲載されましたので別添いたします。(こちら
 別添の米倉会長宛メッセージで決死隊の作業すら不可能なほど放射線線量の高い2号機と指摘しましたが、4月19日、東電に照会したところ、1号機、2号機及び3号機の最高線量は、1号機は800ミリシーベルト、2号機は880ミリシーベルト、3号機は1510シーベルトです。専門家によれば10ミリシーベルトのところに1時間いると致死量に達するとのことですので、決死隊も作業ができないのは2号機のみならず、1号機も3号機も同様であることが判明いたしました。
 最悪の事態が発生すれば打つ手のないこのような福島第一の現状は国家的危機です。東電によれば福島第一からは毎時1000万ベクレルの放社線量の放出が今なお続いております。チェルノブイリでは3万人の軍隊を含む30万人の人員を動員して7か月で石棺を仕上げております。このような状況の下で危機感が欠如する現状は異常です。このような認識は広がっており,NHKの小林和夫氏の柔道界の不祥事を理由とするオリンピック招致辞退論をはじめ福島事故処理の不始末を理由とする辞退論も取り沙汰され出だしております。

<村田光平 オフィシャル サイト より一部引用>
http://kurionet.web.fc2.com/murata.html

村田光平元スイス大使が経団連会長に送付した2013年4月24日付の書簡。
民主党は今に至るも収束宣言を撤回していないし、自民党も政府見解として破棄していない。原発を積極的に推進してきた公明党は事故後いっとき反原発寄りのスタンスを見せたりもしたが原発利権を手放したくないらしく今は発言を控えている。
日本は次の大地震までにフクイチを解決できないだろう。
皇統を断絶させたくなければ、早急に皇居・各皇族のお住まいの移転をすべきことは明らかであるのに、政府はやろうとしない。
最後の最後まで戦局を自分たちに都合よく解釈していた大本営、陸軍参謀本部の狂的エリート軍人、 
あるいは日本ではチェルノブイリ、スリーマイルのような事故は絶対起きないという「安全神話」を漠然と信じ込んでいた原子力村の無責任男たちと
同じ精神構造だからか。

2013/06/06
 自民党が7月の参院選で掲げる総合政策集「Jファイル」の原案が5日、明らかになった。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)については3月の党提言を全面的に採用し、「重要5品目などの聖域(死活的利益)を最優先し、それが確保できない場合は脱退も辞さない」と記した。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000007108.html

2013/06/13
 自民党は参議院選挙の公約で、普天間基地の移設先を「辺野古」と明記する方針を決めました。
(中略)
TPP=環太平洋経済連携協定については、「守るべきものは守り、攻めるべきものは攻める」としています。自民党が3月に安倍総理大臣に提言していた「聖域が確保できない場合は脱退も辞さない」という表現は盛り込まれませんでした。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000007108.html

この間、米通商代表部(USTR)次期代表に指名されたフロマン大統領副補佐官が日本とのTPP交渉で強硬姿勢を表明し、超党派の米下院議員団が、為替操作に対する制裁措置をTPP協定に盛り込むようオバマ大統領に要請するということが起きている。
けっきょく全面敗北しかないのである。

 声優の内海賢二(うつみ・けんじ、本名・健司)氏が13日、がん性腹膜炎で死去した。
 75歳だった。喪主は、妻で声優の野村道子さん。
 アニメ「北斗の拳」のラオウ、「Dr.スランプ アラレちゃん」の則巻千兵衛などの声を演じた。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130613-OYT1T01136.htm

内海 賢二
(うつみ けんじ、本名:内海 健司〈うつみ けんじ〉、1937年8月26日 - 20
13年6月13日)は、日本の声優、俳優、ナレーター。賢プロダクション会長。
福岡県北九州市生まれ。テレビアニメ・洋画吹き替えに数多く出演していた日本声優界の大御所の一人であった。渋い役柄からひょうきんな役、悪役まで幅広く演じている。テレビ番組やCMのナレーションでも活躍し、1980年代には長者番付に名を連ねた。
(中略)
5人兄弟の末っ子として生まれるが、幼い頃に両親を亡くし、兄弟とは別れて育つ。中学・高校には仕出し弁当店で住み込みで働き、夜間で通った高校では演劇部に所属した。1955年、高校3年のときにNHK小倉放送局の専属劇団に応募して合格。ラジオドラマや朗読の仕事を始めるようになる。やがて福岡県に開局したばかりの九州朝日放送に移籍してKBCラジオの専属声優になった。
地方での仕事に限界を感じていた内海は、先に上京していた広告代理店の電通でテレビ映画制作の仕事をしていた友人を頼って1958年に上京。その友人の紹介で、『熱血カクタス』(柴田秀勝主演の子供向けドラマ)の端役をもらい、続けて『海賊バイキング』ではナレーターを担当し、中央でのデビューを果たした。アニメデビュー作は1963年の『狼少年ケン』。東映動画初のテレビアニメであり、アニメ声優でも草分け的存在になる。舞台俳優としても里吉しげみ主宰の劇団未来劇場の公演などに出演。また1960年代から1970年代にかけ、時代劇をはじめとしたさまざまなジャンルのテレビドラマに出演している。
かつては、九州NHK放送劇団、未来劇場、東京アーティストプロダクション、楡プロダクションに在籍した。以前は本名の内海健司や内海賢治の名前で活動していた。
妻は、テレビアニメ『宇宙エース』での共演をきっかけに知り合った、声優の野村道子。1984年に設立した声優事務所、賢プロダクションを共同で経営し、現在は会長に就いている。息子は同プロダクション社長の内海賢太郎である。

<内海賢二 – Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E6%B5%B7%E8%B3%A2%E4%BA%8C

力強さに溢れた、それでいてどこか抑圧されたところが窺える、男っぽい声質。
日曜洋画劇場におけるスティーブ・マックイーンやサミー・デイヴィスJr.の吹き替えは、私に強烈な印象を残している。
自己を企業化することに成功した、実業家でもあったようだ。

[追悼] 内海賢二 UTSUMI Kenji ボイスサンプル

2013/06/12
ギリシャ政府は11日、「財政再建のため」として、国営放送ERTに突如閉鎖を命じた。人員整理した上で「できるだけ早く」放送を再開するとしている。テレビとラジオの放送は同日深夜、停止され、抗議の声が広がっている。
http://www.asahi.com/international/update/0612/TKY201306120131.html

2013/06/13
ギリシャ再び危機モードへ突入、国営放送の閉鎖とMSCI格下げで
ギリシャでは12日、国営放送のERTを突如閉鎖したことに対する政府への抗議の声が市民や政治家の間で高まり、株式市場は株式指数を提供しているMSCIによる格下げを受けて下落した。
ギリシャ政府は国営のガス会社DEPAの入札にも失敗したばかりで、国際支援機関に約束している民営化による資金調達目標に暗雲が立ち込めている。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE95B02K20130612

【バルバロイ】
(ギリシャ)barbaroi(βάρβαροι)
訳の分らない言葉を話す者の意
バルバロス((βάρβαρος)の複数形
古代ギリシャ人が東方の民族に対して用いた蔑称。古代ローマではギリシャ・ローマ文化に浴さない化外の民、特にゲルマン人をさす。

対義語:ヘレネス
(ギリシャ)Hellēnes
古代ギリシャ人の自称。

誇り高きギリシャ人も今じゃ身勝手で陽気な怠け者。
因果はめぐり、ゲルマン民族の情けに縋って ようやく露命を繋ぐ体たらくだ。

Detroit City Limits – Honey Chile(1968/02)

Martha Reeves and the Vandellas – Honey Chile(1967/10/31)
マーサとバンデラス – ハニー・チャイル
ぐうたらで手のかかる恋人について歌っている。豊田四郎監督『夫婦善哉』(1955)がふと連想された。

produced by R. Morris
Pop Chart Peaks: Billboard 11, Cash Box 12, Record World 14 – R&B Peak: 5
This was the group’s first single with Martha’s last name “Reeves” included as part of the artist billing on all releases (it had appeared on only some of the previous single’s pressings).

 

Mills Brothers Four Boys and A Guitar – Lazybones(1934)

guitar by John Mills
recorded in London June 13, 1934
The group’s first release on the new Decca Records label after switching over from Brunswick.

Billy Cotton and His Band – Lazybones(1933)
vocal: Alan Breeze with Ellis Jackson
lazybones=ぐうたら、怠け者
ベティ・ブープ風のコケティッシュな歌声。
冒頭、鶏の鳴き声。
2度目の引用。

recorded in London August 22, 1933
On the Cotton 78 flip side is “Hold Me”.
Purportedly composed in only 20 minutes by Johnny Mercer and Hoagy Carmichael, this “southern song” gets the British treatment.

Casani Club Band – Lazybones(1933)
vocal: Phyllis Robins

directed by Charlie Kunz
recorded in London August 11, 1933
The flip side is “I Raised My Hat”. Pennsylvania-born (1896) Kunz moved to England in 1922, made many dance band sides beginning in the late 1920s, but in later years became best-known for his recorded piano medleys. Other posted versions of this familiar Johnny Mercer-Hoagy Carmichael song hit include Ted Lewis Don Redman and Billy Cotton

Don Redman and his Orchestra – Lazybones(1933)
vocal: Harlan Lattimore

recorded in NYC August 2, 1933
One of several popular versions of the song which both Hoagy Carmichael and Johnny Mercer verified was written in about 20 minutes time.

Ted Lewis and his Band – Lazybones(1933)
vocal: Ted Lewis

recorded in NYC June 22, 1933
1933 song hit purportedly written in only 20 minutes by Hoagy Carmichael and young Johnny Mercer.

Mildred Bailey with the Dorsey Brothers Orchestra – Lazy Bones(1933)
recorded in NYC June 6, 1933

2013/06/12
焦点:下落に転じるアジア債券市場、流動性低く総崩れの恐れも
アジアの債券価格が5月末から急落しており、トレーダーはこれが総崩れに転じかねないとの警戒感を抱いている。金融システムの安定を意図した世界的な低金利政策が、アジア市場をかえってショックに対して脆弱にしている可能性もある。
低金利を背景にアジアではドル、ユーロ、円(G3)建ての起債ブームが起こり、国と企業は借金への依存を強めた。
しかしこれらの債券を取引する市場は徐々に枯渇しており、保有者が処分売りを出した場合に急落しやすくなっている。マッケンジー・インベストメンツ(シンガポール)のファンドマネジャー、ディマント・シャー氏は「問題は、だれかが保有債券の売りを決断した時、市場にそれを吸収できるほどの器がないかもしれないことだ。そうした状況に達すれば、流動性は素早く枯渇し、連鎖反応を招きかねない」と述べた。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE95B03220130612

このところ通貨・株の乱高下が続きました。暴落前によくあるパターンだそうですが、何故そうなのかなんて、あたしゃ知りません。
これでいよいよ長期金利が上がってきて、国債の市場価格が下がり始めた。黒田日銀もアンコントローラブルだと言明しちゃってるし。
で、今日のブログの冒頭に戻るわけですね。

Glen Campbell – Guess I’m Dumb(Shindig, 1965)

日本の経済的・財政的崩壊はメガトン級の影響を世界に及ぼすでしょう。
日本国民への影響ですが、団塊世代の老後の資金が無くなり、それより下の世代では住宅ローンが払えなくなった人たちの自己破産が急増するでしょう。元から蓄えのない貧乏人はさらに貧乏になるくらいです。

ザ・シャデラックス – 君の祖国を

  ※(略)

 

The Roomates – Broken Dreams & Lonely Memories(2010)

竹山逸郎、藤原亮子 – 誰か夢なき(1947)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

私はもしそうなったら、ベーシック・インカム(全給付停止の上、生活物資を除く消費税40%)で暴動抑止をすべきだと思います。暴れたところで腹がへるだけですからねぇ。

Hank Turgeon – I’ve Got To Hand It To You(1961)
「冷たくしないで」タイプの曲。

The Rush – Enjoy It(1967)
UK

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です