あのとき、ボボ・ブラジルはほぼアメリカ人と直観した

今日は朝から忙しかった。
月末がこんな忙しいのは久しぶりだ。

「日活ロマンポルノの名作」をソウル市内の映画館が何日間にわたって上映するのだという。「この機会に日本の性文化を知りたい」という友人の熱意にほだされ、つきあうことにした。
 日活「ロポ」は学生時代に、東京の場末の映画館で見た記憶がある。あれから30有余年、まさかソウルで「ラブレター」(関根恵子主演)や「実録 阿部定」(宮下順子主演)を見ることになろうとは。
 韓国語の字幕付きだったが、館内に若者の姿はなかった。20~30人のお客さんは70代以降とみられる高齢者ばかり。韓国の映画館はお菓子を食べる音や、おしゃべりの声でうるさいことがあるのに、ロポ上映の館内は静まりかえっていた。
 「阿部定」の上映日にはお年寄りのカップルの姿も。感想を聞こうと話しかけたが、黙して語らず、ほほ笑むだけである。そのとき、ふと思った。「日本語や日本映画が懐かしい」という次元の話ではないのではないか。高齢社会と性。日本でも同様だろう。
 一方、韓国人の友人はというと-。「ロポにもちゃんとストーリーがあるなんて」。日本の多様な性文化に目を丸くしていた。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20160630/frn1606301823008-n1.htm

ロマンポルノを「ロポ」と略すなんて知らなかった。
これまで見たことも聞いたこともない。

『ラブレター』は、1981年公開の日本映画。東陽一監督、関根恵子(現・高橋惠子)、中村嘉葎雄主演。にっかつロマンポルノ10周年記念エロス大作。
詩人・金子光晴と34歳年下の女性の、30年にも及んだ愛人生活に取材した江森陽弘のノンフィクション作品『金子光晴のラブレター』が原作。

脚本:田中陽造
監督: 東陽一
出演: 関根恵子, 加賀まりこ, 仲谷昇, 中村嘉葎雄、三谷昇

<ラブレター (1981年の映画) – Wikipedia>

ラブレター
NIKKATSUチャンネル
2014/02/03 に公開

私はある日突然、甘美な性を知った。「女の身体は、足から頭のてっぺんまで性器になるんです」奔放に生きた詩人、金子光晴。この映画は彼が愛人にあてたラブレターをベースに、30歳以上も年の違う男女の愛と性の軌跡を描き、女性客も動員した大ヒット作である。女性映画の第一人者・東陽一監督の手により情感溢れる作品へと仕上がっている。 (C)1981日活株式会社

『ラブレター』は日活ロマンポルノの水準を大きく超えた特別な作品で「名作選」にこれを持ってくるのはズルい気もするなー。
AVに押され衰退していく中で、日活ロマンポルノも行き着くとこまで行った。そのどん底もやはり見せねばならんだろうが、さすがに韓国では今も上映禁止だろうな。

ぜひご自身の目でその瞬間を確認して欲しい。蓮舫議員の背後に「どこからともなく出てきた手」は一体何だったのか。
http://rocketnews24.com/2016/06/30/768523/

蓮舫代表代行・山尾政調会長街頭演説(神奈川・かねこ洋一/真山勇一) 2016年6月19日
民進党
2016/06/19 に公開

そんなもん選挙カーの上にいるスタッフの手に決まっとろうが(笑)

今日ポストに選挙公報が入っていた。
東京都選出ではおれは田中康夫に入れるつもり。
問題は比例代表で入れたいと思うとこがない。可能性があるのは「生活の党と山本太郎と仲間たち」か「国民怒りの声」くらいか。なんかなー。
また死に票だな、おれの票は(自嘲)

 消費者庁は30日、頭蓋骨のゆがみやずれを矯正すれば小顔になるとうたった施術の効果に根拠は無く、景品表示法違反(優良誤認)に当たるとして、東京、大阪、福岡、長崎の4都府県の美容整体9業者にそれぞれ再発防止を求める措置命令を出したと発表した。28~29日付。
http://this.kiji.is/121183814258098183?c=39550187727945729

麻生さんとかデー作さんとか、よく口が歪んでる人がいるでしょ。
性格悪そうに見えて損なんだけど、あれは奥歯の噛みあわせがずれてたり、左右どちらかで噛む癖があったりしたまま、何十年も過ごすとあんなふうになっちゃうんだね。

石川さゆり – 頬よせて(2008)

  ※(略)

 

Ohio Players – Streakin’ Cheek To Cheek(1974)

Lloyd Green – Sweet Cheeks(1966)
2度目の引用。

Margie Singleton – You Shake My Hand And Kiss Me On The Cheek(1965/07)
シングル “What Would I Do” のB面。
3度目の引用。

With a recording career spanning over eight record labels that began in 1957 at the age of 22, whether as a soloist or with popular artists such as George Jones, Faron Yong and Leon Ashley, Miss Margie Singleton managed to release quite a catalog of recorded material. Not only was she a successful vocalist who was an often utilized Nashville background singer, she was also an accomplished songwriter as displayed with this United Artists single from the summer of 1965 which she composed with her then new husband/producer, Leon Ashley. Margie entered the music biz with her first husband, Shelby Singleton. The two eventually divorced and Margie married Leon Ashley in 1965. The couple would perform and record together until his death in 2014. Margie still composing and performs occasionally. Most recently recently, she recorded an album of Gospel tunes and also re-recorded some of her past hits and favorites. In 2018 at the age of 83, she made a music video of her self penned song,’Heaven Or Hell’.

Jackie Kern – The Climb(1963)

Edmundo Ros And His Orchestra – High Cheek Bones
2度目の引用。

美空ひばり、鶴田浩二 – 頬寄せて(1951)

  ※(略)

 

◆    ◆    ◆

Morton Downey – Cheek To Cheek(1935)
recorded in NYC September 5, 1935

Guy Lombardo and his Royal Canadians – Cheek To Cheek(1935)
with vocal trio

recorded in NYC August 30, 1935
Irving Berlin’s tune from “Top Hat” was among the year’s most popular song hits (five weeks at #1 on “Your Hit Parade”).

Phil Ohman and his Orchestra – Cheek To Cheek(1935)
vocal: Kenneth Baker

recorded in Los Angeles July 31, 1935
One of four Irving Berlin titles from “Top Hat” that the Ohman orchestra recorded for Columbia at a 7/31/35 session. See also “Isn’t This A Lovely Day?”

Eddy Duchin and his Orchestra – Cheek To Cheek(1935)
vocal: Lew Sherwood

recorded in NYC July 5, 1935
Irving Berlin’s tune from “Top Hat” was among the year’s most popular song hits (five weeks at #1 on “Your Hit Parade”), Also available on the channel is the best-selling version by Fred Astaire.

Archie Bleyer & his Orchestra – Cheek To Cheek(1935)
Chick Bullock

recorded July 22, 1935
Though best-remembered for his years with Arthur Godfrey and his own successful Cadence Records company, Bleyer had led several sessions for the Vocalion and ARC labels between 1934 and 1935. Here was his entry in the crowded record market of “Cheek To Cheek” versions vying for favor. The Irving Berlin song, of course, was introduced by Fred Astaire in “Top Hat” and was one of the decade’s most popular tunes.

Frank Dailey and his Meadowbrook Orchestra – Cheek To Cheek(1935)
vocal: Howard Du Lany

recorded in NYC July 18, 1935
This and the flip side “Isn’t This A Lovely Day?” were Irving Berlin song hits from “Top Hat,” as performed on-screen and popularized on record by Fred Astaire.

Fred Astaire with Leo Reisman and his Orchestra – Cheek To Cheek(1935)
orchestra conducted by Leo Reisman
2度目の引用。

recorded in NYC June 26, 1935.
Movie: “Top Hat” (RKO), starring Fred Astaire, Ginger Rogers, Edward Everett Horton, Helen Broderick, Erik Rhodes, and Eric Blore.
The tune was among the year’s most popular song hits (five weeks at #1 on “Your Hit Parade”), and this Astaire-Reisman collaboration was one of Fred’s all-time top sellers. Recordings of “Cheek To Cheek” by the orchestras of Eddy Duchin, Guy Lombardo, Phil Ohman, and Archie Bleyer.

◆    ◆    ◆

The Knickerbockers – Rosy Cheeks(1927)
vocal: Irving Kaufman as “Frank Harris”

recorded in NYC April 25, 1927
Ben Selvin (as “The Knickerbockers”
Note here the structural and lyrical similarity to the recent 1926 song hit “Baby Face.” The flip side is “One Summer Night”

 

頬の肉がげっそり落ちると、病気かと思われるし、見た目もよろしくないね。

いしだあゆみなんかも昔はぷっくりして可愛かったけど、ショーケンとかかわって以来、激ヤセのままでとうとう今日まで来てしまった。

病気とか老衰とかで「あーこの人はもう長くないな」という人は、骨に皮が貼りついたようで、とにかく表情がない。いわゆる死相だ。

毎朝顔を洗ったり髭をそったりしたとき鏡に映った我がご面相をチェックするのだが、この齢(とし)になると、イケてるかどうかなどどうでもよくて、健康のチェックがテーマとなる。

白い巨塔の財前教授(田宮二郎)が鏡を見て黄疸に気づく瞬間。実際がんで黄疸が出るかどうかは知らないが、あれはすこぶる映像的名シーンだった。

 生放送のラジオ番組中に、スタジオ内でタレントの女性を蹴ったなどとして、愛知県警は30日、名古屋市瑞穂区初日町1丁目のタレント宮地佑紀生(本名・由紀男)容疑者(67)を傷害の疑いで逮捕し、発表した。「間違いありません」と容疑を認めているという。
 千種署によると、宮地容疑者は27日午後2時55分ごろ、同市東区の東海ラジオのスタジオで生放送中、共演者の神野三枝さん(50)の左ひざを数回蹴ったうえ、マイクで唇を殴り、約10日間のけがを負わせた疑いがある。同署は動機などを調べている。
 宮地容疑者は、東海地方を拠点にテレビやラジオなどで活動している。

http://www.asahi.com/articles/ASJ6Z3K6LJ6ZOIPE00G.html

宮地佑紀生の聞いてみや~ち 2016年06月27日

OPトーク、3時の時報前後のトーク、ED前のニュース・交通情報・EDトークです。事案(?)の部分は12分過ぎです。容量の都合上編集しました。

番組は打ち切りだそうな。

以下「名古屋」関連の記事。

耳にしたことありませんか、「ほぼほぼ」という言葉。正直、気になります。みなさんは、気になりますか?
 試しに夜のとばりが下りたJR新橋駅前で聞いてみた。待ち合わせ中の会社員男性(27)に声をかけると、「進捗(しんちょく)度でいえば、ほぼは90%で、ほぼほぼは95%かな」と教えてくれた。別の会社員女性(24)は、「よく使います。先日も友達に予定を聞かれ、『その日は、ほぼほぼOKだよ』って」。横にいた友人らもうなずいていた。ただ、女性が「上司にも使います」と言うと、友人らは「それはないない」とそろって驚いた。
 「私はあまり違和感がないですね」と話すのはエフエム岩手放送部の佐々木寿仁さん(37)。昨年10月の開局30周年記念の特別番組に「ほぼほぼ24時間生放送」と銘打った。「放送後、『誤用だ』といったリスナーからのお叱りの声は1件もありません」

<「ほぼほぼ」、ほぼほぼ定着?新表現から見える今とは…:朝日新聞デジタル より一部引用>
http://www.asahi.com/articles/ASJ6Y5G4BJ6YUTIL039.html

芸人のギャグやマスコミの造語ではなく、いつの間にか全世代で使われるようになったような新語こそ、ほんとうの「流行語」なんだと思う。
おれは使わんけど「ほぼほぼ」はそんな感じか。
おれだったら「おおむね」「あらあら」、そこまで行かない場合は「そこそこ」かな。

ボボ・ブラジル(Bobo Brazil)のリングネームで知られるヒューストン・ハリス(Houston Harris、1924年7月10日 – 1998年1月20日)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ミシガン州ベントンハーバー出身のアフリカ系アメリカ人。日本では「黒い魔神」と呼ばれた。
ちなみにリングネームの「ブラジル」は「人種差別の無いブラジルに行きたい」という子供の頃の夢から。

<ボボ・ブラジル – Wikipedia>

ぼぼ、ボボ
女性器や性行為を表す言葉。江戸時代には喜多川歌麿の浮世絵にも登場した女性器を表す古語であるが、九州では現在も方言として使用されている。

<ボボ – Wikipedia>

Melanie – Bo Bo’s Party(1968)

This was my first introduction to Melanie’s music and it was all over the FM “underground” radio stations in Toronto, Ontario and Buffalo, NY in 1968 and 1969. A number of instances of her music were inspired by her love of the cabaret songs of Lotte Lenya and music of Bertolt Brecht, although she used folk music as her means to bring to the audience that quality of expressionism with the intimacy of a confessional poet.

 実は鳥居の形は、女性が男を迎え入れるために股間を開いてる形だという説があるのだ。

<下川耿史『エロティック日本史』41ページ より一部引用>

文中「鳥居は女の女很を表したるものなりと見えたり。されば鳥居を入るときは阿字観をこらすものなり……」とあるが、

<下川耿史『エロティック日本史』46ページ より一部引用>

「開」という文字がこの頃から女性器の隠語として流通していたことも確認される。

<下川耿史『エロティック日本史』110ページ より一部引用>

「開」に「ぼゞ」とルビが振られている文章を昔読んだ憶えがある。
門の中に鳥居で「開」。辻褄は合うが、神道+密教の屁理屈の出どこはどうせどっかの山寺の秘伝書かなんかだろう。

そりゃそうと、「開」で思い出したが、エースのジョーはその後どうしてるだろう?

親が「錠」なので、息子がそれを開くという意味で「開」という名前になったとのこと。ちなみに弟の名前は「表(ひょう)」であり、親子の名前をつなげると「錠を開いて表へ出る」となるという。

<宍戸開 – Wikipedia>

エースのジョーといえば日活。日活といえば「ロマンポルノ」も有名だったが、その「名作」が韓国・ソウルの映画館で連続上映されたという。
(以下、冒頭に戻る)

 

追加記事

(2023年2月4日)