トルコのROCK/POPS(3)

2016/01/31
トルコ外務省は30日、「ロシア軍の軍用機が29日、トルコの領空を侵犯した。ロシア軍機に対しては、領空に入る前に英語とロシア語で何度も警告をしていた」とする声明を発表しました。そのうえで、「重大な影響が生じる行動の責任はすべてロシアにある」と非難するとともに、ロシアの大使を外務省に呼んで抗議したとしています。
これに対して、ロシア国防省の報道官は「ロシア軍機による領空侵犯などなかった。根拠のないプロパガンダだ」と述べて、強く反論しています。
(中略)
NATO=北大西洋条約機構のストルテンベルグ事務総長は、30日に発表した声明で、「トルコ政府による再三の警告にもかかわらずロシアの軍用機が29日、トルコの領空を侵犯した」と述べ、トルコ政府の主張を支持したうえで、ロシアを強く非難しました。そしてロシア政府に対し、トルコを含むNATO加盟国の領空を侵す行為を今後、一切、起さないよう改めて警告しました。
https://www.nhk.or.jp/news/html/20160131/k10010392171000.html

2016/01/31
トルコ空軍は警戒令により、完全な臨戦態勢に置かれた。司令官の同意なくパイロットが即時反応する、というものだ。
http://jp.sputniknews.com/middle_east/20160131/1523514.html

2016/01/31
トルコ西部のエーゲ海で1月30日、ギリシャに難民を運んでいた船が転覆し、ロイターは約40人が死亡、75人が救助されたと伝えた。
トルコの海洋警察当局は救助・捜索活動を続けている。船は全長17メートルで、少なくとも120人を運んでいたとみられる。乗船していたのはシリア、アフガニスタン、ミャンマー出身者で、死亡したうち5人は子供だという。
http://www.huffingtonpost.jp/2016/01/30/refugee-turkey-drown_n_9122844.html

2016/02/02
2015年夏、トルコ軍とクルド人武装勢力の間で数十年にわたって続いてきた戦争が再燃し、トルコ南東部の一部がますます交戦地帯のようになってきている。
(中略)
数千の人々が、戦火のほか、2015年9月以来、政府が強いてきた外出禁止令から逃れてきた。
民間人を保護し、政府軍がクルド人武装勢力に圧勝するためにも、外出禁止令は必要である、とトルコの当局は主張する。一方、人権団体は、こうした措置は集団的懲罰につながり、国際法上、違法であると主張する。
外出禁止令の下で暮らしている住民は、自分たちが食料も医薬品も少ない状態で家に閉じ込められ、慢性的な電力と水の不足に直面している、とヒューマン・ライツ・ウォッチに述べた。トルコ軍が、通りに出た人々に発砲した、とも語った。
「私たちは、両軍から抑圧されていた」。2015年11月、トルコ南東部の町シルバンで12日間、外出禁止令の下で暮らしたラマザン・ドゥルク氏(56)は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに述べた。「ここが交戦地帯になってはいけない。両軍に対し、私たちはこのことを言い続けていきたい」。
http://www.huffingtonpost.jp/2016/02/02/turkey-kurdish_n_9137012.html

2016/02/02
シリア北部で1月31日までの3日間に、トルコ系少数民族のトルクメン人3000人以上が政府軍の攻撃から逃れるため、越境してトルコ領内に避難した。南部ハタイ県で「当局の保護下にある」とトルコ当局者がAFP通信に明らかにした。
 難民には子供や高齢者もいる。大半はシリアのラタキア県ヤマディ村にあるキャンプから逃げてきた。ラタキア県では最近、政府軍がロシア軍の空爆支援を受けて、攻勢を強めている。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201602/2016020200520

川崎市中1殺害事件のきょうの公判で、弁護側は
「別の少年からカッターを渡され、反射的に切りつけた」
「強い殺意はなく、止めてくれないかという気持ちもあった。切りつけているうちにどうしていいか分からなくなった」
と説明した。

ほとんどの戦争は綿密にシミュレーションされた上で開戦されるものだが、中には本当にそんなふうに、つまり偶発的・反射的に始まる場合もあるに違いない。
去年、トルコ軍がロシア軍機を撃墜した。領空侵犯を警告したが反応がなかったとトルコ軍は云っている。
ロシアとトルコの確執は帝政ロシアとオスマン帝国の時代にまで遡るのだそうだ。もともとはユーラシア大陸を縦横無尽に移動する騎馬民族であったろうから、同じか或いはかなり親(ちか)しい民族が両国に含まれていたわけで、粗暴で血の気の多い者同士が「匹夫の勇」を振いドンパチやらかすという 果てしないデジャヴのような光景がまたぞろ展開して、これまたいつか来た道の世界不況から世界大戦へというお定まりの一本道がじわじわと見えてきたのだが、
とうぜん行き着く先にあるのは、無辜の民は血しぶきとともに吹き飛ばされ、武器商人は肥え太り、誰かが株で大儲けするという、いささか正視に堪えぬ無残絵なのである。

 

Ajda Pekkan
アジダ・ペッカン
世界的成功を収めたトルコのシンガーソングライター、女優。

Ajda Pekkan – Göz Göz Değdi(1964)
Helen Shapiroの “Not Responsible”をカバー。

Ajda Pekkan – Hoşgör Sen

Ajda Pekkan – Veda Etmem

Ajda Pekkan – Moda Yolunda(1966)

Ajda Pekkan – Serseri(1966)

Ajda Pekkan – Boşvermişim Dünyaya(1967)

Ajda Pekkan – Sevdiğim Adam(1967)
“Celui Que J’aime”

Ajda Pekkan – Oyalama Beni(1967)
“Con L’Aiuto del tuo amore”

Ajda Pekkan – Saklanbaç(1967)
“Charade”

Ajda Pekkan – Üç Kalp(1968)
“Que C’est Triste Un Monde Sans Amour”

Ajda Pekkan – Özleyiş(1968)

Ajda Pekkan – Ve Ben Şimdi(1968)

Ajda Pekkan – İki Yüzlü Aşk(1969)
“Never Grow Old”
2度目の引用。

Ajda Pekkan – Tatlı Dünya(1969)
“Balalaika”

Ajda Pekkan – İçiyorum(1972)

Ajda Pekkan – Sen Bir Yana Dünya Bir Yana(1972)

Ajda Pekkan – Dert Bende Derman Sende(1972)

Ajda Pekkan – Palavra Palavra(1973)
“Parole Parole” “Paroles, Paroles” “あまい囁き” をカバー。

Ajda Pekkan – Seninleyim(1973)

Ajda Pekkan – İnanmam(1974)

Ajda Pekkan – Haram Olsun Bu Aşk Sana(1974)

Ajda Pekkan – Baksana Talihe(1977)

Ajda Pekkan – Yeniden Başlasın(1978)

Ajda Pekkan – Haykıracak Nefesim Kalmasa Bile

Ajda Pekkan – Sen Olurdun Yine

Ajda Pekkan – Ya Sonra

Ajda Pekkan – Bir Köşede Yalnız(1980)

Ajda Pekkan – Yakar Geçerim(2011)

Ajda Pekkan – Yakarım Canını(2015)

 

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