都心では春先のように 細かく 柔らかな雨。
カバンに入れておいた折りたたみ傘が役に立った。
そういや折りたたみ傘のことを英語で “folding umbrella” っていうらしい。
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逮捕容疑は22日午後7時45分ごろ、茨木市中総持寺町の投票所で、投票管理者の70代男性に対して「『ご苦労さん』は目下に言う言葉だろう。謝れ」などと因縁をつけて机をひっくり返した上、頭を平手で殴るなどした疑い。容疑者は当時、酒に酔った状態で、自分の投票を終えた後、職員にからみ出したという。
http://www.hochi.co.jp/topics/20151123-OHT1T50180.html
47歳の会社員が70代の老人に暴言・暴行。長幼の序を知らん大馬鹿者。
世の中には何かと因縁をつけては絡んでくる、こうした与太者が多いので注意が必要だ。
喫茶店で背中越しにOLの会話。「ショーツのレースにお尻の毛が絡まって痛い」「ウケる~」「脱毛サロン行きたい」云々。ケツ毛の長い女をこっそり見たら、これがナカナカの美人だった。
— 千夜三五郎 (@pointex409) 2015, 11月 23
アダムス・ファミリーの中で「カラ・ミーア」「モン・シェール」という台詞が出てきて、字幕では「愛する女」「あなた」と書いてありますが、訳は正しいですか?
フランスでは、こういう言い回しがあるんですか?
フランスの恋人たちは「カラ・ミーア」「モン・シェール」と言うんでしょうか?<Yahoo!知恵袋 より一部引用>
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10113131260
カラミアという歌があって、何となく人の名だと思ってたが、そういうことだったか。
ダーリンみたいな感じかな?
Baccara – Cara Mia(1977)
同名異曲。
Paul Delicato – Cara Mia(1976)
album version
Paul Delicato – Cara Mia(1976)
single version
Dennis Neal – Cara Mia(1975)
Billy Brown And The Freshmen – Cara Mia(1967)
Jay and The Americans – Cara Mia(1965/05)
米盤シングルでは “Cara, Mia” “Cara-Mia” の表記。
Pop Chart Peaks: Record World 3, Billboard & Cash Box 4
The group’s top-seller of’65 was a revival of David Whitfield’s ballad hit from 1954.
Jerry Colonna And The Three Lovers – I Want To Love You Cara Mia(1955)
Dennis Day – Cara Mia
TheSorrowfulFlower
from “It’s A Grand Night for Singing”
Ron Goodwin And His Concert Orchestra – Cara Mia(1954)
Helen Forrest – Cara Mia(1954)
orchestra conducted by Larry Clinton
David Whitfield with Mantovani’s orchestra and chorus – Cara Mia(1954/08)
<参考>
Maxine Brown – Bella Mia(1973/05/18)
UK
シングル “Picked Up, Packed And Put Away” のB面。
語りあり。
中国国営中央テレビが放映した胡耀邦(フーヤオパン)元総書記の生誕100周年記念番組で、胡氏の共産党総書記就任を伝える1982年の党機関紙の紙面が一部差し替えられ、一緒に最高指導部入りした趙紫陽(チャオツーヤン)氏の写真が外された。天安門事件をタブー視する姿勢に変化がないことを示す動きだ。
同テレビは20日夜から、胡氏をたたえる全5本のドキュメンタリーを放映。その中で、胡氏の党総書記就任を伝える82年9月13日付の人民日報の1面記事を映したが、本来の紙面で胡氏、葉剣英氏、鄧小平氏と並んでいた趙氏の写真が外され、序列5位の李先念氏に差し替えられていた。
胡氏は89年4月に死去。その死を悼む学生らが民主化を求めて天安門広場を埋め、同年6月の天安門事件につながった。胡氏に代わって総書記に就いた趙氏は広場を埋めた学生らの訴えに理解を示して失脚、2005年の死去まで軟禁され続けた。
http://www.asahi.com/articles/ASHCR5V9PHCRUHBI01H.html
都合により歴史的事実を書き換えるファシストどもの醜態についてはこれまで幾度となく書いてきた。
どんなに虚勢を張ってもせいぜいこの程度の連中なのである。
表現の自由保護に取り組む英人権団体「アーティクル19」幹部のデービッド・バニサー弁護士は23日までに、ネット上から自分の過去の情報を消させる「忘れられる権利」について、表現の自由とのバランスが不可欠だと指摘、慎重に議論すべきだとの認識を示した。特に新聞記事は事件報道も含め「歴史の記録」で、削除は避けるべきだと訴えた。
(中略)
欧州ではEU司法裁の判決後、同様の削除要請が相次ぎ、英BBC電子版も過去記事の一部がグーグル検索で表示されなくなった。BBCは「過去記事は完全性が重要」と問題視し、対抗してリンク集「グーグル非表示となった記事」の公開を始めた。
http://dd.hokkaido-np.co.jp/entertainment/culture/culture/1-0205225.html
消したい過去 v.s. 忘れてはならない過去 の、せめぎあいだな。
ただ、何時の世も、人の口に戸は立てられぬ、ということはある。
そしてその先には、犯罪捜査や裁判で問題となる人間の記憶の曖昧さ、あるいは記憶が失われていく健忘症の恐怖 といった、個人の脳に集約されていく話があり、おれとしちゃそっちの方も同じくらい考えさせられる。
以下、「忘れられる権利」を含む投稿。
