十二階での神経衰弱

出典:新納忠元勲功記

妻が病没した翌年には、長年連れ添った女房が居ない事を悲しんで
さぞな春つれなき老いと思ふらむ今年も花ののちに残れば
と、春になっても花を散らせずに生き残った自分を悲しむ歌を詠んでいる。
※「つれなき」は「妻に先立たれた」の意であり、「花ののちに残れば」は、妻に死に遅れたことを含意するものである。
<新納忠元とは (ニイロタダモトとは) [単語記事] – ニコニコ大百科 より一部引用>

徳山璉 – 侍ニッポン(1931)
2度目の引用。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

朱里エイコ – サムライ・ニッポン (日本語ver)(1978)
作詞:麻生香太郎、作編曲:ピーター・ストーン(大野雄二)
トヨタチェイサーCMソング

  ※(略)

 

朱里エイコ – SAMURAI NIPPON (英語ver)(1978)
作詞:マルコ・ブルーノ、補作詞:エイコ&バーバラ、作編曲:ピーター・ストーン(大野雄二)

  ※(略)

 

2014/05/29
 29日午前3時15分ごろ、北九州市○○○区○○町の男から、「妻の首を絞めて殺した」と110番があった。福岡県警○○○署の警察官が駆けつけると、マンションの部屋で女性が布団の中でぐったりしており、病院に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。同署は通報してきた無職、●●●容疑者(88)を殺人容疑で現行犯逮捕した。
 逮捕容疑は、同日午前2時半ごろ、自宅マンションの部屋で妻の無職、▲子さん(79)の首をひものようなもので絞めて殺したとしている。同署などによると、●●容疑者と▲子さんは2人暮らし。▲子さんは約2年前に足を骨折し、●●容疑者が介護していた。●●容疑者は「介護に疲れました」と供述しているという。
 同区内の老人ホームでケアマネジャーをしている女性(59)によると、今年5月中旬、▲子さんはこの施設に入居したが、3日後に●●容疑者が「金が払えそうにない」と退去を申し出たという。その後、●●容疑者は「自分で介護できるから」と話し、介護保険の給付を受け、自宅でヘルパーなどを利用しながら介護する手続きを進めている最中だった。
 ▲子さんは付き添いがあれば歩ける状態で、●●容疑者も施設に訪れた際は▲子さんが歩くのを手伝っていたという。女性は「仲の良い夫婦だった。施設を退去したのも、金銭的な問題よりも、▲子さんと離れて暮らすのが、寂しかったのもあると思う」と話した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140529-00000047-mai-soci

私自身、父親の介護をするため離職し、約2年弱、ほぼ毎日身の回りの世話を焼いていた経験があるので、こういう話は身につまされる。

「88歳が79歳を介護」は、事実上ムリだ。
施設利用の「金が払えそうにない」とは、この国のお寒い福祉の実情そのもの。

日本は世界に比べればかなり上等な部類ではあるが、国民が不幸になる傾向は否定しようもない。
個人を尊重しない、国の成り立ちの基本が個人ではない、という根本的マチガイもさることながら、
この国の政府(三権)にとって国民はしょせん生産畜・労働畜・納税畜=生きた財産でしかないのが、哀しい。

人生ってもっと楽しいはずのものなんだけどねぇ……

Hector Delfosse – La Vie Est Belle
Google翻訳で「人生上々」と出た。いい訳だね。映画のタイトルか?

◇    ◇    ◇

2014/05/29
 医薬品メーカーの森下仁丹は29日、胃では消化されず腸で溶ける独自開発のカプセルに入れて口から飲むワクチンの技術が、日米で特許を取得したと発表した。感染症の予防などに用いるワクチンを注射せずに投与できる。将来的に製品化し、世界販売を目指す。
 神戸大と共同開発した技術を使い、感染症の原因となるタンパク質をビフィズス菌の表面や内部に作り出し、これをワクチンとして服用。体内に抗体を作り出して感染症を防ぐ。
 ビフィズス菌は胃酸に弱いが、カプセルに入れれば腸まで届けられるためワクチンの効果が高い。注射より扱いが容易で安価という利点もある。
http://mainichi.jp/select/news/20140530k0000m020057000c.html

森下仁丹(株)
リアルタイム株価
780 前日比+27(+3.59%)
最終更新日:2014年5月29日

特色 仁丹が代名詞。仁丹製造から派生したシームレスカプセル技術が中核、健康食品も主力事業
http://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/profile/?code=4524.T

すばらしい! 世のため人のためになる、有意義な事業です。

森下仁丹は関西の会社。
亡父も関西出身のせいか仁丹の愛用者でしたよ。
車酔いしやすい私もその影響で、幼少時から、あのスースーする感じと漢方薬の苦さをこれでもかというくらいに味わってきました。

森下仁丹 白仁丹

森下仁丹 白仁丹

1978年 森下仁丹 レモン仁丹(15秒×2)

1977年 森下仁丹 梅仁丹

そりゃそうと、
浅草の仁丹(広告)塔と♪ジンタカタッタッターのCMソングの復活をぜひ。

凌雲閣解体後の1932年、浅草・雷門一丁目交差点に凌雲閣を模した「仁丹塔」という、森下仁丹の広告塔が完成、こちらもランドマークとして人々に親しまれていた。1942年に金属供出のため解体されたが戦後の1949年に再建。しかし、これも1986年7月10日に老朽化によって解体された。現在その跡地にはコンビニエンスストアのファミリーマートが立地しており、壁面に「仁丹塔跡」のプレートが設置されている。
<凌雲閣 – Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%8C%E9%9B%B2%E9%96%A3

仁丹塔が模したのは「浅草十二階」こと凌雲閣。その凌雲閣が単立の建造物ではないにせよ再現されるというニュースがで東京新聞に出たのが2012年の秋のことでした(下)。

2012/10/23
日本の常設映画館発祥の地、浅草六区(東京都台東区)に、明治、大正時代のランドマークタワー「凌雲閣(りょううんかく)」の復活が 計画されていることが分かった。六区最後の映画館が二十一日に閉館したが、その跡地に建つ再開発ビルの一角に再現される。(村松権主麿)
再開発ビルを計画しているのは、大手映画・演劇会社「松竹」(中央区)。関係者などによると、「六区ブロードウェイ」と呼ばれる通り沿いの 敷地約千五百平方メートルに建つ予定だ。かつて凌雲閣があった場所のやや南になる。
ここには現在、ビルなど三棟があり、松竹の子会社が運営する映画館が入っていた。映画館は二十一日、浅草六区最後の三館が営業を終了。六区は明治、大正期から映画館や演芸場が軒を連ねる都内有数の娯楽街だったが、これによりすべての映画館が消えた。現在のビルは年内に解体が始まり、跡地に地上五階、地下一階の再開発ビルが着工される。開業は二〇一四年春の予定で、劇場などが入るという。復活する凌雲閣は、独立した建物でなく、このビルと一体化した形で再現。写真資料などをもとに、実物に近いレンガ風の外観にするという。
ただ、高さは六区の街並み整備地区計画で三十六メートルまでに 制限されているため、当時の高さ五十二メートルより低くなるという。内部は建物と同じ五階建てで、浅草の歴史を物語る写真パネルや映画のポスターなどを展示する。一階には企画展などができる多目的スペースも設ける。六区で浅草演芸ホールを運営する東洋興業の松倉久幸会長(76)は 「凌雲閣は東京スカイツリーのように日本を代表する建物だった。復活すれば浅草の歴史が再現される」と歓迎している。

<凌雲閣> 1890(明治23)年、英国人ウィリアム・バルトンの設計で浅草六区に完成した八角柱の12階建て観光高層ビル。通称「十二階」。10階まではレンガ造り、11、12階は木造で、日本初の電動エレベーターを備えていた。避雷針を含む高さは約52メートル、名称は「雲を凌(しの)ぐほど高い」を意味する。1923(大正12)年の関東大震災で8階より上が崩壊し、取り壊された。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012102302000101.html

2013/06/27
 かつて日本の大衆演芸のメッカ、そして、日本初の映画街として賑わった東京・浅草六区が壮大な再開発計画のもとで蘇ろうとしている。現在、4つの巨大プロジェクトが進められ、六区ブロードウェイを中心とした一角が、芸能文化に培われた伝統のある「興行街」として復活を期す。2013年6月27日、浅草ビューホテルで開催されたTOKYO六区CITY「浅草六区再生プロジェクト」記者発表会は、4つのプロジェクトの1つ。六区ブロードウェイに「マルハン松竹六区タワー」を建設し、正面に浅草のシンボルであった凌雲閣(関東大震災の影響で解体)にちなんだ塔を設置する。ゼネラルプロデューサーに就任したアミューズ代表取締役会長の大里洋吉氏は、「ニューヨークのブロードウェイ、ロンドンのウエスト・エンド、パリのシャンゼリゼ通りに匹敵するような、世界に通用するエンターテインメントの拠点として浅草六区を活性化したい」と意気込みを語った。
 浅草六区が誕生したのは明治時代。浅草を一区から七区に区割りして、江戸時代は「火除地(ひよけち)」として空き地だったエリアを「6区」として住居を許した。そこに、浅草寺の裏手などにあった芝居小屋が移転集結し、大衆娯楽の拠点として成長。大正時代には映画街が立ち上がり、“日本の喜劇王”が出演する「浅草オペラ」が大流行するなど興行街として隆盛を誇った。しかし、1964年に東京オリンピックが開催された頃から、カラーテレビが一般に普及するとともに、娯楽が多様化。また、東京でも新宿、渋谷、池袋などが発展するに伴って、浅草の賑わいは下火になっていった。浅草で生まれ育ったという浅草地区観光まちづくり推進協議会会長の熊澤永行氏は、「最近20年くらいは、浅草の“暗黒時代”といっていいような状況に落ち込んでしまった」と語っている。
 そこで台東区は、2007年6月に「浅草地域まちづくり総合ビジョン」を策定。地元との折衝を重ねて、2011年3月に都市計画を決定・告示。六区地域に新たに建築される敷地面積300平方メートル以上の建物には、劇場、観覧場、映画館、演芸場などの興行場を設けることを条件に、道路斜線制限等の緩和を認めた。台東区都市づくり部長の奥原崇氏は、「2012年のスカイツリーの開業によって、浅草地域には年間4300万人の人が訪れ、活気を取り戻しつつあるが、浅草六区が興行街として再生することが地域の発展には重要」と語り、地域を挙げての活性化策を推進していくと強い意気込みを示した。
 TOKYO六区CITYは、マルハン、松竹、アミューズ、セグラスグループホールディングスが合弁会社として2013年4月に設立。松竹の施設(浅草中劇会館、浅草新劇会館)跡に、「マルハン松竹六区タワー」を建築し、300席の小劇場と500席の中劇場を設置して、年間200万人の来場を見込む施設として2014年12月に開業する。2つの劇場で上演されるコンテンツは、TOKYO六区CITYが興行主となり運営し、舞台エンターテインメントを中心に、中劇場、小劇場ともに世界展開を狙うことができるコンテンツを上演する。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0627&f=entertainment_0627_015.shtm

2013/7/02
 浅草六区エリアにおいて複合型エンターテインメント事業の展開を目指す合弁会社TOKYO 六区 CITYは6月27日、東京都台東区西浅草の浅草ビューホテルにおいて記者会見を行い、パチンコホールと2つの劇場、飲食店などを備えた複合型エンターテインメント施設「マルハン松竹六区タワー」を建設し2014年12月開業を目指すと発表した。
 合弁会社の設立に出資したのは、ホール企業のマルハンと、映画・演劇の制作および配給を行う松竹、芸能プロダクションのアミューズ、そして広告代理店であるセグラスグループホールディングスの4社。出資比率は、マルハン70%に対し、ほかの3社が各10%。同社の設立日は4月18日で、代表取締役社長には、マルハン取締役副社長の韓俊氏が就任した。
 「マルハン松竹六区タワー」は地上8階、地下1階の建造物であり、閉館した浅草中劇会館と浅草新劇会館の跡地に開業。関東大震災の影響で解体された、かつての浅草のシンボルタワー「凌雲閣」を彷彿とさせる外観デザインとなる。

<マルハン参加のTOKYO 六区 CITY、浅草に「マルハン松竹六区タワー」2014年12月の開業を発表 より一部引用>
http://www.vsearch.co.jp/news2/news03/pg987.html

今月、大阪市『フェスティバルゲート』(大阪市浪速区)の跡地に韓流テーマパークの建設を予定していたマルハン(本社・京都市)が、日韓関係の悪化を理由に計画を見直していることが明らかとなりましたが、
こちらの方は2014年12月に開業予定。
下高井戸のように劇場が繁盛すれば、また違った展開も出てきそうですね。

◇    ◇    ◇

2014/05/28
英ロックバンドのローリング・ストーンズが26日夜、ノルウェーのオスロで2カ月ぶりにコンサートを開き、50周年記念の世界ツアーを再開した。同バンドはボーカルのミック・ジャガーさんの恋人ローレン・スコットさんが3月17日に死去して以来、公演を中断していた。
スコットさんは元モデルのファッションデザイナーで、死亡当時の年齢は49歳。ジャガーさんとは2003年から交際していた。死因について米ニューヨークの検視当局は、首をつったことによる自殺と発表した。
ジャガーさんは訃報を受け、「恋人そして親友が、なぜこのような形で命を絶ってしまったのか、まだ理解できずに苦しんでいる。私たちはともに素晴らしい年月を過ごし、素晴らしい人生を築いてきた。彼女は素晴らしい存在であり、その才能を誰もが尊敬していた」との談話を出していた。
スコットさんは遺言で、900万ドル(約9億円)相当の不動産をジャガーさんに残した。
http://www.cnn.co.jp/showbiz/35048567.html

9億円? モデルとファッションデザインだけでそれだけのカネを残したって事?
しかも首吊り自殺。
どーなってんのかね。

The Rolling Stones – 19th Nervous Breakdown(UK:1966/02/04, US:1966/02/12)19回目の神経衰弱

produced by Andrew Loog Oldham
U.S. Pop Chart Peaks: Cash Box #1, Billboard & Record World #2 – UK Chart Peak: #2
One of the Stones’ five U.S. top-10 singles in 1966.

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(2022年5月11日)