新銀行東京の行く末

Jazz great Ornette Coleman remembered as visionary
By ASSOCIATED PRESS
PUBLISHED: 04:25 GMT, 12 June 2015 | UPDATED: 04:26 GMT, 12 June 2015
NEW YORK (AP) — Whatever rules in jazz hadn’t been shattered by Charlie Parker and other bebop artists, Ornette Coleman finished off for good.
Coleman, who died Thursday at age 85, brought to jazz the kind of open-ended, non-narrative approach that Jackson Pollock used in painting and James Joyce in books. In the late 1950s, he originated “free jazz,” challenging the bebop establishment by abandoning the conventional song form and liberating musicians to freely improvise off of the melody rather than the underlying chord changes. Coleman also broke down the barrier between leader and sidemen, giving his band members freedom to solo, interact and develop their ideas.
Though largely self-taught, Coleman would create his own “harmolodic” concept of music, which also became a life philosophy. The music derived from a uniquely free interaction between the musicians, without being tethered to rigid metric or harmonic structure.
http://www.dailymail.co.uk/wires/ap/article-3120509/Jazz-legend-Ornette-Coleman-remembered-true-pioneer.html

米ジャズミュージシャンで作曲家のオーネット・コールマン(Ornette Coleman)さん(85)が11日、ニューヨークで死去した。
 コールマンさんの広報担当者、ケン・ワインスタイン(Ken Weinstein)氏によると心不全が原因という。
 コールマンさんは1959年のアルバム「ジャズ来るべきもの(The Shape of Jazz to Come)」で、伝統的な演奏スタイルと決別。当初、その斬新な演奏スタイルに対する評価は二分したが、米サックス奏者ジョン・コルトレーン(John Coltrane)と共に、いわゆる「フリージャズ」を牽引した。フリージャズでは、ハーモニーを基本とする伝統的な構造を解体し、より自由な表現が可能となった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150612-00000004-jij_afp-ent

Ornette Coleman – The Shape of Jazz to Come (1959) [Full Album]

Recorded and released in 1959

00:00 Lonely Woman
05:01 Eventually
09:24 Peace
18:25 Focus on Sanity
25:18 Congeniality
32:07 Chronology

Personnel:
Ornette Coleman – alto saxophone
Don Cherry – cornet
Charlie Haden – bass
Billy Higgins – drums

フリージャズといってもそれだけで有難がって聴く必要はない。
しょせんリスナーであるのだから、おのれの耳に心地よいかどうか、それだけでいい。
しかし、なるほど1959年の時点で、ここまで到達してしまった、というスゴさ、気高さ、自信と旺盛なる実験精神に、敬服せざるを得ないのだ。

 フランス・パリに本部を置く国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」が2002年から毎年発表する「報道の自由度ランキング」の順位が安倍政権になってから急降下している。調査開始時、日本は180か国中26位だった。
 その水準でしばらく推移した後、民主党政権下の2010年には11位に上がった。しかし、自民党政権に戻ると一気に低迷。2013年は53位、翌2014年に59位、さらに今年は過去最低の61位に順位を落とした。
 朴槿恵大統領をめぐる記事で産経新聞前ソウル支局長を在宅起訴した韓国でさえ60位。この順位がいかに低いかがわかる。
 同記者団は日本独自の「記者クラブ」制度の閉鎖性などを問題視。さらに2013年に制定された特定秘密保護法によって報道の自由が奪われたと指摘している。

http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_328033/

瀬木比呂志氏が著書『ニッポンの裁判』(講談社現代新書)で暴露したとおり、マノレコーが国会質問で圧力をかけ名誉棄損罪の損害賠償高額化を強力に推進した結果、SLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation=都合の悪い意見や批判を封じるための嫌がらせ訴訟)が実効力を増したという背景がある。
権力や権力の側に立つ者たちが批判者の口を封じるためにあの手この手で言論の自由を蹂躙しているのが、日本の現状であるのだ。
ナサケナイ限りだね。

 東京TYフィナンシャルグループと新銀行東京は12日、経営統合に向け協議を進めることで基本合意したと発表した。2016年4月の統合を目指す。
 両社が同日それぞれ開いた取締役会で決めた。
(中略)
 東京TYフィナンシャルグループは東京都民銀行と八千代銀行を傘下に抱えている地銀グループ。東京都が保有する新銀行東京の株式と、東京TYの株式を交換し、新銀行東京が東京TY傘下に入る。これに伴い、都は銀行経営から事実上退く。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150612-00000556-san-bus_all

都議会伏魔殿の食い物にされ満身創痍、スキャンダルまみれだった。
民間に払い下げで、全ては闇の中へ。
都民はなぜ怒りの声を上げないのかねぇ。

 武雄市では、全小中学校に配布される前に、実証実験として小学校2校にタブレット型端末「iPad」が導入されていた。
「iPadはスムーズに動き、それなりに活用できていました。全員に導入する際、なぜiPadにしなかったのか」(市の教育関係者)
 本誌は、武雄市の機種選定についての内部資料を入手した。機種選定のため、市は「武雄市ICT教育推進協議会」などを設置。内部資料にはこう記してあった。
《扱いやすさ、操作性等、またこれまでの実績等でiPadと思っている》
 ところが突然、恵安製のタブレット型端末が候補に浮上した。
《「恵安」のAndroid試作機は14800円と安価だが、仕様や価格が不確実なため、比較しづらいばかりか、大幅なコスト増の可能性もあり、機種選定に係る優位性は認め難い》
 とダメだしの評価が多かったが、最終的にはなぜか恵安製の端末に決定した。
「恵安製の端末はスムーズに動かず、悲鳴が上がりました。iPadで実証実験を進めていた2校の成果が無駄になりかねず、選定には納得できない」(同)
http://dot.asahi.com/wa/2015061000079.html

教育の現場では明治の昔から賄賂が横行しているよ(笑)
公務員全てにいえることだけど、特にガッコの先生は世間知らずのくせにミョーに自信家が多くてね、まぁロクな連中じゃない。

 1978年6月12日に発生したマグニチュード(M)7.4の宮城県沖地震は、28人の命を奪い、生活インフラに大きな被害をもたらした。宮城県沖地震には周期性がある。2011年に東日本大震災が起きた後、発生確率は「不明」となったが、震災前の平均発生間隔は37.1年だった。ことしはちょうどその37年後の「6.12」となる。
(中略)
 過去の記録や観測などから宮城県沖で平均37.1年周期でM7.5程度の地震が繰り返されているとして、より東側の震源域も連動してM8規模になる地震も含めて発生が想定された。東日本大震災が発生した2011年は、78年の前回の宮城県沖地震から33年目で確率が高まっていた。
 ところが、11年の本震の震源域は宮城県沖も含め広い範囲に及んだ。大地震後に震源域の周辺がゆっくり滑る「余効滑り」が続き、アスペリティの固着状態が把握できず、地震調査委員会は現在、宮城県沖地震の発生確率を算出できていない。
 東北大地震・噴火予知研究観測センター長の松沢暢教授(地震学)によると、本震によって、宮城県沖地震の想定震源域も十数メートルほど滑ったという。過去の地震の2、3メートルを大きく上回る数値だ。
 松沢教授は「宮城県沖地震は今後100年起きないモデルもあるし、すぐに起きてもおかしくないモデルもある」と指摘。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150612-00010006-khks-soci

1978年当時、おれはテレビドラマの現場で多忙を極めていた。新聞・テレビ・ラジオもそっちのけで、いわば大車輪。
だからだろう、宮城県沖地震についてはまったく記憶に無い。

まぁこれから起きても311の規模を下回るんだろうけど、フクイチとか、その時どうなるのか、、、

追加記事

(2015年7月14日)

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