長野県・信濃町の野尻湖で、部活動の慣例で湖に飛び込んだ東京の駒澤大学の学生2人が死亡しました。
3日、午後5時過ぎ、「大学生2人が浮いてこない」と警察に通報がありました。
(中略)
2人は合宿に来ていて、慣例で湖に飛び込んだということです。
「毎年恒例の行事だからと言って、桟橋から飛び込んだと言っていた」(レンタルボート店の従業員)
「落ちたのではなく、自分で泳いだらしい。まだ泳ぐ人なんて誰もいない」(野尻湖観光汽船 石田和久社長)
事故当時、気温8度、水温は3度で、警察で学生などから事情を聴いています。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5323025.html
3日午後5時20分ごろ、長野県信濃町の野尻湖に来ていた大学生から、「水遊びをしていた友人2人が溺れ、浮かんでこない」と110番通報があった。長野中央署によると、2人は沈んでいるところを救助され、病院に運ばれたが、死亡が確認された。
(中略)
同大学の吹奏楽部のメンバー約30人が野尻湖の琵琶島に渡り、そのうち数人の男女が桟橋から水に飛び込んで遊んでいた。「部の恒例行事だった」と話す学生もいるという。現場の水深は約5メートル、水温は約5度だった。
野尻湖畔にある駒沢大学野尻寮によると、4月29日から吹奏楽部の学生約70人が合宿中で、3日は午後4時まで近くで演奏会を開いていたという。
http://www.asahi.com/national/update/0503/TKY201305030190.html
冷水に飛び込めばどうなるかさえ想像できないとは、大学生は一体何を勉強してるんだか・・・?
Heavy Jelly – Take Me Down To The Water(1970)
Rhapsody(1954)Trailer
ラプソディー 予告篇
音大生におすすめの音楽映画。
現在のワープロが発明される以前は「タイプライター」を使い原稿を打っていたという時代がありましたが、それはあくまで英文のみでした。では日本語の漢字はどのように打っていたかと言うとご覧の通り「日本語のタイプライター」が存在していたようだ。しかしあまりに複雑で迷宮入りした文字列を意図するままに取り出すのは時間がかかり、使いこなすのには高度な技術が必要だったようだ。
http://www.yukawanet.com/archives/4446612.html#more
文選工(活字拾い)と印刷工を一人と一台でやってのけるのだから、確かにあれはスゴい機械だったのだ。
ワープロが一般化するまで、つまり1980年代後半あたりまではいろんな職場で普通に見かけたのもだ。
音がかなり大きく、一回打つたびにバチャコーンと鳴り響く。打ち間違えると大騒ぎだった。
和文タイプは専門職で、昭和40年代末ごろはやれる人(女性)が減っていた。
急に辞められて経営者が青くなってるのを、そのころ目撃した覚えがある。
学校ではもっぱらガリ版刷りで、私もガリを切り、印刷した経験がある。
大会社や大銀行にIBMの電子計算機が入るようになって入力係の「キーパンチャー」がもてはやされた時代もあった。
昭和40年代の女性向け通信教育に多かった速記は、それを活かす場がほとんどなかった。
愛知県出身の人気アーティスト「ソナーポケット」が既読無視(コメントを読んだが、事情があって反応しないこと)について歌っていることが分かった。この機能は人気無料通話アプリLINEなどに備わっており、相手にメッセージを送ったにもかかわらず反応がもらえないという切なくて悲しい様を歌っているようだ。また「会いたい」の歌詞を頻繁に利用する西野カナさんより早く流行を取り入れたという点でも注目されている。
http://www.yukawanet.com/archives/4447499.html#more
まぁ何の場合でもアプローチを無視されると誰しもムッとするもんです。
かといって相手の都合を考えずに連絡する「かまってちゃん」もメーワクですしねえ。
Charlene Knight – If You Pass Me By(1962)
ベトナム訪問中の甘利明TPP担当相は3日、ズン首相とハノイで会談し、日本の環太平洋連携協定(TPP)交渉参加を7月中旬にも控え、両国が連携・協力していくことを確認した。
会談では、ズン首相が「日本は経済・外交あらゆる面で重要なパートナーだ」と強調。甘利担当相は「日越がウィン・ウィンの関係になれるように緊密に連携を取っていきたい」と応じた。
http://getnews.jp/archives/334099
結果論でいえば今こうしてベトナムと友好的関係でいられるのも、憲法を盾にベトナムへ直接参戦しなかったことが幸いしてますな。
ベトナム人からすれば日米は一体で当時は敵視してたでしょうが、それでも兵士を送り込んだ韓国とは国民感情の面で雲泥の差があります。
タイヴィン虐殺(タイヴィンぎゃくさつ、英語: Tay Vinh massacre)とは、ベトナム戦争時の1966年1月23日から2月26日にかけてベトナムビンディン省で韓国軍が市民1,200人を虐殺した事件のこと。
<タイヴィン虐殺 – Wikipedia>
タイビン村虐殺事件(タイビンむらぎゃくさつじけん)とは、ベトナム戦争時の1966年2月にベトナムビンディン省タイビン村で韓国軍が住民65人を虐殺した事件。
<タイビン村虐殺事件 – Wikipedia>
ゴダイの虐殺(ゴダイのぎゃくさつ、英語: Go Dai massacre, ベトナム語: Thảm sát Gò Dài)とは、ベトナム戦争時の1966年2月26日にベトナムビンディン省で韓国軍が住民380人を虐殺した事件のこと。地名の発音は、むしろ「ゴザイ」に近い。
<ゴダイの虐殺 – Wikipedia>
フォンニィ・フォンニャットの虐殺(フォンニィ・フォンニャットのぎゃくさつ、퐁니•퐁넛 양민 학살 사건、フォンニィ・フォンニャット良民虐殺事件、Phong Nhi and Phong Nhat massacre)は、ベトナム戦争中の1968年2月12日に、南ベトナムクアンナム省フォンニィ・フォンニャット村で、大韓民国海兵隊第2海兵師団(青龍師団)(en)によって、非武装の民間人69-79人が虐殺された事件。
<フォンニィ・フォンニャットの虐殺 – Wikipedia>
ハミの虐殺(ハミのぎゃくさつ、Ha My massacre)とはベトナム戦争中の1968年2月25日に南ベトナムクアンナム省ハミ村で大韓民国海兵隊によって非武装の民間人135人が虐殺された事件。
<ハミの虐殺 – Wikipedia>
- asahi.com:朝日新聞 | 歴史は生きている 第8章 朝鮮戦争とベトナム戦争 | 韓国 軍も企業もベトナム参戦
- 【韓国ブログ】「ライタイハンを忘れない」韓国人が綴る慰安婦問題 2009 08 26(水) 17 07 11 [サーチナ]
- アジア文化社 | ベトナム戦争に参戦した韓国軍元兵士たち
- ライダイハン – Wikipedia
ベトナム戦争での韓国軍の悪行
Rape and massacre of Vietnamese civilians by the Korean military.
字幕【テキサス親父】韓国よライダイハンや強制慰安婦への謝罪はまだ?
これは私の自戒も籠めて、すべての人間に言っておきたいのですが、
事実を認めなかったり、過小・過大に扱ったり、すり替えたり歪めたりする、
あるいはまた そうあって欲しい、そうあるべきだ、そう信じるという「歴史認識」を 歴史的事実・実態に優先させようとするような中世的感性は、
近代的知性とは相容れません。
歴史は信念でも信仰でも政治でも自尊心とやらでもなく、必ず科学であるべきです。
――それはさておき、
あのベトナム戦争は、元はといえば外に対しては植民地主義・帝国主義を貫いていた戦後フランスの傲慢・悪意・貪欲が用意した、この世の地獄そのものでした。
ベトナム人にとってはイデオロギーは民族自立を勝ち取るための兵器・軍事費調達の方便であり、民族主義・愛国主義を独立戦争の中で機能させるためのツールであったように、私には思えます。
往時、自由主義・資本主義陣営はグローバリズムを鮮明に掲げてはおりませんでしたが、共産主義陣営は元から世界革命という膨張主義を明確にしていて、そのため対立は深刻の度を深め、膨大な量の核ミサイルを向け合って、互いに身動きが取れず、局地的代理戦争、あるいは政府転覆・傀儡政権樹立の策謀に腐心するようになります。
ベトナム戦争でいえば反植民地戦争だったものが東西両陣営の代理戦にすり替えられてしまった。そしてそれはただ単にイデオロギーの戦争であるばかりでなく、軍需産業の在庫一掃セールであり、人体実験場であり、見本市でもあるという、なんとも空恐ろしい構造でもありました。まったくヒドいもんです、
ベトナム人に落ち度は勿論のこと、あれほど痛めつけられる理由はまったくないにもかかわらず ですよ。正義と平和の戦いだと信じこまされて殺したり殺されたり、大怪我をさせたりさせられたり、味方の枯葉剤で癌になったりした西側兵士だって好い面の皮です。
日越関係を考えるとき、おそらくアジアで最も日本人に近いのがベトナムではないかという気がします。性格やモノの考え方では、我々は韓国人よりベトナム人により近く、分かり合える部分も多いんじゃないでしょうか。
ベトナムとの友好関係は今後も大事にしていかなきゃいけませんね。私自身もそのようにしていきたいと感じています。
「もしイスタンブールが五つの輪を射止めたら、私は誰より先に『イスタンブール万歳』と言いたい」。安倍晋三首相は3日午前(日本時間同日午後)、アンカラ市内のホテルで開かれた日本トルコ経済合同委員会の会合に出席し、2020年夏季五輪招致を東京と争っているトルコ・イスタンブールにエールを送った。
五輪招致をめぐっては、猪瀬直樹東京都知事によるイスタンブールを念頭に置いたとみられるイスラム批判の発言が波紋を呼んだ。
首相には、猪瀬発言で生じた両国間のしこりを払拭(ふっしょく)したいとの思いがあったとみられる。会合で「イスタンブールと東京の話をしたい」と切り出した首相は「東京が五つの輪を射止めたら、トルコのみなさん、誰よりも早く万歳と叫んでいただきたい」とも訴え、トルコ側の拍手を浴びていた。
首相はこの後に行われたエルドアン首相との首脳会談でも「不快に感じられたのではないか。知事も謝罪している」と配慮を示すとともに、「フェアプレーの精神にのっとってベストを尽くしたい」と呼び掛けた。エルドアン首相は「首相の発言に感謝する」と語ったという。
http://getnews.jp/archives/333998
誰が書いたセリフにせよ、もし本当にトルコ側の心証を良くしたのなら、それは評価すべきです(あの拍手はかなりヤラセっぽかったけれども)
ただし、いくらニッポン株式会社のセールスマンだからって、地震国に原発を売り込むのはイケマセン。
核のゴミはもうこれ以上増やすべきじゃない。
追加記事
【韓国の真実】 ★(2)韓国人がベトナムに残した悲劇 鉄面皮の歴代大統領たち
2013.06.26
ソウルの日本大使館前で橋下徹大阪市長の発言に抗議する、ベトナム戦争に参戦した元韓国軍兵士ら=5月23日(共同)日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)の発言に、韓国が激しく反発した1つの理由は《ライダイハン》に触れたためと思われる。
「ライ」とはベトナム語で「雑種」の意味。「ダイハン」は「大韓」のベトナム語読み。つまり、韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた子供のことだ。
韓国人はしばしば「わが国は1度も外国を侵略したことがない」と言うが大ウソだ。元寇(1274年と81年)の先兵になったのに続き、李王朝時代にも対馬に侵攻(1389~1419年)して撃退されている。そしてベトナムにも派兵(1964~73年)した。
「米国の強い要請を受けて」と言うが、これも大ウソだ。米国の資金援助を得るため、自ら「ベトナム派兵します」と米国に売り込んだのだ。
ベトナムでの韓国軍の残虐行為(虐殺や強姦)は既に明らかにされているが、橋下発言のおかげで、ようやく日本人にも少し知られるようになったのが《ライダイハン》問題だ。
《ライダイハン》の父親は、大部分が建設会社などから派遣された軍属と思われる。彼らは現地妻が妊娠するや、国技の「逃亡」を決め込んだのだ。《ライダイハン》は3000人とも1万人ともされる。「敵国の子供」として激しい差別を受けてきた。
1992年の経済関係樹立後は《新ライダイハン》が問題になっているというからあきれる。
両国の国交樹立後、4人の韓国大統領がベトナムを訪問したが、誰もまともに謝罪していない。
ベトナム特需で財を成した現代建設の社長だった李明博大統領に至っては〃謝罪らしい言葉〃もないまま、「未来志向で行きましょう」を連発して逃げた。
どなたか、朝鮮人の慰安婦が、日本兵あるいは日本の軍属の子供を産んだという話を聞いたことがありますか。
フィリピンに語学留学する韓国の大学生が1年に2万人ほどいる。近くにあり、物価が安く、英語が公用語だからだ。
彼らがフィリピン女性をだまして同棲し、生まれた子供を《コピノ》と呼ぶ。コリアンとフィリピーノの合成語だ。
女性が妊娠するや、やはり韓国に逃げ帰ってしまう。フィリピンはカトリック国で堕胎が禁止されている。それで生まれた《コピノ》はいまや1万人とされる。
韓国の遠洋漁業船の乗組員は、南太平洋にある国家キリバスに「売春」という文化を伝えた。
彼らが狙うのは、貧しい家庭の幼い少女だ。
ここでも問題になり、キリバスでは不道徳人間を《コレコリア》と呼ぶようになった。
こうした事実には目をつぶり、「日本人は人道主義を学べ」と演説できる鉄面皮が韓国の政治家なのだ。■室谷克実(むろたに・かつみ) 1949年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。時事通信入社、政治部記者、ソウル特派員、「時事解説」編集長、外交知識普及会常務理事などを経て、評論活動に。主な著書に「韓国人の経済学」(ダイヤモンド社)、「日韓がタブーにする半島の歴史」(新潮新書)、「悪韓論」(同)などがある。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130626/frn1306260708000-n1.htm
ベトナム訪問の朴大統領、過去の戦争を謝罪せず 韓国紙は奇妙な解釈と皮肉
2013.09.11
【ソウル=黒田勝弘】ベトナム訪問中の朴槿恵(パク・クネ)大統領が過去の戦争の歴史について謝罪発言などまったくせず、ベトナム側も何ら要求していないことが韓国で話題になっている。10日付の新聞論調では、韓国が日本に対してしきりに「歴史直視」を要求していることと矛盾するではないかとの皮肉も出ている(ハンギョレ新聞社説)。
韓国は1960~70年代のベトナム戦争で米軍支援のため延べ30万人以上の部隊を派兵し、部分的に〃住民虐殺事件〃もあったとされる。ベトナム統一後、両国は92年に国交を結んだが、ベトナムは韓国に対し謝罪や反省、補償など一切求めなかった。
しかし2001年、金大中(キム・デジュン)大統領がベトナム訪問の際、「不本意ながらベトナム国民に苦痛を与えたことを申し訳なく思う」と〃謝罪〃した。これに対し当時、野党だった朴槿恵ハンナラ党副総裁は「金大統領の歴史認識を憂慮せざるを得ない。参戦勇士の名誉を傷つけるものだ」と批判した経緯がある。
ベトナム派兵は父・朴正煕(チョンヒ)大統領(当時)の決断で行われたものだが、朴槿恵大統領は今回の訪問に際しベトナムの国父ホー・チ・ミンの廟(びょう)参拝、献花の時を含め戦争の歴史にはまったく触れず、もっぱら経済協力問題に終始した。
中央日報は1面トップ記事で「父の時代の歴史に対する和解」とし「過去についての両国の成熟した立場と、間違った歴史認識にとらわれている日本を比較することになる」「日本への圧迫の意味もある」と奇妙な解釈を加えている。
朴槿恵大統領が謝罪をしなかった背景には、ベトナム戦争を米韓による侵略戦争とするベトナム側と「自由を守るための戦争」とする自らとの間に歴史認識の違いがあるからだ。
にもかかわらずベトナムが韓国に歴史認識の一致や謝罪、反省を求めず未来志向の協力関係を重視する〃成熟〃した態度は、日本ではなくむしろ韓国の対日姿勢に対する教訓であり〃圧迫〃になるものだろう。
一方、韓国マスコミはベトナムが60年以上も植民地支配したフランスに対して謝罪や反省、補償など一切求めていないことにはまったく触れていない。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130911/frn1309110835000-n1.htm
いろんな国にヒドい目に遭わされてきたベトナム。
しかし如何なる戦争にも負けなかった。
その強かさは映画『七人の侍』で描かれる農民のようだ。
(2013年9月11日)
追加記事
(2013年10月17日)
追加記事
韓国 ベトナム戦争での「ライダイハン」を史実から消去画策
2013.11.13 07:00
国際情報誌『SAPIO』が12月号で『韓国が背負う「嘘の代償」』と題する大特集を行なっている。ここでは、なにかと日本を批判するものの、あまりにも根拠が薄いような主張をする彼の国のあり方に疑問を投げかけている。
旧日本軍による「慰安婦強制連行」を捏造した韓国は、もともと売春婦であるはずの慰安婦を「SexSlave」として国際社会に浸透させた。その傍らで、ベトナム戦争(1960~75年)に参戦した韓国軍による現地婦女子への性的暴虐は史実から消し去ろうとしている。
2000年6月27日、韓国・ソウルの『ハンギョレ新聞』本社が2000人を超える迷彩服姿のデモ隊に包囲された。社屋に侵入したデモ隊の一部は暴徒化し、同社幹部らを監禁、暴行を加え、オフィスや地下駐車場の車を破壊した。デモ隊は「大韓民国枯葉剤後遺症戦友会」のメンバー、つまり退役ベトナム参戦軍人である。
発端は、同社発行の週刊誌『ハンギョレ21』(1999年5月6日号)に掲載されたベトナムにおける韓国軍の民間人虐殺特集だった。「通信員」として記事を書いたのは、当時、ベトナム留学中だった大学院生の具スジョン氏。ベトナム当局から虐殺の資料を入手し、徹底した現地取材と生存者へのインタビューを重ね、韓国軍による無差別殺戮の実態を白日の下に晒したのである。記事は、ベトナム中部のビンディン省の村々で起きた凄惨な虐殺事件を生々しく伝えている。
〈1966年1月23日から2月26日までの1か月間、猛虎部隊3個小隊、2個保安大隊、3個民間自衛隊によってこの地域だけで計1200人の住民が虐殺され、その中には1人残らず皆殺しにされた家族が8世帯もあった。(中略)生存者の証言を元に韓国軍の民間人虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通したパターンが見られた。
●子供たちの頭や首を切り落とし、手足を切断して火に投げ込む
●住民をトンネルに追い詰め毒ガスで窒息死させる
●女性たちを次々に強姦したあと殺害
●妊婦の腹から胎児が飛び出すまで軍靴で踏みつける〉。
韓国史のタブーに踏み込んだこの特集を皮切りに、同誌は韓国軍の戦争犯罪を糾弾する「ベトナムキャンペーン」を継続的に展開。冒頭の事件はそれに猛反発する退役軍人の凶行だった。
しかし、ベトナム戦を経験した退役軍人の中には当時の非人道的行為を悔いる者もいた。元韓国海兵隊員の金栄萬氏は、『戦争の記憶 記憶の戦争─韓国人のベトナム戦争』(金賢娥著・三元社刊)でこう証言している。
「越南に到着して、私が聞いた話は、『強姦をしたら必ず殺せ、殺さなかったら面倒が起きる、子供もベトコンだからみな殺さねばならない』といったものでした」
韓国は1964年から73年まで延べ32万人を南ベトナムに派兵。ダナンに海兵隊第2旅団(青龍部隊)、クイニョンに首都ソウル防衛師団(猛虎部隊)、ニンホアに第9師団(白馬部隊)が駐屯した。白馬部隊の連隊長には後に大統領となった全斗煥、猛虎部隊の大隊長には盧泰愚が就いていた。
前出・具氏の調査によると、韓国軍によるベトナム民間人の虐殺被害者は少なくとも9000人以上と見られている。村人65人が犠牲になったビンディン省・タイビン村では、韓国兵士に輪姦された女性が焼き殺される惨たらしい事件も起きている。そうした史実は国際的には知られているが、韓国の教科書にはもちろん載っていない。
かわりに日本の軍隊が、慰安婦として若い朝鮮人女性を無理矢理連れ去ったという証拠のない話が大々的に書かれている。
韓国兵によるレイプなどでベトナム女性との間に生まれた子供は「ライダイハン」と呼ばれた。ベトナム語で「ライ」は混血、「ダイハン(大韓)」は韓国を意味する蔑称だ。韓国『釜山日報』によると、現在、ベトナムにいるライダイハンは最大3万人と推計される(諸説あり、数千人とする指摘もある)。
その多くは戦争終結後、ベトナムに流入した韓国人ビジネスマンと現地女性の間に生まれた子供と言われているが、韓国兵のレイプにより生まれたライダイハンが少なからずいるのは事実だ。レイプされた被害者数はその何百倍、何千倍にも及ぶ可能性がある。
今年8月、韓国国防部の報道官は、米・ニュースサイト「グローバル・ポスト」の取材に「韓国軍が組織的に民間人を虐殺することは不可能。わが軍隊は厳しい規律と命令系統の下で任務を遂行しており、ベトナム人女性の性的搾取もまったくない」と答えたが、それを証明する調査も史料も示さなかった。ここでも日本に対する態度と自国のやり方に大きな乖離がある。
※SAPIO2013年12月号
http://www.news-postseven.com/archives/20131113_226234.html
おのれの悪行をバラされて、逆ギレして襲撃か。
おぞましいほどの無反省だな。
(2013年11月13日)