
「朝日新聞の号外でーす! ポール・マッカートニー、来日公演決定―ッ」
渋谷駅前で若い衆が号外を配っていた。
ハテ? ポールが死んだなら天下の朝日が号外出しても不思議じゃないが、来日決定くらいで出すか?
……と思って一部貰い受け、よく見たら『広告特集 ――広告―― 号外』だって。
ありゃりゃ、これだもの。
やってくれるねぇ、、、

元ビートルズのポール・マッカートニー(71)が、11月に11年ぶりとなる来日公演『アウト・ゼアー ジャパン・ツアー』を行うことが16日、発表された。ワールドツアーの一環で行われる日本公演は、1990年、1993年、2002年以来11年ぶり4回目(1966年のザ・ビートルズ来日公演を含めると5回目)となる。
ファン待望の来日公演が、ついに正式発表された。70歳を過ぎてなお、精力的に活動するポールは、11月15日に福岡 ヤフオク!ドーム、11月18・19・21日に東京ドーム3日間公演を行うほか、大阪公演の開催も決定した。
5月のブラジル公演を皮切りにスタートしたワールドツアーの演目は、ザ・ビートルズのヒット曲のオンパレード。6月10日の米ニューヨーク公演では、ビートルズ時代にもライブ演奏したことがなかった「エイト・デイズ・ア・ウィーク」で幕を開け、当時と全く同じキーで「レット・イット・ビー」や「イエスタデイ」、昨年のロンドン五輪開会式で選手団、観衆とともに大合唱した「ヘイ・ジュード」も披露。
さらに、ビートルズ時代のジョージ・ハリスンの名曲「サムシング」、ジョン・レノンが主に書いたと言われる「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」など全38曲中26曲もビートルズの楽曲を歌い、往年のファンを熱狂させた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130716-00000315-oric-ent
年齢的にも最後の来日公演って感じだね。
やっぱりミュージシャンはライブが仕事ですよ。元気なうちに どんどん やって くらはい。
サテ、ここからは一般論なんだけど、
新聞て、消費税で特別扱いしてもらったし、大企業・大教団の広告が頼みの綱。
発行部数を維持するため、ただでさえ毎日大量の紙とインクを消費しているところへ「押し紙」の大いなるムダ。
中には 金満カルト集票法人の内部向け機関紙を刷らせてもらってるとこもある っていうじゃないか。そうなら当然、上得意様を批判する記事など書ける道理もない。
なんやかやで問題山積の業界です。
私自身、自然保護と節約の観点から、新聞を取らなくなって15年経つ。おそらく今後もないだろう。
しかし、新聞自体は好きなんだよね。特に活字が好きなんだ。いまで言えば新聞字体のフォント。いやフォントの話(笑)
- 和文フォント大図鑑 [新聞書体]
- 株式会社イワタ 朝日書体
- 毎日新聞明朝 フォント製品 株式会社モリサワ
- 朝日新聞デジタル:デジタル時代、進化する書体(フォント) – カルチャー
- 新聞書体の大文字化と字体 新聞書体
ロシアのプーチン大統領は16日、露極東サハリン州を訪問、極東地域一帯で行われている「ソ連崩壊後最大規模」(露有力紙)の軍事演習を視察した。州都ユジノサハリンスクでは極東地域の経済発展を図る国家プロジェクトの会議にも出席。進捗(しんちょく)状況の遅れについて担当閣僚らを叱責した。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130716/erp13071621350010-n1.htm
これも一般論ですがね、民度の低い三流国ほど、独裁者が必要となるんです。
ヤクザの組長が上品な紳士だったら、誰も従わないし、組織が保たないでしょ? 恐怖で支配するしかないんですよ。
TPP=環太平洋経済連携協定の18回目の拡大交渉が、マレーシアで始まりました。日本は、アメリカ議会の承認手続きが終わる23日の午後から交渉に合流する見通しです。
今回で18回目となる交渉は、マレーシア東部の観光都市コタキナバルで25日まで行われます。日本は、アメリカ議会の承認手続きが終わる23日の午後から交渉に合流する見通しです。
ベトナムの交渉官:「日本を歓迎します」
マレーシアの交渉官:「日本とはうまく協力し合えると思う。前向きに捉え、心待ちにしている」
鶴岡公二首席交渉官ら100人近くの日本の交渉団は、22日に現地に入る予定です。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000008778.html
国民の目をごまかす玉虫色の文言が散りばめられるのか、いきなり強烈なK.O.パンチを浴びるのか。
どのみち日本は全面敗北。おしまいですなぁ・・・
蘭越ジミー(布谷文夫) – 保阿津怒哀声音頭
作詞・作曲:礼茶亜留守、編曲:多羅尾伴内
アルバム NIAGARA FALLIN’ STARS “LET’S ONDO AGAIN”(1978/11/25)所収。
Junior Wells – What’d I Say(live, 1966)
from the album “Blues Legend”(2022)Bonus Track
Erkut Taçkın – What’d I Say(Turkey:1966)
Elvis Presley With The Jubilee Four And Carole Lombard Quartet – What’d I Say(1964/04/28)
エルヴィス・プレスリー – ホワット・アイ・セイ
シングル “Viva Las Vegas”(ラスベガス万才)のB面。
日本盤シングル(Viva Las Vegas)では「ホワット」と濁らない邦題表記。
Elvis also performed this Ray Charles number on-screen in “Viva Las Vegas.”
Sylvie Vartan – Est-ce Que Tu Le Sais?(France:1962/04)
“What’d I Say”
Los Twisters – Te Lo Digo Yo(Mexico・Uruguay:1962)
“What’d I Say”
Bobby Darin – What’d I Say(Part I & II)(1962/03)
conducted by Jimmie Haskell
This track was included in Bobby’s 1962 LP “Bobby Darin Sings Ray Charles.” Note that Joel Whitburn’s Billboard books indicate that only Part 1 charted from this two-sided piece, however the published Billboard Hot 100 weekly charts from that period displayed just the “What’d I Say” title with no specific side designated.
Cliff Richard And The Shadows – What’d I Say(UK:1962/02)
Jerry Lee Lewis and his Pumping Piano – What’d I Say(1961/02/27)
Jerry Lee’s version of the Ray Charles tune was his last top-40’pop’ hit until “Me And Bobby McGee” a decade later.
Ray Charles and his Orchestra – What’d I Say (Parts 1 & 2)(1959/06 45 single version)
レイチャールス – ホワッド・アイ・セイ(何と言ったら)
シングル盤ではPart1(第1部)Part2(第2部)としてA・B面に分割された。
◆ ◆ ◆
●以下、参考
浅野ゆう子 – 恋はダン・ダン(1974/08/25)
作詞:有馬三恵子、作編曲:川口真
하춘화 – 안개속을 헤매는 사람(1972)
作詞:김방아、作曲:김부해
アルバム『金富海 作編曲集 河春花 新曲 特選集 맨발의 女人 / 가시였구려』(1972)所収。
タイトルは「霧の中を迷う人」のp意。
2度目の引用。
The Orions – Rules Of Love
Ray Charles “What’d I Say” のパクリ。
ライブか、ライブ風録音か。
リリース年未確認。
2度目の引用。
Chubby Checker – Twist It Up(1963/07)
Chubby’s last charted’twist’ hit of the’60s.
遠藤賢司(エンケン)バンド – エンケンのミッチー音頭(live)
テレビ東京『サウンドギグ』(1989)
青山ミチ – ミッチー音頭(1963/05)
作詞:岩瀬ひろし、作曲:伊部晴美
Steve Purdy and The Studs – The Weed(1962)
The 45 was released in 1962 by Vesta Records and the catalog # is 200.
This group is from Alabama.
Lillian Offitt – My Man Is A Lover(1960/09)
『ホワッド・アイ・セイ』+『ファニー・メイ』みたいな?
◆ ◆ ◆
Paul Whiteman and his Orchestra – What D’Ya Say?(1928)
vocal: Irving Kaufman
Ben Selvin as “Paul Whiteman”
Ferde Grofe’s arrangement of a DeSylva-Brown-Henderson song from “George White’s Scandals.”
Here’s the story per Johnson-Shirley’s ADBORAF(1915-1942) regarding this and the also-posted tracks “Pickin’ Cotton” and “If You Don’t Love Me” recorded at the Selvin sessions of July 2 and July 20, 1928: Although “credited to Paul Whiteman and his Orchestra, in fact they were made by Ben Selvin and an unidentified orchestra using arrangements by Ferde Grofe and Bill Challis from the Whiteman library, and played by a similar instrumentation. (These were recorded to fulfil a contractual agreement that Whiteman was unable to manage).”
Rudy Vallée and his Connecticut Yankees – What Is There To Say?(1933)
vocal: Rudy Vallee
タイトルは「何と言うべきか」の意。
One of the Vernon Duke-Yip Harburg tunes from the current “Ziegfeld Follies” revue, which also featured the Duke songs “Suddenly” and “I Like The Likes Of You” as well as the Billy Hill hits “Wagon Wheels” and “The Last Round-Up.” Among the performers were Fanny Brice, Jane Froman, Eugene & Willie Howard, Buddy & Vilma Ebsen, and Eve Arden.
Emil Coleman and his Riviera Orchestra – What Is There To Say(1934)
vocal: Jerry Cooper
One of the Vernon Duke-Yip Harburg tunes from the Broadway revue “Ziegfeld Follies of 1934,” which featured Fanny Brice, Jane Froman, Eugene & Willie Howard, Buddy & Vilma Ebsen, and Eve Arden.
◆ ◆ ◆
7月2日(火)、八重洲ブックセンターでの鳥越俊太郎氏とのトークで、私は、小沢さんの政治思想の形成を「民衆の福寿が国の安寧の源」という北辰妙見思想が原点にあると論じた。理由は、父・佐重喜の故郷奥羽と、母・「みち」の故郷である千葉県での家系が、平将門などの妙見信仰という共通の文化で結ばれていたことが論拠だった。ところが、5日後の7月7日、折しも七夕の日であったが、驚くべき情報を得たので補足しておく。
千葉県在住で小沢さんの母方の親族から、「小沢の母・「みち」の家系について説明しておきたい」との話が予てからあった。7日に訪ねたところ、驚くべきふたつの情報を聞かされた。
母・「みち」は、千葉県東葛郡風早村藤ヶ谷で、荒木儀助を父とし、「かの」を母として明治34年2月15日に生まれている。問題は母・「かの」の出自である。「かの」の祖父は、幕末、日本で活躍したフランス人で、日仏友好の父といわれるモンブラン氏である。モンブラン氏と日本の女性の間に生まれた娘の子が、小沢さんの祖母になる。
http://nipponissin1.blog136.fc2.com/
……ナ、なんですとッ!?
佐川満男 – フランス人のように(1969)
以下、古い記事につき全文引用させていただく。
市町村選管 読み取り機導入、手作業効率化 開票迅速化へ知恵絞る 真夏の決戦、対策も色々
2009年8月6日 01:32 カテゴリー:九州 > 大分
30日投開票の衆院選に向け、県内の市町村選管は開票作業の迅速化に知恵を絞っている。候補者・党派別に票を分類する自動読み取り機の導入で、開票作業時間の短縮を狙う。真夏の選挙だけに、汗を含んだ投票用紙が機器の誤作動を招く恐れもあり、開票所を冷房設備付きの場所に変更する自治体もある。
2007年の参院選で、比例代表の確定が投票翌日午前5時50分までずれ込み、全18市町村で最も遅かった大分市。2月の同市議選で自動読み取り機4台を借りたところ、大きな効果を発揮した。同市は、今回の衆院選に備え、自動読み取り機3台を約1200万円で導入。投票翌日午前1時40分に比例代表の確定を目指す。
日田市や宇佐市、日出町も自動読み取り機を新たに購入。日田市は比例代表で前回より2時間17分の短縮が目標だ。自動読み取り機や計数器など機械の天敵は水分。
「職員の汗で投票用紙が張り付き、機器が停止する」(竹田市選管)からだ。竹田、中津市は冷房完備の開票所に変更。豊後高田市も冷房装置を臨時設置する。中津市は「涼しければ、作業効率も上がる」と期待する。
自動読み取り機を導入せず、手作業の効率化を図るのが豊後大野市。小規模自治体での機器導入は効果が薄いと判断。職員を6-8人単位に細かく班分け。手が空く状況をつくらないように複数の作業を担当する工程表を作った。
同市は05年の前回衆院選で比例代表確定が投票翌日午前3時10分となり、18市町村で最も遅かった。汚名返上に向け、「投票日のうちに片付けも終える」と投票当日午後10時半の確定を目指す。
=2009/08/06付 西日本新聞朝刊=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/113593
2009年8月30日の第45回衆議院議員選挙、最高裁裁判官国民審査では、自動読み取り機や計数器などの導入が進んだようだ(この時の結果は民主大勝、自公激減)。
何千万もかかってるらしいがね、
開票結果の判明がたかが1日2日遅れようと、誰も困らんのだよ。
求めるものは、嘘のない開票、正確な集計。
ただそれだけなんだ。
できるかな? それが。
Grand Funk Railroad – Can You Do It(1976)
※(略)
The Pointer Sisters – Yes We Can Can(1973/08 stereo 45 single version)
ザ・ポインター・シスターズ – イエス・ウィ・キャン・キャン
Pop Chart Peaks: Cash Box 10, Billboard 11, Record World 12 – R&B Peak: 12
Originally recorded in 1970 by Lee Dorsey as “Yes We Can”, this Allen Toussaint song then became the first hit single by the Pointers. Here’s the longer LP version
The Pointer Sisters – Yes We Can Can(album version)
ザ・ポインター・シスターズ – イエス・ウィ・キャン・キャン
from the album “The Pointer Sisters”(1973)イエス・ウィ・キャン・キャン
Geordie – Can You Do It(1973)
Brian Johnson, AC/DC singer
※(略)
Lee Dorsey – Yes We Can – Part I
from the CD album “Yes We Can …And Then Some”(1993/02/23)
from the album “Yes We Can”(1970)
The Contours – Can You Do It(1964)
John Lee Hooker – How Can You Do It(1964)
Jimmy Hawkind – Sure Do(1958)
追加記事
11年ぶりの来日公演を行う元ビートルズのポール・マッカートニーさん(71)が9日夕、チャーター機で大阪・関西空港に到着した。
マッカートニーさんはナンシー夫人(53)とおそろいの法被を着てゲートから登場。47年前にビートルズの一員として初来日した際、法被姿で飛行機から降り立った場面を思わせる演出だ。約1000人のファンから熱烈な歓迎を受け、「サンキュー」「コンニチハ」と笑顔で応じた。
兵庫県西宮市の主婦(47)は持参したウクレレにサインをもらい、「コンサートがさらに楽しみになった」と感激していた。
マッカートニーさんの日本公演は11日の京セラドーム大阪(大阪市)で幕を開け、福岡、東京の3都市で計6公演の予定。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20131109-OYT1T01018.htm
法被姿か。考えたね(笑)
やァ やァ やァ ビートルズ台風!! がやってきた
(2013年11月9日)
追加記事
(2014年4月1日)
追加記事
以下、「ポール・マッカートニー」関連の投稿。
- Dear Old Stockholm register movement Part3
- トイレのフタをせず水を流すと register movement Part3
- スティーブのジョーブツすとや暮の秋 register movement Part3
- ただ今 大放出中! register movement Part3
- 広告の号外を号外のように配る朝日新聞 register movement Part3
- 総理大臣が重複立候補の醜態 續 more register movement
- ぼかしやピー音で今度は国民の知る権利をディスターブ 續 more register movement
- 『二十四の瞳』の併映作品は記録映画『力道山大いに怒る』だった 續 more register movement
- ロンドン五輪開幕 續 more register movement
- Old MacDonald イヤイヤよ 續 more register movement
- エスカレーターのベルトって、左右のスピードがほんの少し違ってませんか? more register movement
- もうかつらはいらない more register movement
(2014年5月22日)
追加記事
2014/09/25
中国共産党機関紙、人民日報のウェブサイト「人民網」は24日、中国が西側の多党制の政治制度を導入すれば2年以内に武装衝突が発生し1300万人以上が死亡、1億3千万人を超える難民が出かねないとする李満長駐セルビア大使の論文を紹介した。一党支配を正当化し、民主化の「危険性」をPRする内容。現役大使による根拠に乏しい論文には批判も出そうだ。
論文は「西側の国は自由や人権の名の下に他国の内政に干渉している」と民主主義国を敵視。多党制を導入したアフリカや旧ユーゴスラビアは混乱に陥り、経済も低迷したままだと強調した。1990年代の旧ユーゴスラビアの民族紛争を引き合いに、中国で同様の事態が起きれば死者や難民が出る以外にも経済は20年後退し「5千年の文明を持つ中国が、30を超える小国に引き裂かれる」と警鐘を鳴らした。
多党制を許せば、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世らを支持する「過激組織が人心を惑わし、真相を知らない人たちをだます」と主張した。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140925/chn14092509080002-n1.htm
民度の低い三流国ほど、独裁者が必要。
中国人自身がそうだと認めてるんだから、そうなんだよねやっぱり。
日本人でさえ民主主義を持て余してるんだから無理もないやね。
(2014年9月26日)
追加記事
2015/03/18
2007年には、毎日新聞・蛍ヶ池販売所と豊中販売所(いずれも大阪府)の2店を経営していた高屋肇氏が自店の「押し紙」の実態を内部告発した。
それによると搬入される新聞の約7割が「押し紙」だった。
この数字が明らかになった引き金は、高屋氏が2店の経営を断念した際に、毎日新聞社が「引き継ぎ」に関する書面を作成したことである。
それによると2007年6月の廃業時に、高屋氏が毎日新聞社に納金していた新聞代金から割り出した新聞の搬入部数は、2320部だった。しかし、読者に対して発行した購読代金の領収書数は、746枚だった。
つまり2320部のうち配達されていたのは、746部という計算になる。差異の1574部が「押し紙」だった。搬入された新聞の68%が「押し紙」だった計算になる。
一方、豊中販売所の搬入部数は、1780部だった。しかし、読者に対して発行した購読代金の領収書数は、500枚だった。差異の1280部が「押し紙」。「押し紙」率にすると72%である。
http://www.sakurafinancialnews.com/news/9999/20150318_1
(2015年3月18日)
追加記事
2015/03/22
ポール・マッカートニーの東京・日本武道館公演が4月28日に行われることが決定した。今回の武道館公演は、4月21日の京セラドーム大阪からスタートするアウト・ゼア- ジャパン・ツアー2015の一環で、ポールが武道館のステージに立つのは1966年のザ・ビートルズ日本公演以来、約半世紀ぶりとなる。
ザ・ビートルズ唯一の日本公演となった武道館公演が行われたのは1966年の6月30日、7月1日、7月2日の3日間(昼夜全5公演)。以来ポールが武道館のステージに立つことはなく、昨年5月の来日公演で、それがようやく実現しかけたかに見えたが、体調不良により全公演無念のキャンセル、残念な結果となってしまった。だが、2015年4月28日、ようやくあの舞台にポールが戻ってくる。
http://getnews.jp/archives/874081
(2015年3月22日)
追加記事
2015/04/20
ソロとしては5度目の来日公演を行う元ビートルズのメンバー、ポール・マッカートニー(72)が20日、日本公演のため関西空港に到着した。午前8時すぎ、黒のジャケットにサングラスのポールが空港ロビーに姿を見せると、ファン約500人は大興奮。ファンに向けて「オハヨウゴザイマス」、「オッス!」と笑顔であいさつ。左手には黒のベースケースを持っていた。
ポールは昨年5月に来日したが、体調を崩し、全公演が中止に。今回は東京と大阪の2カ所で計5回を予定。1966年のザ・ビートルズ初来日コンサート以来、49年ぶりに東京・日本武道館のステージにも立つ。
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20150420/enn1504201531017-n1.htm
元気そうだ。なによりだね。
(2015年4月20日)
追加記事
2015/04/28
来日ツアー中のポール・マッカートニーさん(72)がツアー最終日の28日、東京・日本武道館で公演した。武道館のステージに立つのは1966年のビートルズ公演以来49年ぶり。「キャント・バイ・ミー・ラブ」「オール・マイ・ラビング」などヒット曲を中心に熱唱し、1万人の観客が熱狂した。
ポールさんは観客席に向かって日本語で「ブドウカンヘ、ヨウコソ」「ヒサシブリ、ブドウカン」などと呼びかけていた。
ビートルズの武道館公演は66年6月30日から7月2日までの5回。当時は「シーズ・ア・ウーマン」「アイム・ダウン」など毎回同じ曲を11曲演奏していたが、今回「ペイパーバック・ライター」「イエスタデイ」を披露して、往年のファンを喜ばせていた
http://www.asahi.com/articles/ASH4X4K3QH4XUCVL00N.html
これで日本公演は終わり。もう無いかも。
(2015年4月28日)
追加記事
Etta James w/ Esther Phillips, Lattimore Brown, Roscoe Shelton and Clarence "Gatemouth" Brown, 1966. 🎶'What'd I Say' pic.twitter.com/bIfcl2kaFa
— bluesharp (@bluezharp) December 7, 2024
(2024年12月7日)
追加記事
The Doodletown Pipers, Al Hirt & Jane Morgan “Medley: What’d I Say, Rhythm Of Life and Rampart Street Parade” on The Ed Sullivan Show
The Ed Sullivan Show
2025/11/16
November 26, 1967
(2025年11月16日)