トラップ一家の次女死去

Maria von Trapp, member of Sound of Music family, dies
Trapp Family Singers basis of 1965 Oscar-winning film starring Julie Andrews
The Associated Press Posted: Feb 22, 2014 8:51 PM ET Last Updated: Feb 23, 2014 10:20 PM ET
Maria von Trapp, the last surviving member of the original Trapp Family Singers whose escape from Nazi-occupied Austria was the basis for The Sound of Music, has died. She was 99.
Von Trapp died at her home in Vermont on Tuesday, according to her half-brother Johannes von Trapp.
“She was a lovely woman who was one of the few truly good people,” he said. “There wasn’t a mean or miserable bone in her body. I think everyone who knew her would agree with that. Thank you for your thoughts. Maria had a wonderful life and while we will miss her, the memories of her will live on.”
http://www.cbc.ca/news/world/maria-von-trapp-member-of-sound-of-music-family-dies-1.2547976

Maria von Trapp, ‘Sound of Music’ Sibling, Dead at 99
Last surviving member of Austrian family band that inspired the beloved musical
By MIRIAM COLEMAN
Maria von Trapp, the last surviving member of the family music group that inspired The Sound of Music, died on Tuesday at the age of 99, the Associated Press reports. Her younger half-brother, Johannes von Trapp, confirmed that she died at home in Vermont, where her family had settled after escaping Nazi-occupied Austria.
http://www.rollingstone.com/music/news/maria-von-trapp-sound-of-music-sibling-dead-at-99-20140223

2014/02/22
 オーストリアからの報道によると、マリア・フランツィスカ・フォン・トラップさん(ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」のモデルとなった一家の次女)が18日に米バーモント州で死去。99歳。
 「ドレミの歌」や「エーデルワイス」などの名曲で知られる「サウンド・オブ・ミュージック」のモデルとなったトラップ一家合唱団の子どもたち7人のうち唯一存命だった。トラップ一家は1938年、ナチスを逃れてオーストリアから米国に亡命し、家族合唱団として人気になった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140222-00000029-asahi-movi

The real Maria von Trapp that inspired the musical The Sound of Music dies at 99
公開日: 2014/02/23

So long, farewell: Maria von Trapp dies at 99
公開日: 2014/02/23

Stowe remembers Maria von Trapp
公開日: 2014/02/23

戦後は経済的に大変だったようだ。
母国に戻らなかったのはどうしてなんだろう。
世界一有名な難民にはなったけど、結局、政治と資本主義に翻弄された人生だった。

 2020年東京五輪に向け、ロシア・ソチ冬季五輪を視察した東京都の舛添要一知事が25日帰国し、成田空港で報道陣に「治安対策とか演出の仕方とかいろいろ見えてきた。これからの参考になる」と感想を語った。
 一方で「(現地では)ロシア語以外、通じなかった」と課題を指摘。「言葉のバリアーをどうするか。片言でいいから全東京都民が英語をしゃべれるぐらいになればと思う」と述べた。
http://www.daily.co.jp/gossip/2014/02/26/0006737052.shtml

アメションと揶揄された田中絹代のアメリカかぶれといい勝負だな。

 福島第一原子力発電所の事故から3年になるのを前に、東京電力は26日、1、2号機の中央制御室を報道陣に公開した。
 制御室は、40メートル離れた原子炉をコントロールする原発の中枢だ。事故直後には約20人の作業員がここに詰め、原子炉への注水を試みるなど事故対応の最前線となった。炉心溶融の影響で一時は室内の放射線量が毎時1000マイクロ・シーベルトを超えたが、除染が進み、この日は同4マイクロ・シーベルトほどだった。
 津波で電源を失った状況を再現するため、東電の担当者が室内の明かりを消した。真っ暗で距離の感覚がつかめず、隣の記者とぶつかった。計器が並ぶ制御盤を懐中電灯で照らすと、「21時40分 プラス50センチ」という内容の文字が浮かび上がる。事故時に、作業員が計器の横に書き殴った原子炉の水位だ。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20140226-OYT1T01168.htm

現場で線量を計測する自由はあったのかな?

 米議会調査局は日米関係に関する報告書を公表し「安倍晋三首相の歴史観は第2次大戦に関する米国人の認識とぶつかる危険性がある」として、靖国神社参拝に踏み切った首相の歴史認識や周辺国との摩擦に懸念を示した。報告書は靖国参拝に米政府が失望を表す声明を出したことは「異例だった」と指摘。「首相が米国の忠告を無視し靖国を突然訪問したことは両政府の信頼関係を一定程度損ねた可能性がある」とした。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140226/amr14022613140009-n1.htm

何度も書いたとおり、歴史は事実を認めることがすべて。
こうであってほしいとか、自分たちは悪くないとか、あの戦争はこういう意義があるとか、そういう手前味噌な思い入れや価値判断は相対的なもので時代時代でいくらでも変化していく。
そして、歴史的事実は科学的調査で何度でも検証可能で、何度でも検証されるべきものである。
事実認定とその価値判断はハッキリ分けるのが政治の基本だ。

2014/02/25
昨日行われたソチ五輪の閉会式。閉会式は各国ごとに中継された。韓国では公共放送局のKBSが中継を行ったのだが、その中継の際に気になる字幕が出ており話題になっている。
キム・ヨナ選手が登場した際に紹介字幕として次のように書かれていた。「20日(大会 13日目)キム・ヨナ銀メダル(実際には金メダル)」と強調するかのように表示。
http://news.livedoor.com/article/detail/8570116/

逆でしょ。
「実際は銀だが、自分たちは金に相当する演技だったと信じている」というのが普通の表現。
彼らは現実を認めないので、いつも面妖しなことになる。

日本郵政グループは、来年度からの3年間で1兆3000億円の設備投資に踏み切ると発表しました。
 日本郵政グループが26日に発表した2014年度から3年間の中期経営計画では、ゆうちょ銀行、日本郵便、かんぽ生命などグループ4社合わせてシステム整備や郵便局の修復などに総額約1兆3000億円の設備投資をすることが盛り込まれました。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000022189.html

「民間」ではこうはいかない(笑)
小包や封書では熾烈な闘いが続きそうだ。現場は大変だなぁ・・・

参院憲法審査会は26日、憲法の役割などをテーマに討議を行った。安倍晋三首相が意欲を示す集団的自衛権の行使容認のための憲法解釈の変更について、民主、共産、結い、社民の野党4党は反対を表明。自民、みんな、日本維新の会の3党が理解を示した。公明党は、憲法解釈見直しについて明確な態度表明をしなかった。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2014022600694&j4

相変わらずの洞ヶ峠で、コウモリ党の面目躍如。

 

追加記事

(2023年7月13日)

追加記事

album “Deep Purple In Rock”(1970)ディープ・パープル・イン・ロック
ジャケットのパロディ。
「ブラック・ナイト」日本盤シングル(1971/02)のジャケットはアルバム「イン・ロック」のデザインがそのまま流用されたが、「イン・ロック」には収録されておらず、
後に「イン・ロック」リマスター版発売時にボーナストラックとして、ようやく収録された。
(2024年3月4日)

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