新 お名前異聞 楝色(おうちいろ)の巻

2016/06/10
 10日発売の写真誌「FRIDAY」で40代女性との「ラブホ不倫」を報じられた落語家の三遊亭円楽(66)が10日、都内のホテルで釈明会見を開いた。時には涙を見せながらも、落語家らしく笑いの絶えない会見となった。
(中略)
「まずはスポンサー、ファンの皆さま、日本テレビの皆さんが許してくれるか。まな板の鯉から、そういう運動が起きれば休まざるを得ない。本当にご迷惑かけた」と関係者に謝罪。「昇太が意を得たりとかかってくるんだろうね。俺を指してアモーレか何か言うんだろうね」と笑わせた。
 プロデューサーから「不倫問題だけはやめてくれ」と言われていたとし、「スタッフに言われたちょっと前だった。(報道で)しまったなと。身体検査されて、司会になれなかったのかなとか、疑心暗鬼になった」と苦笑した。「”アモーレ円楽です”って言わないといけない。(記事の見出しの)老いらくの恋って凄いよね。老いらくじゃなくて円楽だよ。円楽改め老いらくです」と続けた。
(中略)
「謝る。歌丸師匠は50周年迎えて、ああいう対応をして、新体制を汚したのかと怒られるね。でも、怒った後に、元気だなって言ってくれるかなかもしれない」と話した。師匠である先代の五代目三遊亭円楽に対しては「そんなために円楽をやったんじゃないって言われるかな」と苦笑した円楽。「老いらくに変えようかなと思って…」と笑わせた。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/06/10/kiji/K20160610012756580.html

 その会見の最後にまさかのなぞかけのオチがあった。
 リポーターから「不倫とかけまして」というなぞかけを振られると、円楽は苦笑し周囲も笑ったが、そこは落語家としては答えなければならないところ。
 「今回の騒動とかけまして、東京湾を出て行ったばかりの船と解く」。
 その心は「航海(後悔)の真っ最中」。
 反省の記者会見は、最後は爆笑に包まれた。
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1661155.html

《墓場に近き老いらくの、恋は怖るる何ものもなし》と詠んだのは、60代半ばで家庭ある年下の女流歌人と恋に落ちた歌人の川田順である。
<週刊新潮2016年6月9日号39ページ より一部引用>

 昭和23年11月30日、かつて『吉野朝悲歌』『幕末愛国歌』を作り、純情歌人、愛国詩人とうたわれた68歳の川田順が、死を決して京都・左京区の家を出た。しかし、同日夕方、同区岡崎真如堂に身を寄せていたところを見つけられ、子息らにともなわれて帰宅し事無きを得た。
 原因は、歌の弟子である元教授夫人の鈴鹿俊子(40歳)との熱烈な恋で、三年前からの恋愛関係に悩んだあげくの行動だった。家出に際して老歌人は、新村出、谷崎潤一郎、吉井勇らの友人に遺書を送ったが、朝日新聞社出版局長嘉治隆一に送った詩『恋の重荷』の一節に墓場に近き老いらくの 恋は怖るる何もなし…とあったことから「老いらくの恋」が流行語になった。
 その後、老いらくの恋は見事に実って二人は結婚した。昭和41年1月22日、老歌人は愛妻に看とられながら静かに83歳の生硅を閉じた。

<鷹橋信夫『言葉昭和史 WORD&WORD 昭和世相流行語辞典』(1986年発行)111ページ より一部引用>

円楽さんの本名は「會泰通」(あいやすみち)。
江戸時代の漢学者 みたいな印象ですね。

昭和31年刊『原題風俗艶句選』の「老いらく」の項を披いたらこんな句が出ていた。

  越えてよし越さぬでもよし老いの恋   芳水
  年のせい事こゝろざし相違い      政太郎
  家蔵が建つ年配の建たぬもの      勝代
  老いらくの恋やきもちが一寸すぎ    秋義
  欲情もなく七十の茶をたてる      案山子

 

2016/06/13
化学者の国際組織「国際純正・応用化学連合(IUPACアイユーパック)」が8日に名称案を発表した4元素について、日本化学会は13日、日本語名を決めた。
 いずれも名称案のカタカナ読みで、113番元素は理化学研究所の提案通り「ニホニウム」。ロシアの首都モスクワにちなんだ115番は「モスコビウム」、米テネシー州にちなむ117番は「テネシン」、ロシアの科学者オガネシアン氏から名付けられた118番は「オガネソン」と決まった。
 IUPACが5か月間、一般から意見を募ったうえで元素名を決めるのに合わせ、同学会も日本語名を正式決定する。
http://www.yomiuri.co.jp/science/20160613-OYT1T50069.html

他のは何だか通販の強精剤みたいな、、、

2016/06/15
 桑田佳祐(60)が約3年ぶりにソロとして29日に発売するシングル「ヨシコさん」。
 ジャケット写真だけが先行公開になっていたが、どんな曲なのかは全くわからず、やきもきしていた。 
 ところが自身のラジオ番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」(TOKYO FM)で「きょう、マスタリングだったんですが、かけちゃいます」と、スタッフの制止も聞かず、歌詞を朗読してから流してしまった。
 さすがに「もうかけません、ごめんなさい」とスタッフに謝った桑田。「インドとラテンとペルシャと東南アジアが混ざった、無国籍なにおいがする。平成のロバート・ジョンソンとも言うべき曲になりそうだ」とは桑田の「ヨシコさん」評だ。WOWOW開局25周年CMソングであり、同局で25日放送される特別番組「桑田佳祐 偉大なる歌謡曲に感謝~東京の唄~」に彼自身も出演することから、昭和のにおいの強い楽曲になっているようだ。
 これまでも「昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦」「昭和八十八年度!ひとり紅白歌合戦」と題したライブを行い、「東京ラプソディ」、「情熱の花」を始め、「舟唄」、「少女A」など110曲以上の昭和歌謡を歌ってきた。
 4日のオンエアでは「東京ドドンパ娘」(61年、渡辺マリ)を取り上げ、「当時の日本の歌謡界では、マンボやカリプソとかのリズムに対抗する国産のドドンパというのが流行ったんですよ」と解説。昭和歌謡を聞いて育った桑田にとって、音楽の原風景になっているのだろう。
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20160615/enn1606151140004-n1.htm

ヨシ子さん(WOWOW開局25周年CMソング)

三平か!?

 

いいねっ

2016/06/20
 静岡県に住む在日韓国人の男性が、通称名でなく本名を名乗るよう勤務先の社長に強要されたとして損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は20日までに、社長の上告を退ける決定をした。16日付。社長に55万円の支払いを命じた二審判決が確定した。
 確定判決によると、男性は日本で生まれ育ち、日常的に日本名を使用。社長は2012年11月から、会社で本名を名乗るよう繰り返し求め、13年4月には同僚の前で「この人は在日韓国人だ」と発言した。
 一審静岡地裁判決は「社長が韓国名を名乗るよう強要したことは自己決定権の侵害だ。在日韓国人との発言ではプライバシーも侵した」と認定した。二審東京高裁も支持した。
http://www.sankei.com/affairs/news/160620/afr1606200023-n1.html

おれの英語名も認めてほしいな。いやマジでさ。

2016/06/23
Weinschenk博士は投稿内で、もっと多くの人たちに「登録」や「購読」のボタンをクリックしてほしければ、動詞を使ったフレーズ(例:投票する[Vote now!])から、名詞を使ったフレーズに(例:投票者になる[Be a voter!])に言い回しを変えてみるよう提案しています。この2つがまったく同じ意味を持つことは、小学生でもわかるはずです。では一体なぜ、2つ目の言い回し、つまり名詞を使ったフレーズのほうがずっと多くのクリックを生む結果になるのでしょう?
(中略)
Weinschenk博士は次のように説明しています。「誰もが、何かに所属する必要を感じています。そこで、行動が名詞化されることで、グループアイデンティティ(集団同一性)が呼び覚まされるのです。アイデンティティは『投票者』でも『会員』でも『寄付者』でもかまいません。ですから、人に何かを頼む時には、それを動詞ではなく名詞で表現すれば、集団に所属しているという意識が呼び覚まされ、依頼に応じてもらえる可能性は大幅に高くなります」

<人間の行動を促すコツは「名詞化」にあり:研究結果 | ライフハッカー[日本版] より一部引用>
http://www.lifehacker.jp/2016/06/160622noun_tips1.html

集団への帰属意識なぞ日本人だけかと思いきや、さにあらずか。
動詞を使ったフレーズには自己責任がつきまとうが、所属なら責任が薄そうで気が楽なのかもね。

2016/06/23
 東武鉄道は22日、東武スカイツリーラインの松原団地駅(埼玉県草加市)の駅名を来年春、「独協大学前〈草加松原〉」に変更すると発表した。マンモス団地の入居開始とともに1962年に開業した歴史ある駅名は55年で消えることになる。
 市によると、10年ほど前から「松原団地の建て替えや市街地の開発で、駅周辺の環境が大きく変わっている」と駅名変更を求める市民らが運動を開始。2014年、松並木「草加松原」が国名勝に指定されたのを機に、草加商議所や町会連合会の会員らを中心に駅名変更を求める協議会が設立された。
(中略)
 64年に開学した独協大と景勝地の名を冠する新駅名について、田中和明市長は「若者が学ぶ成長性と、いにしえの雰囲気が漂うまちというイメージをアピールし、地域の魅力を高めたい」とコメントした。
http://www.asahi.com/articles/ASJ6Q4TZHJ6QUTNB00L.html

松原団地駅(埼玉県草加市松原一丁目1-1)

松原団地駅(西口)

「団地」より「大学」のほうが聞こえが良さげ。
おれはたぶん一生降りることはないだろうな。

 

Les Texans – Deborah’s Theme(1981)
from 1978 TV series “Dallas”

  ※(追記:この動画は削除されました

 

David Werner – Melanie Cries(1979)

 

Wilton Place Street Band – Disco Lucy(I Love Lucy Theme)(1976/12 stereo 45)
ウィルトン・プレース・ストリート・バンド – ディスコ・ルーシー(アイ・ラヴ・ルーシーのテーマ)
リッチー・ファミリー『ブラジル大作戦』、ウィング&ブレイヤー『ベイビー・フェイス』、ウォルター・マーフィー『運命’76』など、過去の有名曲のディスコ化路線。
Time: 3:35

arranged & produced by Trevor Lawrence
Pop Chart Peaks: Cash Box 19, Billboard 24, Record World 41 – R&B Peak: 41 – A/C Peak: 9
this was a group of Los Angeles studio musicians with their disco treatment of the theme music from the highly popular 1951-1957 TV comedy “I Love Lucy” (starring Lucille Ball and Desi Arnaz).

Wilton Place Street Band – Disco Lucy(I Love Lucy Theme)(1976 12-inch single)
Time: 5:10

arranged & produced by Trevor Lawrence
Pop Chart Peaks: Cash Box 19, Billboard 24, Record World 41 – R&B Peak: 41 – A/C Peak: 9
this was a group of Los Angeles studio musicians with their disco treatment of the theme music from the highly popular 1951-1957 TV comedy “I Love Lucy” (starring Lucille Ball and Desi Arnaz).

<参考>
I Love Lucy Theme Beginning and Ending

 

Dobie Gray – Watch Out For Lucy(1975/01/24)
ドビー・グレイ – いかすぜルーシー
タイトルは「ルーシーに気をつけろ」の意。

Jerry Lee Lewis – Be Bop A Lula(1973)

Paul Dupont And His Orchestra – For Deborah(1972)

Blood, Sweat & Tears – Lucretia Mac Evil(1970.09/14 stereo 45)
ブラッド、スエット&ティアーズ – マック・エビル
作者は『スピニング・ホイール』と同じ D. C. Thomas。
共和政ローマ誕生の契機になったとされる女性ルクレティアの物語を踏まえた詩作と観られる。

arranged by D. Halligan
produced by Bobby Colomby & Roy Halee
Pop Chart Peaks: Cash Box & Record World 17, Billboard 29 – Easy Listening Peak: 39
This David Clayton Thomas composition–and animated performance– was one of two hit singles from the LP “Blood, Sweat & Tears 3” (see also: “Hi-De-Ho”.

Consortium – Melanie Cries Alone(1970)

Phil Spector & the’Wrecking Crew’ – Lucy In London(1966 Unreleased)
2度目の引用。

Another interesting and commercially unissued recording that was born within the hallowed walls of Gold Star Recording Studios in Hollywood, California. In this case, Phil Spector is not only the producer but also composed and sang a double-tracked lead vocal on the recording. Commissioned by Desilu Studios to provide a four minute musical composition that would be used in an episode of’The Lucy Show’, Phil Spector along with arranger Jack Nitzsche, engineer Larry Levine, uncredited background vocalists and the amazing talents of L.A.’s’Wrecking Crew’, delivered the goods. The classic Spector’Wall of Sound’ is full bore throughout Nack Nitzsche’s interesting arrangement that is constructed with sections in different tempos. In the televised episode, the powerful’Lucy In London’ track plays underneath video and photographic images of Lucille Ball shown in various scenes throughout London while wearing colorful, mod clothing ensembles all the while dancing and posing. Quite artistic and adventurous for the time.
Several years ago, another Gold Star Studios acetate appeared which contained a simple and sparse demo version of’Lucy In London’. Recently discovered, the 54 year old, scratchy acetate heard here features the complete,’Wall of Sound’ produced recording in its entirety (in the Lucy segment, the musical introduction before the vocals was edited out).
Hopefully in the not so distant future, the pristine master tape version will be made available.

Vinnie Monte – What’s The Matter With Marilyn(1964/03)

Out of New York, this March 1964 release is the second to the last of about twenty singles issued by Vinnie Monte (Vincent Montenegro) between 1956 and 1966 over seven different labels. The production is similar to what Bob Crewe was cranking out at that time but in this case, Al Kasha oversaw the session. The classy Charles Calello arrangement, complete with sweet and harmonic female background vocals, suits Vinnie’s very’Gene Pitney’ sounding vocal performance. Unfortunately, The Warren Schatz & Lorraine Phillips tune’What’s The Matter With Marilyn’ nor the also quite good flip side,’Hey, Look At The Winter Snow’ (which is a Vinnie Monte composition that included backing vocals by the Four Evers) stirred any interest over the airwaves and the record sank without a trace. Interestingly, today it does command a few pieces of coinage among collectors seeking out original styrene copies.

The GI’s – Lucy(1964)

Doug, Van, Beck Trio – Sweet Lucy’s Kiss(1964)
aka The GI’s
2度目の引用。

Buddy Harold and The Harmonichords – Deborah Jean(1963)

Pamela Blue – My Friend Bobby(1963)

U.S. Bonds – Minnie The Moocher(1961)お嬢ミニー

Claus Herwig – Hey, Little Lucy(1960)
2度目の引用。

Kimball Coburn – Kam And Pam(1959)

Bobby Bristol – Marilyn(1958)
この時点で女優モンローは生きていたけど、モンローのことを歌ってるわけではないようだ。

美空ひばり – お針子ミミーの日曜日
松竹『青春ロマンスシート 青草に坐す』(1954/06/08封切)主題歌

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Maurice Chevalier – Mama Inez(1931)
orchestra conducted by Leonard Joy

As they did on a number of occasions with Chevalier tunes, Victor recorded English and French-language versions of “Mama Inez” for U.S. release on differently-numbered 78 issues.

Inez is an American spelling of the Spanish and Portuguese name Inés/Inês, the forms of the given name “Agnes”. The name is pronounced as /iːˈnɛz/, /aɪˈnɛz/, or /aɪˈnɛθ/.
Agnes is a woman’s given name, which derives from the Greek word hagnē, meaning “pure” or “holy”. The Latinized form of the Greek name is Hagnes, the feminine form of Hagnos, meaning “chaste” or “sacred”.

<Inez – Wikipedia, the free encyclopedia>

イネス、アイネズはアグネスと同じらしい。

◆    ◆    ◆

Jack Hylton and his Orchestra – Moanin’ Minnie(1936)
vocal: Pat Sibley & band”
3度目の引用。
12-year-old Anne Shelton as “Pat Sibley
recorded in London January 19, 1936
Label-billed as Pat Sibley, future English singing star Anne Shelton–who was born Patricia Jacqueline Sibley on 10 November 1923–is heard here with the Jack Hylton band at her first commercial record session. At age 12 she began performing on the radio show “Monday Night at Eight.” On the flip of this U.S. Victor issue is the Hylton recording of “My First Thrill” with a Sam Costa vocal.

Roy Fox and His Band – Minnie The Moocher’s Wedding Day(1932)
vocal: Al Bowlly
2度目の引用。

recorded in London July 20, 1932
Cab Calloway, Fletcher Henderson, Gene Kardos, The Boswell Sisters, and (later) Benny Goodman all recorded this Harold Arlen-Ted Koehler entry from the “Minnie” songbook.

Cab Calloway & his Orchestra – Minnie The Moocher’s Wedding Day(1932)
vocal: Cab Calloway and the band
2度目の引用。

recorded in NYC April 20, 1932
Calloway, Fletcher Henderson, Gene Kardos, The Boswell Sisters, and (later) Benny Goodman all recorded this Harold Arlen-Ted Koehler chapter from the “Minnie” songbook.

Cab Calloway and his Orchestra – Minnie The Moocher(The Ho De Ho Song)(1931 original version)
vocal: Cab Calloway and the band

recorded in NYC March 3, 1931
originally issued on 78rpm: Brunswick 6074
Original recorded version of Cab’s signature number. His “St. James’ Infirmary” and “Kickin’ The Gong Around” are also included in this 1931 collection.

追加記事

2016/10/10
 朝鮮日報も予算配分のあり方を疑問視した。
(中略)
 同紙の10月6日の論説主幹のコラムでは、「100年の時間を通じた日本人の執念」を説いた。1908年、後に東北大学総長を務める小川正孝氏は43番元素を発見したとして「ニッポニウム」と命名したが、地球上に存在しないとして後に取り消された。それから約100年が経ってから森田浩介九州大教授ら理化学研究所のチームが113番元素を発見し、16年に「ニホニウム」と命名した。こういった経緯を引き合いに、コラムでは、
「物質の根本をめぐる100年の時間を通じた日本人の執念を知れば、『日本はノーベル賞を受賞できるのに韓国は何をしているのか』とは質問できないはずだ」
とした。
http://www.j-cast.com/2016/10/10280208.html

(2016年10月10日)

追加記事

2016/11/30
 理化学研究所の研究グループが合成に成功した原子番号113番の新元素の名称について、化学者の国際組織「国際純正・応用化学連合(IUPAC)」は30日、グループが提案した通りの「ニホニウム」に決めたと発表した。
 元素記号も提案通りの「Nh」とした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161130-00050081-yom-sci

(2016年11月30日)

追加記事

ダイアモンド・シンガー – 黒い蝶のブルース(1967/04)
作詞:吉岡 治、作曲:市川昭介、編曲:河村利夫

ダイアモンド・シンガー – 裏窓のブルース(1967/08)
作詞:吉岡 治、作曲:市川昭介、編曲:河村利夫

ダイアモンド・シンガー – 唇(1967/08)
作詞:吉岡 治、作曲:市川昭介、編曲:河村利夫
シングル『裏窓のブルース』のB面。
口笛が入る。

(2024年4月27日)