日本橋に白木屋があったころ、赤木屋、黒木屋という一流デパートは存在しなかった

物事の本質をズバッと見ぬくことを洞察という。そういうことが得意で 好きな人は たいがい思い込みが激しく、何かと白黒ハッキリつけたがる。また、異常なほどの自信家であることが多い。
ほんとうに正しく洞察することもあれば、とんだ思い違いもあって、傍目にはムラがあると思うのだが、ご本人はいたって真面目。
こういう御仁をまた「先生」「師匠」などと立てて、仕える若い人がいたりするのだから、どうかと思う。

もっとも「陰謀説(陰謀論)」と現実の「陰謀」は紙一重で、実際、歴史は大小無数の陰謀で彩られている。
現在ネットで最も根強い「陰謀説」は、”世界皇帝”デイヴィッド・ロックフェラーが世界の政治・経済・軍事をほぼ支配している、たいがいの悪事はこの人の意志で起こされた、というもの。3・11人工地震説もこの人物と結びつけられている。
その論証はともかく、莫大な資力で国際政治・世界経済に介入してきたことは事実なので、ある程度の信憑性というか可能性は感じられる。

ところが、宇宙から来たヒト型爬虫類が人間社会を巧妙に操作する世界的陰謀の黒幕的存在だ、と云われると私も含めほとんどの人は信じないだろう。だが無批判で信じる人もいるし、武器を持って戦いを挑もうとするグループすら存在する。どうやら人間は特定の観念に捉われやすい傾向があるらしい。
オウム真理教などという宗教もオリジナルの教義がなく陰謀説やファンタジーの寄せ集めだった。いや、オリジナルは麻原ただ一人が特殊な超越的存在で救世主だという点か。

ファンタジー、迷信、都市伝説、陰謀論、宗教といったものは、多少の違いはあっても同じ地平上のグラディエーションだと私は思う。信じるに足る客観的根拠があるか、科学的に証明されているのか、といったところが判断のポイントであるが、それにはこちらの知識も必要だ。そして稀代の嘘つき動物である人間への観照も。

 

オスプレイ議論の最中に、米軍ヘリ墜落。そら見たことか。
今回も放射性物質を積んでたのか?

 

安倍首相あいさつ全文
 広島市原爆死没者慰霊式、平和祈念式に臨み、原子爆弾の犠牲となった方々の御霊みたまに対し、謹んで、哀悼の誠を捧ささげます。
 今なお被爆の後遺症に苦しんでおられる皆様に、心から、お見舞いを申し上げます。
 68年前の朝、一発の爆弾が、十数万になんなんとする、貴い命を奪いました。7万戸の建物を壊し、一面を、業火と爆風に浚さらわせ、廃墟はいきょと化しました。
(以下略)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130806-OYT1T00623.htm

ヒトラー以上の大悪人スターリンと裏取引し、広島・長崎に原子爆弾を投下したトルーマンは人類史上最悪の人間である。
しかしまた彼にそれをさせてしまった日本の戦争指導者たちも愚かに過ぎた。
二度の原爆で死んだ者たち、生きながらえて苦しんだ者たちに、もちろんそれに釣り合う罪など微塵もない。なぜ広島・長崎だったのかは、すでに明らかとなっている経緯以上のことは、誰にも説明はできないのだ。

日ごろ運命だの因縁だの宿業だのとのたまう占術師や宗教家たちは、3・11の津波でなぜあれだけ広い範囲でいっぺんに大勢の人の命が奪われなければならなかったのか誰も絵解きできないでいる。当然だ。
善人も悪人も関係なく、周期的大地震とそれによる津波で、みな死んだ。根こそぎである。

個人でも一村落でもなく、あらゆる要素が混在する広大な範囲で、一瞬に起きた大惨事。3・11と違って広島・長崎は一個の責任ある人間が命じた大量殺戮である。

人類の進化はけっきょく失敗だったと思う。原爆投下によってアメリカのみならず人類は自ら墓穴を掘ってしまった。すでに何十回滅んでも仕方がないほどの悪事を累ね、その上での原爆投下である。遠からず滅ぶだろうと感じるのは私だけではあるまい。

 安倍晋三首相は6日午前の広島市での記者会見で、15日の終戦記念日の閣僚の靖国神社参拝について「閣僚が私人として参拝するのは心の問題で自由だ」と述べ、事実上容認する考えを示した。自身の参拝は「この場で答えることは差し控えたい」としたうえで、第1次安倍政権時に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と表現したことに関して「思いは変わっていない」と語った。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0600R_W3A800C1EB1000/

問題は、本人が生前に、あるいは遺族が祀ってほしくないと言明しても、かってにリストアップして祀ってしまう点だろう。その反面、本当に国民のために(政府のためではない!)命を落とした人々が祀られないという事実。
この悪質さ、いい加減さ、権柄づく、上から目線が私はイヤだ。
そもそも国体カルトの宣撫装置として設けられた宗教施設である。私には無縁だ。

Terry Foster & Jim Jensen – Til I See You(At The Altar)
「靖国神社でまた会おう」という言葉を思い出した。

米国を代表する有力紙ワシントン・ポストは5日、米インターネット小売り大手アマゾン・コムの創業者で最高経営責任者(CEO)のジェフ・ベゾス氏が同紙を買収すると発表した。ベゾス氏個人が買収費用として2億5千万ドル(約245億円)を投じ、アマゾンは買収に関与しない。ベゾス氏は声明で、「ポスト紙には新しい発想が必要だ」と指摘し、インターネットを軸にした経営改革を進める方針を示した。
 ワシントン・ポスト紙は1877年創刊で、ニクソン氏を大統領辞任に追い込んだウォーターゲート事件のスクープなどで知られる。同紙を所有するワシントン・ポスト社は不振の新聞事業を切り離し、主力の教育関連事業などに経営資源を集中する。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130806/amr13080613390007-n1.htm

新聞紙という媒体(宅配される紙)に価値があったわけではない。
なのに、同じ内容をネットで売ろうとすると、同じようには売れないのだ。
ニュース販売のパイを新聞がラジオ、テレビ、ネットと分け合っているだけでなく、そのパイ自体が縮小している。活字離れであり、オピニオン需要の低下であり、人間の「好奇心」「知識欲」の劣化であり、人類の「知」そのものの衰退であろう。

2013/08/01
英紙ガーディアン(電子版)は7月31日、米国家安全保障局(NSA)がインターネット上のほとんどすべての情報を秘密裏に収集できるプログラムを開発し、通信情報などを傍受していたと報じた。米当局による情報収集活動を暴露しスパイ活動などの罪で米司法当局に訴追された中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン容疑者(30)の資料で判明した。
 スノーデン元職員が暴露した情報ではこれまで、NSAがネット・通信関連大手企業の「協力」で電子メールなどの情報を入手していたことが分かっていたが、独自に開発したプログラムでネット上の情報をこれほど広範囲に傍受していたことが分かったのは初めて。
 同紙によると、「エックス・キースコア」と呼ばれるプログラムで電子メール、チャット、検索やホームページの閲覧履歴を集めることができる。電子メールの場合、このプログラムに調査対象のメールアドレスを入力すれば、そのアドレスのメールの内容が入手でき、NSAのメール解読ソフトで読むことが可能。収集した情報は瞬時に、別のルートでNSAが得た情報と照会できるという。
http://mainichi.jp/select/news/20130801k0000e030244000c.html

権力にとっては情報統制の、広告主にとっては大衆操作の道具であった情報媒体に対して、軍事目的のネットから出発したインターネットが一時かなりユニークな成果を上げていたけれども、そのネットも生みの親のアメリカによって 現在 角を矯めて牛を殺すがごとき按配となっている。
情報統制どころか、さらに悪質な言論・思想監視の強力なツールに あれよあれよの龕灯返し、いや季節柄東海道四谷怪談三幕目・砂村隠亡堀の場の戸板返しに擬すべきか。
しかしこれは騙し討ちでも何でもなく、本来の目的をようやく取り戻した、取り戻せる規模にまで拡大・浸透した、ということなのだろう。

私は今しばらくはネットにとどまろうと思う。
最後の最後は、夜陰に乗じてのビラ貼りか。まるで戦前の「アカ」「主義者」だな(苦笑)

「特定の人物に向けた罵倒や嫌がらせは禁止」――ツイッターにこんなルールが追加された。イギリス版の公式ブログが公表した。今後、ツイッターは攻撃的なツイートをユーザーが直接通報できる仕組みを整えていくという。
日本でも有名人に対して「死ね」などと罵倒のツイートが送られ、たびたび話題になるがイギリスでは問題はより深刻だったようだ。
英国では特定のユーザーに対するレイプや爆破予告が相次いで大問題化し、ツイート通報ができるよう嘆願する署名運動が起きていた。
http://www.j-cast.com/2013/08/05180852.html

どんな道具も使う者次第。
今どきはネットで匿名はありえない。常識だ。

パキスタンで放送されたテレビのクイズ番組で、身寄りのない女の赤ちゃんが、子供のいない夫婦に”景品”として贈呈され物議を醸している。番組はイスラム教に関する問題が出題される。その特別コーナーで、これまでに2組の夫婦に女児が贈呈された。
 一方、中国陝西省の病院産科副主任の医師が「赤ちゃんに先天的な伝染病や障害がある」と母親や家族に告げて、新生児の処置を任せるよう仕向け、売り飛ばす事件があった。2人の男女が医師から2万1600元(約35万円)で新生児を買い取り、3万元で転売した疑いがあるという。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130805/frn1308051208002-n1.htm

川端康成も三島由紀夫も食うために通俗小説をよく書いた。三島のそんな作品の一つに『命売ります』というのがある。日活あたりが映画化してそうなものだが、今に至るも映像化されていない。この作品の発想には戦後の混乱期に「命売ります」のプラカードを掲げて数寄屋橋近辺を歩いた男についての、そのニュース報道の記憶があったことだろう。

男一匹の値段は果たしていくらか? 裁判の法廷ではふつうにそういうことが取り扱われる。車で人を跳ねた場合、相手が無職と医者では賠償金が違ってくるのだ。
そんなことがあるので、オレの命の値段はいくらに値踏みされるんだろ? などとよく考えたりもする。

精子バンクではIQの高い者のそれは高いという。
「角は一流デパート赤木屋 黒木屋 白木屋さんで紅白粉つけたお姐ちゃんに、下さいな頂戴なでお願いしたら、五千円が六千円は下らない品物だ」(車寅次郎)
世の中、なんでも売り物である。
そうやって生まれた子供の気持を考えたら、とてもじゃないがそんなモンを売る気にはなれん。買ってもくれんだろうがネ(苦笑)

以下2曲、ポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)に取材した曲か?

Frumious Bandersnatch – Rosemary’s Baby(1969)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Ed Burkey – Rosemary’s Baby aka Apache Ghost

この投稿の表題の件。

追加記事

 米軍キャンプ・ハンセンに5日墜落したHH60救難ヘリコプターの同種機の部品に、放射性物質のストロンチウム90が使われていた。現在閉鎖されている米空軍のホームページに、2006年時点で明記されていた。04年の沖国大ヘリ墜落事故でも同じ物質が焼失し、住民の健康不安を招いている。事故機に使われていたかは不明だが、宜野座村は6日、現場近くのダムで放射性物質の有無も調査した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130807-00000005-okinawat-oki

やっぱりね。だからいわんこっちゃない。ん? なんかオレ言ったか?

Syl Johnson – Same Kind Of Thing(1971)

(2013年8月7日)

追加記事

 日本は韓国と戦争したわけではなく、逆に韓国人は日本人と一緒にアメリカや中国と戦ったというのが歴史的事実だ。だから韓国はいわゆるA級戦犯など米中ソなど連合国による極東裁判には関係ない。あの裁判は日本の朝鮮半島支配を裁いたものでもない。
 日本が戦争に負けた後、韓国は日本と一緒だったという過去(協力?)の歴史を懸命に消そうと、すべてを日本による強制だったとする”強制史観”で国民を教育し、今やみんなそう思うようになった。
 靖国神社には日本とともに戦ってくれた台湾の人や韓国人の英霊も多数、祭られている。その中には戦犯として処刑された韓国人の霊も含まれている。安倍首相は参拝に際し彼らにも感謝と慰霊の言葉を発すればもっとよかった。今の韓国が何といおうとそれが日本としての誠意である。(黒田勝弘)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131228-00000529-san-kr

何度も云うか国家間の戦争に巻き込まれ殺したり殺されたりすることほど馬鹿らしいことはない。命がけで護るとしたら個人は最低限 自分と自分の家族だけ護ればよいのであって、それ以外は努力目標である。
国を護ったつもり、国のために戦ったつもりでも、実態は支配層の高級官僚や政治家、大企業を護っただけ、彼らの利害のために事実上の侵略=領土拡張の尖兵となっただけ、国家にとって国民は生産と納税をする所有物であり、兵隊はただの消耗品で英霊などと持ち上げその気にさせてうまく使うだけであったことは、先の大戦、とりわけ内地で唯一の戦場となった沖縄での戦いをみれば明らかであろう。
これも何度も書いたが私が兵役中に「名誉の戦死」を遂げたとしても、絶対靖国神社には祀らないでいただきたい。その生死観・霊魂観・信仰体系自体、私の理解・認識とは絶対に相容れないものだ。
(2013年12月28日)

追加記事

昨年1月、静岡県沼津市内のホテル駐車場で、男性(享年38)を自ら運転する車でひいてしまう死亡事故を起こしてしまった。
 その後、自動車運転過失致死容疑で書類送検されていたが、昨年12月、静岡簡易裁判所から罰金100万円の略式命令が下され、即日納付。刑事事件としては、これで”決着”となったようだ。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140428-00000001-pseven-soci

100万は罰金なので被害者側には渡らない。
医者の息子でも轢いた日にゃ、民事訴訟で三代かかっても払いきれない金額の賠償金・慰謝料を請求されることだろう。
(2014年4月28日)

追加記事

(2018年2月4日)