牧伸二、死去

ウクレレ漫談で知られるタレントの牧 伸二さん(78)が亡くなった。東京・大田区の多摩川に飛び込み、自殺したものとみられている。
ユーモアあふれる社会風刺をウクレレの音色にのせて歌い、一世を風靡(ふうび)した牧 伸二さん。
29日未明、東京・大田区の自宅近くの川で、亡くなっているのが見つかった。
橋から飛び込み自殺したとみられている。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00245047.html

これは驚きました。
何があったのでしょうか。
芸人・タレントとしては大成功した方です。
大病を患いましたが見事に復帰、近年は安定した大御所のムードでした。
多くの後輩に慕われていたようですね。

自分でこつこつネタを作って自分で演じるピンの楽器漫談ということで、どちらかというと気難しい、昔気質の芸人さんだったようです。
それでも舞台に上がれば派手で華やか。デビューから『大正テレビ寄席』くらいまでのキャラクターはトニー谷に近いタイプでしたよ。
若いころはアクの強いキャラで、談志、ピーチク・パーチク、トリオ・スカイライン、ドンキーカルテットらとともに喜劇映画でも活躍してましたっけ。

(上左)シングル『ハレンチブルース』c/w『サラリーマン数え唄』牧伸二 キングBS-890  1968年
松竹映画『昭和元禄ハレンチ節』主題歌(A面)・挿入歌(B面)
(上中)CD『牧 伸二のウクレレ人生』牧伸二 Big Boss inc. 1995年
過去に各社からリリースされた牧伸二のレコードやソノシートの音源を集めたコンピレーション。
(上右)牧伸二著『牧伸二のウクレレ人生』みくに出版 1995年8月
内容(「MARC」データベースより)
「ウクレレ漫談ってのはどうだろう」紅茶をすすっていた牧野先生がふと顔をあげてつぶやいた言葉。あの言葉がウクレレ人生の始まりだった。素晴らしきかな、ウクレレ人生。牧伸二、芸能人生を語る。

原子力発電所の輸出を巡り、日本メーカーとロシアの受注競争が世界各地で激しさを増している。
 ロシアは首脳外交や軍事協力などを絡めて、原発輸出を積極的に展開する。国内での原発新設が見込めない日本勢は、海外に活路を見いだしており、負けられない立場だ。安倍首相は28日から訪露し、プーチン大統領とエネルギー分野の協力などを話し合うとみられるが、原発輸出では両国のつばぜり合いが続きそうだ。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20130429-OYT1T00248.htm

あきれたナァ
自分のとこで大事故を起こしておきながら、他国に売りつけようとは、ロシアも日本もハレンチすぎるよ。
オレは日本人として恥ずかしいねぇ。

追加記事

ひとりだけ沈黙を守る女性がいた。かつて牧さんの愛弟子だった泉ピン子(65才)である。
(中略)
 芸能界に憧れて高校を中退し、「三門マリ子」の芸名で劇場の前座歌手として歌っていたピン子が、漫談歌手の道に入ったのは1966年、18才の時だった。牧さんが所属する事務所の社長に声をかけられたのがきっかけで、この時「泉ピン子」の芸名を与えられ、牧さんの付き人になった。しかし、それはピン子にとって、過酷すぎる日々の始まりだった。
「当時、牧さんはいわば神様のような存在で、誰も彼には逆らえませんでした。ピン子さんは雨のときでも傘をさすことすら許されず、牧さんの荷物持ちをさせられていました。地方キャバレーのドサ回りの際も、彼女には宿も用意されませんでした。寝泊まりはキャバレーの楽屋なんです。当時、ピン子さんはまだ20代。夜な夜なキャバレーの経営者が夜這いに来るので、ビール瓶を片手に、震えながら寝ていたそうです」(芸能関係者)
 地方キャバレーでは、ピン子もステージに立った。ところが、漫談を披露しても、客からは「ブス、引っこめ!」と野次が飛び、テーブル上の料理を投げつけられることも日常茶飯事だった。
 当時のピン子の給料は月8000円。住んでいた4畳半のアパートの家賃が8000円だったため、家賃を払うと一銭も残らない。付き人をする一方で、深夜に飲食店の皿洗いのアルバイトをしてなんとかしのいでいた。しかし、手元に残るお金はほとんどない。空腹のために眠れない夜も少なくなかったという。しかし牧さんは「そんなことは当たり前」といって、彼女を突き放した。
「牧さんは“芸人をつくるのには10年かかる”が口癖で、ピン子さんには苦労を味わってほしいという親心から、あえて彼女を助けなかったそうです。でも、そんな思いもピン子さんには伝わらなかったのか、“師匠は何もしてくれない”といつも嘆いていました」(前出・芸能関係者)
※女性セブン2013年5月23日号

http://www.news-postseven.com/archives/20130510_187114.html

お笑いの芸ではなく、キャラを活かしたレポーターで人気に火がついたのですから、結果として師匠と弟子の関係にはなれなかったといっていいでしょう。
今じゃ大物女優。
よくぞそこまで成果(なりおお)せたという感じです。
(2013年5月10日)

追加記事

週刊新潮5月16日号(2013/05/08発売)に
『協会資金650万円に手をつけた二重生活 火宅のウクレレ「牧伸二」の愛人と隠し子』の記事。
(2013年5月11日)