日別アーカイブ: 2012/09/14 金曜日

何かの拍子に

自民党の石原幹事長は13日のTBS番組で、東京電力福島第一原子力発電所事故による汚染土の処理について、「もう運ぶところは、福島原発の第1サティアンのところしかないと思う」と述べた。
 「サティアン」は、オウム真理教が数々の事件を起こした教団施設の名称。石原氏は13日夜、都内で記者団に対し、「福島第一原発と言うつもりだった。単なる勘違いだった」と釈明した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120913-00001314-yom-pol

心理学では、こうした言い間違えにもそれなりの理由があると考える。
つまり原発とオウムのサティアンに何か類似したイメージを抱いていたがゆえに、同じ「第一」に続く言葉としてサティアンが無意識のうちに口をついてでた、というわけだ。

 中東諸国で米映画がイスラム教の預言者ムハンマドを侮辱したと抗議するデモが広がっていることを受けて、米インターネット検索大手グーグルは12日、エジプトとリビアで、同社が運営する動画投稿サイト「ユーチューブ」の視聴制限を行うとの声明を発表した。この映画の映像へのアクセスを禁止した。ロイター通信が報じた。
 抗議の対象になっているのは、イスラエル系米国人が製作したとされる米映画。ユーチューブに投稿されたダイジェスト版には、ムハンマドの性描写などが含まれている。イスラム教は偶像崇拝を否定し、ムハンマドを具象化すること自体を禁じており、映像を見たイスラム教徒の間で反感が広がった。
 ただグーグルは、規定に抵触しないとの理由で、映像の削除は行わないという。デモはチュニジアなど他のイスラム諸国にも広がっている。
http://mainichi.jp/select/news/20120913k0000e030194000c.html

 イスラム諸国で反米抗議行動を引き起こした映像作品「無邪気なイスラム教徒」の製作者が、エジプトに伝わるキリスト教の一派コプト教徒の男性であることが13日分かった。AP通信が米司法当局の調べとして報じた。
 男性は米カリフォルニア州在住のナクラ・バスリ・ナクラ氏(55)で、エジプト系とみられる。当初、ユダヤ系米国人のサム・バシルと名乗る男性が米メディアの電話取材で製作者を自称し「イスラム教が憎悪に満ちた宗教であることを示すための作品」などと述べていた。ナクラ氏が身元を偽っていた疑いがある。
 エジプトでは、少数派のコプト教徒とイスラム教徒の対立がたびたび先鋭化している。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20120914/frn1209141216002-n1.htm

罪作りなことには「疑う者は救われず、信じる者は救われる」と宗教は説く。
それだけでは済まない。
「疑う者には罰が当たる、地獄に墜ちる」という。ここまではある意味 不可能犯だから、まぁいい。
問題はその次の段階だ。
「誹謗する者は極悪であるから、絶対許すな」
つまり一切の批判を許さない唯我独尊。このレベルは狂信、カルトであり、信者をして殺人を含む犯罪行為に駆り立てる、強い動機となる。

宗教や信仰は、明確な教義体系のあるものから日本の神道のように曖昧模糊としたものまで、程度の差こそあれ、たいがい独自の世界観・宇宙観・自然観・歴史観・生命観・人間観を持っている。しかしてそれらは 科学的な検証・実験証明によって 真実性・普遍性をほとんど確認できないものであるにも関わらず、それを「事実」「真実」であると信じ込み絶対疑わないことを美徳・善としている。だからこそ「信仰」というのではあるが、アクティブな宗教ほど「信じろ、疑うな」と信者を追い詰めていく傾向がある。

そういうものを信じ込んでいるカルトな人々に、理路整然と説明し、時には決定的な証拠を突きつけてみたところで、「信仰心を試しに来た悪魔に負けてなるものか」とばかりに一切耳を貸さず、虚勢を張ってでもいるのか蔑むようにヘラヘラ・ニヤニヤするだけで、そもそもダイアローグ(対話)が成り立たない。
だから私は事実・真実でないことを信じている人々を説得しようとか、その信心をやめさせようとか、もはや思わないのだ。

寛大なる日本国憲法は狂的セクトの信仰の自由を保証しているし、あまつさえ政府は公益より公害の度合いが高い宗教法人のその宗教行為の対価を免税し、憲法違反の政教一致政党の国政参加さえ黙認し元は税金である政党交付金まで与えているのである。

マトモな宗教というのは、まだ狂っていない宗教のことで、何かの拍子に暴走しセクト化する可能性はすべての宗教・信仰に内在している。「特に教義はない」という神道でさえ国家神道=国体カルトにメタモルフォーゼし、戦時体制への国民動員に利用されたくらいだ。狂いそうな宗教はいくらでもある。もちろんすでに狂っている宗教も。

Antoine – Metamorphose Exceptionnelles
タイトルは「例外的な変容」の意。

さて、イスラム教であるが教義や信仰のあり方がカルト性に充ちていて信者への精神支配力(マインド・コントロールの力)か極めて強い。
イスラム教成立時から信仰的動機の殺人は多々あり、護教の戦争は繰り返され、一時は暗殺団が猛威を振るった歴史がある。
ただし今にちのイスラム諸国をめぐる状況について、彼らを一方的に「非」とするのは完全な謬りと言わざるをえない。彼らをテロに走らせたのは非イスラム国家、なかんづく英・米・イスラエルだからだ。

今回問題になっている映画『Innocence of Muslims』は低予算で作られた自主制作のわずか13分のビデオで、イスラム教をおちょくっているだけの内容。
こういう形で対立する宗派を卑しめること自体、カルトの特徴といえるだろう。

以下「イスラム」を含む投稿。

 

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(2024年5月12日)