エチオピアのROCK/POPS」カテゴリーアーカイブ

エチオピアのROCK/POPS(1)

エチオピアというとマラソンのアベベ、旱魃とクーデター、周辺国との戦争くらいしか思い浮かびません。
いや、もうひとつありました。『黄金遁走曲』の終章。

ニ十二 Stretteストレート遁走曲フューグの終節)
 ある夏の夕方、騷がしい港の黄昏曲ノクチュヌの中へ五色のテープを殘しながら、歐州へ行く汽船が岸壁を離れた。甲板デッキに立って、「日本」へ手を振っているのは、タヌ・コン・コマと蛇麿であった。
 この短き間に重疊起伏した悲喜哀樂のはかなさ。とりわけて黄金に代えがたき人間の眞實眞情。これを見て感動せざるようならば、物を忘れ川に生え朽つるちょう益なきくさの鈍きに劣らん。烈々たる憂憤を胸につつみ、五百萬元の軍費を攜えて義勇軍に投じ、エチオピアのために全躯の熱血を獻ずるため今やまさに發程せんとするところ、雄圖なるやならずや。祖國の不二ふ じ はいまや薄き雲の上に聳え、夕陽は空に花を飾る。
 ――甲板にたたずむ四人の義勇軍等しく口ずさむよ Auld Lang Syneオールド・ラング・サイン.
<新青年1935年12月号 久生十蘭「黄金遁走曲」>

さて、改めてこの国の歴史を見ると、戦後、特に70年代は惨憺たるものがありますね。

一応この国にもポップミュージックが存在し、ロック的なものもレコーディングされていたようです。
聴いてみると、日本の民謡、御詠歌、子守唄、河内音頭などを、ジャズ風に演奏しているような雰囲気があり、日本人にとってはどこか懐かしく感じられる旋律じゃないかと思いました。

Bahta Gèbrè-Heywèt
1943年4月、エチオピア北部のティグレ州生まれ。彼のグループは同国最初のホテル・ラウンジ専属バンドだったそうです。

Bahta Gèbrè-Heywèt – Gizie

Bahta Gèbrè-Heywèt – Ewnèt Yèt Lagegnesh

Bahta Gèbrè-Heywèt – Bemgnot Alnorem

Bahta Gèbrè-Heywèt – Tèssassètgn Eko

Bahta Gèbrè-Heywèt – Gize(Time)

 

Alèmayèhu Eshèté

Alèmayèhu Eshèté – Tchero Adari Negn’
エチオピアのジェームズ・ブラウンだそうです。

Alèmayèhu Eshèté – Telantena Zaré

 

Girma Bèyènè

Girma Beyene – Ene Negn Manesh

Girma Bèyènè – Enkèn Yèlélèbesh

Girma Beyene – Set Alamenem

Girma Beyene – Yebeqagnal(1969)
ግርማ በየነ – ይበቃኛል

 

Mulatu Astatqe

Mulatu Astatke – Netsanet

Mulatu Astatqé – Yèkatit

Mulatu Astatqe – Tezeta

Mulatu Astatqé – Yèkèrmo Sèw

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Beyene Habte

Beyene Habte – Embi Ila

 

Mahmoud Ahmed

Mahmoud Ahmed – Mètché Nèw

 

Tewelde Redda

Tewelde Redda – Milenu

 

Ayalqem Tèdènqo

Ayalqem Tèdènqo – Alèmayèhu Eshèté(1970)
同じ年にヒットしたMungo Jerry – In The Summertimeに影響されてる感じです。

追加記事

エチオピアのメレス首相死亡 強権政治20年に幕
朝日新聞デジタル
2012年8月21日(火)21時18分配信
 エチオピア国営テレビによると、メレス首相(57)が20日、死亡した。国外の病院で療養していたが容体が急変したという。メレス氏は、約2カ月間公の場に姿を見せておらず、ベルギーの病院に入院しているとの情報や死亡説も度々出ていた。
 メレス氏は、1991年にメンギスツ独裁政権を倒し、暫定大統領に就任。95年から首相を務めていた。米国から東アフリカの安全保障のパートナーと位置づけられ、多額の支援を受ける一方、国内では少数民族の抑圧や報道規制などを強め、強権政治を敷いた。人権団体からは度々、「アフリカ最大の人権抑圧者」などと非難を受けてきた。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw346516

ソ連崩壊が1991年12月25日だから、東西冷戦構造 解体以降の 親米独裁者 ということになる。
クーデターで政権が変わるような国では、けっきょく強権政治をするしかないのかもしれない。
(2012年8月21日)