2012年9月に英イングランド中部レスターの駐車場から発掘された500年前の男性の遺骨は、中世のイングランド国王リチャード3世(1452~1485)のものであることが4日、確認された。レスター大学の考古学チームが、リチャード3世の姉の直系子孫2人のDNAを用いて鑑定を行っていた。
考古学チームは記者会見で、「リチャード3世の遺骨だというのが学術的な結論だ」と断定した。姉の直系子孫の一人は、「世紀の発見に衝撃を受けた」と興奮。復元された祖先の顔を見るのが楽しみだと話した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130205-00000006-jij-eurp
イングランドの駐車場で発掘された人骨、リチャード3世の可能性
公開日: 2012/10/16
英中部レスターで発見の人骨、リチャード3世と断定
公開日: 2013/02/04
リチャード3世(Richard III, 1452年10月2日 - 1485年8月22日)、ヨーク朝イングランド王(在位:1483年 - 1485年)。エドワード3世の曾孫ヨーク公リチャードの八男。即位前はグロスター公。薔薇戦争の最後を飾るイングランド王であり、戦死した最後のイングランド王である。1484年1月、王直属の機関として紋章院を創設したことでも知られる。
幼くして父ヨーク公リチャードを失ったリチャードは、兄エドワードや実力者ウォリック伯リチャード・ネヴィルの庇護をうけて成長した。ウォリック伯の元で少年期を過ごし騎士としての修業を積み、1461年兄エドワードがエドワード4世を称してイングランド王に即位するとグロスター公に叙位された。
政権内の争いから、1470年、エドワード4世がランカスター派に寝返ったウォリック伯によって追放されたとき、ウォリック伯の誘いを拒否して一貫してエドワード4世に忠誠を誓い、翌年の兄王の復位に貢献した。1472年、 ヘンリー6世の継嗣エドワードの寡婦でウォリック伯の娘でもあったアン・ネヴィルと結婚したことから、1478年、同じくウォリック伯の娘イザベル・ネヴィルを娶っていた兄クラレンス公ジョージが処刑されると、広大なウォリック伯領を独占相続して、名実ともに実力者としての地位を確立した。<リチャード3世(イングランド王)- Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%893%E4%B8%96_(%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%8E%8B)
『リチャード三世』(リチャードさんせい King Richard III)は、イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピア作の史劇。正式なタイトルは『リチャード三世の悲劇』(The Tragedy of King Richard the Third)。初演は1591年。
タイトルロールのリチャード三世は狡猾、残忍、豪胆な詭弁家であり、シェイクスピア作品の中ではハムレットと並んで演じ甲斐のある役とされている。
怪異な容貌と鬱屈した野心のため嫌われ、恐れられつつも巧みに人を惹きつける男の一生を描いている。彼の野望の犠牲となり親を失った子、夫を亡くした妻、子供に先立たれた親の嘆きから、不幸の底にある者でさえ他人の不幸がわからない密やかなエゴイズムが劇中に映し出されていく。<リチャード三世(シェイクスピア)- Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E4%B8%89%E4%B8%96_(%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%A2)
Richard III(1955)Trailer
解説
「ハムレット(1947)」に続く、サー・ローレンス・オリヴィエによるシェークスピア劇の映画化。製作・監督はオリヴィエが担当し且つ主役のリチャード三世に扮している。脚色はアラン・デントにオリヴィエが協力し、協力監督はアンソニー・ブッシェル。撮影は「白人酋長」のオットー・ヘラー、音楽は「ハムレット(1947)」のウィリアム・ウォルトン。あらすじ
1460年から10年に亘った“ばら戦争”の終ったイギリスはヨーク家全盛であった。が、エドワード四世(セドリック・ハードウィック)の戴冠式挙行後間もなく、王の末弟グロスター公リチャード(ローレンス・オリヴィエ)は王位の略奪を策しはじめた。極度の背曲りで足が不自由で容貌も醜いリチャードは、心も醜悪陰険な男だった。<リチャード三世(1955)- goo 映画>
http://movie.goo.ne.jp/movies/p30430/
Richard III(1995)Trailer
解説
シェイクスピア初期の傑作史劇『リチャード三世』(主な翻訳は福田恆存訳の新潮文庫など)を、舞台をファシズムの嵐が吹き荒れる30年代ヨーロッパに設定して映画化した政治陰謀劇。イアン・マッケレン主演、リチャード・エア演出で世界各地で上演されて高い評価を受けた舞台を基に、マッケレン自らが映画化を企画。あらすじ
30年代。英国。ランカスター家とヨーク家の王座をめぐる内乱は、ヨーク家の末弟グロスター公リチャード(イアン・マッケレン)がランカスター王家の司令部に乱入、王と皇太子を射殺し、ヨーク家のエドワード四世(ジョン・ウッド)が即位する。戦勝記念の舞踏界で、リチャードは「我らの不興の冬は終わり……」とヨーク家の勝利を祝う。だがその直後、彼は宮殿の便所で、不具の身に生まれて平和の時代には役立たずの自分を呪い、王座の奪取を誓うのだった。<リチャード三世(1996)- goo 映画>
http://movie.goo.ne.jp/movies/p30430/
Looking for Richard(1996)Trailer
アル・パチーノがシェイクスピアの『リチャード三世』を舞台化(もしくは映像化)するまでを記録したドキュメンタリー作品。シェイクスピアの研究家やシェイクスピア役者、街角の人々など様々な人物にインタビューを行い、また俳優同士のディスカッションや実際の演技も交えて、『リチャード三世』を解き明かしてゆく。
<リチャードを探して – Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%92%E6%8E%A2%E3%81%97%E3%81%A6
Little Richard の本名は Richard Wayne Penniman、 Cliff Richard は Harry Rodger Webb。
リチャードを名乗る有名人は数知れず。
あなたは誰を思い浮かべますか?
Léo Ferré – Richard(1972)
Richard Evans – Dealing with Hard Times(1972)
Richard Huet – La Baie James(1972)
♬おどけてェ~、バレたよォ~
Philip Guston – Poor Richard(1971)
ニクソンのことか?
Richard ‘Groove’ Holmes – Groovin’ For Mr. G.(1971)
Cashman, Pistilli & West – Richard and Me
from the album “Cashman, Pistilli & West”(1969)
The Nightbirds – Richard Cory(1967)
Simon & Garfunkel – Richard Cory(live 1966)
Michèle Richard – J’entends siffler le train(Canada:1963)
“500 Miles”
Richard Berry – Give It Up(1961)
「Louie Louie」の人。
Richard Anthony – Mon amour et toi(1960)
Ernie Barton & Billy Riley – Open The Door Ritchie(1959)
楽曲としては2度目の引用。
Richard Tucker – La donna è mobile(1958)女心の唄
G.Verdi:Opera“Rigoletto”:Aria del Duca di Mantova
ヴェルディ作曲:オペラ「リゴレット」より:マントヴァ公爵のアリア
浅草オペラでさかんに歌われた。
Little Richard With Johnny Otis Band – Little Richard’s Boogie(1955)
ジョージア州メイコンのアフリカ系アメリカ人の家庭に生まれる。同性愛者であるため、実の父親に疎んじられて白人の家庭へ養子に出される。皿洗いの仕事をしながら歌い続け、1951年から1954年にかけて、友人ジョニー・オーティスの推薦でピーコック・レコーズから数枚のシングルを出したがほとんど売れなかった。粘り強くデモテープをレコード会社に送り続け、1955年、スペシャルティ・レコーズからデビュー。
<リトル・リチャード – Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/Little_Richard
追加記事
Shakespeare’s Birthday – 1964 | Movietone Moments | 25 May 18
2018/05/25 に公開
On this day in 1977 the Chinese government removed a decade old ban on William Shakespeare’s work, effectively ending the Cultural Revolution started in 1966. Here’s a lovely film showing birthday celebrations for The Bard of Avon in 1964.
(2018年5月26日)
