別冊歴史読本『にっぽん奇人変人列伝』新人物往来社(1980年7月20日発行)P.83
八尋舜右『十返舎一九 死まで演出したサービス満点の戯作者』の末尾では
此世をばどりやお
と紹介されている。
歴史の謎研究会編『日本人が知らなかった歴史の顛末』青春文庫(2002年)では
この世をば どりゃおいとまに せん香の 煙と共に 灰左様なら
と、「に」が付いていて、
十返舎一九 – Wikipedia
では
此世をば どりやおいとまに せん香と ともにつひには 灰左様なら
となっている。
個人的には「煙と共に」のほうがより完成度が高い気はするけれども、火葬後の遺灰を線香の灰に擬えるプリミティブな感覚も捨てがたい。
「に」については有り・無しどっちも可であって、当時の言葉としてどちらもありうると思う。
新藤兼人の映画『北斎漫画』の冒頭で、宍戸錠演じる十返舎一九が「辞世の句を作った」と この句に言及する場面がある。
松竹『北斎漫画』(1981)
Twitterボット『辞世の詩』で今朝方紹介されていた
『二三百年生きようとこそ思ひしに 八十五にて不死の若死』 英一桂 (風俗絵師 – 享年:85 – 江戸時代後期)
— 辞世の詩 (@ji_sei) December 4, 2012
もなかなか洒落ている。
十返舎一九といえば言わずと知れた『東海道中膝栗毛』。
その設定を借りてシュールでサイケなマンガ『真夜中の弥次さん喜多さん』『弥次喜多 in DEEP』を描いたのは、しりあがり寿。
それをまた映画化したのが宮藤官九郎。
真夜中の弥次さん喜多さん
映画は見てないが原作のシリーズは2冊持っている。
この映画にでていた中村七之助の父親 中村勘三郎(十八代目。=五代目中村勘九郎)が きょう未明 他界した。
週刊文春11月22日号(2012年11月15日発売)に掲載された『食道がん手術後、いまだICU入院中 中村勘三郎「危篤情報」の箝口令』の記事はどうやら正しかったということになる。
人気歌舞伎俳優で、テレビドラマや現代劇でも活躍した中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう、本名波野哲明=なみの・のりあき)さんが5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため東京都文京区の病院で死去した。57歳。東京都出身。
(中略)
6月に食道がんであることを公表し、手術を受け、療養中だった。
十七代目中村勘三郎の長男として生まれ、五代目勘九郎として3歳で初舞台。2005年に十八代目勘三郎を襲名した。子役のころから優れた演技で、立ち役、女形いずれの舞台も高い評価を得ていた。
http://www.47news.jp/CN/201212/CN2012120501000946.html
芸談・演技論の好きな人でした。
それだけ研究熱心で、役者稼業を愛していたんでしょう。
逝くには早い年齢でしょうが多くの成果、名舞台を残しましたね。
3・11の大地震・津波・原発事故の恐怖を忘れかけている健忘症気味の日本人が最近増えているように感じる。
我々はまだ何も解決していない。
それどころか事態はじわじわと悪化している。
これでも見て少しは思い出しなさい。
そして、、、死を想え(memento mori)。
ドイツZDF「放射能汚染した福島」
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追加記事
「灰左様なら」の使用例。
『五斗はおき後生も乞はぬ我が腰を をりて今日ははいさようなら』 叩々老人 (世捨て人らしい – 江戸時代中期)
— 辞世の詩 (@ji_sei) December 21, 2012
このシャレは当時の流行りだったのかも。
(2012年12月22日)
