曲がり角の先はあるのか無いのか

「自分の視野以外は“無”であり、移動することによってその先が構築されていく」と考えたことはないかね? つまり自分が見えている部分だけは世界が構築されて映像として目に入っているが、見えていない場所、たとえば道路の曲がり角の先は「見えていない場所」だから、そこには何もないということ。
http://youpouch.com/2012/04/13/61765/

想像力の点でいえば面白いアイデアだし、現実においても可能性はゼロではないけれども、事実を直観的、あるいは類推・経験則、論理的思考により理解する能力に欠けてると、生身の人間としては不幸になるだけですからね。

お釈迦さんは伝説によると古代インドで論客として売り出すにあたって、それぞれ一家を成していた自由思想家たちと論争をしたらしい。その相手の中に引用記事にあるような考え方をする人がすでにいたそうです。ですから主観を絶対視して自分が死ねばこの世界も無くなっちゃうんだみたいな、まるで唯識家のルーツみたいな「世界観」は別に珍しくはないんですね。

我々は家族や他人と深く付き合うことにより、他者にも自分と同じように自我・自意識・感情・知性があり、他者から見たならば自分こそが他者なのだということを子供のころに漠然と理解するわけで、
さらには親兄弟・血縁の者、親しくしていた他人や可愛がっていたペットなどの死に遭遇することで、自分が生まれる前からこの世界があり、自分の死後も恐らくはこの世界が続いているであろうことを信じざるを得なくなるし、子どもでも授かったらなおさらそう思うようになるのが親の情というもんでしょう。

自己の感覚器官による認識においては全てが主観であり客観はありえないけれども、そこを乗り越えなければ、社会性が未発達の人、すなわち社会不適合者となってしまいます。他人に対し冷酷に振るまう人、他人を巻き添えにして自殺を企てたりする人に、このタイプが多いようですよ。
最終的に信じる信じないは別として、社会人としては仮にも信じている態度で臨まないといけないわけでしてね、それすら出来ない人は犯罪予備軍と思われてもしかたがないでしょう。

The Naturals – I’m the One

The Artistics – This Heart Of Mine

Bessie Watson – I’m Never Alone

 髪形の「パンチパーマ」を考案した北九州市小倉北区紺屋町、「ヘアサロン永沼」の理容師、永沼重己(ながぬま・しげみ)さんが3日、75歳で亡くなった。若いころ、ヘアアイロンを改良してパーマのかかりを強くし、黒人の髪形をヒントに編み出したのが「パンチパーマ」だった。永沼さんが試行錯誤を繰り返して考えたこの髪形は瞬く間に「画期的」と評判を呼び、全国に広まる大人気となった。
 19歳で地元・小倉の理容師に弟子入りし、26歳で独立。当時、パーマをかけるためのヘアアイロンは棒の先端部分が細い円柱状で、パーマのかかりが弱かった。そこで仕事を終えた夜に自らやすりで削り、鉛筆のような六角柱にするなど改良を重ねた。角の立ったアイロンは髪を挟みやすく、パーマも強くかかるようになった。
 永沼さんはこれを「エッヂアイロン」として実用新案登録。「これ以上ない髪形」の意味を込めて「チャンピオンプレス」と名付けたが、全国に広まるうちにいつしか「パンチパーマ」と呼ばれるようになったという。1970~80年代には、プロスポーツ選手や若者に好まれ、地元でも小倉祇園太鼓など夏祭りの時期には客が増えた。永沼さんは「男性的な強さがあるヘアスタイルだからでしょう」と話していた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120414-00000036-mai-soci

髪型か技法か、はたまたその両方なのか。
とにかくこれをすると見た目が急にヤクザっぽくなります(笑)
でも髪の毛 傷むんじゃないかなぁ。

アイロンパーマ

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