「フェリーにはWi-Fiもきているが、通常の4G回線もかなり通じる。世界中から暗闇が人工の光に駆逐されつつあると話に聞くが、電波の届かない領域も急速に減少しているだろうと思う。とはいえ電波とは電磁波であり、可視光もまた電磁波だから、単に人工的な電磁波網が地球を覆いつつある、ということでよいかも知れない。今このときに船が沈んでも、家族に電話が通じるなと思う。」(円城塔)

バスの夢をよく見る。
別段バスが好きなわけじゃない。
いったん乗ったら勝手に降りられない「成り行き」「運命」の象徴であるか。

けさ方見たのは、池袋方面へのバス。降りるべきバス停を乗り越してしまい、次に人がたくさん降りるバス停で降りて折り返そうと考えている乗客のおれ。
ところが景色を見ると、だんだん街から離れている雰囲気。ほとんど田舎みたいな感じになってきた。

終いには、こんなふうにロープが張られている工事現場へ平気で突っ込んでいく。

ロープは1mほどの幅だから、バスが入れるはずはないし、クランクの直角を曲がれる道理もないのだが、そこはそれ、夢だから(笑)

ぽつりぽつりと乗客が減り、終点へついたときには、おれと運転手だけ。
その終点というのが、ターミナル駅のようなビル。
バスは停車していてエンジン音も聞こえない。周囲は節電でもしてるかのように薄暗い。
最後尾の席に座ってるおれの背後にはビルの壁がある(気がつかぬ間にバスは向きを逆にしていた)
おれはその壁にある大きなサッシ窓を手で開けた(車体を透過して!)
眼下には海かとみまがうばかりの大河川が滔々と流れている。ちょっとヤなムード。
おれはトイ面の壁にある窓も開けてみた。
果たせるかな そこは「海」だった!

バスが進入してきた側だから海なわけがないのだが、なぜ海かといえば、おれが「海景恐怖症」だからだ。
つまりはこれも「覚醒夢」なのだった。
已んぬるかな おれは目を覚ました。

以下、「夢」「Dream」を含む投稿。

 

「速度を落とせ」の立て看が置かれる場所は、
崖っぷちの山道や急坂のほかに、
スピードを上げやすいか、維持しやすい場所で、なおかつそのスピードでは危険な場所なんかもそうだね。
「ブレーキきかねー!!」ってシチュエーションはそうそう無いだろうけど。

サンモール商店街の東側の飲み屋街の中にある、ハニカムデザイン(正六角形または正六角柱を隙間なく並べた構造のこと)のファサードが特徴的なワールド会館。初代オーナーの台湾人の方がデザインしたそうですが、デザインよりも”中野の九龍城”と呼ばれる朽ちかけた異様な雰囲気に気をとられる人も多いかもしれません。

<今見るべき! 高度経済成長期生まれな中野の”いいビル”【連載第2回】 – 旅色プラス より一部引用>
https://plus.tabiiro.jp/articles/view/562456

ワールド会館
東京都中野区中野5丁目55−6

路地の奥にあるワールド会館。
建て替え工事大変そう。

 

Plastic Pubs! 1969 | The Archivist Presents | #211

British Movietone
2019/08/27 に公開
In the days before plastic was the root of all evil, you could have a whole pub made from it!
‘Opening Time’ on Export Enterprise! An East London firm has developed a new moulding technique to reproduce old timber, brick and stone – ever pewter plates and mugs – in Plastic. There’s a big demand, overseas as well as at home, for an Olde Worlde atmosphere, and the company can supply complete pub interiors – from Tudor beams and inglenook fireplaces to wall panelling and bar furniture – all in glass reinforced polyester. Particularly in America, with its yearning for the past, the demand is fantastic while they recently supplied a complete pub to Canada at only three months notice.

古色蒼然たるパブ店内の設えが実はプラスティック成形物だという話題。

以下、「プラスティック・オノ・バンド」を除く「プラスティック」「プラスチック」「Plastic」「(プラスティック製)ストロー」を含む投稿。

草木や花、動物、家などを配置して3Dワールドを生成することができる「FlowScape」は、ペイントソフトのような操作で簡単に、ファンタジーの世界観を切り取ったようなワンシーンを作ることができます。Steamで配信された2019年8月21日(水)のアップデートで日本語に対応したため、さっそく遊んでみました。

Steam:FlowScape
https://store.steampowered.com/app/1043390/FlowScape/

<絵を描くように美しい3Dワールドを作れる「FlowScape」でファンタジーのワンシーンっぽい風景を作ってみた – GIGAZINE より一部引用>
https://gigazine.net/news/20190828-steam-flow-scape/

FlowScape – What fantastic things will you create?
FlowScape
2019/08/17 に公開

[FlowScape]~CAMP~Timelapse
NaaaKaaaG‐Game Ch.
2019/08/16 に公開

FlowScape Update 27th August
FlowScape
2019/08/27 に公開

ジオラマ、箱庭づくりシミュレーターだそうだ。

このレベルまで来てるんだねぇ。

以下、「シムシティ」「A列車で行こう」「Eastward」「NOSTALGIC TRAIN」「Minecraft」「FlowScape」を含む投稿。

 

栄枯盛衰は世の習い。

三橋美智也 – 古城(1962)
イントロで使われてるのはハモンドオルガンかエレクトーンか。

 

1969年1月2日(大学2年)から同年6月22日(大学3年)までの、立命館大学での学生生活を中心に書かれている。理想の自己像と現実の自分の姿とのギャップ、青年期特有の悩みや、生と死の間で揺れ動く心、鋭い感性によって書かれた自作の詩などが綴られている。
学生運動が盛んだった1960年代末期を代表する作品

<二十歳の原点 – Wikipedia>

2019/08/28
 1969年6月24日午前2時36分ごろ、京都市中京区にある山陰本線の天神踏切で、線路上を歩いていた女性が、国鉄(当時)の貨物列車にひかれ亡くなった。
 京都府警の捜査で、死亡した女性は、立命館大学文学部に通う高野悦子さん(1949~1969)と判明。享年20だった。
(中略)
 日記の一部が地元の同人誌に掲載されるなどし、71年に新潮社から『二十歳の原点』のタイトルで刊行された。収録されたのは、彼女が20歳の誕生日を迎えた69年1月2日から、最後の記述となった同年6月22日まで、自殺の2日前ということになる。
『二十歳の原点』が刊行されると、その反響は極めて大きかった。映画化されるほどのベストセラーとなったが、その後も世代を越えた読者に長く愛された。
(中略)
 5月7日の日記は《スキー道具一式を売って「資本論」を買うか》との悩みから始まり、《頑張りますよ。ブルジョアを倒すまでは》と肩に力が入った記述で終わる。ところが翌8日は、がらっとトーンが変わってしまう。
《朝起きてラジオのスイッチをひねり、モーツァルトの初期ピアノ曲をきく。そんなものきいたもんだから、階級闘争なんて止めて、楽しく小さく好きな本でも読んで生きていこうかなんて思っちゃって》
 気持ちの振幅が、実にリアルだ。1969年と言えば、1月に東大で安田講堂事件が起きている。学生運動は、文字通りの高潮期を迎えていた。
(中略)
『二十歳の原点』には冒頭、《独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である》というエピグラフ風の2行が掲げられている。
 従来、この冒頭部分は、高野さんの完全なオリジナルと解され、彼女の文才の象徴と受け止められてきた。
 だが、Kitamoto さんが調べてみると、作家・小田実(1932~2007)が朝日ジャーナル(廃刊)69年1月5日号に寄稿した「『未熟』と『発明』―人々は動く・68年から69年へ―」の中にある「矛盾に対さないかぎり、結局のところ、矛盾はなくなることはないし、未熟は未熟のままで終るしかない―そんなふうにも思う」という一文と密接な関係があることが分かった。

<「二十歳の原点」はなぜ今も読まれ続けるのか 調査サイトの管理人が明かす”魅力” – デイリー新潮 より一部引用>
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/08281102/?all=1&page=1

東京映画=東宝『二十歳の原点』(1973/10/27公開)


企画:小林八郎
製作:金子正且
原作:高野悦子
脚本:重森孝子、森谷司郎
監督:大森健次郎
美術:樋口幸男
照明:羽田昭三
撮影:中井朝一
録音:原島俊男
編集:山地早智子
音楽:小野崎孝輔
スチル:橋山直己
助監督:松沢一男
出演:、角ゆり子、鈴木瑞穂、福田妙子、高林由紀子、丹波義隆、大門正明、地井武男、富川徹夫、川島育恵、津田京子、京千英子、北浦昭義、渡辺ふみ子、八木啓子、モーデン・ティム

戦後の20年間、若者(なかんづく大学生)に最もアピールした宗教が共産主義だった。共産主義は共産主義そのものを礼拝対象とする宗教で、正統的司祭集団はソ連共産党だった。
その教義は政治、政体、社会構造、労働問題などをテーマにしていたが、なんと言ってもその白眉は階級闘争と革命だったろう。
『二十歳の原点』の著者もその洗礼を受けていたようだ。

自殺の理由は何だったのか? 時期的に言って「燃え尽き感」じゃなかろうかと、おれは思う。
多くの学生信者が懐いた革命の夢と理想は、東大安田講堂の攻防(1968/07/02~1969/01/19)の敗北とともに潰え去った。
その前年(1968)末、日本は西ドイツを抜き、GNP(国民総生産)で米国に次ぐ第2位となっている。
多くの国民が豊かな生活を享受し、さらなる豊かさを追い求めている状況では、階級闘争や革命に出番はない。
学生信者のほとんどが卒業を前に棄教し、資本主義へ宗旨替えして、過剰適応さえ試みた。
これは終戦の日に日本人が味わった「理想の崩壊」「生きる意味の喪失」と軌を一にする出来事だったろう。
強い寂寞感に襲われ鬱になったとしても何ら不思議ではない。
もし生き続けていたら、彼女は今にちの状況をいかに記したろうか。

アンサンブル・ゴート – 二十歳の原点のテーマ
アルバム『ある青春 二十歳の原点』(1973)所収。

四人囃子 – 青春
アルバム『ある青春 二十歳の原点』(1973)所収。

四人囃子 – 四人囃子から高野悦子さん江
アルバム『ある青春 二十歳の原点』(1973)所収。

おれは二十歳の時すでに映画の現場で働いていた。仕事が忙しく成人式には行ってないし、学園紛争とも縁がなかった。
だもんで高野悦子と聞くと同姓同名の「岩波ホール総支配人」が真っ先に思い浮かぶ。
おれ自身の二十歳の原点は映画製作だった。

以下、「Grow」「Old Enough」「Young And Innocent」「大人になる」「はたち」「二十才」「二十歳」「20才」「20歳」を含む投稿。

以下、「若さ」「若い」「Young」を含む投稿。

5Gの魅力は4Gの100倍という通信速度。たとえば2時間程度の映画をスマホにダウンロードする場合、現在、5分程度かかるものが、わずか3秒。また大量のデータを瞬時に必要とする車の自動運転の精度を高めることも期待されている。
「メリットばかりが宣伝されている5Gですが、じつは大きな問題があります。使用している電波の波長が4Gより短く、電波が短い距離しか届かない。スマホの電波として使用するには、小型基地アンテナを20~100メートル置きに設置しないと実用化できません(現在の4Gは2~3キロに1基)。生活空間のいたるところにアンテナが隙間なく設置されることになり、つねに電磁波に照射される。人体に与える電磁波の影響は10倍ともいわれているんです」
そう警鐘を鳴らすのは医療・環境ジャーナリストの船瀬俊介さん。じつは欧米では、船瀬さんの危惧するような事例が相次いで報告されている。

【1】297羽のムクドリが突然死
昨年10月、オランダ・ハーグで駅前に設置した5Gのアンテナ塔から実験電波を飛ばしたところ、隣接する公園の木の枝に止まっていたムクドリが次々に墜落し、297羽が突然死した。
「鳥を解剖したが、伝染病といった疾患は見つからず、5Gのマイクロ波が鳥たちの心臓を止めたということでしょう」(船瀬さん・以下同)

【2】消防士が頭痛、不眠に
米国サクラメントの消防署では近くに5Gの基地局が設置されて以来、複数の消防士が頭痛や不眠に悩むようになった。
「彼らは別の消防署に異動したところ、症状が治まったそうです」

【3】ベルギーでは5G導入中止
ベルギーではもともと電磁波に対して厳しい基準が設けられており、現行のままでは5G導入ができないことから、携帯会社から規制緩和を求められていたが、環境大臣がその要請を却下。5G導入は事実上、不可能になった。

<ムクドリが大量死!次世代通信規格5Gはベルギーでは導入中止に(女性自身)- Yahoo!ニュース より一部引用>
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190828-00010002-jisin-soci

「5Gの基地局」

自分の住んでるマンションの上に設置させようと考えてる、そこのアナタ。

脳と心臓、やられますよ。

以下、「電磁波」を含む投稿。

ジャカルタから首都を移転させる理由は、この土地で起きている大規模な地盤沈下にあります。ジャカルタでは毎年3~10cm程度ずつ地盤沈下が進んでおり、地域によっては最大で4メートルも地盤が沈んでいるそうです。これによりジャカルタでは地面の基礎やインフラ自体にも大きな影響が生じています。
また、ジャカルタは多くの川と海が合流する海岸に位置しているため、洪水の危険性が高いという問題点も挙げられています。満潮時に海水が氾濫する危険性があるだけでなく、広大な土地を舗装したため都市部に降り注いだ雨水を排水することにも苦労しており、その影響で大規模な洪水被害にも悩まされています。
ジャカルタの土地がなぜこれほど不安定なのか
(中略)
ジャカルタのような海岸と河川が合流する土地では、海や川から流れてきた堆積物が自然に積もり、圧縮されていくとのこと。加えて、地表のすべての建物やその他の構造物の重量が、堆積物を少しずつ圧縮するように作用します。そうして、ジャカルタの地下には水をくみ出すことができる帯水層が形成されていきます。ジャカルタではこの帯水層から過剰に水をくみ上げるため、帯水層の水位が数十メートルも低下してしまっているとのこと。
帯水層に存在した潤沢な水は、堆積物の粒の間の空間に入り込んでこれを支えていたわけですが、地下からの揚水が過剰に行われたことで、帯水層から水が減り、帯水層に存在した堆積物が地上の重みに耐えられずに沈下していったというわけです。

<インドネシアが首都を移転する理由は最大4メートルの地盤沈下 – GIGAZINE より一部引用>
https://gigazine.net/news/20190828-jakarta-sunk-indonesia-new-capital/

日本でも高度成長期に工業用水を汲み上げすぎて各地で地盤沈下が起きたことは前に書いた。

東京都心部および東部は「川と海が合流する」遠浅の湿地帯だったところ。もっと古くは海面の下だった場所だ。地盤が軟弱で、本来「首都」を置くべき場所ではなかった。
いまの政府がなぜ東京にこだわるのか、おれにはさっぱり解せん。

以下、「地盤沈下」を含む投稿。

以下、「遷都」「首都移転」「東京脱出」を含む投稿。

以下、「インドネシア」を含む投稿。

2019/08/27
元公安調査庁調査第二部長で、朝鮮半島情勢の専門家の菅沼光弘が嘆息する。
「よくも悪くも、日韓を裏側で結びつけた人々がいなくなった」
 菅沼がいう「結びつけた人々」とは、政治家や外交官、財界人ではない。
 町井久之や柳川次郎、高山登久太郎を筆頭とするヤクザだ。かつては彼らが日韓で軋轢が生じるたびに両国の間で暗躍した。その動きの一端を紹介する。
 まずは”猛牛(ファンソ)”こと町井久之。1965年の日韓国交正常化で大きな役割を果たした一人である。町井は1923年に東京に生まれたが、両親はともに朝鮮半島出身。韓国名を鄭建永(チョン・ゴニョン)という。身長180センチ超、体重100キロの巨躯の持ち主で、その腕力を武器に銀座を縄張りとして頭角を現し、1500人の構成員を従える東声会の会長として東京の裏社会に君臨した。1963年には山口組三代目の田岡一雄と兄弟盃を交わしている。

 その町井が韓国国内で人脈を広げていくのは、1962年のことだった。韓国で開かれた国民体育大会に町井が在日同胞チームの団長として訪韓した際、ソウルで町井らが宿泊したホテルの警備を担当したのが、のちに大統領警護室長となり、朴正煕(パク・チョンヒ)政権のナンバー2と言われた朴鍾圭(パク・ジョンギュ)だった。豪胆な性格の2人はすぐに意気投合したという(城内康伸著『猛牛と呼ばれた男「東声会」町井久之の戦後史』参照)。
 射撃の名手で、気にくわない相手にはすぐにピストルを抜くことから、「ピストル朴」と怖れられた朴鍾圭は、京都生まれで、日本語も堪能。
「俺は韓国の坂本龍馬になる」が口癖で、「かっこよくて銀座のママにとにかくもてた」とは、朴と幾度も東京で酒席をともにしたことがある在日韓国人から聞いた話だ。
 朴鍾圭を介して韓国の政財界に食い込んだ町井は、兄弟分だった力道山の紹介で、「政財界の黒幕」と呼ばれた右翼の児玉誉士夫とも親しくなり、その児玉の伝手で自民党大物政治家の大野伴睦や河野一郎らと知己を得る。
 当時、日韓の間では長年にわたり続いていた国交正常化に向けた交渉が暗礁に乗り上げていた。
「韓国嫌いで知られた大野をはじめ、自民党内に早期の交渉妥結に反対する声が多かった」(元政治部記者)
 こうしたなか、町井は韓国の朴正煕政権の意向を受けて、韓国側の要人と大野らをたびたび引き合わせ、1965年の日韓国交正常化実現の環境整備に一役買った。
 その前年、1964年の東京五輪では、韓国選手の渡航費用や宿泊費、機材費などを支援。1966年には韓国オリンピック委員会の委員にもなっている。
(中略)
 町井と同じ1923年に生まれ、大阪を拠点としたことから、「東の町井、西の柳川」と並び称されたのが、柳川次郎こと梁元錫(ヤン・ウォンソク)である。
 日本の植民地時代の釜山に生まれ、7歳の時に母に手を引かれ、海峡を渡った。終戦直後の大阪を暴力でのし上がり、1958年に柳川組を旗揚げ。翌年には山口組の傘下に入った。
 その凶暴さから「殺しの軍団」との異名を取った柳川組は、山口組の全国進出の尖兵として関西から北陸や山陰、東海、そして北海道へと勢力を拡大し、1969年に解散するまでに1700人の構成員を数えた。
 柳川が、韓国の政財界に食い込むようになったきっかけも、やはり「ピストル朴」だった。朴正煕政権とも関わりの深い韓国人老学者が経緯を明かす。
「1972年に朴正煕大統領が国賓として日本を公式訪問することになり、朴鍾圭が警視庁と警備計画を協議したのですが、天皇の警備でもやらないほどの厳重さを要求したそうです。朴鍾圭にすれば、それが大統領への忠誠を示すものだったのでしょう。日程には大阪も含まれていたので、大阪府警とも同じようにやったのですが、それでも足りないと思ったのか、朴鍾圭は警察以外の者にも警備への協力を求めた。それが町井であり、柳川だったのです」
 結局、公式訪問は取り止めとなったため、町井や柳川の出番はなかったが、これ以降、柳川は朴正煕政権との関わりを深めていく。
(中略)
 在日韓国人が多く、また在日ヤクザも多かった大阪では、柳川の他にも触れておくべき人物がいる。山口組三代目の田岡一雄と盃を交わし、舎弟となった田中禄春こと韓禄春(ハン・ロクチュン)である。
 田中は1921年に朝鮮半島の江原道に生まれ、14歳で単身大阪に渡ると、バーのボーイなどの下積み時代を経て戦後のミナミで巨大キャバレーをいくつも経営し、巨万の富を築いた。田岡の舎弟となったのは、愚連隊やヤクザからのみかじめ料の請求に耐えかねてのことだったとされる。
 1966年に堅気となるが、それまでに築いた莫大な財産を民団の活動に寄付して民団本部の常任顧問を務めたほか、大阪の御堂筋に韓国総領事館が建設された際には、建設期成会の会長となって巨額の私費を寄付した。田中は韓国最高級の勲章にあたる無窮花(ムグンファ)章を授与されている。
 そして、もう一人、韓国政府と深い関わりを持った在日ヤクザがいる。
(中略)
 ポアンサの”駐日代表”を引き継いだこの男は、京都の会津小鉄会の会長・高山登久太郎である。
 会津小鉄会といえば、幕末に京都守護職となった会津藩主の松平容保に従った侠客の会津小鉄こと上坂仙吉を初代とする老舗ヤクザ。その四代目の高山は、1928年に大阪市東成区に生まれた在日で、韓国名を姜外秀(カン・ウエス)という。
 朝鮮戦争が勃発した際に在日韓国人による義勇軍に応募したこともある。韓国への渡航の集合場所だった東京の民団本部に到着したところで休戦となったため、実際に戦地に赴くことはなかったが、民団中央本部の中央委員を務め、1987年の韓国大統領選挙では、全斗煥の後継である盧泰愚を資金面で支援した。
(中略)
 朴正煕をはじめ軍人による独裁が続いた韓国の歴代政権は、日本における情報収集や工作活動のために暴力という武器を持つヤクザたちを重宝した。だが、民主化の進展は、そのような不透明な関係を許さなくなったのだ。KCIAやポアンサといった情報機関が改編や解体の憂き目に遭ったことも影響している。

<ヤクザと韓国 殺しの柳川や猛牛・町井らが日韓関係裏で暗躍|NEWSポストセブン より一部引用>
https://www.news-postseven.com/archives/20190827_1438476.html

記事には書かれていないが、在日ヤクザがいわゆる街宣右翼の商売もしていた。あれも一種の「しのぎ」だった。

입력:2019/08/27 04:47 / 수정:2019/08/27 10:00
강원도 한 초등학교 재학생인 여학생을 중‧고생들이 상습적으로 성폭행한 사건이 발생했다. 지금까지 밝혀진 가해자만 11명이며 그중 4명이 구속됐다.
SBS는 강원지방경찰청과 강원도 내 교육지원청 등을 인용해 강원도 내 한 초등학교에 재학 중인 A양이 지난 3월부터 5월까지 중‧고생들에게 수차례 성폭행을 당했다고 26일 보도했다. 보도에 따르면 경찰 수사를 통해 밝혀진 가해자만 무려 11명이며 이 중 4명은 이미 구속됐다. 나머지 7명은 불구속 입건했다.
성폭행에 가담한 학생들은 인근 중학교 학생들과 고등학교 자퇴생 등 지역 선후배 사이인 것으로 알려졌다. 미성년자인 가해자들은 피해자 A양을 아파트로 유인한 뒤 수차례 성폭행을 한 사실이 알려졌다. 가해자들은 A양에 대한 정보를 공유하면서 개별적으로 성폭행한 것으로 드러났다.
피해 사실은 학교 측이 A양의 결석이 잦아지자 상담을 하던 중 밝혀졌다. 이후 학교 측은 학교폭력 대책위원회를 구성하고 피해 사실 확인 절차에 들어갔다. 또한 사안이 중대한 만큼 경찰에 수사를 의뢰했다.
강원도 내 교육지원청 관계자는 “학교폭력대책위원회가 양쪽(학교)에서 열렸었고 초등학교는 피해자의 입장에서 열리게 됐고 거기에 연루됐다는 아이들이 구두로 이야기가 왔다”고 말했다.
이 관계자는 또 “피해자가 많이 어리기 때문에 성적자기결정권이 없다”며 “학교폭력대책자치위원회에서 이 학생에 대한 보호조치를 내렸다”고 덧붙였다. 현재 A양은 병원에서 치료를 받고 있으며 심각한 우울증을 호소하고 있는 것으로 전해졌다.

<초등생 1명 상습 성폭행한 11명의 중고생…4명은 이미 구속-국민일보 より引用>
http://news.kmib.co.kr/article/view.asp?arcid=0013644322&code=61121211

●上記事の エキサイト 翻訳。

入力:2019/08/27 04:47 / 修正:2019/08/27 10:00
江原道(カンウォンド)ある小学校在学生である女子学生を中・高校生が常習的に性暴行した事件が発生した。 今まで明らかになった加害者だけ11人でその中4人が拘束された。
SBSは江原(カンウォン)地方警察庁と江原道(カンウォンド)内教育支援庁などを引用して江原道(カンウォンド)内ある小学校に在学中であるAさんが去る3月から5月まで中?高校生に数回性暴行にあったと26日報道した。 報道によれば警察捜査を通じて明らかになった加害者だけ何と11人でこの中4人はすでに拘束された。 残りの7人は不拘束立件した。
性暴行に加担した学生たちは近隣中学校学生たちと高等学校辞退生など地域先後輩の間だと知らされた。 未成年者である加害者は被害者Aさんをアパートで誘引した後数回性暴行をした事実が知らされた。 加害者はAさんに対する情報を共有して個別的に性暴行したことが明らかになった。
被害事実は学校側がAさんの欠席が頻繁になるとすぐに相談をしている間明らかになった。 以後学校側は学校暴力対策委員会を構成して被害事実確認手続きに入った。 また、事案が重大なだけ警察に捜査を依頼した。
江原道(カンウォンド)内教育支援庁関係者は”学校暴力対策委員会が両側(学校)で開かれたし小学校は被害者の立場で開かれることになったしそこにかかわったという子供たちが口頭(靴)で話がきた”と話した。
この関係者はまた”被害者がたくさん幼いので成績自己決定権がない”として”学校暴力対策自治委員会でこの学生に対する保護措置をおろした”と付け加えた。 現在Aさんは病院で治療を受けていて深刻なうつ病を訴えていると伝えられた。

<小学生1人常習性暴行した11人の中高生…4人はすでに拘束 – 国民日報 より引用>

입력:2019/08/27 12:47
[인사이트] 전준강 기자 = 올해 11살밖에 안 된 초등학생 여자아이를 중학생이 집단 성폭행해왔다는 사실이 밝혀지며 충격을 주고 있다.
많은 사람들이 가해 학생들에게 엄벌이 내려져야 한다고 입을 모으는 가운데, 또 다른 안타까운 사실 하나가 더 밝혀졌다.
27일 지역 관계자들에 따르면 피해 여아 A양은 지난해 어머니의 남자친구에게도 성폭행을 당한 것으로 확인됐다.
사건을 저지른 남성은 구속돼 재판에 넘겨졌다.
이후 A양은 지난해 11월, 해바라기 센터 상담 프로그램에 참여해 병원 심리 치료를 함께 받아왔다.
그런 상황에서 3월~5월 인근 중학생 11명에게 성폭행을 당했던 것이다. 이 같은 사실까지 알려지면서 지역 사회는 더욱 큰 충격에 빠져들고 있다.
경찰은 현재 성폭행 혐의를 받는 중학생 11명 중 4명을 구속하고 7명을 불구속해 검찰에 송치한 상태다.
한편 성폭행 가해 학생 중 고등학교 자퇴생도 있었던 것으로 알려졌었지만, 확인 결과 가해자 명단에는 없는 것으로 전해지고 있다.

<중학생 11명에 성폭행당한 ‘초등생 여자아이’는 엄마 남자친구에게도 당했다 より引用>
https://www.insight.co.kr/news/243511

●上記事の エキサイト 翻訳。

入力:2019/08/27 12:47
[インサイト]チョン・ジュンガン記者=今年11才しかならない小学生女の子を中学生が集団性暴行してきたという事実が明らかになって衝撃を与えている。
多くの人々が加害学生に厳罰が下されなければなければならないと口をそろえる中で、また他の残念な事実一つがさらに明らかになった。
27日地域関係者たちによれば被害女の子Aさんは昨年お母さんのボーイフレンドにも性暴行にあったことが確認された。
事件を犯した男性は拘束されて裁判に渡された。
以後Aさんは昨年11月、ひまわりセンター相談プログラムに参加して病院心理治療を共に受け入れた。
そのような状況で3月~5月近隣中学生11人に性暴行にあったのだ。 このような事実まで知らされて地域社会はより一層大きい衝撃に陥っている。
警察は現在の性暴行疑惑を受ける中学生11人中4人を拘束して7人を不拘束して検察に送検した状態だ。
一方性暴行加害学生のうち高等学校辞退生もあったことが分かっていましたが、確認結果加害者名簿にはないと伝えられている。

<中学生11人に性暴行された’小学生女の子’はママ ボーイフレンドにも当てられた より引用>

韓国では性犯罪で有罪となり位置追跡装置の着用を義務付けられる例が後をたたないそうだが、中学生にそれが付けられるかもしれない事態が発生したようだ。
11人の男子中学生が1人の女子小学生を「まわした」というのである。
やはり食い物が違うのだろうか。

2019/08/27
韓国のソウルで7月31日、北朝鮮から脱出してきた40代の女性と6歳の息子が遺体で発見された。警察は母子が餓死した可能性があるとみている。
警察によれば、水道料金の支払い督促の連絡に返事がなかったことから、女性の自宅を訪れた水道検針員が異臭に気付いてマンションの管理人に連絡。管理人は窓をこじ開けて部屋に入り、2人の遺体を発見した。周辺の住民の話を加えて考えると、母子は約2カ月前に死亡していたと推定される。
正確な死因については解剖結果を待っているところだが、遺体が発見されたときに母子の部屋に食べ物が全くなかったことから餓死の疑いが浮上。そのため、母子の死は防ぐことができたはずだと政府を批判する声が上がっている。韓国に入国した脱北者は、政府による保護の対象となるからだ。
韓国に定住する脱北者は社会に適応できるよう、統一省傘下の北韓離脱住民定着支援事務所(ハナ院)で12週間の基礎教育を受け、その後は自治体から住宅や雇用などの支援を受ける。現行法では、脱北者は入国から5年間、保護の対象となる。
政府と警察は、母子の定住開始が2009年で、保護期間は終了していたため連絡が取れなかったと説明している。だが脱北者の擁護団体は、母子の死の責任は政府にあると主張。政府が数年前から、脱北者を不当に扱っていると批判している。
実際、文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足して以降、脱北者への政府の姿勢が差別的だと懸念する声が高まっている。
4月末~5月初めには北朝鮮自由連合とアメリカン・エンタープライズ研究所が、毎年恒例の「北朝鮮自由週間」を米ワシントンで開催。脱北者たちを招いて議論を行った。これに参加した脱北者団体「北朝鮮民主化委員会」の代表は、文が大統領になって以降、脱北者団体への支援が全て中止されたと語った。さらに彼は、政府が脱北者の経歴を調べた上で、一部だけを支援しているという噂があるとも発言している。

<韓国で脱北者母子が餓死、文在寅政権に厳しい批判が – ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト より一部引用>
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/08/post-12852.php

中国のように強制送還しないだけマシか。

 

歴史修正の前に顔面を修正していたとは、知らなんだ。
このご面相なら言動と一致しているねー。

追加記事

(2019年8月29日)

追加記事

2019/09/22
韓国の首都ソウルのアパートで北朝鮮から脱出した女性と息子が餓死したとみられるケースをめぐり、文在寅(ムンジェイン)大統領に謝罪を求める脱北者数百人らが21日、同市内でデモを実施した。
デモ隊は当局が脱北者の福祉を無視していると主張し、死亡したハン・ソンオクさんを「返せ」と唱えて行進した。
42歳のハンさんと6歳の息子は、今年7月に遺体で発見された。数カ月前から水道代を滞納していたため、様子を見に行った検針員が異臭に気付いて警察に通報した。
部屋の冷蔵庫が空になっていたことから、警察は餓死の可能性があるとの見方を示した。しかし遺体の腐敗が進んでいたため、死因は特定できなかった。
韓国では母子の死を受けて、徹底調査や再発防止策を求める声が高まった。韓国統一省は今月、謝罪のコメントとともに対応策を発表。韓国にいる脱北者全員の現状を調査し、政府機関同士の情報共有を強化するなどの計画を示したが、脱北者団体はさらなる改善を要求している。
ハンさんは2007年に北朝鮮を脱出した。脱北者仲間としてハンさんを長年支援していた活動家によると、中国に住む韓国系中国人の夫に売り渡されたが、その後離婚し、息子を連れて昨年ソウルに移り住んだ。息子にてんかんがあって目を離せず、働くことができないとして生活保護を申請したものの、書類の不備を理由に却下されていたという。

<脱北した母親と息子が餓死か ソウルで謝罪を求める脱北者数百人らデモ – ライブドアニュース より一部引用>
https://news.livedoor.com/article/detail/17120801/

(2019年9月22日)