福澤幸雄 命日 1969年2月12日
十二日午前十一時四五分ころ、静岡県袋井市村松、ヤマハテストコースで走行テストをしていた神奈川県鎌倉市、福澤幸雄さん(二五歳)運転のトヨタ自動車工業株式会社のレースカー『トヨタ7』<三〇〇〇cc>が鉄製標識に激突して炎上、福澤さんは即死した。テストに立ちあっていた同社関係者の話によると時速約二五〇キロで直線コースを飛ばしているうち、急にふらついてぶつかり、車は約三〇メートル飛ばされて火を吹き、地上にたたきつけられた。磐田署や同社で原因を調べているが、直線コースでエンジンブレーキをかけたとたん、ジグザグ走行になったという。『トヨタ7』は国産のレースカーとしてはトップクラスといわれ、この日は同社の技術陣十人が参加して総合走行テストをしていた
(1969年2月13日 朝日新聞朝刊)
松田和子は近頃になってこんなことを考える。あの頃はみんなそれぞれ好きなことをやってたんだ……。
ある者はレースで、ある者は音楽で、ある者はレストランの経営で。でも、みんなお坊ちゃんで、気分屋で、ちゃんとした大人とはとても思えなかった。
「でも、幸雄が死んだ後、みんな変わった。男の子達は幸雄が死んだ時から大人になった。
あんまり一緒にいなくなったし、それぞれの仕事に打ち込むようになった。そしてそれからずっと頑張ってきた。ずっと、ずっと頑張ってきた。私達女の子も変わった。でも女の子達が本当に大人になったのは、もう少し後かもしれない。女の子達は、タンタンが死んだ時から本当の大人になっていった」<幻冬舎刊
野地秩嘉 著『キャンティ物語』1994年9月9日第一刷 P29~30 より一部引用>
福澤諭吉の曾孫で、レーサーやファッション、デザイナー、それにモデルとしても活躍していた福澤幸雄は、八人目のスパイダースといわれたくらい、重要な役割を果たしてくれた。
サチオはすごく音楽好きなうえに、モデルや服飾の仕事で当時としては珍しく海外を飛び回っていたから、ぼくらにとっては貴重な情報源だった。
(中略)
アイルランドに行ったときに初めて知ったのだが、サチオから教わり、スパイダースのトレードマークにもなったダンスは、アイルランドのステップダンスが原点だった。三十年たって初めてわかった。
(中略)
そのサチオも六九年、レーシングカー「トヨタ7」の走行テスト中に事故を起こし、この世を去った。ぼくは「ソー・ロング・サチオ」という曲を彼に捧げている。
<文春文庫 ムッシュかまやつ著『ムッシュ!』2009年11月10日第一刷 P91~92 より一部引用>
ジェームス・ディーンや赤木圭一郎の死がそうであったように、福澤幸雄の死もまた同世代の「青春」という季節の終わりを印象づける事件だった。
おそらくほとんどの日本人は赤木や福澤の「人柄」「実像」を知らなかったはずだ。にもかかわらず彼らはそれぞれの世代で最もカッコいい人間、つまりその世代の顔・アイコンでありえたのだった。
三保敬太郎 – ネヴァー・マイ・ラブ
アルバム『サウンド・ポエジー・サチオ』(1969)より
編曲:三保敬太郎、コーラス:伊集加代子
三保敬太郎 – パリの想い出
作曲:三保敬太郎、スキャット:伊集加代子、対話:三保敬太郎と福澤幸雄
かまやつひろし – ソー・ロング・サチオ(1969)
追加記事
昨日(3月31日)から今日(4月1日)にかけて、「福沢幸雄 松田和子」を検索キーワードにして ここへ来る人が急に増えたので、「おや?」と思い 調べたら、、、
案の定、BS朝日で『貫地谷しほりの恋する惑星~パリ・ウィーン・TOKYO 三都物語~』という番組をやっていた。
貫地谷しほりの恋する惑星~パリ・ウィーン・TOKYO 三都物語~
2012年3月31日(土)午後9:00~10:54
(中略)
【Episode3】 TOKYO
コースにかげろうは燃えていたか?~レーサー福沢幸雄の愛と死~
港区飯倉の老舗イタリアン「キャンティ」。1960年代、三島由紀夫,篠山紀信,安井かずみや加賀まりこ、スパイダースや沢田研二ら時代をリードする若者たちの社交場だった。
その中に、カーレーサーとして注目を集めた福沢幸雄と、日本人として初めて パリコレクションの舞台に立ったファッションモデル松田和子の姿もあった。
貫地谷しほりが訪ねたキャンティの一室。キャンティを大切に思う常連たちのため、内装からテーブルの配置、テーブルクロスに至るまで、当時のままに残しているという。
http://www.bs-asahi.co.jp/koisuru/prg_001.html
そういう時代が確かにあったのだ。
あれから43年も経ってしまった、、、歳月人を待たず。ただ茫然とするのみである。
Jean Carn – Time Waits For No One
from the album “Jean Carn”(1976)
3度目の引用。
The Rolling Stones – Time Waits For No One(1975)
2度目の引用。
The Friends Of Distinction – Time Waits For No One(1970/09)
フレンズ・オブ・ディスティンクション – 光陰矢の如し
from the album “Whatever”(1970)光陰矢の如し
Composer: Sedaka, Greenfield
2度目の引用。
Pop Chart Peaks: Record World 41, Cash Box 44, Billboard 60 – R&B Peak: 37
Neil Sedaka – Time Waits For No One(1970)
2度目の引用。
Tony Victor – There Was A Time(1962/04)
UK
シングル “Dear One” のB面。
The Supremes – Time Changes Things
from the album “Meet The Supremes”(1962)
The Hilltoppers featuring Jimmy Sacca – Time Waits For No One(1954/10)
2度目の引用。
Sula’s Musette Orchestra – Time Waits For No One(1944)
vocal:Don Baker
2度目の引用。
Johnny Long and his Orchestra – Time Waits For No One(1944)
vocal: Patti Dugan
2度目の引用。
Helen Forrest – Time Waits For No One(1944/05)
orchestra conducted by Camarata
2度目の引用。
以下、「Time Waits For No One」「歳月人を待たず」を含む投稿。
(2012年4月1日)
