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安倍内閣は初閣議で「事故収束宣言」を撤回すべし

2012/12/16
楊潔篪(よう・けつち)外相は14日付の共産党機関紙「人民日報」で、沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)を巡る問題で日本と断固争う考えを表明。中国の国連代表部は大陸棚拡張案を国連に提出した。中国機が行った初めての領空侵犯も中国メディアは連日正当だと報じ、領空警備を強化する方針も伝えた。日本の衆院選の結果次第で強まるとの予測がある対中強硬論をけん制する狙いのようだ。
 人民日報が掲載した楊外相の外交方針論文は、悪化した日中関係を「適切に処理する」としつつ「日本政府による釣魚島国有化などの問題では断固闘争を行う」と述べた。
http://mainichi.jp/select/news/20121216k0000e030096000c.html

米上院は21日、2013会計年度(2012年10月~13年9月)の国防予算の枠組みを決める国防権限法案を可決した。下院はすでに可決しており、オバマ大統領の署名を経て成立する。尖閣諸島について、日米安保条約第5条に基づき、米国に防衛義務があることを明記した条項が盛り込まれた。
 法案は、尖閣諸島が日本の施政下にあり、5条の適用条件を満たしていることも確認している。米政府の見解と一致しており、議会としても、この立場を明確に支持することで、中国を牽制(けんせい)する狙いがある。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw469105

22日昼前、中国の国家海洋局のプロペラ機、「Y12」1機が、尖閣諸島に北側から接近しているのを自衛隊がレーダーで確認しました。
このため、沖縄の那覇基地からF15戦闘機が、スクランブル=緊急発進しました。
中国機は、尖閣諸島の北およそ120キロまで接近しましたが、その後、針路を東に変え、さらに北に飛行しながら尖閣諸島から遠ざかったということです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121222/t10014377451000.html

日中戦争時に新聞に踊った「暴戻支那」「膺懲」の見出しが脳裏をよぎる。
国際法も歴史的経緯もアジアの安寧平和も無視する習近平。
次の一手は?

 年の瀬を迎え、今年を締めくくる行事が各方面で実施されている。中でも、中国でも注目が高い2012年の世相を1字で表す「今年の漢字」は「微」が選ばれた。「微」のほか、「表」、「檸」、「習」、「国」、「来」、「去」などの候補の中から、中国の雑誌「新周刊」が選考し、このほど山東省青島市で開催されたイベントで発表した。
 同誌が「今年の漢字」を発表するのは初めて。このほか、「2012流行語10選」にはノーベル文学賞を獲得した「莫言」や中国国営中央テレビ(CCTV、日本のNHKに相当)が実施した街頭インタビューで話題になった「幸せですか?」というフレーズが入った。北京青年報が報じた。
 日本でも12日、漢字能力検定協会が「今年の漢字」を「金」と発表。「金環日食」やオリンピックの「金メダル」が理由だった。また、今年性スキャンダルが続発したシンガポールの今年の漢字は、色情を表す「色」だった。一方、中国語言資源監測・研究センターなどが選ぶ「今年の漢字」も現在選考中だ。
 「新周刊」の選考委員会は「微」を選んだ理由に関して、▽中国版ツイッター「微博(ミニブログ)」がユーザー数3億6千万人を誇るようになり、影響力ある与論を形成するようになったこと、テンセントが提供するインスタントメッセージQQのスマートフォン用アプリ「微信」のユーザーが2億人の大台を超えたこと▽ボランティアや義援金送付などの支援がミニブログの「微公益」で可能になったこと、北京が7月に豪雨に見舞われた際、152人のボランティアが「お金はいらない。助けに来たのだ」と述べ、「微言(簡単な言葉)」で「大義」を成したこと▽背が低く容姿も劣り、しかも収入の低い(中国の四文字熟語で「身微力薄」という)、いわゆる負け組男性のことを表す「吊絲」(ディアオスー)という言葉が流行したこと—などを挙げ、「1年を総括するのに最もふさわしい」とした。
http://www.chinabusiness-headline.com/2012/12/31648/

中国の高度経済成長時代もそろそろ終了。
人民の独自性が発揮されず、非常にもったいない時代だったと思います。
ゼニの亡者ばかりが増え、貧富の差が拡大し、公害・環境汚染も凄まじい。それに相変わらずの情報統制・言論弾圧・人権無視・人命軽視。
ひじょうに歪んだ社会となってしまった。
「幸せですか?」という問いかけにさえ、うっかり本音が言えないという社会の“暗黒”が消える日は来るんでしょうか?

Daniel Janin – Black Night
from the album “Vade Retro”(France:1974)
Composer: D. Janin, J.Cl. Pierric

山本リンダ – 闇夜にドッキリ(1974/08/25)
作詞:阿久 悠、作編曲:都倉俊一

Deep Purple – Black Night(UK:1970/06/05)
ディ-プ・パープル – ブラック・ナイト
2度目の引用。

Les Mercedes – L’obscurité(Canada:1966)
フランス語で「暗闇」の意。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Charles Brown and his Band – Black Night(1951)
Billboard “Rhythm & Blues Records” chart peak: 1 (sales & Juke box)

以下、「Black Night」を含む投稿。

2012/12/17
 忘年会・新年会でにぎわうカラオケも日々進化している。同僚と“歌うま”を競い合う「歌唱力採点」や、宴会本番で恥をかかないように事前練習する「独りカラオケ」は、もはや当たり前に。
 いま、都内で新たに注目を集めているのが、バーチャルなバンド体験ができる“ギタカラ”だ。
 JOYSOUND京橋(東京・中央区)、JOYSOUND金町(同・葛飾区)では、カラオケボックスの中に、歌って弾ける便利な楽器「シンガーソングギター」のデモ設置を始めたところ、評判を呼んでいる。
(中略)
 「シンガーソングギター」とは、日本で開発されたアンプ、マイク内蔵のエレキギターで、ヘッドセットを付ければ、1台でギタリストとボーカリストが同時にできる。山野楽器の一部店舗で販売を始めたところ、中年のアマチュアバンドからも問い合わせが相次いだ。
 このギター、JOYSOUNDのカラオケ機器と連動して、ギターパートを弾くことも可能で、カラオケボックスが、スタジオに変貌。バンドマン気分も味わえる。
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20121217/enn1212171206005-n1.htm

アンプ、マイク内蔵のエレキギターって、昔、流行ったよね。
つまりあれをカラオケのシステムに組み込んだってわけだな。

カラオケ店としては練習スタジオに使われても困るので、これまで楽器持ち込みを断るところが多かったようだ。
記事のJOYSOUNDでは今年の6月、ギターを持ち込んで演奏できるように新たなサービスを開始していたが、今回の「シンガーソングギター」はその発展系ということになろう。

レストランカラオケSHISDAXでは、カラオケ利用に拘らず、貸席・貸ルームとしての営業もアピールしている。
楽器練習については

まわりのお客様にご迷惑をおかけするような楽器(ドラム、エレキギター、トランペット等)の使用はお断りする場合がありますので、あらかじめ店舗へお問い合わせください。

という対応だ。

アコギ程度の音量の楽器なら大丈夫ということだろう。

Two Guitars : Russian Gypsy Music
中央ヨーロッパのジプシー音楽でロシア民謡として知られている『二つのギター』。

Две гитары – Dvije Gitare – Two Guitars – Zwei Gitarren

Noy Gorodinsky – Two Guitars

Jan August – Two Guitars

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Ramrocks – New Guitar

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Jerry Wallace – Spanish Guitars
2度目の引用。

Miroslav Kefurt – Singing Guitar

Jan Davis – Blue Guitar

Al Caiola – Two Guitars(1962)2つのギター

小山ルミ – 二つのギター

Brotherhood of Man – Beautiful Lover(1978)
冒頭『二つのギター』のさわり。

Johnny Guitar Watson – Space Guitar

Duane Eddy – Guitar Star(1964)

Duane Eddy & The Rebels featuring The Rebelettes – Guitar Child(1963)

Jo Ann Campbell – Duane
デュアン・エディのこと?

<参考>
Ray Conniff & his Orchestra – Melody For Two Guitars(1957/08/19)
インスト曲。

 

男性は自分で作詞・作曲した演歌調の曲やバラード調の曲をカラオケ会社に持ち込み、有料で配信楽曲に入れてもらうサービスを利用。自宅や知人宅など16カ所にカラオケ端末を置き、2009年から自分の曲を再生し続けた。複数の端末は同じ場所に置かれ、スピーカーにも接続されていなかった。
 3カ月で約100万回再生された時期もあったが、99%以上は男性が設置した端末によるものだった。1カ月間、1日17時間以上歌い続けたことになる端末もあった。09~11年に大手カラオケ会社のランキングでAKB48などの人気曲を押しのけ、たびたびトップ3を独占したという。
 カラオケ店などから集めた著作権料は再生回数に応じて作曲者らに分配される仕組み。不審に思ったJASRACが事情を聴くと、男性は意図的な操作を認めたが、返金に応じないまま連絡が取れなくなったという。男性は裁判にも出廷せず、判決はJASRACの請求をそのまま認めた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121222-00000032-asahi-musi

過ぎたるは及ばざるが如し。
杉田かおるも研ナオコも工藤夕貴も浜美枝も高木美保も田舎で百姓か。

2012/11/24
 白澤卓二氏は1958年生まれ。順天堂大学大学院医学研究科・加齢制御医学講座教授。アンチエイジングの第一人者として著書やテレビ出演も多い白澤氏が、モスクワ郊外のオブニンスク医学放射線研究所を訪ね、チェルノブイリ原発事故の教訓を活かした再生医療の取り組みについて話を聞いた。
 同研究所の放射線治療細胞学研究部門のコノプリャニコフ教授は、放射線に対して最も感受性が高い幹細胞に注目し、30年近く幹細胞の基礎研究と臨床研究を続けている。
 原発事故当時、チェルノブイリ原発の4号原子炉で働いていた作業員と事故現場に駆けつけた消防員の計33名は、モスクワの病院に運ばれ骨髄移植を受けた。幹細胞は放射線に対して最も感受性が高いために、幹細胞の分裂が盛んな骨髄や小腸は、放射線を受けると最も重篤な臓器障害を発症する。
 小腸は、幹細胞が豊富に存在し、常に「若さ」を保ち続ける「不老」の臓器と考えられているが、チェルノブイリの事故のように大量の放射線に急性暴露すると臓器が壊死(えし)を起こしてしまう。骨髄は移植できるが、小腸は移植できないため、モスクワの病院に運ばれた作業員と消防員は全員、小腸の壊死によって死亡したという。
http://www.news-postseven.com/archives/20121124_156262.html

2012/12/07
 東京電力福島第1原発で作業員の個人線量計に鉛カバーを付ける不正があった問題で、富岡労働基準監督署は7日、東電の下請け会社「アクセス青森」(青森県おいらせ町)と同社社長の男(55)を労働安全衛生法違反容疑で、福島地検に書類送検した。東電と元請けの東京エネシス(東京都港区)などに対しては、再発防止に向けた是正勧告を行うとしている。
 同労基署などによると、社長は線量計を覆う鉛カバーを作製した上で、昨年12月1日に福島第1原発構内で働く作業員4人に対し、警報付きポケット線量計(APD)の機能を狂わせる目的でカバーを装着させ、正確な被ばく量の測定値の確認を行わなかった疑い。社長は「APDの警報音を遅らせ、作業員の不安を和らげたかった」と供述しているという。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201212/2012120700307

2012/12/18
 一年前の十二月十六日、政府が突然、東京電力福島第一原発の「事故収束」を宣言した。被ばく線量が高い作業が今後増えるにもかかわらず、宣言を境に危険手当の打ち切りや給料カットが相次ぎ、作業員の待遇が悪化。最近では作業員が集まらなくなっている。廃炉への道は遠く、民主党から政権を奪い返した自民、公明両党には厳しい現実とどう向き合うのかが問われている。 (片山夏子)
 給料は手取りで月額二十万円に届くかどうか。危険手当はなし。寮もなし-。
 福島県いわき市のハローワークで福島第一の求人を調べると、こんな実情が浮かび上がった。コンクリートを流し込む枠を作る型枠大工など技術や経験のある人は月四十万円以上と高いが、他の職種は多かれ少なかれ被ばくするのに給料が安い。大半が年収三百万円にとても満たない。
 二十件ほどの求人情報を見ていくと、危険手当の記載は一件だけで一日わずか二千円。ほとんどのケースで宿泊費は自分で負担しなければならない。
 警戒区域内に事務所があった下請け会社の社長はこの秋、作業員を募集したが一人も決まらなかった。「福島での除染や清掃、軽作業など」として募集したが、連絡があった人に福島第一での作業と伝えたとたん「原発は嫌だ」と断られた。
 社長が求人で出した日給は一万~一万数千円。「危険手当を上乗せしたいが、(上位の下請け会社から)もらっていない。被ばくするし、もっと出したいがぎりぎり。これ以上条件が悪化したらどうしたらいいのか」と頭を抱えた。条件悪化が進んだのは、「あの耳を疑った収束宣言の後」という。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012121802000129.html

2012/12/21
 東京電力は、福島第1原子力発電所事故の収束・廃炉に向けた作業での特別手当(危険手当)の支払い基準の詳細を20日、明らかにしました。本紙の取材に答えたもの。東電が危険手当の支払い基準の詳細について報道機関に明らかにしたのは初めてです。
 危険手当は、福島第1原発構内での作業を対象に現場の放射線線量、防護服などの装備によって1日2万円を、原発作業の経験があり班長などの資格(職位)をもつ作業員には10万円を、それぞれ基準単価に加算しています。
 「線量の高い作業」ではさらに2割程度の割増し措置をとっている、としています。「線量の高い作業」は、原子炉建屋、炉心周辺などでの作業が対象になるとしています。
 危険手当をめぐっては、多重下請け構造のもとで元請けや下請け企業による「ピンはね」で作業員のもとには届かない、との指摘が根強くあります。東電が実施した作業員アンケート(9月)でも危険手当を「受け取った」という作業員は51%しかいません。
 大半は「加算されていない」(32%)、「わからない」(15%)と回答しています。
 原子炉建屋で高い放射線を遮断するための鉛板の運搬作業を行い、1カ月余りで十数ミリシーベルトを被ばくしたという元作業員は「1万1000円の日当以外、一円の危険手当もなかった。東電は支払い基準にそって危険手当不払い問題を是正してほしい」と訴えています。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-21/2012122114_01_1.html

昨今は時給850円が主流の世の中ですが、かつてはキツい肉体労働はそうでない労働より多少は賃金がいいといった、それなりの相場がありました。
被曝上等の原発保全作業を当の電力会社が行わず、労働省(現・厚労省)も目をつむり、寄せ場の人足集めのような形で下請け・孫請けにやらせ、ひどい搾取が行われていても我関せず焉と本社も役人もエリート気取りの不思議。そんな状況で動かされている原発の安全性など、子どもでも信用しませんよ。

その昔、テレビジプシー(1958年の流行語)、原発ジプシー(1979年発行の書名)なる言葉がありました。
海外ではジプシーの呼称に蔑意があるとのことで今では「原発ジプシー」は使われなくなりましたね。しかし労働現場の実態は変わってないようです。

ジプシー【Gypsy】
⇒ロマ

ロマ【Roma】
ヨーロッパを中心に、南・北アメリカなど世界各地で生活する少数民族。9世紀ごろインド北西部から発したといわれ、長く移動生活を続け、世界中に分布。言語はインド‐アーリア語系のロマニ語。音楽や踊りを好み、楽士・かご作り・鋳掛け・占いが伝統的な職業。ジプシーと呼ばれてきたが、ロマが自称。

ロマニー【Romany】
「ロマ」に同じ。

ジプシー‐おんがく【ジプシー音楽】
ジプシー(ロマ)特有の音楽。テンポの激しい変化、旋律の装飾、細かいリズムなどを特徴とする。ハンガリー・ロシア・スペインなどの民族音楽と影響しあっている。

ボヘミア【Bohemia】
チェコ西部の地方。スデーティ山地・エルツ山地・ボヘミアの森に囲まれ、盆地をなす。農地と地下資源に恵まれ、機械・ガラス工業も盛ん。モラバを含めたチェコ全域を指すこともある。中心都市プラハ。ドイツ語名ベーメン。

ボヘミアン【Bohemian】
《ボヘミアに住む人の意》1 ジプシーの異称。2 社会の規範にとらわれず、自由で放浪的な生活をする人。
<国語辞書 – goo辞書>
http://dictionary.goo.ne.jp/

ボヘミア(ラテン語: Bohemia、チェコ語: Čechy、ドイツ語: Böhmen, ベーメン)は、現在のチェコの西部・中部地方を指す歴史的地名。古くはより広くポーランドの南部からチェコの北部にかけての地方を指した。
(中略)
この地方は牧畜が盛んで、牧童の黒い皮の帽子に皮のズボンにベストは、オーストリア帝国の馬術や馬を扱う人たちの服装の好みに入り込み、オーストリアと遠戚関係にあるスペインを経て、アメリカのカウボーイの服装に伝わっていったといわれる。またこの地方の服飾が、ドイツなど西ヨーロッパに伝わり、芸術家気取り、芸術家趣味と解されて、ボヘミアンやボヘミアニズムという言い方も生まれた。

<ボヘミア – Wikipedia>

ロマの多くがフランスにおいてボヘミアからやってきたことから「ボヘミア人」=流浪の人と考えられた。

<ボヘミアン – Wikipedia>

「ボヘミアン」は地名から離れて、「放浪癖の」「自由奔放な」「狷介不羈な」「衒学趣味の」といった性格を評する表現となったが、今はもう使われなくなった。

AKB48 – なんてボヘミアン

  ※(略)

 

葛城ユキ – ボヘミアン(1983)

  ※(略)

 

大友裕子 – ボヘミアン(1982)

  ※(略)

 

◆    ◆    ◆

Fleetwood Mac – Gypsy(1982/08/18 stereo 45 single version)
フリートウッド・マック – 愛のジプシー

produced by Lindsey Buckingham, Richard Dashut, Ken Caillat, Fleetwood Mac
Pop Chart Peaks: Billboard 12, Cash Box 13 – A/C Peak: 9 – UK Peak: 46 (BMRB)
Along with “Hold Me” and “Love In Store,” this was one of the three U.S. hits from their multi-platinum 1982 LP “Mirage.”

Fleetwood Mac – Gypsy(1982 mono radio promo 45)

produced by Lindsey Buckingham, Richard Dashut, Ken Caillat, Fleetwood Mac
Pop Chart Peaks: Billboard 12, Cash Box 13 – A/C Peak: 9 – UK Peak: 46 (BMRB)
Along with “Hold Me” and “Love In Store,” this was one of the three U.S. hits from their multi-platinum 1982 LP “Mirage.”

Fleetwood Mac – Gypsy(album version)
フリートウッド・マック – 愛のジプシー
from the album “Mirage”(1982)ミラージュ

◆    ◆    ◆

Neal Scott, The Fortunes – Go Bohemian(1960)

Russ Haddock Trio – Bohemian Girl(1959/03)

King Victor – My Bohemian Baby(1959)

Liselotte Malkowsky – Meine Rosa ist aus Böhmen(1950)

Liselotte Malkowsky sings on London Records: LP made in USA Meine Rosa ist aus Böhmen

Fred Rauch – Meine Rosa ist aus Böhmen

Meine Rosa ist aus Böhmen (Polka-Foxtrot). Music by Hans Lang, words by Erich Meder. Sung by Fred Rauch, with Michael Lanner and his Wiener Tanz-Solisten.

 サラサーテの「ツゴイネルワイゼン」には、民謡から採譜をした一節があり、聞けば「あれか」と思う日本人も多いはずである。この曲名はドイッ語で「ツゴイナーの歌」であり、曲はシンティ、ロマ、あるいはツゴイナー(女性はツゴイネリン)とよばれる少数民族にちなむものであるとは知らずに聞いてきた。哀切なあのメロディーにつけた日本語の歌詞もあり、「月よ、ジプシーの月」ではじまっていたのも、理由あってのことだった。
 去年トレブリンカ絶滅収容所へ行き、一列車分の「ジプシー」が消された跡地を歩いた。ユダヤ人同様、いや全体数との比較でいえばそれを上まわる受難だったともいえよう。死者は四十万人とも五十万人ともいわれる。

<文春文庫 澤地久枝著『一九四五年の少女 私の「昭和」』302~303ページより一部引用>

アメリカ映画『おもちゃの王国』Babes in Toyland(1961)では、たしか「子どもをジプシーに売ってしまおうか」などというセリフがあったように記憶してます。
ところが実際は子どもを誘拐されたり、親許から無理やり引き離されたりしたのは当のジプシーのほうだったそうですよ。

Paul Whiteman and His Orchestra – Gypsy Blues(1921)

Marie Dawson Morrell – Gypsy Love Song(1923)

Arthur Ross & His Westerners – Gypsy(1928)
vocal: Tom Frawley
Irving Kaufman as “Tom Frawley”(Uncredited)
Ben Selvin & His Orchestra as “Arthur Ross & His Westerners”(Uncredited)

University Boys – Gypsy(1929)
vocal: (Harold “Scrappy” Lambert as)Larry Holton

Leader: Harry Reser(Uncredited)
Orchestra: The Rounders(Uncredited)
recorded 26 November 1928

The Columbia Photo Players – Love Made A Gypsy Out Of Me(1929)
vocal: Elmer Feldkamp

recorded in NYC November 18, 1929
Ben Selvin as “The Columbia Photo Players”
The flip side was “Take Everything But You”

Reid’s Orchestra with Dorothy Squires – Gypsy

  ※動画なし。

 

Jack Jackson and His Orchestra – Play To Me, Gipsy!(1934)
vocal: Sam Costa
2度目の引用。

recorded in London Jnuary 16, 1934
Jimmy Kennedy’s English-language lyric is set to the popular 1931 tango “Cikánka” (aka “Oh Black Gypsy” and “Du schwarzer Zigeuner”) by Czech composer-musician Karel Vacek.
Jack Jackson led a popular British band during the’30s and early’40s but achieved a longer lasting fame performing as a disc jockey on the BBC until 1977.

Jan Garber and his Orchestra – In A Little Gypsy Tea Room(1935)
vocal: Lee Bennett
『二つのギター』がイントロで引用されている。

recorded April 12, 1935
Garber’s version is shown to have been among the most successful of this popular 1935 tune, with record buyers also choosing from among Bob Crosby, Louis Prima, and Russ Morgan.

Bob Crosby and his Orchestra – In A Little Gypsy Tea Room(1935)
vocal: Bob Crosby

recorded in NYC June 1, 1935
The initial single release from the very first session by the newly-formed Bob Crosby band, featuring a song documented as having reached the #1 spot on The Lucky Strike Hit Parade during that program’s early weeks.

Louis Prima and his New Orleans Gang – In A Little Gypsy Tea Room(1935)

Jan Savitt and his Top Hatters – The Gypsy In My Soul(1937)
vocal: Bon Bon
2度目の引用。

recorded in NYC November 17, 1937
Song written for the 50th anniversary of the University Of Pennsylvania Mask and Wig show “Fifty-Fifty.”

淡谷のり子 – ジプシーの嘆き(1938)
Lamento Gitano

  ※(追記:この動画は削除されました

 

小林千代子 – ジプシーの嘆き(1938)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

牧 譲二 – ジプシーの歌(1938)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

손목인 – 집시의 달(1939)
作詞:文芸部、作曲:パブロ・デ・サラサーテ、編曲:服部良一
「ツィゴイネルワイゼン」(1878)第2楽章「ジプシーの月」
リーガルレコード。録音場所はどこだったのか?

Glenn Miller and his Orchestra – Anvil Chorus Part1 & 2(1941)

Top-5 charted swing arrangement of Verdi’s melody from the opera “Il Trovatore” was spread over two sides of the released 78.

Alex Shandor And Gypsy Orchestra – My Star / Roumanian Rhapsody(1946)

◆    ◆    ◆

Ink Spots – The Gypsy(1946)

With 13 weeks at #1 on the national juke box charts and 10 weeks atop the best-sellers, this Ink Spots recording was, by some accounts, the most popular single of the year. The 1946 collection includes two other hits by Bill Kenny’s group (”To Each His Own” and “Prisoner Of Love”) and three additional top-10 recordings of “The Gypsy,” by Dinah Shore, Sammy Kaye and Hildegarde with Guy Lombardo.

Dinah Shore – The Gypsy(1946)
orchestra conducted by Sonny Burke

Dinah’s “The Gypsy” was the second most popular recording of the huge Ink Spots song hit, reaching #2 on the sales charts and #3 juke box. See also the Sammy Kaye and Hildegarde versions, as well the other 1946 Dinah Shore hits “Laughing On The Outside” “Shoo-Fly Pie” “Doin’ What Comes Natur’lly” and “You Keep Coming Back Like A Song.”

Swing and Sway with Sammy Kaye – The Gypsy(1946)
vocal: Mary Marlow

Kaye’s was one of three top-5 charted versions of “The Gypsy,” peaking at #3 on the juke box rankings. See also the Ink Spots, Hildegarde and Dinah Shore versions, as well as the other 1946 Sammy Kaye hits “The Old Lamplighter” “Sooner Or Later” “I’m A Big Girl Now” “Atlanta GA” and “Laughing On The Outside.”

Hildegarde and Guy Lombardo and his Royal Canadians – The Gypsy(1946)

“The Incomparable Hildegarde” recorded with the Lombardo band on a handful of occasions during the mid-1940s. Their version of the Ink Spots’ chart-topping ballad peaked at #7 on Billboard’s juke box rankings. The Ink Spots, Dinah Shore and Sammy Kaye recordings are also included in the 1946 collection.

Hal McIntyre and his Orchestra – The Gypsy(1946)
vocal: Frankie Lester
Billboard Chart Peak: 8 (radio play)

◆    ◆    ◆

Risë Stevens – Gypsy Love Song(from “The Fortune Teller”)(1949)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

田端義夫 – 海のジプシー(1950)
作詞:大高ひさを、作編曲:長津義司

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Shorty Cross and The Arizona Riders – A Gypsy Told Me(1952)

Louis Armstrong – The Gypsy(Decca 1953)

John Jacob Niles – The Gipsy Laddie

Orquesta Hermanos Castro – Mambo Gitano
スペイン語で「ジプシーのマンボ」の意。

The Allusions – Gypsy Woman(1955/03)
Composer: Burnette, Osborn
同名異曲。

Bibi Johns Und Die Penny-Pipers – Die Gipsy-Band(Polly-Dolly-Du)(1955)

Peggy Lee – The Gypsy With Fire In His Shoes(1956/11)
米盤シングルでは “Where Flamingos Fly” のB面。
2度目の引用。

Kay Cee Jones – Gypsy Fortune Teller(1956)
2度目の引用。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Doris Day – The Gypsy In My Soul(1956)

大津美子 – 流れのジプシー娘(1956)
作詞:矢野亮、作曲:飯田三郎、編曲:飯田三郎

Eve Boswell – The Gypsy In My Soul(1957)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Hilltoppers – The Gypsy(1957)

<参考>
Jerry Mason “Americas First Gypsy Pioneer”

Tommy Boyce – The Gypsy Song(1960)

The Crystals – Gypsy Ribbon(1960)
Philles所属のガール・グループとは別もので4レーベルからシングル7枚を出している。

◆    ◆    ◆

Bobby Womack – Gypsy Woman
from the album “So Many Rivers”(1985/03/01)

Bobby Taylor – Gypsy Woman(1985)
Composer: Curtis Mayfield
シングル “Believe In Yourself” のB面。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Brian Hyland – Gypsy Woman(1970/06/10 mono 45)
ブライアン・ハイランド – ジプシー・ウーマン

strings arranged by George Tipton
produced by Del Shannon
Pop Chart Peaks: #3 on Billboard, Cash Box & Record World – UK Peak: 39 (MM)
Brian’s final major hit was a Del Shannon-produced remake of the Curtis Mayfield song originally popularized in 1961 by The Impressions.

Uniques – Gypsy Woman(UK:1967)
ジャマイカのグループ。

The Impressions – Gypsy Woman(1961/08)
orchestra conducted by Roy Glover Jr.
2度目の引用。

Pop Chart Peaks: Music Vendor 13, Cash Box 17, Billboard 20 – R&B Chart Peak: 2
Not counting their backup role in the 1958 Jerry Butler release “For Your Precious Love,” this was the first national hit record for the Curtis Mayfield-led group. The song would become even more popular in 1970 when revived by Brian Hyland.

◆    ◆    ◆

Emile Ford & The Checkmates – Gypsy Love(1961)

Benny Hill – Gypsy Rock(1961)
The’B’ side of’Transistor Radio’ written by Benny Hill & Mark Anthony (Alias Of Tony Hatch).

Tony Osborne With His Piano And Orchestra – The Swinging Gypsies(1961)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Highwaymen – The Gypsy Rover(1961)
adapted by Dave Fisher, produced by Don Costa

Also sometimes known as “The Whistling Gypsy,” this Irish tune was issued on the flip side of the group’s “Cotton Fields” hit.
Chart Peaks: Music Vendor 38, Billboard 42, Cash Box 49

Dante(With Trumpeteer Herb Alpert)- The Magic Ring(1962/07)
シングル “Am I The One” のB面。
2度目の引用。

Gene Thomas – Down The Road(Venus:1962, United Artists:1965/05)

Lou Christie – The Gypsy Cried(1962/10)
ルウ・クリスティー – 悲しきジプシー占い
produced by Nick Cenci

The Fiestas – The Gypsy Said(1963)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Jerry Jackson – Gypsy Eyes(1963)

Cannonball Adderley – Bohemia After Dark(live in Switzerland 1963)
Julian “Cannonball” Adderley alto sax; Nat Adderley cornet; Yusef Lateef tenor sax; Joe Zawinul piano; Sam Jones bass; Louis Hayes drums.

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Four Chymes – The Gypsy(1964/03)
白人グループ。

Ruthie Steele – Gypsy’s Knife(1965)

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Benny Hill – The Andalucian Gypsies(1965)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Murray’s Monkey – Gipsy(1966)

Diane Renay – Please Gypsy(1966)

Mike London and The Englishmen – Gypsy Lady

This is an unissued acetate and is written by Anderson, Kershaw.
The 45 was pressed in 1966, and I have no info on the “A” or “B” side.
This group is from Pennsylvania.

Charles Lloyd Quartet – Gypsy ’66 (Live)

from “The Flowering” (1971), Atlantic.
Charles Lloyd – tenor sax, flute ;
Keith Jarrett – piano ;
Cecil McBee – bass ;
Jack DeJohnette – drums.
Recorded in concert at Aulaen Hall, Oslo, Norway, 1966.
Written by Gabor Szabo.
Produced by George Avakian.

Laszlo Tabor and his Orchstra – Gypsy Tears(1967)ジプシーの月

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Joe Bataan – Gipsy Woman(1967)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Staccatos – Gypsy Girl

This is an A-side single to “Girl” and is written by Herb Abramson, Jack Angel, Dick Goodman.
The 45 was released in 1967 by Syncro Records and the catalog # is 661.
This group is from Canada.

The Scurvy Knaves – Gypsy baby

This is an A-side single to “It’s Not Like That” and is written by Reichert, Crews.
The 45 was released in 1967 by Twelve Hands Records and the catalog # is ” ? ”
This group is from Pennsylvania.

Kitty Wells – Gypsy King(1968)

Professor Morrison’s Lollipop – Gypsy Lady

This is a B-side single to “You Got The Love” and is written by J. Kasenetz, J. Katz, J. Palmes.
The 45 was released in 1968 by White Whale Records and the catalog # is WW-275.
This group is from Nebraska.

Black Widow – The Gypsy(1970)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Paul Siebel – Jack-Knife Gypsy(1971/06)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Strawberry Path – I Gotta See My Gypsy Woman(1971)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Chér – Gypsies, Tramps & Thieves(1971/09/01 mono 45)
シェール – 悲しきジプシー
2度目の引用。

arranged by Al Capps
produced by Snuff Garrett
Pop Chart Peaks: #1 on Billboard, Cash Box & Record World – Easy Listening Peak: 6 – UK Peak: 3 (NME, MM)
Cher Bono’s first of three solo singles to reach #1 on The Hot 100 during the first half of the 1970s decade (followed later by “Half Breed” and “Dark Lady”).

Monica – Gitanos Pillos Y Ladrones(1971)
“Gypsys, Tramps & Thieves”

牧葉ユミ – ジプシーのように(1972)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

B.W. Stevenson – Gypsies(1972)

War – Gypsy Man(1973/07 stereo 45 single version)
ウォー – ジプシー・マン
冒頭、うっすらと風のSEが入る。

produced by Jerry Goldstein
Pop Chart Peaks: Cash Box 7, Billboard 8, Record World 16 – R&B Peak: 6
The “Deliver The Word” LP version runs over 11 minutes

War – Gypsy Man(album version)
ウォー – ジプシー・マン
from the album “Deliver The Word”(1973)ウォーNO.4! デリヴァー・ザ・ワード

Dawn, featuring Tony Orlando – Say, Has Anybody Seen My Sweet Gypsy Rose(1973/07 mono 45)
ドーン – 嘆きのジプシー・ローズ

horns & strings arranged by Frank Hunter
produced by Hank Medress-Dave Appell and The Tokens
Pop Chart Peaks: Billboard & Record World 3, Cash Box 4 – A/C Peak: 1 – UK Peak: 11 (MM, NME)
This follow-up single to “Tie A Yellow Ribbon” was one of the ‘retro’ sounding tracks included in the group’s popular LP “Dawn’s New Ragtime Follies” (58 weeks on Billboard’s album chart).

Mantovani and his Orchestra – Gypsy Flower Girl(1973)美しいジプシーの娘
from the album “Gypsy Soul”

  ※(追記:この動画は削除されました

 

しばやよい – ジプシー・ウーマン(1975/10)
作詞:吉田健美、作曲:杉本真人、編曲:市久・十三海里
当初は柴ヤヨイ名義のリリース予定だったようだ。

Johnny Shand – Gypsy Eyes Of Blue

以下、「ジプシー」を含む投稿。

以下、「占い」を含む投稿。

追加記事

 安倍晋三首相は1日の参院本会議で、東京電力福島第1原発事故の収束宣言について「2011年12月に前政権で原子炉の冷温停止状態の達成を確認したものと認識している」とした上で、現状について「収束していると簡単には言えない」と述べた。みどりの風の谷岡郁子代表への答弁。
 首相は就任前の昨年10月、福島第1原発の視察後にも「とても収束したとは言えない状況だ」と語っていた。答弁は被災地の多くの住民が今なお避難生活を強いられていることに配慮したものだが、収束宣言の見直しには言及しなかった。
 また、社民党の福島瑞穂党首が事故への自民党政権の責任を追及したのに対し、首相は「被災者をはじめ国民に多大なご苦労をお掛けしていることに対し、自民党総裁として心からおわび申し上げる」と謝罪した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130201-00000124-jij-pol

笑える。
こればっかりは民主党のやったことでも是認・追認するのか。
「収束していると簡単には言えない」のに、収束宣言は撤回しない
――これって自家撞着だよね。
(2013年2月1日)

追加記事

○森ゆうこ君 現地できちんと確認する人はと質問したんですよ。その程度だってことですよ。これだけまだ厳しい状況なのに、それを安全管理しているところがこの程度の認識で、総理、これは事故は収束したと、このプラントのことですよ、事故は収束したとお考えですか。
 総理に聞いているんですよ。
○国務大臣(茂木敏充君) 福島第一、状況としては安定した状態にあります。ただ、実際に廃炉も残っているわけです。さらには、除染の話があります、賠償の話もあります。そして、被災者の帰還、健康管理、課題は山積しておりまして、これからしっかりと対応していかなければならない。こういった状況におきまして、全ての課題が解決した、そういうふうに受け取れかねないこの収束という言葉は適切でないと思います。収束したとは言えないと考えております。
○森ゆうこ君 事故収束宣言が間違った認識を与えているということで、安倍内閣として撤回されるということでいいですね。
 総理、総理、内閣ですから。今おっしゃったでしょう。
○国務大臣(茂木敏充君) 収束という言葉は適切ではないと、そのように考えております。我々は使いません。撤回は前の政権に対しておっしゃってください。
○森ゆうこ君 総理が。
○委員長(石井一君) それじゃ、総理、どうぞ。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) もう既に私も何回か答弁をしておりますが、収束ということで前政権がそう判断をしたわけでありますが、とても収束と言える状況ではないというのが我々安倍政権の認識であります。

<2月19日参院予算委員会 生活の党・森ゆうこ議員 質問>

前内閣の収束宣言を撤回はしないが、現内閣は収束と認識していない・・・
禅問答か?(嗤)
(2013年3月8日)

追加記事

(2015年3月3日)

追加記事

(2020年8月17日)