「恋のバカンス」や「恋のフーガ」などのヒット曲で知られる双子の歌手「ザ・ピーナッツ」の姉、伊藤エミ(いとう・えみ、本名沢田日出代=さわだ・ひでよ)さんが15日、死去した。71歳。愛知県出身。葬儀・告別式は近親者で行った。
関係者によると、病気療養中だったという。
一卵性双生児の妹ユミさんと、小学生のころから合唱団に参加。名古屋市のナイトクラブで歌っていたところをスカウトされ、1959年に「可愛い花」でレコードデビューした。
並外れた歌唱力と双生児ならではの美しいハーモニーを武器に、宮川泰さんの編曲で「情熱の花」や米国のヒット曲のカバーを歌って大ヒット。キングレコードによると、シングル計72タイトル、アルバム計21タイトル、総売り上げ枚数は1750万枚にのぼった。NHK紅白歌合戦には16回連続で出場。
また、クレージーキャッツらと共演した音楽バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」では歌に加えてコントなども演じて人気を博した。61年の映画「モスラ」に出演し、劇中歌「モスラの歌」も歌い、ヒットさせた。
海外にも進出し、ドイツ、フランスに続き、66年には、一流タレントが出演する米CBSテレビ「エド・サリバン・ショー」に出演した。
75年に引退。同年、歌手沢田研二と結婚したが、87年離婚した。
(中略)
▽ミッキー・カーチス(73)の話
名古屋のクラブで歌がうまくて評判の子たちで、(渡辺)美佐さん(現渡辺プロダクション名誉会長)に一緒に見に行ってくれって言われて見つけた子たちなんだよ。双子だからか何を聞いてもユニゾンで返事するくらい仲良かったねぇ。またあの歌声を聴きたかったねぇ。寂しいよ。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2012062802000177.html
ビブラートせず、ユニゾンとハーモニーを巧みに使い分ける同声コーラス。
印象としては、ルックス・声質に負うところが大きいのですが、戦中・戦後の苦しい時代の経験が、私にはそこはかとなく感じられました。
約2年半後にデビューした戦後生まれの弘田三枝子とはちょっとそのへんが違ってましたね。
