「私は日本に対する朝鮮の反感を、極めて自然な結果に過ぎぬと考えている。日本が自ら酵した擾乱に対しては、日本自らがその責を負わねばならぬ。為政者は貴方がたを同化しようとする。しかし不完全な吾々にどうしてかかる権威があり得よう。これほど不自然な態度はなく、またこれほど力を欠く主張はない。同化の主張がこの世に購い得るものは、反抗の結果のみであろう。」(柳宗悦)

By Richard Severo
Feb. 23, 2019
Stanley Donen, who directed Fred Astaire dancing on the ceiling, Gene Kelly singing in the rain and a host of other sparkling moments from some of Hollywood’s greatest musicals, died on Thursday in Manhattan. He was 94.
His son, Mark Donen, confirmed the death.
Stanley Donen brought a certain charm and elegance to the silver screen in the late 1940s through the 1950s, at a time when Hollywood was soaked in glamour and the big studio movies were polished to a sheen.
“For a time, Donen epitomized Hollywood style,” Tad Friend wrote in The New Yorker in 2003. Mr. Donen, he wrote, “made the world of champagne fountains and pillbox hats look enchanting, which is much harder than it sounds.”
Mr. Donen worked with some of the most illustrious figures of his era: from Astaire and Kelly to Cary Grant and Audrey Hepburn. He also worked with Leonard Bernstein, the lyricist Alan Jay Lerner and the writing team of Comden and Green, not to mention Frank Sinatra and Elizabeth Taylor.

<Stanley Donen, ‘Master of the Musical’ Who Directed ‘Singin’ in the Rain,’ Dies at 94 – The New York Times より一部引用>
https://www.nytimes.com/2019/02/23/obituaries/stanley-donen-dead.html

 スタンリー・ドーネン氏(米映画監督)米メディアによると、21日、ニューヨーク・マンハッタンの病院で心不全のため死去、94歳。
(中略)
 1924年、サウスカロライナ州コロンビア生まれ。ミュージカルの振付師やダンサーを経て、「踊る大紐育(ニューヨーク)」(49年)で共同監督としてデビューした後、「雨に唄えば」(52年)が大ヒット、ミュージカル映画の金字塔を打ち立てた。
その後も、「掠奪(りゃくだつ)された七人の花嫁」(54年)や「くたばれ!ヤンキース」(58年)のほか、オードリー・ヘプバーン主演の「パリの恋人」(57年)や「シャレード」(63年)など、歴史に残る数多くの傑作ミュージカル映画を世に送り出し、98年にアカデミー賞を受賞した。

<スタンリー・ドーネン氏死去=ミュージカル映画の巨匠:時事ドットコム より一部引用>
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019022400205&g=int

STANLEY DONEN FILMS
SPANISH FILMS
2019/02/23 に公開

“Charade”; de Stanley Donen, 1963, quatrième extrait

Bonjour, Paris!- Funny Face

Singing In The Rain – Singing In The Rain (Gene Kelly)

ピント合わせはカメラ助手の仕事なんだけど、長いカットで被写体が前後に行ったり来たりすると、芝居がOKでもカメラのほうでNGが出たりする。
現場の緊張感は察するに余りあるよ。

ミュージカル映画の手法はきっと、あのころの時代精神と不可分のもので、テンポもリズムも文字どおり平仄が合っていたんじゃないかな?
だから今それをやっても、リスペクトやこだわりが却って邪魔になり、不自然なメタ感が鼻についてしまう。

人生じゃないけど、人類史も一回性というはかなさによって時代の美学が絢爛たる大輪を咲かせるということだろう。

具体的な賛辞また弔辞はまったく小生の任にあらず。
碩学 土内志摩兵衛、泰斗 背呂利太 両先生にお譲りしたい。

2019/02/23
 1号機の爆発は3月12日午後3時36分だ。すでにニュース部門を離れていた私は自宅でテレビを観ていたが、1号機で「何かあった」ということ以外、リアルタイムで伝えられた情報は皆無だった。3号機の爆発は3月14日午前11時06分だ。前日13日の早朝、会社に呼び出された私は、3号機の爆発に日本テレビのスタジオで立ち会った。その瞬間、報道局全体が「ざわーっ」とした雰囲気に包まれ、解説を担当していた私は有無を言わせずスタジオに引きずり込まれた。
 送られてくる映像を前に、私は足が震えるのを押さえながら、見たままを伝える以外にすべはなかった。3号機の建屋上端から炎が上がり、爆発とともに黒い大きな煙が500メートル以上に立ち上った。しばらくすると吹き飛ばされた大きな塊が、次々と落下しているのをライブ映像でも確認することができた。「1号機の爆発とは違う」という直感とともに、 「これは大変なことが起きた」との緊張が襲ってきた。
 原子力開発史上初めて捉えられた「原発爆発」映像は一体誰が撮ったのか。
 先日、ある組合の青年部に呼ばれて、事故当時の話をする機会があった。最後に若い組合員から、「なぜ爆発映像では音声を放送しなかったのか」と問われて愕然とした。同様の指摘は国会事故調査委員会で委員長を務めた黒川清からも聞かされた。黒川は何度も講演でこの話を語り、著書「規制の虜」(講談社2016年)でも皮肉を込めて次のように書いている。
 「福島第一原発後の1週間、どのメディアも同じようなニュースしか伝えなかった。3号機が爆発した時、どんな音がしたか皆さんはご存知ですか。ものすごい爆発音が3発していました。その映像はyoutubeには出ていたが、テレビニュースでは無音になっていました。日本のメディアはずい分親切なことをするものですね」
 とんでもない誤解である。実は「原発爆発」映像には音声がない。なぜ音声がないのか、黒川が委員長を務めた国会事故調査委員会をはじめ、誰も正確な事実を記さないまま、誤った情報が独り歩きしてしまったのである。

<「原発爆発」映像が呼び覚ます「3・11」の実相 – Bee Media より一部引用>
https://bee-media.co.jp/archives/2801

福島原発1、3号機爆発映像
shimiyan2002
2012/01/07 に公開

3号機は核爆発だったのか、そうでなかったのか。

週刊新潮 2019年2月21日号掲載
 今回、バカ動画の被害に見舞われた企業を取材すると、バイト店員の採用時には、〈厨房にスマホを持ち込まない〉〈SNSに職場の情報を投稿しない〉といった誓約書にサインさせていた。だが、現状を見れば、企業側の自衛策が功を奏したとは言い難い。
 では、この「バカ騒ぎ」に有効な対策などあるのか。
 評論家の呉智英氏は言う。
「小中学校の授業でパソコンの操作だけでなく危険性を教えることは大事でしょう。ただ、いまや問題意識を教え込むだけではどうしようもないように感じます」
 たとえば、ATMが普及したことで、我々はいつでも何処でも預金をおろせるようになった。しかし、生活が便利になる半面、ATMが振り込め詐欺など新手の犯罪の温床と指摘する声もある。とはいえ、我々はもはやATMのない生活に戻ることはできない。
「それはネットも変わりません。愚行を喰い止めるためには法的措置を講じて、処罰の前例を積み重ねていくしかない。振り込め詐欺の被害を防ぐため、警察は取り締まりを強化して、ATM利用者に注意喚起する。それと同じことです」(同)

<日本人が道徳を失った「バカ店員動画」への溜息 対策はあるのか – デイリー新潮 より一部引用>
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/02240801/

バイトテロで自分や関係者がどうなるか、まずはちゃんと教えることだね。
教育は社会でちゃんと生きていけるようにするのが目的。
やって良いこと悪いことをきちんと理解させれば、それがそのまま道徳の授業ということだよ。

2019/02/20
 教育評論家の尾木直樹氏(72)が19日、ブログで小中学校へのスマホ解禁に、改めて苦言を呈した。
 これまで原則禁止としていた小中学校へのスマホ持参を大阪府が4月から解禁。文部科学省も、検討の意向を示した。
 災害時の安否確認が目的とされるが、尾木ママはいじめを助長したり、悪影響があるとして反対していた。
 これに付け加える形で「緊急時の連絡用に小学生にスマホの愚策!!」と題した尾木ママは、「言葉キツくてゴメンなさい!」と謝りつつも、断固として容認できない姿勢を強調した。
 理由として「(小学生が)スマホの危険性に全く無頓着だからです」と指摘。

<尾木ママ 小中学校へのスマホ解禁は「高速道路を小学生に無免許で運転させるようなもの」 – 東スポWeb より一部引用>
https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/1285942/

「小中学校へのスマホ解禁」に賛成、いやいや反対! つまり禁止に賛成。

集団で登下校し、校内でも集団で過ごす以上、スマホは必要なかろう。
どうしても持たせるというならガラケーだ。でも一人だけガラケーじゃいじめに遭う?

そりゃそうと、尾木氏は72歳なのか! そんなお齢にはまったく見えん。

結論から先に言えば、ホームレスは一向に減っていない。
むしろ、新しい形態で増え続けている。
ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法によれば、ホームレスとは「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」を指している。
要するに、屋内にいる者はホームレスではないと法的に位置付けられている。
ここに近年、特に冬場にホームレスを見かけない理由もある。
ホームレス状態でも日雇い労働や臨時で働き、一時的な収入を得ている人もいるので、最近はネットカフェやカプセルホテルを定宿としている人も存在する。
以前は建設業を中心に不安定な日雇いが多かったが、最近はどこの企業でも現場作業に関わる形で派遣労働も多い。
彼らは定宿のネットカフェから出勤もする。

<最近ホームレスを見かけることが少ない理由ー見えにくい住居不安定者の実態ー(藤田孝典)- Yahoo!ニュース より一部引用>
https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20190223-00115883/

ネットカフェは大昔一度だけ某タレントを連れて行ったことがあった。たぶん前世紀末の話。
その頃はまだネットカフェの言葉どおりカウンターにパソコンが並んでる時代で、泊まれない形態だった。

近年は関東でも敷金・礼金ゼロの賃貸物件が増えたが、それでも契約にはまとまったキャッシュが要るし、保証人云々もある。月々の家賃を考えればネットカフェに居続けるほうが安上がりだろうし、トータルで楽なんだろうね。

以下、「ホームレス」を含む投稿。

(NIMBY:not in my backyard うちの裏庭には作らないで、の意。原子力発電所やゴミ焼却施設などの必要性は認めるが、居住地の近くに作られるのは困るという考えを表す言葉/三省堂 大辞林)
(中略)
「人に迷惑をかけてはいけない」というプレッシャーがある日本社会において、そもそも子育ては親がかなり無理を強いられる行為のような気がしている。のどかさを残した時代であったなら子育ても「お互い様」と言えるが、少子化で子どもと接するチャンス自体が昔より明らかに減った現代都市では、子どもはイレギュラーな存在だ。鹿の仔とは違って産まれてすぐに自分の脚で立つわけでもなく、自分で食べ物を取りに行けるわけもない人間の子どもは、親からの注意を引きケアしてもらうべく大声で泣く。存在自体が本質的に「迷惑をかける」のであり、それが当たり前なのだが、少子化社会の都市生活は、そんな迷惑者への寛容さを著しく低めていくことで、都市としての機能や効率を上げているのではないか。
効率を尊ぶ社会では、「非効率の塊」とさえ言える子どもを持つ動機も低減する。そうして社会生活の中で子どもと接する機会自体が減れば、さらに子どもや子育て中の親への共感は低くなる。だから日本の子ども嫌いは加速している。――海外から帰国したばかりの頃、私はそんな印象を持った。
そう理解してから世の中を見ると、目黒区の閑静な住宅地での保育園建設反対署名であるとか、球技や大声を出すのが禁止されている数々の「児童」公園とか、ベビーカーや幼い子連れが乗り込むと露骨に舌打ちする電車内の乗客とか、地域で見過ごされる児童虐待とか、「いかにも(本当は子どもを迷惑な存在だと思っている)日本らしいな」と思うのだった。

<日本がここまで子供嫌いの国になった理由 – PRESIDENT WOMAN より一部引用>
https://president.jp/articles/-/27759

原発の危険性とか、ゴミ焼却場の煤煙・悪臭とか、斎場や墓地がその地域のイメージや地価に及ぼす影響といったことと、
子どもたちの歓声を一緒にする感性がどうにも理解らないねぇ。

楽しそうに遊ぶ子どもの声は、おれには未来への希望に感じられる。
聞いていて楽しくなるねぇ。
夜中に騒ぐわけでなし。何の不都合があるのか。

2016/01/18
「あなたを食べ物にたとえると何だと思いますか」、就活の面接の際に聞かれて困ってしまう質問の一つです。ここでは、あなたをあらわす「食べ物」を診断。 あなたの本質を見抜いて、ぴったりの食べ物とアピールポイントを紹介します。
設問は10問、すべて2択です。自分に近いと感じるほうを選んでください。迷ったときには悩まず直感で決めましょう。

<【大学生向け診断テスト】就活でよく聞かれる「あなたを食べ物に例えるとナニ?」- 大学生の就活応援サイト【就活スタイル マイナビ 学生の窓口】 より一部引用>
https://gakumado.mynavi.jp/style/diagnoses/29935

2018/04/16
最近、ある選考を受けていて、その一次選考の書類の最初の質問項目に「あなたを食べ物に例えるとなんですか?」という質問があったんです。
自分で自分を食べ物になんて例えたことなかったので、これは困りました。

<自分を食べ物に例えると何ですか?面接で使える!?食べ物の性格を考えてみた – Beautiful Sky∼せんせいあのね∼ より一部引用>
http://www.saoriooka.com/entry/food-charactor

食いモンに譬えるのはもはや「意表をつく質問」ではないのだな。

Johnny Mercer and Martha Tilton – A Fine Romance(1946)
orchestra conducted by Paul Weston
歌詞に
“We should be like a couple of hot tomatoes
But you’re as cold as yesterday’s mashed potatoes”
というくだりがある。
3度目の引用。

recorded November 13, 1946
A #3 “Hit Parade” song from the Astaire-Rogers film “Swing Time,” which boasted a top-notch Jerome Kern & Dorothy Fields score that also included “Never Gonna Dance,” and the Oscar-winning “The Way You Look Tonight.”

Fred Astaire – A Fine Romance(A Sarcastic Love Song)(1936)
with Johnny Green and his Orchestra
orchestra conducted by Johnny Green
3度目の引用。

recorded in Los Angeles July 26, 1936
A #3 “Hit Parade” song from the Astaire-Rogers film “Swing Time,” which boasted a top-notch Jerome Kern & Dorothy Fields score that also included “Never Gonna Dance,” and the Oscar-winning “The Way You Look Tonight.”

2019/02/21
13日、醤油づくりに生涯を捧げ、韓国で「醤油の名人」と言われるセムピョ食品のオ・ギョンファン副社長が66歳で死去した。これを受け韓国のネット上では、オ副社長が生前に語ったあるエピソードが話題になっている。
韓国・ソウル新聞などによると、オ副社長は1978年にセムピョ食品に入社し、それから41年にわたって醤油の研究と生産に取り組んだ。オ副社長は生前、1986年に日本の有名醤油製造メーカー「ヤマサ」の麹室(味噌玉麹を寝かせる部屋)を見学した時の秘話を明かしていた。蒸した大豆を分解する麹菌は醤油の味を左右する「企業秘密」。当時、ヤマサなど日本の醤油メーカーの製造技術は「韓国をはるかに上回っていた」ため、オ副社長はその秘密が非常に気になっていたという。そこでオ副社長は、見学中にできるだけ大きく空気を吸い込んで鼻の中に菌の”種”である胞子を集め、麹室から出るとすぐにティッシュで鼻をかんだ。そして帰国したオ副社長は、そのティッシュの分析を重ねてヤマサの味の秘密を解明したという。オ副社長は「僕がつくった醤油を韓国国民が1日も欠かさず食べていると考えると、重要な仕事をしていると感じる」とも話していたという。

<日本の醤油の秘密を韓国に持ち込んだ大胆すぎる方法、韓国ネットで賛否の声|レコードチャイナ より一部引用>
https://www.recordchina.co.jp/b688822-s0-c30-d0058.html

掃除機、、、いやいや正直で良いんじゃないか?
永年の研究・努力の成果を横取りしたにせよ、手口はなかなかスマート。
息吸って鼻かんだからって違法とは言えんしね。

おいしいしょうゆ研究部 第5回 「最終講義」
Yamasa Shouyu
2017/09/20 に公開

高橋万太郎氏と大越基裕氏が、「おいしいしょうゆ研究部」で、部員にお伝えしたかったことを熱く語ります!

2019/02/22
 2018年第4四半期(10-12月)の韓国の所得下位20%の世帯所得が前年同期を約18%下回り、2003年の統計開始以来で最大の減少幅を記録した。税金による公的補助金を除けば、約30%も落ち込んだことになる。最低賃金引き上げと関係が深い勤労所得は37%減少した。目を疑いたくなるほど衝撃的な統計だ。その上の階層に当たる所得下位20-40%の所得も5%減少し、全国の世帯の40%(800万世帯)が1年前よりも貧しくなった。一方、所得上位20%の所得は10%増加した。所得上位・下位の格差は第4四半期としては過去最悪となった。所得主導で成長すると主張する政権下で、貧しい人はさらに貧しくなり、二極化が最悪の状況となるという逆説が起きている。
(中略)
 最悪の所得統計が発表された当日、文在寅大統領は大学の卒業式で青年たちに「あきらめずに毎日を一生懸命生きてほしい」と訴えた。数日前には「包容国家」ビジョンとして、3年以内に「全ての国民が生涯にわたり基本的な生活を営める国」をつくると表明した。市民生活が破綻している現実を前に「ユートピア」を約束する文大統領の発言にはあっけにとられる。

<【社説】韓国所得下位800万世帯、「所得37%減」の衝撃 – Chosun online 朝鮮日報 より一部引用>
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/02/22/2019022280009.html

2019/02/07
 ルノーサムスン自動車の株79・9%を保有するフランス・ルノーグループのロス・モザス製造総括副会長は最近、同社の役員・社員向けの動画メッセージで「ルノーサムスンの労組がストを続けるなら、今後の製造台数の割り当てについて議論するのは難しい」と警告した。

<ルノーが警告「スト続くなら韓国への製造割り当ては困難」 – Chosun online 朝鮮日報 より一部引用>
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:P-F28vP0jwsJ:www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/02/07/2019020780176.html

2019/02/23
 最近の韓日関係悪化で、日本の政権与党である自民党からは半導体製造プロセスで重要な物質であるフッ化水素の韓国への輸出を禁止しようという動きがある。半導体用のフッ化水素市場は日本メーカーが事実上独占している。サムスン電子、SKハイニックスも大半を日本から輸入している。
(中略)
 日本はDRAM半導体市場で韓国に主導権を奪われたが、素材・部品や製造設備の市場では依然として世界最強だ。自民党が圧力カードとして注目する理由はそこにある。自民党は日帝(日本帝国主義)による強制徴用の被害者側が韓国大法院(最高裁に相当)の賠償判決に従い、新日鉄住金の資産差し押さえ、売却の手続きに入ったことを受け、直ちに半導体設備の洗浄に使われるフッ化水素の輸出禁止の検討に入ったとされる。
 半導体の重要原材料であるウエハー市場で世界1、2位は日本の信越化学工業、SUMCOだ。韓国メーカーはウエハーを購入し、回路を書き込んだ上で、切断して半導体を生産する。ウエハー1枚で数千個の半導体を生産できる。半導体の重要生産設備である露光設備でも日本のニコン、キヤノンが欧州のASMLなどとともに市場をけん引している。

<米中日の挟み撃ちに遭う韓国半導体業界 – Chosun online 朝鮮日報 より一部引用>
http://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2019022280076

2019/02/22
強大な韓国軍を歴代大統領は、指揮命令系統を厳重に監視することで統制下に置いてきた。もちろんクーデターを防止するためだ。
「韓国軍の国境部隊は、クーデター防止のためソウル方面への後退移動は禁止されており、また師団以上の部隊が移動する際には、前後左右の隣接師団へ通告することが義務付けられています。それに国防省や陸海空軍の参謀総長などの要職には、決して有能で人望ある軍人を任命しません。”みこし”は軽いほうがいいというわけです。さらに各部隊には”保安担当”の政治将校が配置されており、司令官と部隊将校らの動向に目を光らせている。もう一つ、北朝鮮との戦争を防止する任務もある。勝手に北朝鮮に攻め込んでは国の存亡に関わりますからね」(軍事アナリスト)
(中略)
軍の最高指揮官でもある文在寅大統領を戴く青瓦台(大統領官邸)は「86世代」といわれる民族主義グループに実権を握られている。86世代とは、60年代生まれで、80年代に「民主化」「反日米」を掲げた学生闘争に参加した人たちのことで、北朝鮮の主体思想に心酔している。従って政治思想は「反日米、親中朝」路線が鮮明だ。

<韓国軍事クーデターに怯える文在寅大統領 – 週刊実話 より一部引用>
https://wjn.jp/article/detail/9562083/

2019/02/21
韓国の国史編さん委員会は20日、日本による植民地時代の1919年に起きた独立運動「三・一運動」から100年になるのを前に、「三・一運動データベース」を公開した。
 同委員会は、騒乱事件に関する書類や日本外務省の記録、京城地裁検事局の文書、三・一運動関連の判決文、在韓宣教師の資料、韓日関係史料集などから三・一運動に関する情報2万1407件を抽出した。
 これらの情報を分析し、データベース化した結果、1919年3~5月に開かれた集会が1692件(参加者数79万9017~103万73人)、ストライキが3件、休業が25件、休学・休校が61件、計画が350件、その他の活動が333件と、日本に抵抗した事件は計2464件だった。日本側の発表(約800件)よりはるかに多い。

<三・一独立運動から100年 データベース構築=韓国 – Chosun online 朝鮮日報 より一部引用>
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/02/21/2019022180007.html

2019/02/23
ちょうど100年前を振り返ると、朝鮮半島が日本の植民地支配下にあった1919年3月1日、ソウルでのデモ行進をきっかけに半島全土に独立運動が広がった。それが「三・一運動」である。直後の4月11日には、独立派運動家らが結集し、中国の上海に「大韓民国臨時政府」を発足させたとされている。
そこで文在寅大統領は2019年を「大韓民国建国と臨時政府樹立の100周年」と位置づけ、「100周年記念事業推進委員会」を立ち上げた。
(中略)
第二次世界大戦後、朝鮮半島では1948年5月に南側の韓国が総選挙を実施し、それを受けて8月15日に大韓民国が独立を宣言した。直後の9月9日に北朝鮮も独立を宣言した。その結果、南北分断が固定化して今日に至っている。
韓国では保守派を中心に大韓民国が独立を宣言した1948年8月15日が建国の日であり、政府が樹立された日と考えてきた。
(中略)
これに対し文在寅大統領は、大韓民国のスタートはあくまでも1919年であるという考えに強くこだわっており、「建国論争」に火が付いた。
(中略)
三・一運動は日本の官憲によって数カ月で鎮圧され不発に終わった。また、上海の臨時政府は連合国側を含め国際社会でまったく認められておらず、政府としての実態がなかった。さらに国際法上も国家の定義を満たしておらず、大韓民国の建国と言えるような実態はなかった。歴史的な事実関係はまさにこの通りだろう。

これに対し進歩派は以下のような反論をしている。臨時政府が半島内に政府を樹立できなかったのは、「日帝(日本帝国主義)が半島を強占(強引に占拠)していたからであり、やむを得ない選択だった」。初代の李承晩大統領や歴代の軍事政権はアメリカに支えられた政権であり、南北統一を阻害してきた。1948年8月15日を建国とすれば、1945年以降の3年間だけ建国運動に参加した「親日派」が功労者になってしまい、植民地支配時代を通じて独立運動を続けてきた人たちが反逆者になってしまう。

<三・一運動100周年で吹き荒れる日韓「春の嵐」- 東洋経済オンライン より一部引用>
https://toyokeizai.net/articles/-/267163

2019/02/23
 今年の三一節の祝日は、ベトナムでの米朝首脳会談が終わった翌日に控えている。米朝会談で大した成果もないままに三一節が終わるころ、気が付けば韓国はまんまと北朝鮮に取り込まれ、世界の平和を脅かす危険国家の烙印を押されてしまう、という事態も十分考えられる。

<韓国の「三一運動」100周年記念で反日増幅か「危険国家化」の可能性も – ライブドアニュース より一部引用>
http://news.livedoor.com/article/detail/16064608/

3月、4月。
内憂外患いやまして深まる韓国。
この春は経済の危機と反日民族主義のさらなる高潮が予想されている。
渡韓する日本人は事件や騒動に巻き込まれぬよう十分注意されたい。

「米朝会談で大した成果もないまま」
たぶんそうだろう。トランプは北とも中国とも旧態然の関係へ戻ろうとしているように見える。
半島からの米軍撤退は北の南韓併呑(核ミサイル付)を意味するが、アメリカ本土に届く核ミサイルはロシア・中国にあるし、EU核保有国のミサイルだってその気になればアメリカへ落とすのは簡単だ。
つまり北が核ミサイルを廃棄しようがしまいがアメリカのリスクはあまり変わらない。
トランプとしては歴史的大失態をしないうちに、大統領の座からそろそろ降りたいところじゃないか?

3·1절 100주년 대국민 캠페인’낭독하라 1919!’ 셀럽 Ver.
3.1운동및임정수립100주년추진위원회
2019/02/21 に公開

3·1절 노래 – 한글자막 3.1절 기념 업로드
군가A
2017/02/28 に公開

自民党のネトウヨ議員山田宏が大拡散、従軍慰安婦の決定的証拠!(本人は全く気づかず)- Togetter
https://togetter.com/li/1322150

信じたいから信じる、信じたくないものは信じない。
報道・言論の自由のある社会で、情報隔離が可能なのは、そうした確証バイアスが万人にあるからだね。
セクト(反社会的カルト)においては、常々構成員に対し「噂や週刊誌報道は嘘ばかり、信じちゃいけない」と指導している。
そうやって囲い込んでおかないとおまんまの食い上げだから(笑)

 

ナンバープレート無し。法律で特別扱いなの?

◆「災害」で振り返る平成
1991年 6月:雲仙普賢岳、198年ぶりに噴火。大火砕流で43人が死亡
1995年 1月:阪神淡路大震災
2000年 7月:三宅島雄山噴火。全島民が島外への避難を余儀なくされた
2003年 9月:十勝沖地震発生。マグニチュード8、震度6弱を観測
2004年10月:新潟県中越地震発生。マグニチュード6・8、死者68名
2006年 7月:記録的大雨。九州、山陰、北陸、長野などで甚大な被害
2011年 3月:東日本大震災
2014年 8月:広島土砂災害。暴雨で住宅地に土石流が流れ込み死者77名
2016年 4月:熊本地震
2018年 9月:北海道胆振地方を震源とした地震が発生。震度7を観測した

※週刊ポスト2019年3月1日号

<阪神大震災時に自宅で被災した間寛平「怪獣が来た」と思った│NEWSポストセブン より一部引用>
https://www.news-postseven.com/archives/20190224_872038.html

30年ちょっとの間に主なものだけでも自然災害がこれだけあった。
やはり多かったと思う。
いよいよこれから極めつけの大きな災害がやってくる。
おれはそれらをおそらく目の当たりにし、被災することになるだろう。

追加記事

2019/02/26
『ふりかえれば、未来が見える ~問いかける元「慰安婦」たち~』と題されたドキュメンタリーが収録されたものだ。実はこの映像は、1998年の制作以来、20年あまりの間、公開されることなく封印されてきた。日韓関係の狭間で埋もれていたこの作品を、私はある関係者から独自に入手した。
 映像は1997年1月、ソウル・プラザホテルで行なわれたセレモニーの様子から始まる。〈7人の元「慰安婦」の方にお詫びと償いが届けられた〉と日本語のテロップが入り、チマチョゴリの正装で集まった元慰安婦らに対して橋本龍太郎・首相(当時)の署名入りの手紙が読み上げられた。
〈私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒やし難い傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます〉(映像より)
 沈痛な面持ちで手紙の朗読を聞いていた元慰安婦の一人はハンカチで顔を覆って激しく嗚咽した──。
 いま、慰安婦問題を巡って再び日韓が“衝突”している。火をつけたのは国会議長の「天皇謝罪要求」だが、これには伏線があった。
 契機となったのが1月30日付の米紙ニューヨークタイムスの記事だった。同紙ソウル支局長チェ・サンフン氏が、元慰安婦である金福童さん(享年92)の死亡記事で「(日本政府は元慰安婦の)女性への正式謝罪や補償を拒絶し続けてきた」などと書いたのだ。日本外務省はこれに即座に反応し、大菅岳史・報道官は「日本政府は数多くの機会において元慰安婦に対する誠実な謝罪と悔恨の念を伝えてきた」との反論を公表した。議長が米メディアで発言したのはこの直後だった。
 日本政府は正式謝罪や補償を拒絶し続けてきた──それが“嘘”であることを証明しているのが、冒頭に紹介した秘蔵映像だ。橋本首相の手紙の言葉を、元慰安婦たちが真剣な表情で聞き入るシーンは印象的だ。
 当時、日本は1995年に設立された「アジア女性基金」を通じ、慰安婦問題の解決を目指していた。償い金の支給や、首相の手紙を元慰安婦に渡す活動に取り組んできたのだ。しかし、韓国世論は冷淡だった。
「実はこのプラザホテルでのアジア女性基金のセレモニーは、参加した元慰安婦の名前も公表せず極秘裏に行なわれた。韓国では女性基金の活動に対して激しいバッシングが起き、韓国の市民活動家たちからは『日本の汚い金を受け取るな』と口汚い攻撃があったからです」(基金関係者)

<韓国「慰安婦涙の“感謝”映像」はなぜ封印されたのか│NEWSポストセブン より一部引用>
https://www.news-postseven.com/archives/20190226_875764.html

(2019年2月26日)

追加記事

(2019年2月28日)

追加記事

2019/02/28
「ネットカフェ難民」は決して特殊な人たちではなく、むしろ多くの人たちにとって無縁ではない。
 例えば、今からちょうど1年前、東京都が「ネットカフェ難民」に関する調査結果を公表し、都内に約4000人もの「ネットカフェ難民」が存在することが明らかとなった。
 しかも、調査によれば、「ネットカフェ難民」の中には正社員も含まれているという衝撃的な事実が示されている。約4000人の「ネットカフェ難民」のうち、約200人が正社員なのだ。
 比較的雇用が安定していると考えられている正社員すら「ネットカフェ難民」になってしまっている状況からも、日本社会の多くの人々が住居を失うという「悲惨」と隣り合わせであることが分かる。
 実際、非正規雇用のために低賃金で家賃が支払えなくなったり、派遣切りで会社寮から追い出されたりすれば、直ちに「ネットカフェ難民」になってしまう危険性がある。
 あるいは、ブラック企業でうつ病に追い込まれて働けなくなり、家賃滞納で追い出されてしまうというケースもありうるだろう。

<事件で注目される「ネットカフェ難民」 そのあまりにも「異様」な実情(今野晴貴)- Yahoo!ニュース より一部引用>
https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20190227-00116363/

(2019年2月28日)